Share

第2話

Author: 五円
「ありがとうね、礼司さん」

二人は息の合ったやり取りをしている。

そのやり取りを聞いているだけで吐き気がしたが、私はもう慣れてしまった。

礼司は、若菜のやることにいつも甘かった。

会社では誰もが礼司を「社長」と呼ぶのに、若菜だけは特別に「礼司さん」と呼ぶことを許されていた。他の社員なら些細なミスで容赦なく怒鳴られるのに、若菜がいくら大きな損害を出しても、礼司はいつも見て見ぬふりをしていた。

1ヶ月前も、若菜の失策で億単位の取引が台無しになった。

社内から批判の声が上がる中、礼司は議論すらせず、その全責任を私に押し付け、1年分の給料を減額した。

腹を立てた私が抗議すると、彼は悪びれる様子もなく言った。「長年一緒にやってきた仲なのに、なぜこんな小さなことで責めるんだ?

たかだかその程度の金、お前にとっては大したことないだろ?若菜は生活が厳しいんだ、給料まで減らされたらどう生きていくんだ?

そんなに気に入らないなら、あとで埋め合わせしてやればいいんだろ?」

今回のこの結婚式も、その「埋め合わせ」のひとつだった。

沈黙する私に、礼司は溜め息をついた。「蛍、少しは若菜を見習ったらどうだ?彼女の方が年下なのに、ずっと大人だぞ。

若菜はずっと前向きに解決策を探しているし、結婚式が完璧になるよう、わざわざ自分の両親まで招待したんだぞ。

お前は親がいないんだから、来られないのは仕方ないとしても。嫌なことがあるたび不機嫌になって対話を放棄して、後始末を投げ出すのはもうやめろ」

両親について触れられ、私から思わず皮肉な笑みがこぼれた。

礼司が子供の頃、自宅で火事があった。私の父は礼司を救おうと炎に飛び込み、重傷を負ってそのまま亡くなった。母もそのショックから立ち直れず、早逝してしまったのだ。

母が亡くなったその夜、礼司は泣き崩れる私を抱きしめ、絶対に離れないと何度だって誓ったはずだ。

それからまだ8年。今の礼司にとって、私の両親の死は、若菜より劣っていると言うための材料でしかなかった。

昔なら泣きわめいて大喧嘩していただろう。でも、今は違う。礼司が若菜のためにあまりに理不尽な行動を繰り返してきたおかげで、私の心は驚くほど冷めていた。

「そうね、私が間違っていたわ」私は低くつぶやいた。

穏やかな口調だったからか、礼司の態度も少し緩んだ。

「悪かったと分かればいいんだ。素直に謝って若菜と和解すれば、この話は……」

最後まで言わせず、私は冷淡に話を遮った。

「勘違いしているみたいね。

言いたいのはね、そもそも私があなたと入籍なんてするべきじゃなかった。何より、父があなたみたいな恩知らずを助けるんじゃなかった、ということよ」

礼司は呆気に取られ、顔を赤くして怒鳴った。「蛍、それどういう意味だ?」

彼が怒り出す様子を見て、昔のように必死に謝って機嫌を取るような真似はやめた。

ただ静かに、こう告げた。

「礼司。離婚しよう」

離婚という言葉に、礼司の動きが止まった。

「なんだと?

蛍、いつからそんなに器の小さい女になったんだ?たかがこんな小さなことで、俺と離婚するつもりなのか?」

私はてっきり、礼司がこのまま怒りに任せて、離婚を承諾するものだと思っていた。

先日も彼は寝言で若菜の名前を呼んでいた。若菜のことがこれだけ好きなのなら、私が別れて二人が結ばれるようにお膳立てしてあげれば、礼司だって願ってもないはずだ。

Patuloy na basahin ang aklat na ito nang libre
I-scan ang code upang i-download ang App

Pinakabagong kabanata

  • まだ花嫁になれない私   第12話

    会社を離れて調査を受けるから大丈夫、自分一人で処理できる、と私は言いかけたその時。百香がそれを遮るように言った。「蛍はそんなことしません。私も一緒に調査を受けます。でも、はっきり言っておきます。もしこれが蛍に対する嫌がらせなら、どう責任をとるつもりでしょうか?うちの会社に対する損害賠償はどうするのですか?」百香の声には確固たる自信があった。若菜は、まさか百香がここまで私を庇うとは思わなかったのか、先ほどの威勢は影も形もなかった。それでも、私は無関係な人を巻き込みたくなくて、彼女に言った。「大丈夫。この件は私一人で何とかするから。百香には会社もあるし、こんな泥沼に足を踏み入れないで」すると百香は少し怒ったような表情で、間髪入れずに言い放った。「何言ってるの?蛍を誘ったのは私でしょ?ここでは、私が蛍にとって一番近い存在でしょ。他人がどう裏切ろうと勝手だけど、私まで蛍の前に立って味方をしなかったら、私は何のためにいるの?話は終わり。調査には二人で行くわ」警察もそれ以上留まることはなく、私と百香を連れていこうとした。しかし出口へ向かう直前、ずっと黙り込んでいた礼司が急に前に出て、大声で言った。「この件に蛍は関係ないです。この金を送ったのは、俺です」その場が凍りついた。若菜がいち早く反応し、慌てて礼司の腕を引いた。「礼司さん、何を言ってるの?」若菜は慌てて警察に笑いかけると、すぐに礼司を責めた。「蛍さんは元奥さんでしょ?まだ情が残ってるのはわかるけど、これは小さい話じゃないわよ」礼司は若菜を見下ろしたが、その目は私が見たこともないほど冷たかった。「証拠はあるんだ」礼司は一語一句はっきりと告げた。「お前が俺のスマホを盗み出し、この罠を仕組んだ証拠も。会社の金を横領して、他人に罪をなすりつけた証拠も。全部揃ってるから」事態は急展開し、その場が騒然となった。百香は訝しげに私を見た。状況が飲み込めていないようだ。私も一瞬呆気に取られ、目の前の礼司を見て戸惑っていた。遠い記憶がよみがえる。昔、まだ私たちが二人で寄り添っていた頃、スーパーで万引きの疑いをかけられた時、礼司が相手を捕まえて、私の潔白を証明しようとしてくれたことがあった。結末がどうなったかは忘れてしまった。あれからもう長い月日が流れている

  • まだ花嫁になれない私   第11話

    私は呆れて笑うしかなく、そのお金を彼に送り返した。するとほどなくして、私たちはまた元の鞘に収まった。これで埋め合わせでもしているつもりなのだろうか?礼司は忘れている。こんな一方的な行為が、傷つけられた側の心に響くはずなどないことを。ただ彼自身が「償った」と思って安心したいだけなのだ。私は迷わず再度返金操作を行ったが、送信エラーが表示された。礼司の口座はすでに解約されていた。どう対処したものかと悩んでいたところに百香から連絡が入った。百香としばらく他愛ない話をしているうちに時間も遅くなり、その件はいつの間にか頭の隅に追いやられていた。数日後、会社も軌道に乗り順調だと思っていた矢先のことだった。出社して早々、私には会社の入り口で従業員たちが騒いでいるのが目に入った。「どうしたの?」私は戸惑いながら彼らの方へ歩み寄った。従業員たちが私に気づいて道を空ける。その先にいたのは、警察官が数人と、若菜、そして礼司だった。私と目が合うと、礼司はいたたまれない様子で視線をそらした。「宮城(柴田蛍の旧姓)さんですね?通報を受けました。業務上横領および機密情報持ち出しの疑いがあるため、捜査にご協力ください」警察が差し出してきた書類には、振込記録が記されていた。「こちらはあなたの口座で間違いありませんか?」資料に目を落とすと、その金額は少し前に礼司が私に振り込んできた額と全く同じだった。ようやく合点がいった。礼司の真の狙いはこれだったのだ。「蛍さん、あまりにもひどいんじゃありませんか?礼司さんは元上司でもあるし、あれほどあなたに良くしてくれたのに、どうしてこんなことができるんですか?だから辞める時にあんなに急いで逃げたんですね。会社のお金を盗んで、機密書類まで持ち出して、今はこんなにいい暮らしをしているなんて」若菜が横から冷ややかに責め立てた。私は反論はせず、礼司を静かに見つめた。彼は慌てたように視線をそらした。今日のこの茶番には、礼司も加担しているらしい。私は驚きよりも、どこか冷めた感情に心を占められていた。礼司なら、こう動くのも想定の範囲内だという諦めに近い納得感があった。「蛍さん、どうして黙っているんですか?」若菜は得意げに警察へ言った。「おまわりさん、見てください。黙っているということは認め

  • まだ花嫁になれない私   第10話

    耳を疑い、私は立ち上がって階段の方へ向かった。そこには若菜と礼司がいて、険しい顔をしていた。二人はいま喧嘩をしたばかりのようだった。私は少し驚いた。私と礼司が離婚する前、二人は会えばいつも仲睦まじい姿を見せていたからだ。礼司が冷めた笑みを浮かべた。「今の会社の状況で、どうやって子供を育てるんだ?自分たちのことでさえ手一杯なのに、もし生まれても何を与えてやれるんだ、どう育てるつもりだ?」若菜は呆然とした。「会社の今の惨状は私のせいだって、私を責めているの?」場に冷ややかな沈黙が流れた。礼司は無言だったが、その目には何とも言えない複雑な感情が浮かんでいた。彼が何を考えているのかは分かった。若菜を前にしたときだけ、礼司は彼女を傷つけないように腐心するのだ。もし今日、同じ失敗をして礼司の前に立っているのが私だとしたら、一体どれほど怒鳴り散らされることか、想像するのも怖かった。だが若菜は引き下がらない。ふんと鼻で笑った。「何事もまず自分を見直したらどうなの?いつまでも責任を人に押し付けないで。会社を経営できなかったのはあなたの無能のせいよ。もっと早く私に権限を委ねていれば、こんなことにはならなかったわ」逆に詰め寄られ、礼司は怒りで顔色を変えた。彼は若菜を指さし、激昂した。「お前の過ちで、会社は十億単位の損害を出したんだぞ!皆が反対する中、俺がお前を退職させるだけで済ませて、損害賠償まで請求せずに済ませた。俺がどれだけの重圧に耐えていたか、分かっているのか?」若菜も興奮した様子で言い返した。「まだその話をするの?そもそも会社はあなたのものなんでしょ?騒いでいる古株の社員なんて全員クビにすればよかったじゃない?どうして彼らのせいで私が辞めなきゃいけなかったのよ!蛍さんを辞めさせたときみたいに、彼らも切れば済む話でしょ!?」パシッ!言葉が終わるや否や、礼司は腹に据えかねた様子で若菜の頬を叩いた。突然のことで、見ている私さえ驚き、どうして礼司が暴力まで振るったのか分からなかった。若菜は顔をそらしたまま、鼻で笑った。「やっぱり、まだ蛍さんのことが忘れられないのね。子供を諦めろと言うのは、本当に子供のため?それとも、蛍さんが忘れられなくて復縁したいから?私があなたの考えに気づいていないとでも思った?」

  • まだ花嫁になれない私   第9話

    礼司は、若菜が実家に帰れないから一人だと寂しいだろう、だから付き添ってやりたいのだと言った。それに、私はずっと一人で寂しさにも慣れているだろうし、一人のほうが気楽でいいはずだと付け加えた。礼司は忘れているらしい。そもそも、私の周りがどうしてこんなに寂しくなったのかを。スマホをぼんやりとスクロールしていると、ある投稿が目に留まった。若菜のインスタで、あろうことか私にメンションまで飛んできていた。写真の中では、若菜が寒そうに笑いながら礼司の腕の中に身を寄せ、背後には新年を迎えた街のぼんやりした灯りが広がっていた。添えられた言葉はこうだ。【見捨てられても大丈夫。自分をもっと幸せにしてくれる人は、きっと見つかる。】あからさまな挑発だった。少し考えてから、私はその投稿に「いいね」を押した。【幸せそうで羨ましいわ。私は新しく買った自分の家のソファで、一人くつろぐことしかできないものだから】礼司の会社は最近、財務トラブルで訴訟騒ぎになっていて、返済のために彼の大切な自宅も差し押さえられたと聞いていた。以前の私は、若菜のあざといやり口が大嫌いだった。けれど、実際にこちらもあざとい言い方をしてみると、思いのほかスッキリした。投稿から2分も経たないうちに、若菜が自分の投稿を消したことに気がついた。私はすかさず、彼女にDMを送った。【消しちゃったの?こっちの新居の写真、送ろうと思ってたのに】送信後、画面を確認した。見事にブロックされたわけだ。私は呆れてものも言えなかった。百香にこの出来事をラインしようかと思っていると、玄関でノックの音がした。デリバリーかなと思い、私はスリッパを履いて駆け寄った。ドアを開けた途端、目の前に大きな花束が突き出され、何が起きたか理解する前に賑やかな声が響いた。「ここ、いいじゃない?間取りも雰囲気も最高。唯一の難点は、なんだか静かすぎるところね。だからこうして花を持ってきたの。見てよ、ばっちりでしょ?」「……」私は一瞬きょとんとしたが、そこにいたのが百香たちと、旅行に行くと言っていた会社の同僚たちだと分かり、やっと事態が飲み込めた。みんな両手いっぱいに買い物袋を持っていて、食材に菓子、果物に魚まで……私はあまりの状況に言葉を失った。「どうして来たの?旅行に

  • まだ花嫁になれない私   第8話

    そのやり方は、礼司にとってはお決まりの、それでいていつも上手くいく常套手段だった。でも彼は気づいていない。それが通用したのは、私に彼を想う気持ちがあったからだということに。今の私からすれば、ただくだらないだけだった。私の沈黙に、礼司はバツが悪そうな顔をした。しばしの沈黙のあと、彼はついに最後の切り札を切った。「わかったよ、蛍。何を怒ってるか見当はついてる。明日には給料を上げる。さらに部長にも昇格させる。それで今回の埋め合わせにして、この件はもう終わりにしないか?」私が返事をする前に、隣でずっと黙っていた百香が口を開いた。「株はくれないんですか?」百香は苦笑混じりに続けた。「すみませんね、元旦那さん。今の蛍はうちの会社の株主なんです。本人を目の前にして引き抜きをかけるなんて、少し筋が違うんじゃありませんか?」礼司は血の気を失った。「何を言っている?株主だと?」百香は礼司の顔色など気にせず、私に向かって声を潜めて笑った。「この人があの、蛍を散々悩ませていた元旦那さん?あなたが彼のために私の誘いを何度も断ったから、どれほど愛されているのかと思っていたけど、この程度だったのね。正直がっかりしちゃった。早めに抜け出して、私たちと一緒に起業してくれて本当によかった。あそこに居続けたら、どれだけ苦しい思いをしていたか分からないわ」百香が私の味方をしてくれていることは、聞いていてすぐに分かった。これまでの会話を聞いて、今の状況をあらかた把握したのだろう。礼司も察したようだ。青ざめていた顔が、次第に怒りで強張り、私をまっすぐに見つめた。「蛍、誰かと一緒に起業したというのか?忘れるなよ、お前は会社と契約を結んでいるんだ。勝手に他社と契約するのは、雇用契約違反になるんだぞ!お前の退職届に判を押した記憶なんてないぞ!」語気は最後の方になるにつれ、一段と鋭さを増していった。その点については、確かに彼の記憶違いではなかった。しかし。「私たちの雇用契約はとうに満了して、更新もしていなかった。雇用関係は自然に終了しているはずよ。むしろ契約を更新しなかった会社側のほうが、労働法上問題があるんじゃない?」私は淡々と答えた。実際、私は契約期間が切れてからは何度も更新について尋ねていた。礼司はいつも「また今度」

  • まだ花嫁になれない私   第7話

    私はわざと、離婚届の控えに残っている署名欄を礼司に見せつけた。礼司は一瞬呆気にとられ、馬鹿にしていた表情が少し引き締まった。それから何かを思いついたのか、鼻で笑った。「蛍、公的書類を偽造することがどれほどの重罪か分かっているのか?いくら精巧に偽造したところで、俺が署名した記憶なんてないぞ」礼司は得意げに眉を跳ね上げた。どうせ偽造したものだと確信しきっているのだ。私は黙ったまま、離婚届の控えを彼の方へ突き出した。「なら、自分の筆跡か、よく確かめて」礼司は苛立たしげにそれを受け取ったが、サインに目を通した瞬間、怪訝そうに眉間にしわを寄せた。自分の字だと認めざるを得なかったのだろう。礼司の署名は癖が強く、模倣は困難なはずだから。彼の表情が険しくなった。30秒近く、沈黙が続いた。礼司は顔を上げ、冷ややかな口調で言い放った。「どうやって偽造したか知らないが、これは立派な犯罪だ。いい加減にしろ」礼司は、冷たく威圧的な目で私を見据えた。馬鹿らしくなった。けれど、そんな疑いの目に今さら心を揺さぶられることはなかった。私は親切心で教えた。「1ヶ月前、あのホテルで。何の書類かも確かめずにサインしたのを忘れたの?」それを聞いた途端、礼司の瞳が大きく揺れた。信じられないという目で私を見つめ、底知れぬ困惑を浮かべている。「そんな目で見ないで。私は完全に身一つで出るわ。財産なんて一切要らない。サイン一つで、あなたに損失なんてないでしょ?」私の声は淡々としていた。横にいた若菜の唇がわずかに上がり、何だか嬉しそうな様子だった。「いい加減にしろ!結婚したのも、離婚したいと言い出したのもお前だ。俺たち二人の結婚を、どうしてお前ひとりで勝手に決められるんだ!」礼司が突然声を荒らげた。彼は腹立たしげに離婚届の控えを掴み取り、近くのキャンプファイアーの火の中に投げ込んだ。控えは瞬く間に燃え尽き、灰となった。さっきまで嬉しそうにしていた若菜の顔が、一気に強張った。なぜ礼司がここまで怒るのか理解できなかった。私が何年も粘って説得し、ようやく彼が結婚を承諾してくれたのに。あの頃、拒絶されるたびに礼司は「自由になりたい」と口にしていたはずだ。自由を与えてやった今、どうしてこんなに固執するのか。

Higit pang Kabanata
Galugarin at basahin ang magagandang nobela
Libreng basahin ang magagandang nobela sa GoodNovel app. I-download ang mga librong gusto mo at basahin kahit saan at anumang oras.
Libreng basahin ang mga aklat sa app
I-scan ang code para mabasa sa App
DMCA.com Protection Status