Semua Bab まだ花嫁になれない私: Bab 1 - Bab 10

12 Bab

第1話

結婚式で、夫の秘書・西野若菜(にしの わかな)が新郎新婦の写真を間違えて映し出してしまった。スクリーンに映し出されたのは、私・柴田蛍(しばた ほたる)とのウェディングフォトではなく、夫・柴田礼司(しばた れいじ)と若菜が伝統的な婚礼衣装で手を取り合い、見つめ合っている、とても幸せそうな姿だった。会場が騒然となった。ミスをした若菜が泣きじゃくりながら、式を延期してほしいと私に懇願する。礼司は慌てる様子もなく、低く落ち着いた声でこう耳打ちした。「みんなもう来てるんだから、今さら延期なんてしたら面目丸つぶれだし、縁起も悪い。それに、どうせ誰も花嫁の顔なんて詳しく知らないだろう。だったら、とりあえず若菜に代理で式に出てもらえばいい」参列した友人たちは、礼司のそんな身勝手な発言を聞いて、私が怒り狂うのではないかと唖然としていた。しかし私は淡々と頷き、その提案に乗ることにした。私の冷静さに気を良くした礼司は、どうせ入籍も済ませているんだからと、いずれ日を改めてちゃんと挙式してやる、と言い残した。だが、彼は決定的な勘違いをしている。他の女を花嫁の代役に立てたあの瞬間、私の中ではすでに離婚の決意が固まっていたということに。ベールを外し、それを礼司の手に託すと、彼と周囲の気まずそうな視線などお構いなしに、私は式場を後にした。式場の外に出るまで、礼司が私を追いかけてくることはなかった。背後からは歓声が沸き起こり、礼司と若菜は人だかりの中心で壇上に上がっていた。それがミスではないと、私は知っている。あれは、若菜からの挑発だ。あいにく、礼司にはその策略が見抜けない。あるいは、気づいていてもあえて泳がせているのだろう。昔の私なら傷ついていたかもしれないが、今は驚くほど穏やかな気持ちだった。私は帰宅し、何も考えずに寝直した。礼司は面倒なことを嫌うため、結婚式の準備から何まで、すべて私一人で背負い込んできた。間違いのない式にしようと、最近は仕事を終えて帰宅するや否や、ホテルの選定、招待状のチェック、引き出物選びと走り回っていた。昨日は最終確認のために未明までリハーサルを繰り返し、そのせいで今も胸が痛む。今となっては、全てが無駄に思える。そんなことなら、私も最初から手を抜いておけばよかった。うとうとしている
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第2話

「ありがとうね、礼司さん」二人は息の合ったやり取りをしている。そのやり取りを聞いているだけで吐き気がしたが、私はもう慣れてしまった。礼司は、若菜のやることにいつも甘かった。会社では誰もが礼司を「社長」と呼ぶのに、若菜だけは特別に「礼司さん」と呼ぶことを許されていた。他の社員なら些細なミスで容赦なく怒鳴られるのに、若菜がいくら大きな損害を出しても、礼司はいつも見て見ぬふりをしていた。1ヶ月前も、若菜の失策で億単位の取引が台無しになった。社内から批判の声が上がる中、礼司は議論すらせず、その全責任を私に押し付け、1年分の給料を減額した。腹を立てた私が抗議すると、彼は悪びれる様子もなく言った。「長年一緒にやってきた仲なのに、なぜこんな小さなことで責めるんだ?たかだかその程度の金、お前にとっては大したことないだろ?若菜は生活が厳しいんだ、給料まで減らされたらどう生きていくんだ?そんなに気に入らないなら、あとで埋め合わせしてやればいいんだろ?」今回のこの結婚式も、その「埋め合わせ」のひとつだった。沈黙する私に、礼司は溜め息をついた。「蛍、少しは若菜を見習ったらどうだ?彼女の方が年下なのに、ずっと大人だぞ。若菜はずっと前向きに解決策を探しているし、結婚式が完璧になるよう、わざわざ自分の両親まで招待したんだぞ。お前は親がいないんだから、来られないのは仕方ないとしても。嫌なことがあるたび不機嫌になって対話を放棄して、後始末を投げ出すのはもうやめろ」両親について触れられ、私から思わず皮肉な笑みがこぼれた。礼司が子供の頃、自宅で火事があった。私の父は礼司を救おうと炎に飛び込み、重傷を負ってそのまま亡くなった。母もそのショックから立ち直れず、早逝してしまったのだ。母が亡くなったその夜、礼司は泣き崩れる私を抱きしめ、絶対に離れないと何度だって誓ったはずだ。それからまだ8年。今の礼司にとって、私の両親の死は、若菜より劣っていると言うための材料でしかなかった。昔なら泣きわめいて大喧嘩していただろう。でも、今は違う。礼司が若菜のためにあまりに理不尽な行動を繰り返してきたおかげで、私の心は驚くほど冷めていた。「そうね、私が間違っていたわ」私は低くつぶやいた。穏やかな口調だったからか、礼司の態度も少し緩んだ。「悪かった
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第3話

ところが礼司は意外にも深いため息をつき、口調を少し和らげた。「蛍、今のは怒りに任せた言葉だと分かっているから、責めるつもりはない。もう騒ぐのはやめてくれないか?俺たちは長年一緒にいるんだ。簡単に離婚なんてできるわけないだろ?今の話は聞かなかったことにする。だから、もう二度と言うな。そうそう、急で悪いが、2日間出張することになった。お前には1ヶ月休みをやるから、その間に一人でよく冷静になってこい」礼司はそう言い捨てると、そのまま電話を切った。電話が切れる直前、彼が若菜に小さくこう説明するのが聞こえた。「離婚なんて面倒だし、財産分与とか考えると今はできないしな……」あとの言葉は聞こえなかったが、言わんとすることは手に取るように分かった。どうやら礼司は、離婚することで自分の資産が減るのを恐れているのだ。私は鼻で笑った。あまりの馬鹿馬鹿しさに、かける言葉も見つからなかった。礼司は、昼食のメニューから会社の機密情報まで、何でもかんでも若菜に漏らす男だった。私は何度も「もっと用心した方がいい」と注意したが、彼は「若菜は信頼できるから大丈夫だ」と耳を貸さなかった。それほど若菜のことは信じているくせに、私のことはとことん悪意のある見方で疑ってかかるなんて。まあ、どうでもいいことだった。私はすぐに弁護士に連絡し、離婚の手続きを依頼した。一刻も早く縁を切りたかったので、財産には一切手を付けず、身一つで出ることにした。続いて人事宛てに退職届を送った。私と礼司の関係を知らない人事担当者は、マニュアル通りの事務的な返信をしてきた。「社長たちは新婚旅行中ですので、今こちらからお邪魔するわけにはいきません。1ヶ月後に改めて申請してください」私は驚かなかった。さっきの話から、礼司の出張なんて嘘っぱちだと気づいていた。あの二人の新婚騒ぎは周知の事実だ。このタイミングで、誰が礼司に仕事をさせようとするだろうか?「もう待ちたくありません。書類を受け取ってください。新婚旅行後に渡すのでもいいですから、責任は私が取ります」と伝えた。人事担当者も迷っていたが、食い下がると渋々受諾してくれた。礼司との契約は8年契約だったが、もう2年前に満期が来ていた。契約を更新しなかったのは、単に忘れていただけか、それとも最初からどうでも良
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第4話

戸惑いながらも、私は「友達同士なんだし、そんなに気にしないで」と笑って返した。百香は「親しい仲だからこそ、ちゃんと面倒を見たいのよ」と微笑む。その言葉を聞いて、私は少しぼんやりし、礼司から「高い給料を捨てて、俺と一緒に事業を始めよう」と言われた数年前のことが頭をよぎった。礼司は住所のメッセージだけを送ってきた。私は汗だくになりながら大きな荷物を抱え、迷いながらなんとかその古びたアパートにたどり着いたのだ。玄関のドアを開けた時、礼司は寝間着姿で、平然と他の誰かとゲームをしていた。口には出さなかったけれど、彼の表情から「来るタイミングが悪い」とでも言いたげな不満が読み取れた。ゲームが終わった隙を見て、「どうして迎えに来てくれなかったの、何かが起きたらどうするの?」と冗談交じりに聞いてみた。礼司は鼻で笑って私をチラリと見てこう言った。「日中だろ?何かあるわけないだろ?俺たちもう長い付き合いなんだからさ、それぐらい一人で来いよ」今思えば、関係が良いなんてただの言い訳だったのだ。礼司の中で一番欠けていたのは、私を大切にする心だった。その日の午後、百香が部屋を探しに連れて行ってくれた。住居を決めた後、彼女は数人の仲間を誘って、高級ホテルのレストランへ招待してくれた。百香が駐車場に向かっている間、私は先にロビーへ入った。回転ドアを通り抜けた瞬間、耳馴染みのある声が聞こえてきた。「あれ、蛍さん?」私が反射的に振り返ると、そこには礼司と若菜が指を絡め、親密そうに寄り添って立っていた。私と目が合うと、礼司は慌てて手を離した。傍らにいた若菜は、不快そうな表情を隠そうともしなかった。だがすぐに自然な表情に戻り、笑顔で近づいてきた。「蛍さん!今日、人事から蛍さんが礼司さんを探していたって聞きましたよ。用事なら電話で言えばいいのに、わざわざ来るなんて大変じゃないですか?」礼司もその言葉に何かを察したのか、眉間に深く皺を寄せる。「俺をつけてきたのか?どういうつもりだ。俺を信用していないのか?」滑稽で呆れてしまったが、私はいちいち説明する気にもなれず、「尾行なんてしてないわ。友達に会いに来ただけ」と言った。礼司が納得するはずもなかった。「しらばっくれるなよ。お前に友達なんていないことは知ってるんだ。ついてきたな
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第5話

「これは何だ?」礼司は不思議そうに書類を開こうとした。その時、上の階から若菜の悲鳴が聞こえた。「若菜、どうしたんだ?」礼司の声色は動揺に染まり、中身を確認もせずにさっと署名すると、そのまま立ち去ろうとした。「自分が何に署名したのか、確認しなくていいの?」礼司は興味なさげに吐き捨てた。「金さえ渡せばいいんだろう?」そう言い捨てると、私の言葉を待つこともなく彼は足早に去っていった。私は自嘲に満ちた笑いを浮かべた。慌ただしく去っていく礼司の姿が、数年前の彼と重なった。昔、重病を患い入院したが、手術代がなかった。礼司は「心配するな、俺に考えがある」と言ってくれた。そして夜中に目を覚ますと、彼が疲れ切った様子で、私のために一件一件電話をかけてお金を借りている姿が見えた。あの時、私は何があってもこの人を支え抜こうと誓ったのだ。会社が軌道に乗り、お金に困ることはなくなったけれど、礼司と私はもう、あの頃には戻れない。私はバッグに離婚届をしまい込んだ。あと1ヶ月。すべての手続きが終われば、礼司とはもう何の関係もなくなる。レストランに向かうと、友人たちはすでに集まっていた。話が弾み、話題が以前の起業の話になった。「何度誘っても断ってたけど、もしかして彼氏でもできてたの?」と百香に冷やかされた。昔、礼司が公にしたくないと言うので、私たちの関係はほとんど誰にも知られていなかった。結婚式でさえ、招待客は取引関係者ばかりだった。当時、礼司は言い訳をした。「遠方に住む友人たちは招待しても負担をかけるだけ。金目当てと思われたくないから、落ち着いてから別でやろう」今にして思えば、あれは最初から若菜のための席を空けておきたかっただけかもしれない。「離婚したの」と私は淡々と告げた。その場が急に水を打ったように静まり返る。皆、励ますべきか迷うような眼差しを私に向けた。私は真っ先にグラスを掲げた。「クズ男と縁が切れてせいせいしたわ!これからはここで腰を据えて、みんなと一緒にがっつり稼ぐわ!」「その通り!稼ぎまくろうね!」部屋はすぐに熱気を取り戻し、乾杯の音が響いた。翌日、私は正式に百香と契約を済ませ、仕事に没頭した。最新技術を導入したおかげで事業は好調で、たった半月で利益は3倍になった。百香は喜び
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第6話

「見てよ、あのカップル。すごくお似合いだよね」百香が礼司と若菜を見ながら、からかうような目つきで私に言った。「うらやましいの?」私は作り笑いで首を横に振った。「吐き気がするわ」百香は訳が分からないといった顔で瞬きをした。私は説明せず、踵を返して立ち去ろうとした。こんな人混みなら、礼司には気づかれないだろうと思っていたのに。背を向けた途端、冷ややかな声が背中に突き刺さった。「蛍!」視界の端で、礼司が大股でこちらへ歩いてくるのが見えた。これ以上、関わりたくなくて足早にその場を離れようとした。私の存在を無視してくれることを期待したが、あろうことか礼司は人の目もはばからず、早足で私の目の前に立ちはだかった。「蛍、耳が遠いのか?呼んでいるのが聞こえないのか?」礼司の性格は痛いほど知っている。逃げても無駄だと思い、私は淡々と尋ねた。「何か用?」私の予想外の冷淡な態度に、彼は一瞬、言葉を失っていた。代わりに口を開いたのは、隣に寄り添う若菜だった。「蛍さん、奇遇ですね。また会えましたね。まさかここでも会うなんて。これで2度目ですね」その言葉の裏に隠されたトゲは、すぐに見抜けた。礼司も何かを感じ取ったのか、私を見る目がさらに冷たくなった。「いつまで俺を尾行しているつもりだ?」私は溜息をついた。「尾行なんてしてないわ。ただの偶然」「はっ、1度は偶然でも2度はどうだ?そんな都合のいい偶然があるわけないだろ!第一、後ろめたいことがないなら、なんでさっき逃げるような真似をしたんだ?」礼司は冷ややかに私を見つめ、その目にははっきりと侮蔑が浮かんでいた。彼にとって、最初から真実なんてどうでもよく、自分の信じたいことしか見えていないのだ。若菜は不憫な女を演じるようにこう言った。「礼司さん、蛍さんと喧嘩しないで。なんなら私が帰るから、蛍さんに付き添ってもらって。実は今回の出張も、本当は蛍さんに一緒に来てもらいたかったの。私があなたと一緒にいたら、みんなきっと変に勘ぐるでしょうし」迷いの色を見せていた礼司の顔つきが、その言葉を聞いて急に硬くなった。「誰が勘ぐるって?俺たちは堂々と出張に来ているんだ。変に勘ぐるのは、下衆な人間だけだろう!」そう言いながら、彼は冷ややかに私を一瞥した。その「
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第7話

私はわざと、離婚届の控えに残っている署名欄を礼司に見せつけた。礼司は一瞬呆気にとられ、馬鹿にしていた表情が少し引き締まった。それから何かを思いついたのか、鼻で笑った。「蛍、公的書類を偽造することがどれほどの重罪か分かっているのか?いくら精巧に偽造したところで、俺が署名した記憶なんてないぞ」礼司は得意げに眉を跳ね上げた。どうせ偽造したものだと確信しきっているのだ。私は黙ったまま、離婚届の控えを彼の方へ突き出した。「なら、自分の筆跡か、よく確かめて」礼司は苛立たしげにそれを受け取ったが、サインに目を通した瞬間、怪訝そうに眉間にしわを寄せた。自分の字だと認めざるを得なかったのだろう。礼司の署名は癖が強く、模倣は困難なはずだから。彼の表情が険しくなった。30秒近く、沈黙が続いた。礼司は顔を上げ、冷ややかな口調で言い放った。「どうやって偽造したか知らないが、これは立派な犯罪だ。いい加減にしろ」礼司は、冷たく威圧的な目で私を見据えた。馬鹿らしくなった。けれど、そんな疑いの目に今さら心を揺さぶられることはなかった。私は親切心で教えた。「1ヶ月前、あのホテルで。何の書類かも確かめずにサインしたのを忘れたの?」それを聞いた途端、礼司の瞳が大きく揺れた。信じられないという目で私を見つめ、底知れぬ困惑を浮かべている。「そんな目で見ないで。私は完全に身一つで出るわ。財産なんて一切要らない。サイン一つで、あなたに損失なんてないでしょ?」私の声は淡々としていた。横にいた若菜の唇がわずかに上がり、何だか嬉しそうな様子だった。「いい加減にしろ!結婚したのも、離婚したいと言い出したのもお前だ。俺たち二人の結婚を、どうしてお前ひとりで勝手に決められるんだ!」礼司が突然声を荒らげた。彼は腹立たしげに離婚届の控えを掴み取り、近くのキャンプファイアーの火の中に投げ込んだ。控えは瞬く間に燃え尽き、灰となった。さっきまで嬉しそうにしていた若菜の顔が、一気に強張った。なぜ礼司がここまで怒るのか理解できなかった。私が何年も粘って説得し、ようやく彼が結婚を承諾してくれたのに。あの頃、拒絶されるたびに礼司は「自由になりたい」と口にしていたはずだ。自由を与えてやった今、どうしてこんなに固執するのか。
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第8話

そのやり方は、礼司にとってはお決まりの、それでいていつも上手くいく常套手段だった。でも彼は気づいていない。それが通用したのは、私に彼を想う気持ちがあったからだということに。今の私からすれば、ただくだらないだけだった。私の沈黙に、礼司はバツが悪そうな顔をした。しばしの沈黙のあと、彼はついに最後の切り札を切った。「わかったよ、蛍。何を怒ってるか見当はついてる。明日には給料を上げる。さらに部長にも昇格させる。それで今回の埋め合わせにして、この件はもう終わりにしないか?」私が返事をする前に、隣でずっと黙っていた百香が口を開いた。「株はくれないんですか?」百香は苦笑混じりに続けた。「すみませんね、元旦那さん。今の蛍はうちの会社の株主なんです。本人を目の前にして引き抜きをかけるなんて、少し筋が違うんじゃありませんか?」礼司は血の気を失った。「何を言っている?株主だと?」百香は礼司の顔色など気にせず、私に向かって声を潜めて笑った。「この人があの、蛍を散々悩ませていた元旦那さん?あなたが彼のために私の誘いを何度も断ったから、どれほど愛されているのかと思っていたけど、この程度だったのね。正直がっかりしちゃった。早めに抜け出して、私たちと一緒に起業してくれて本当によかった。あそこに居続けたら、どれだけ苦しい思いをしていたか分からないわ」百香が私の味方をしてくれていることは、聞いていてすぐに分かった。これまでの会話を聞いて、今の状況をあらかた把握したのだろう。礼司も察したようだ。青ざめていた顔が、次第に怒りで強張り、私をまっすぐに見つめた。「蛍、誰かと一緒に起業したというのか?忘れるなよ、お前は会社と契約を結んでいるんだ。勝手に他社と契約するのは、雇用契約違反になるんだぞ!お前の退職届に判を押した記憶なんてないぞ!」語気は最後の方になるにつれ、一段と鋭さを増していった。その点については、確かに彼の記憶違いではなかった。しかし。「私たちの雇用契約はとうに満了して、更新もしていなかった。雇用関係は自然に終了しているはずよ。むしろ契約を更新しなかった会社側のほうが、労働法上問題があるんじゃない?」私は淡々と答えた。実際、私は契約期間が切れてからは何度も更新について尋ねていた。礼司はいつも「また今度」
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第9話

礼司は、若菜が実家に帰れないから一人だと寂しいだろう、だから付き添ってやりたいのだと言った。それに、私はずっと一人で寂しさにも慣れているだろうし、一人のほうが気楽でいいはずだと付け加えた。礼司は忘れているらしい。そもそも、私の周りがどうしてこんなに寂しくなったのかを。スマホをぼんやりとスクロールしていると、ある投稿が目に留まった。若菜のインスタで、あろうことか私にメンションまで飛んできていた。写真の中では、若菜が寒そうに笑いながら礼司の腕の中に身を寄せ、背後には新年を迎えた街のぼんやりした灯りが広がっていた。添えられた言葉はこうだ。【見捨てられても大丈夫。自分をもっと幸せにしてくれる人は、きっと見つかる。】あからさまな挑発だった。少し考えてから、私はその投稿に「いいね」を押した。【幸せそうで羨ましいわ。私は新しく買った自分の家のソファで、一人くつろぐことしかできないものだから】礼司の会社は最近、財務トラブルで訴訟騒ぎになっていて、返済のために彼の大切な自宅も差し押さえられたと聞いていた。以前の私は、若菜のあざといやり口が大嫌いだった。けれど、実際にこちらもあざとい言い方をしてみると、思いのほかスッキリした。投稿から2分も経たないうちに、若菜が自分の投稿を消したことに気がついた。私はすかさず、彼女にDMを送った。【消しちゃったの?こっちの新居の写真、送ろうと思ってたのに】送信後、画面を確認した。見事にブロックされたわけだ。私は呆れてものも言えなかった。百香にこの出来事をラインしようかと思っていると、玄関でノックの音がした。デリバリーかなと思い、私はスリッパを履いて駆け寄った。ドアを開けた途端、目の前に大きな花束が突き出され、何が起きたか理解する前に賑やかな声が響いた。「ここ、いいじゃない?間取りも雰囲気も最高。唯一の難点は、なんだか静かすぎるところね。だからこうして花を持ってきたの。見てよ、ばっちりでしょ?」「……」私は一瞬きょとんとしたが、そこにいたのが百香たちと、旅行に行くと言っていた会社の同僚たちだと分かり、やっと事態が飲み込めた。みんな両手いっぱいに買い物袋を持っていて、食材に菓子、果物に魚まで……私はあまりの状況に言葉を失った。「どうして来たの?旅行に
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第10話

耳を疑い、私は立ち上がって階段の方へ向かった。そこには若菜と礼司がいて、険しい顔をしていた。二人はいま喧嘩をしたばかりのようだった。私は少し驚いた。私と礼司が離婚する前、二人は会えばいつも仲睦まじい姿を見せていたからだ。礼司が冷めた笑みを浮かべた。「今の会社の状況で、どうやって子供を育てるんだ?自分たちのことでさえ手一杯なのに、もし生まれても何を与えてやれるんだ、どう育てるつもりだ?」若菜は呆然とした。「会社の今の惨状は私のせいだって、私を責めているの?」場に冷ややかな沈黙が流れた。礼司は無言だったが、その目には何とも言えない複雑な感情が浮かんでいた。彼が何を考えているのかは分かった。若菜を前にしたときだけ、礼司は彼女を傷つけないように腐心するのだ。もし今日、同じ失敗をして礼司の前に立っているのが私だとしたら、一体どれほど怒鳴り散らされることか、想像するのも怖かった。だが若菜は引き下がらない。ふんと鼻で笑った。「何事もまず自分を見直したらどうなの?いつまでも責任を人に押し付けないで。会社を経営できなかったのはあなたの無能のせいよ。もっと早く私に権限を委ねていれば、こんなことにはならなかったわ」逆に詰め寄られ、礼司は怒りで顔色を変えた。彼は若菜を指さし、激昂した。「お前の過ちで、会社は十億単位の損害を出したんだぞ!皆が反対する中、俺がお前を退職させるだけで済ませて、損害賠償まで請求せずに済ませた。俺がどれだけの重圧に耐えていたか、分かっているのか?」若菜も興奮した様子で言い返した。「まだその話をするの?そもそも会社はあなたのものなんでしょ?騒いでいる古株の社員なんて全員クビにすればよかったじゃない?どうして彼らのせいで私が辞めなきゃいけなかったのよ!蛍さんを辞めさせたときみたいに、彼らも切れば済む話でしょ!?」パシッ!言葉が終わるや否や、礼司は腹に据えかねた様子で若菜の頬を叩いた。突然のことで、見ている私さえ驚き、どうして礼司が暴力まで振るったのか分からなかった。若菜は顔をそらしたまま、鼻で笑った。「やっぱり、まだ蛍さんのことが忘れられないのね。子供を諦めろと言うのは、本当に子供のため?それとも、蛍さんが忘れられなくて復縁したいから?私があなたの考えに気づいていないとでも思った?」
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