LOGIN中野のマンションの玄関ドアを閉めるや否や、ユキがキヨミを壁に押しつけた。
「今日は私が癒してあげる」タバコの香りと汗の匂いが混じり、ユキの唇がキヨミの首筋に落ちる。キヨミは抵抗せず、ユキの金髪に指を絡めた。ベッドルームに移動するなり、二人は服を乱暴に脱ぎ捨てた。ユキがキヨミを押し倒し、豊かな胸を顔に押しつける。キヨミはむしゃぶりつくように乳首を吸い、ユキが「あんっ」と甘い声を上げた。「テラダさんのキス、思い出してるんでしょ?」ユキの指がキヨミの秘部に滑り込む。すでに濡れていた。ゆっくりと二本の指を出し入れしながら、ユキは耳元で囁く。「でも、今は私のものよ」ユキの舌が乳首を転がし、親指がクリトリスを刺激する。キヨミの腰が自然に浮き上がる。「ん……っ、ユキ……」キヨミも手を伸ばし、ユキの秘部を撫でた。クチュクチュと、部【2019年11月】東京都・世田谷区 アズサの葬儀に、キヨミが呼ばれることはなかった。 そもそもアズサの親とは病院ですれ違ったっきりだ。自分の連絡先も伝えていなかったばかりか、向こうは面識すらないという印象かもしれない。わざわざ呼ぼうとも思わないだろうし、仮に呼ばれたとしても、キヨミは断っていたかもしれない。 アズサの実家がある静岡県三島市は、キヨミの地元でもある。里帰りしている心の余裕は、今のキヨミにはなかった。 事件から1ヶ月が過ぎ、11月に入っていた。 キヨミは千歳烏山のアパートで、ただベッドに横たわり、天井を見つめ続けていた。部屋は薄暗く、カーテンを閉め切ったまま、時間の流れすら曖昧になっていた。冷蔵庫の中身もほとんど空になっている。 勤めていた風俗店の方はまだ休業中だった。暴行を受けたホステスが亡くなったのだ。もう再開は難しいかもしれない。 同じ店舗で働いていたホステス仲間は、すでに元の店舗を見限って、他の店舗に移籍したようだ。何気なく歌舞伎町の別の店舗や、吉原、五反田といった別エリアの都内風俗サイトを覗いていたら、彼女たちの宣材写真が載っているのを見つけた。 顔は隠れているし名前も違うが、プロフィールから大体想像できた。中にはまるっきり同じ宣材写真を使っているホステスもいた。固定客を手放したくないのだろう。プロモーションとしてはグレーと言うかアウトに近いが、彼女たちも生きるのに必死なのだ。 キヨミはと言えば、ポスティングの仕事もほとんど手につかなくなっていた。チラシを配る手が重く、道を歩く足取りもふらつく。会社から「最近、配布数が少ない」と注意の電話が来たが、キヨミはただ「すみません」とだけ答えて電話を切った。配るべきチラシの山は、今、部屋の端で積まれたまま埃を被っている。 都会で高額の生活費を払いながら、ほぼ稼ぎのない生活。このままの暮らしが続けば貯金もどんどんなくなっていくだろうが、それがどうしたというのだ。 何のために金を稼ぐのか、何のために生きるのか。アズサ(=ユキ)が死んでしまう前と後で、世界は一変してしまった。 朝起きて、顔を洗って、歯を磨いて、簡単な食事を摂る。それだけのことが、なぜこんなに重いのだろう。鏡に映る自分の顔は、以前よりやつれ、目は虚ろだった。笑おうとしても、唇が引きつるだけ。涙はもう出なくなっていた。た
タナベは複数の看護師を伴って病室に戻るや否や、すぐにアズサの容態を確認した。心拍が急激に低下し、呼吸もほとんど止まっていた。 「心拍停止! 心臓マッサージ開始!」 即座に言い、自らアズサの胸に手を当て、力強く圧迫を始めた。病室は一瞬で緊迫した空気に包まれた。キヨミは壁際に立ち尽くし、息を飲んでその光景を見つめていた。タナベの腕が上下するたび、アズサの体がわずかに揺れる。モニターの警告音が容赦なく部屋に響き渡る。 「アズサ……逝かないで……お願い……」 キヨミはアズサの耳元で、繰り返し呼びかけた。声が震える。タナベは汗を浮かべながらも、必死に心臓マッサージを続けていた。 「フカミさん、頑張って! 戻ってきて!」 しかしアズサの心拍は一向に回復しない。モニターの波形が平坦になり、警告音は高く、鋭く鳴り続ける。 午前2時半をわずかに過ぎたころ。 タナベ医師はゆっくりと手を止め、静かに息を吐いた。 「……死亡を確認します。午前2時32分」 病室に重い沈黙が落ちた。 キヨミは膝から崩れ落ち、ベッドの横にうずくまった。哀しいのに涙が出ない。サイボーグだからか? と考える。やはり感情が欠落しているのかもしれない。あるいは深い絶望の中で、何も考えられなくなっているのか。 ただ、どうしても言わずにはいられないことがあり、キヨミは口を開いた。 「私のせいかもしれません」 「どうしてそう思うんですか?」 点滴などの処理は看護師らに任せながら、タナベが尋ねる。怒る風でも、慰める風でもなく、ただの質問だった。キヨミは震える声で返した。 「実は彼女、12時を過ぎたあたりに一度だけ意識が戻ったんです……そのとき私が、ナースコールを押さなかったから」 タナベは神妙な顔でうなずいた後、静かに説明する。 「なるほど……重体の患者様が亡くなる直前で一時的に回復されるということは、時々あります。きっとフカミさんは、大切なあなたにお別れを伝えたかったのでしょう」 キヨミの目を見つめ、穏やかだがはっきりとした声で続けた。 「脳の腫れが悪化し、脳圧が上昇した結果、呼吸中枢が機能しなくなっていました。そのまま意識が戻ることなく亡くなっていた可能性の方が高いのに、最期にあなたとお話しできたことは奇跡です」 タナベもプロの医師だ。下手に慰めようとして根拠のないことを言ったわ
アズサの瞼がゆっくりと開いた瞬間、キヨミの心臓が激しく跳ね上がった。「アズサ……?」キヨミはその名を呼ぶ。“ユキ”ではなく、学生時代から深い関係にあった相手の名を。呼ばれた彼女は顔をキヨミの方へ向けつつも、瞳はまだ焦点が定まらない様子だ。酸素カニューラが鼻に繋がれ、点滴の管が何本も腕に刺さったまま、彼女は弱々しく唇を動かした。「……キヨミ?」ほとんど息のような、かすかな声。キヨミは立ち上がってナースコールを押そうとしたが、一瞬だけ躊躇した。タナベ医師は確かに“何か問題があればすぐにナースコールを押しください”と言っていた。だが、これは“問題”ではないはず。意識が戻ったのは喜ばしいことだ。もちろん、こじつけだとは自分でも分かっている。ただタナベは、短時間だけ一人で付き添っても構わないとも言っていた。点滴の交換準備の少しの間だけだ。キヨミは深呼吸をし、アズサの手を握った。「キヨミだよ。ちゃんとここにいる。ユキはアズサだったんだね。もう目覚めないかと思ってた」アズサの唇がわずかに緩んだ。腫れた顔の中で、その微笑みは痛々しくも美しかった。アズサの指はまだ冷たく、力も弱かったが、確かに生きている温もりがある。キヨミは失っていた9年間を思いながら、アズサの左手にもう片方の手も添え、包み込んだ。「キヨミ……ごめんね」アズサが最初に口にしたのは謝罪の言葉だった。「……私、キヨミに“書く”ことを禁じて、あなたを傷つけて……それなのにユキとして傍にいたなんて」声は弱々しく、途切れ途切れだった。キヨミは首を振り、アズサの額にそっと自分の額を寄せた。「謝らないで。アズサが生きていてくれて、それだけで十分だよ」アズサの目から涙が一筋こぼれた。キヨミはそれを親指で優しく拭う。「アズサ」キヨミは彼女の頰に唇を寄せ、軽くキスをした。腫れた部分を避け、優しく、優しく。アズサも弱々しく微笑み、唇を近づけてきた。二人の唇が触れ合う。最初はただ触れるだけの、優しいキス。そこからアズサの唇がわずかに開き、キヨミの口の中に舌を侵入させてくる。甘く湿った互いの吐息が混ざり合いながら、舌を絡め合った。「ん……」アズサの喉から小さな吐息が漏れる。呼吸が苦しくなったのだろうか。一旦、唇と唇を離して互いに見つめ合った。「キス、久しぶりだね」ポツリと呟くよう
事件から6日目となった。キヨミはまたアパートのベッドで横になり、ただ天井を見つめている。 時刻は――まだ夜中の10時か。それでも体は疲れて果てて睡眠を求めているような気がする。一方で思考は堂々巡りを繰り返し、どれだけ目を閉じても眠りは訪れなかった。 昨夜会って以来、テラダからはLINEも無い。無月経であることを打ち明けて関係にひびが入ったのは間違いなく、その関係をどうすれば修復できるのか。そもそも、その必要があるのか否か。 キヨミも恋していたのは間違いないが、テラダから連絡が来ない以上、こちらから送る言葉は何もなかった。「どうか捨てないで」と懇願しろとでも? 「浅ましい女」と思われるだけだ。 “私にプロポーズしたのはマコトでしょ。だから、マコトがリードして見せて。ちゃんと私に相応しい男だってこと、証明して” よくあんなセリフが言えたものだ。仕方ない、テラダといるときの自分は“アカリ”なのだ。笑顔が明るく、妖艶で、自信に満ち溢れた娼婦。 実際は寡黙で、表情の乏しい陰キャ。無月経であることを差し引いたとしても、そもそも一般男性が結婚相手に選ぶような人間ではなかった。 ただ、そんなことでキヨミは自己嫌悪に陥ったりはしない。自分の性格を嫌ったところで今さら生き方は変えられないし、合わない人間とは無理して付き合う必要もない。テラダに関しては正直なところ、「もうどうでもいい」と思い始めているような気がした。 あんなにピュアな男性と付き合ったことは今まで無かったから。ただの物珍しさを「妙な魅力」と履き違え、一時的にハマっていただけなのかもしれない。そう考えると、このまま自然消滅するのも別に悪くない気はしている。 と同時に、一日でそこまで“冷めて”しまえる自分にも驚いていた。 テラダが放出したものだって、まだ少し膣内に残っているような気がするのに。ぴゅっ、ぷぴゅっ、と、その日に用を足している最中でも漏れ出していくのを感じた。ただ、どうせ命が結実することはない。キヨミにとっては無意味な、ただの体液に過ぎない。 (やはり私は、感情の無いサイボーグなのだろうか) アズサの呪いは、まだ解けていないのかもしれない。 アズサ――昼間にまた、彼女の見舞いにも行った。相変わらず意識は戻らず、腫れた顔は前日よりさらに青白く見えた。キヨミはベッドの横で彼女の手を握
【2019年10月】東京都・世田谷区 キヨミは自宅のアパートの風呂に浸かっていた。ほんの数時間前までテラダに抱かれていたことが、もう遠い昔の出来事のように思えた。湯船の中で膝を抱え、ぼんやりと白いタイルの壁を見つめる。体はまだ熱を持っていたが、心は妙に冷えていた。 “ご、ごめん……考えさせてくれないかな……?” テラダはホテルでそう言った。 “決して、子供ができない女性とは結婚できないって言ってるんじゃないんだ……ただ混乱してしまって” 必死に否定しようとする彼の言葉は、かえって本音を浮き彫りにしていた。彼のたどたどしい微笑みや視線の泳ぎ方からも、それが痛いほど伝わってきた。 つくづく嘘の下手な男だ。 キヨミは湯船の中で小さく息を吐く。テラダの言葉の後に、自分が紡いだ言葉を思い出した。 “ずっと黙っててごめんなさい。マコトに中出しを許したのも、自分がこういう体だってわかってたから。でも、誰でも受け入れてたわけではないことは信じて。マコトだけだから” テラダは、“アカリ……アカリさん”と掠れた声で彼女を抱きしめたが、それ以上の行為はなかった。シャワーを浴び、服を着て、互いにホテルを出た。 “また、会ってくれる?” そう訊ねたキヨミに、彼は、 “も、もちろんだよ……” と答えたものの、声は明らかにぎこちなかった。 子供が成せないという事実は、それほどまでに重いのだろうか。 無月経の体。これが風俗嬢としての最大の武器だった。生理の心配がなく、いつでも働ける。けれど普通の恋愛にとっては、やはり決定的な欠点でしかない。勘違いしていたのは自分だった。求婚されて、何を舞い上がっていたのだろう。 キヨミは湯船から上がって体を拭き、風呂場から出てバスタオルを体に巻くと、冷蔵庫を開けた。キンキンに冷えたデカビタCのペットボトルを取り出し、一気飲みする。強めの炭酸が喉をチクチクと刺激するが、鬱々とした気持ちは少しだけ浄化されるような気がした。 バスタオル姿のまま、気分転換に図書館から借りてきたタカナシカツヤの小説を読み始めた。 決してアズサのことを書いたという確証があるわけでもないが、少なくともそれがアズサとカツヤの関係性を知る上でのヒントになるのではと感じていた。 ※ 【2011年8月~2
テラダマコトはキヨミの前に立ち、緊張で肩を強張らせていた。白い肌が、間接照明の下でわずかに汗ばんでいる。彼は震える指でキヨミのジャケットに手をかけ、ゆっくりと肩から滑り落とした。 「マコト、もっと大胆にしていいよ」 キヨミが囁くと、テラダはごくりと唾を飲み込んだ。次に彼はキヨミのブラウスに手をかけたが、ボタンを外す指先が何度ももつれる。ようやく全てのボタンを外し終えると、下に着ていた白いブラが露わになった。 ハァ、ハァ……テラダの息が上がる。キヨミも少しだけ自分の顔が紅潮していることに気づいた。キスしたい、舌を絡ませ合いたい。そう思うが、ぐっと堪える。今はテラダにリードさせると決めたのだ。 テラダは、しかしそこで固まった。次に何をすればいいのか、ブラを外すべきか、スカートを脱がすべきか、迷っている様子がはっきりとわかった。 キヨミは優しく微笑み、彼の手を取った。少しだけならフォローしてあげてもいいだろう。ほんの少しだけ。 「マコト、まず触ってよ。私のおっぱい」 テラダの瞳が大きく見開かれた。彼は唾を飲み込みながら、震える手でキヨミの胸に触れた。ブラ越しに、柔らかな膨らみをそっと包み込むように。 「あ……柔らかい……」 彼の声は掠れていた。キヨミは彼の手を自分の胸に押しつけ、さらに導く。 「もっと強くてもいいよ。感じて、私の体を」 テラダは勇気を出したように、ブラの上から親指で乳首の位置を探り、優しく円を描くように刺激した。キヨミの体がびくりと震える。 「ん……っ、そう、上手っ」 その言葉に励まされたのか、テラダは徐々に大胆になっていった。彼はキヨミの背中に回り、ブラのホックを外した。露わになった胸を両手で包み、優しく揉みしだく。時折、乳首を指で摘まみ、軽く引っ張る。 「あっ……マコト……」 キヨミの声も甘く掠れる。テラダは興奮を抑えきれず、キヨミの首筋に唇を寄せ、熱い吐息を吹きかけた。 前戯はたどたどしかったが、キヨミの優しい導きによって徐々に熱を帯びていった。テラダはキヨミのスカートを下ろし、ショーツに指をかけ、ゆっくりと脱がせた。キヨミも彼のベルトを外し、ズボンと下着を一緒に下ろす。 やがてテラダが上半身に身に付けていたシャツを脱げば、ついに二人は裸になった。 テラダの白い体が照明の下で淡く輝いている。彼
キヨミの目が見開かれる。頭の中が真っ白になる。アズサはゆっくり顔を離し、キヨミの瞳をまっすぐ見つめた。その瞳は宝石のように輝いていた。 「私たち、恋人同士にならない?」映画のストーリー以上にわけのわからない展開に、キヨミは何も答えられない。ただ熱く残る唇の感触を、どう受け止めれば良いのかわからない。アズサは満足げに微笑むと、再びキヨミの肩を引き寄せ、もう一度、深く長いキスをする。アズサの舌が口の中に侵入し、キヨミの舌に絡んでくる。大人のキスだ。経験したことがないわけではない。ただ、その日初めて会話を交わした者同士でやってよい行為なのか。とっさにキヨミはアズサの体を押しのけた。唇が離
【2010年7月】静岡県・三島市 アズサは、キヨミの前に唐突に現れたわけではない。 むしろ一つ年上のその先輩の存在感は、キヨミが高校に入学したときから常にそこにあった、と言った方が正しいだろうか。 2009年、キヨミがこの市立高校に入学した年、アズサは生徒会長を務めていた。弁論大会では県大会を制し、全国大会でも優勝。さらにその年の秋、とある文芸雑誌の新人賞を高校生ながら獲得し、全国的にその名を轟かせた。 校内放送で名前が呼ばれるたび、廊下ですれ違うだけで後輩たちが息をひそめるほどの存在。学校内で彼女を知らない者はいない、と言えるほどの有名人だった。 そんなアズサが、キヨミに初めて声を
大丈夫、書くと言っても、まったくゼロから始めるわけではない。取材はすでに済ませてあり、ライターが書いた一次原稿も上がっている。キヨミの仕事は、それを「読んで気持ちよくなる記事」に整えることだ。他人の文章を直すのは、簡単だった。
【2019年1月】東京都・港区キヨミが自分自身を、おそろしく醜悪な存在であると認め始めたのはいつからだろう。まだ純な乙女であるべき中学時代、とある留学生の男子と情事を重ねてからか。その恋は彼の帰国と共に終わりを迎え、深い喪失を味わった。あるいはそれより前、無垢な童女でいた小学生のころ、友達だと思っていた女の子に、アパートの屋上から突き落とされたときからか。藪に落ちたおかげで、奇跡的に大怪我は免れた。原因そのものは、幼少期にありがちな些細な気持ちのズレだった。物事の始まりを思い返してみてもキリがないことは、キヨミ自身もわかっている。ある宗教でも“人間は生まれながらに罪な存在である”と言っ







