Se connecter飛鳥が病院に到着したと聞きつけ、院長までもが慌てて駆けつけてきた。それから間もなくして、都子が処置室からストレッチャーで運ばれてきた。幸い大事には至らず、激しい怒りで頭に血が上り、一時的に気を失っただけだという。処置室から出てきた時点で、都子はすでに意識を取り戻していた。しかし、その目に星歌の姿が映った瞬間、彼女の感情は再び爆発した。「なぜその女がここにいるの!?誰が連れてきたのよ!」都子はヒステリックに叫んだ。「出て行け!私の目の前から今すぐ消え失せなさい!顔も見たくないわ!」今、都子がこの世で最も顔を見たくない人間、それが星歌だった。亜季がそれに便乗し、星歌を激しく睨みつけた。「聞こえたでしょ!?お母様が出て行けって言ってるわ!」「……まるでお見舞いに来てあげたとでも勘違いしてるみたいね。馬鹿馬鹿しい」星歌は鼻で笑い、侮蔑に満ちた言葉を投げ捨てると、そのまま踵を返して歩き出そうとした。だがその瞬間、飛鳥が彼女の手首を強く掴んで引き留めた。星歌は氷のように冷たい視線を飛鳥に向けた。「聞こえなかった?あなたのお母様が、私の顔など見たくないから出て行けって言ってるの。邪魔者はさっさと消えろってこと。意味、分かるわよね?」先ほども宣言した通り、星歌に彼らの機嫌をとって我慢してやる義理など微塵もない。そのふてぶてしい態度に、亜季は再び怒りを爆発させそうになった。「あんたね……!」しかし、最後まで言い切る前に飛鳥の冷酷な眼光に射すくめられ、慌てて口をつぐんだ。亜季は心の中でギリギリと歯ぎしりをした。過去に私たちが何をしようと、今はお母さんが病床にいるのよ!?少しは我慢するのが筋じゃない!目上の人間に対して、なんて態度なの……!見かねた夏蓮が、またしても口を挟んできた。「星歌さん……お義母さんは処置室から出てきたばかりなのよ。少しは口を慎んだらどうかしら?」「一番口数が多いのはあなたでしょうが」星歌は冷酷に言い放った。「この数年間、冴島家で散々あることないこと吹き込んで、好き勝手言ってきたくせに。今ここで一番口を閉じるべきなのは、他でもないあなたよ」「……っ」夏蓮は言葉に詰まり、涙ぐんだ目で縋るように飛鳥を見つめた。しかし、飛鳥は彼女を一瞥だにしなかった
しかし今は違う。飛鳥が無理やりこの茶番に巻き込もうとするなら、自分も容赦はしないという明確な意思表示だった。都子が今、絶対に強いストレスを受けてはならない状態であろうと知ったことではない。星歌には、彼らに一ミリたりとも譲歩してやる気などなかった。その言葉を聞いて、亜季は完全に頭に血が上った。「兄様、聞いたでしょ!?私がわざと難癖をつけてるわけじゃないわよ!この女をここに置いておいたら、本当にお母さんが殺されちゃう!」飛鳥は無言で星歌に視線を落とした。星歌は亜季に一瞥もくれず、優雅に爪の先を弄っている。そのあまりにも自由で冷酷な振る舞いは、先ほどの言葉が『決して冗談ではない』という事実を、無言のうちに物語っていた。女たちの言い争いに、飛鳥は頭が割れるような苛立ちを覚えた。その時、ずっと黙っていた夏蓮がここぞとばかりに口を開いた。「星歌さん……お義母さんは今、本当に危険な状態なのよ。私たち目下の者が、ここは少し引くべきじゃないかしら」腹の底では星歌を呪い殺したいほど憎んでいるくせに、表面上は聞き分けのいい『良き義姉』を完璧に演じている。飛鳥の目の前で星歌の冷たさを際立たせ、自分がいかに冴島家の女主人にふさわしい器であるかをアピールするための浅ましい計算だ。その白々しい演技に、星歌は鼻で笑った。「都子さんはあなたのことなら何でも甘やかしてくれるんだから、そりゃあ『引く』のも簡単でしょうね」「なっ……」「私に我慢しろって?だったらあなたこそ、川に飛び込んだりビルから飛び降りようとしたりして、『星歌に責めさせないで』なんて全員を脅迫するのをやめたらどうなの?」この数日、夏蓮は実に派手に立ち回った。川への投身騒ぎに、飛び降り未遂、あげくには鬱病のふりまでして見せたのだ。彼女が『発作』を起こすたびに、周りは「夏蓮を刺激するな」と星歌を責め立てた。痛いところを突かれ、夏蓮の顔が引きつる。「何よ?あなたが私のデザインを盗んで搾取したから、私が公の場で正当な裁きを求めた。それが間違ってる?あなたこそ、その時に『我慢』すればよかったじゃない。それとも何、私が一生あなたに踏みつけられて、泣き寝入りするべきだったとでも?」「わ、私は、そんな……」「そんなことない?じゃあ、飛鳥が私に贈ったはずの品々
車内。再び夏蓮から着信が入る。ディスプレイに表示されたその名前が、星歌の目にはひどく不快に映った。都子の容態に関わることだからか、飛鳥はためらうことなく電話に出た。「翼さん……いつ着くの?私、どうしたらいいか分からなくて、怖くて……ッ」スピーカー越しに響く夏蓮の声は、絶望に打ちひしがれたように泣きじゃくっていた。事情を知らない者が聞けば、実の母親が救命救急室に運ばれたのだと勘違いするほどの取り乱しようだ。あれだけ泣き叫んで見せるなら、都子が長年彼女を甘やかしてきた甲斐があったというものね。星歌は冷ややかな目を窓の外に向け、心の中で皮肉った。「あと三十分で着く!」飛鳥の声は低く、そして硬かった。彼はアクセルをさらに踏み込み、車を限界近い速度で走らせていた。猛スピードで流れる景色と急な加減速のせいで、星歌は次第に気分が悪くなってきた。そういえば、まだ昼食をとっていない。最近は身体が弱っているのか、少しでも食いっぱぐれるとすぐに体調に響いてしまうのだ。「お願い、早く……早く来て……」泣き崩れる夏蓮と短い言葉を交わし、飛鳥は通話を切った。彼は薄い唇をきつく結び、その深淵のような瞳には氷のような冷気が宿っていた。今の彼が何を考えているのか、その横顔からは一切読み取れない。その後、車内には重く息苦しい沈黙が降りた。互いに一言も口を開かないまま、車は病院の駐車場へと滑り込んだ。エンジンを切るなり、飛鳥は運転席から降り、助手席のドアを開けた。そして、有無を言わさずに星歌の手首をきつく掴み、エレベーターホールへと強引に歩き出した。「離して」星歌は苛立ちとともにその手を振り払おうとした。「星歌、こうさせたのは君だ」飛鳥の低い声には、切羽詰まったような執着が張り付いていた。本当なら、こんな風に彼女を荒っぽく振り回したくはなかった。だが、彼女があまりにも自分の元から離れようとするからだ。今日だって、「離婚に同意する」という嘘をつかなければ、彼女をおびき出すことすらできなかったではないか。今ここで少しでも彼女の拘束を緩めれば、一瞬でどこかへ消えてしまうのではないか。二度と探し出せなくなるのではないか。それに、あの啓介が常に彼女を狙い、隙を窺っているという焦燥感……今の飛鳥は、狂
星歌も決して小柄な方ではないが、彼の広い胸にすっぽりと収まると、ひどく小さく見えた。「星歌……やり直そう、頼むから。これまでのことは全部俺が悪かったから……な?」静寂に包まれた山荘の庭で、飛鳥は極上の甘い声で優しく囁いた。以前はいつもそうだった。星歌がどれほど激しく怒っていても、彼がこうして優しく抱きしめて機嫌を取れば、彼女は必ず最後には態度を軟化させてくれたのだ。しかし、今回ばかりは違った。「やり直す?……一ミリも無理ね」星歌は冷え切った声で、冷酷に彼を突き放した。「……っ」一ミリも無理、だと……?そこまで頑なになるほど、彼女はこれまでの扱いに絶望していたというのか。「……無理でも、やり直すんだ。夏蓮さんの件なら、もう俺がすべて片を付けた。これでいいだろう?」それはつまり、「もう二度と夏蓮さんのために君を置いて出て行ったりはしない」という彼なりの不器用な誓いだった。しかし――その言葉を言い終えた直後、まるで計ったかのようなタイミングで、飛鳥のスマートフォンが震え出した。飛鳥がポケットからスマホを取り出して画面を見ると、そこには『夏蓮』の文字が映し出されていた。彼の顔色が一瞬で強張り、無言のまま通話切断のボタンを強く押した。星歌は冷ややかな目を向けた。「……本当に出なくていいの?彼女、まだ自分で開いた傷口が塞がってないんでしょう?これ以上放置して、また大騒ぎさせてもいいの?」「……」「このまま何度も傷口を開き続けたら、今度こそ本当に命を落としかねないわよ?」星歌は心底呆れ果てていた。夏蓮の「かまってちゃん」ぶりは、ある意味で本当に執念深い。だが、あの女も誤算だっただろう。彼女が必死に飛鳥の心を奪おうと狂言を繰り返している裏で、星歌の方は、彼女の社会的な名声を跡形もなく叩き潰すべく、着々と手を打っていたのだから。結果として、夏蓮は星歌から夫を奪うことに失敗した。対して星歌の「夏蓮潰し」は、完璧以上の成果を上げている。今や夏蓮本人だけでなく、彼女が長年己の威光の盾としてきた母親・陽子の名声すらも、完全に地に墜ち、再起不能なまでにズタズタに引き裂かれていたのだった。夏蓮からの着信を切った直後、今度は亜季の番号がスマートフォンの画面を光らせた。飛鳥は画面の表示を見つめ、露骨な苛立
それに、あのプロジェクト『龍稲峡』のデザインだってそうだ。彼は自らの手で、その功績を夏蓮の名義にしてしまったのだ。「飛鳥。あなたがこの結婚生活で犯した罪の数々は、どれを一つ取っても決して許されるものじゃないわ」彼自身が犯した過ちだけでも、到底許せるものではないのだ。ましてや、冴島家の人間たちとの終わりの見えない泥沼の諍いなど、推して知るべしである。それなのに、彼は今になってのこのこと「なぜ自分に言ってくれなかったんだ」などと抜かしているのだ。彼女からすれば、まるで質の悪い冗談を聞かされているような気分だった。飛鳥は息を詰まらせ、苦しげに言葉を絞り出した。「……つまり、お前の中で、俺はそれほどまでに許しがたい存在だということか?」「ええ」星歌は迷いなく頷き、すかさず冷酷に付け加えた。「だから、離婚して」「もうやめろ!」離婚、離婚と……ここ数日、飛鳥はこの『離婚』という言葉に過敏になり、極限まで神経をすり減らしていた。今さらその話を冷静に議論できる精神状態ではない。「俺は絶対にお前と離婚しない。その考えは今すぐ捨てろ」そう言い放った直後、昨日燃え落ちた墨霞邸や、陽子の豪邸にまで火を放った件を思い出し、飛鳥はギリッと歯を食いしばって念を押した。「いいか。たとえお前がこの冴島家を丸ごと焼き払おうが、絶対に離婚はしてやらないからな!」彼の口調は強硬だった。それは星歌に対し、これ以上過激な手段で離婚を迫っても無駄だという宣言でもあった。冴島家が灰になろうとも、彼が首を縦に振ることは決してない。星歌の表情がスッと冷たくなった……疑う余地もなく、陽子の豪邸にせよ、昨日の墨霞邸にせよ、彼女がこうした容赦のない手段に出た背景には、確かに飛鳥を追い詰めて離婚を承諾させる狙いが含まれていた。だが、ここまで頑なに拒絶されるとは。星歌の口元に浮かんでいた微かな嘲笑は完全に消え去り、氷のように冷え切った。「……どうすれば、離婚に同意してくれるの?」「結婚した時に言ったはずだ。俺は絶対に別れないと!」またしても過去の『結婚の誓い』を盾に取られ、星歌は怒りのあまり口を閉ざした。墨霞邸は昨日全焼してしまったため、飛鳥はそのまま星歌を乗せ、御影山(みかげやま)の山頂にある広大なヴィラへと向かった。
庭の空気には、飛鳥がぶちまけた強烈なガソリンの異臭と、息が詰まるほどの異常な緊迫感が充満していた。......一方、車内。運転席の飛鳥は、無意識に助手席の星歌の手を握ろうと手を伸ばした。しかし、星歌は冷たく身をかわし、それを避けた。空を切った飛鳥の手。その瞬間、彼の胸の奥にポッカリと穴が空いたような、ひどい虚無感と痛みが走った。「……本邸で同居していたあの一年間、母さんはお前に何度も手を上げようとしていたのか?」飛鳥は絞り出すように尋ねた。思い返せば――結婚して最初の丸一年、彼らは冴島家の本邸で暮らしていた。飛鳥は日中、会社に詰めている。夜、帰宅した際には、家の中にこれといった異変は感じられなかった。星歌と冴島家の長老たちとの間に決定的な亀裂が入ったのは、彼女が最初の子供を流産した時のことだ。その悲劇をきっかけに、飛鳥は彼女を連れて本邸を出て、別居することにしたのだ。今日、彼女の口から出た『事あるごとに』という言葉を聞いて、飛鳥は初めて悟った。あの平和を装っていた夜の裏側で、彼が不在の昼間の本邸では、一体どれほどの修羅場が繰り広げられていたのかを。飛鳥は、本当に何も知らなかったのだ……彼はてっきり、親族間のトラブルは別居したことが原因で後から発生したものだとばかり思い込んでいた。本邸を出て行ったことで、長老たちの逆鱗に触れたのだと。ふと横を見ると、星歌はウェットティッシュを一枚抜き出し、先ほど都子の手首を掴んだ自分の手を、ゴシゴシと執拗に拭き続けていた。その淡々とした無表情な横顔には、拭いようのない強い嫌悪感が刻まれている。飛鳥は、沈黙する彼女にたまらず問いかけた。「……そんなことがあったなら、なぜ俺に言ってくれなかったんだ?」「言ってどうなるの?」星歌は彼を見ようともせず、冷ややかに言い放った。「突然やってきた余所者のせいで家の中が揉め始めたら、あなただって彼女たちと一緒に『お前が空気を読め』って私を責めたに決まってるわ」「……っ」飛鳥は言葉に詰まった。「それに――」星歌は汚い物でも捨てるかのように、丸めたウェットティッシュをダストボックスに放り込んだ。「あの頃の私たちは、まだお互いのことをよく知るような間柄でもなかったしね」「お前……!」その言葉を聞いて、飛鳥の胸にドス黒い苛
飛鳥の怒りは、もはや沸点に達していた。荒々しくスマートフォンを掴み取り、直通の番号を叩く。コール音が数回鳴ったところで、相手が恐縮したように出た。「はい、お電話ありがとうございます」「江里子と星歌がどこにいるか、今すぐ調べろ」秘書の葛城一真(かつらぎ かずま)が、一瞬虚を突かれたように沈黙した。「……承知いたしました」「早くしろ!」飛鳥の怒声が響く。この大雨の中、あいつは一体何を考えている。自分たちの思い出が詰まった品々をすべて焼き払うなど、これまでのわがままとは次元が違う。どれほど激しい口論になっても、今日のような真似をしたことは一度もなかった。苛立ちの奥底で
江里子は自分の家へ連れて帰るつもりだったが、星歌は頑なにそれを拒んだ。向かった先は、三ヶ月前に彼女が密かに購入していたマンション、星河レジデンスだった。この半年、彼女がどれほどの覚悟で飛鳥との別れを準備してきたかが、その決断から痛いほど伝わってきた。「私の家に来ればいいのに。今は誰かに付き添ってもらうべきよ。で、この部屋はいつ買ったの?」江里子は愚痴をこぼしながらも、手際よく毛布を持ってきて星歌の肩に掛けた。そのまま台所へ向かい、粥を作り始める。星歌は毛布の端を握りしめ、体を小さく丸めた。「翼さんが亡くなって、二ヶ月経った頃よ」「そんなに早くから?じゃあ、その時には
二人の間に流れる空気は一瞬にして凍りつき、静寂が痛いほど肌を刺した。一触即発の緊張が部屋を満たしていく。星歌は逃げようとする飛鳥の背中に向けて、足元の椅子を思い切り蹴り飛ばした。激しい衝撃音が、静まり返ったリビングに響き渡る。全身から剣呑な覇気を立ち昇らせ、星歌は飛鳥を鋭く射抜いた。「お義母様に教えなさいよ。私がいつ、潮汁なんて作れるようになったのかを」言葉の一つひとつが、研ぎ澄まされた刃のように飛鳥に突き刺さる。「夏蓮さんが私の作ったものを飲みたいですって?そんな見え透いた嫌がらせ、あなたには分からないの?それとも、私が料理なんて一度もしたことがないことすら、もう忘れたの
病院独特の、鼻をつく薬液の臭い。それが胃の腑を締め上げ、こみ上げる吐き気をこらえるだけで精一杯だった。冴島星歌(さえじま せいか)は、蒼白な顔でベッドに横たわり、浅い呼吸を繰り返している。スマートフォンの呼び出し音が途切れ、通話がつながった。星歌は乾ききった唇を、ようやく開く。「……流産の手術、同意書にサインが必要なの。病院に来てちょうだい」受話器の向こうで、一瞬の沈黙が落ちた。やがて響いたのは、夫である冴島飛鳥(さえじま あすか)の低く、不機嫌な声だった。「妊娠?いったいいつの話だ。俺が知らないはずがないだろう。星歌、気を引きたいからって、嘘や芝居も大概にしろよ」「……来







