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第一話*2

last update publish date: 2026-07-02 18:00:11

「エリオット、お前また余計なことをしたらしいな。先程厩番たちから苦情を言われたぞ。馬に触りたいばかりに余計な仕事を増やしてくる、とな。まったく、子どもじゃないんだから要らぬ手をかけさせるな」

 屋敷に戻った途端、泥だらけの姿を見咎められ、父に苦言を言われた。父は神経質そうな顔をしかめ、不愉快そうに小柄なエリオットを見下ろしてくる。

「そんな、私は……」

「とにかく、母親殺し以上の面倒はもう御免だからな。余計なことをしてくれるなよ」

 父にきつくそう言われ、エリオットは黙ってうなずくしかなかった。屋敷の主である父の言うことは絶対であり、エリオットに反論の余地もない。

「大体お前はやることなすこといつも余計なんだ。それなのに先日もまた厨房なんかに出入りして料理を覚えようとしたらしいな。ワシらを毒殺でもしようって言うのか?」

「そんなことはありません! 私はただ、みんなに美味しいものを食べて欲しくて……」

「ふん、どうだが。母親殺しのお前の言うことなど、真に受けるわけがないだろう」

 そう言われてうな垂れるエリオットに、父は冷たい視線を向けてくる。エリオットへの愛情など欠片も感じられない眼差しに、心が押し潰されそうだ。

「まったく。十九にもなってもワガママばかり……。少しは家の役に立つことはできぬのか」

 普段であれば、ここで父はそう苦々しく呟きながらエリオットを置いてどこかへ去ってしまうのだが、ふと「……そうか、お前はもう十九になったんだったか」と尋ねてきた。おずおずと顔をあげると、父がいつになく不気味で柔和な笑みを浮かべてこちらを見ている。

「は、はい……先日無事に十九を迎えました」

 確かに先月エリオットは十九歳を迎えたが、庶子であるためか、兄たちのように盛大に祝いの宴を開かれたりすることはなかった。これまでに一度だって、そのようなことをしてもらった覚えもない。

「そうか……ならば頃合いだな」

 そう独り言ちる父の顔は何か含みのある笑みを浮かべていて、ねっとりとした視線を向けてくる。その眼差しに、エリオットは悪寒すら覚えた。

 頃合いとは? そう意味を尋ねようとする前に、父はエリオットのあごに手を宛がって上向かせてこう告げた。

「エリオット。お前、我がヴェルクレイン国のために生贄嫁いけにえよめとなれ」

「え、私が……? 生贄嫁とは、どういう……」

 生贄嫁というものがどういう存在であるのか、エリオットは伝承の類いでしか知らない。それにそれは女性だけのことではないのだろうか。だから全く言葉の意味が解らずうろたえて問うと、父はそれに対して強い口調で答える。

「お前にしかできない御役目を与えてやろうというのだ、有り難く思うがいい」

 薄く不気味に笑う父はそれ以上語らず、傍にいたメイドの一人に何かを言いつけて去っていく。

 呆然としているエリオットにそのメイドは歩み寄り、いつになく恭しい態度でこう言った。

「エリオット様、婚礼のお支度をいたしましょう」

 普段であればエリオットが話しかけても応えてもくれないくせに、そのメイドはまるでエリオットを本物の令息か、もしくは令嬢であるかのように恭しく接してくる。

 一体何が起ころうとしているのか、エリオットには何一つ説明がないまま事が進んでいくのだった。

 ヴェルクレイン国は山に囲まれた大陸の端にある小さな国だ。これといった産業も資源もないこの国が、何百年にもわたり滅ぶことなく続いてきたのは、ひとえにこの国と古くから結びついている魔王の魔力による影響が大きいとされている。それはこの国がかつて魔王の支配下にあったことに由来していると言われているが、詳細は定かではない。

「ここ十数年、我が国は緩やかに衰退しておる。特に今年は日照りが続き、水は涸れつつあり、作物もろくに育たぬ。その憂いから我が国を救うために、エリオット=ハイランドよ、魔王の許へ嫁いでくれるな?」

 王宮からの命を受けて王と対面した際、エリオットはそう告げられた。何故なら、ヴェルクレイン国の繁栄には魔王の魔力の影響が強く、それを維持させるためには定期的に生贄を捧げてきたからだ。そしてその最大級のものが生贄嫁と言われているからでもある。要するにいま、ヴェルクレイン国は最大の国難に瀕しているので身を捧げよというのだ。

「あの……私でよろしいのでしょうか? 私には取り立てて秀でたものなどありませんし、特段美しいわけでもないですし……」

 国難を救えるのは、年頃の姫か令嬢か、少なくとも長兄たちのようになにがしか優れたものを持つ者でなくてはならぬのではないだろうか。何もエリオットのような、悪い噂しかない人間が、国難を救う生贄嫁にふさわしいとは思えない。そう、断りを挟もうとした時だった。

「そなた、なかなかに愛らしい顔をしておるが――『母親殺し』、だそうだな」

「……え?」

 家族以外に面と向かって言われたことがない言葉に、身が凍り付く。目を見開いて玉座の王を見上げるエリオットに対し、王は悠然と微笑みながら問う。

「何故その名をご存じなのですか」

「聞いておるぞ。そなたには悪を呼び寄せるだけの力があるのだろう? だから、自らの母親を殺した。そうだな?」

「そ、それは……」

 そんなたいそうな力など、エリオットに備わっているわけがない。確かに不本意ながら母親は行方知れずで、そのせいで母親殺しとは呼ばれているが、だからと言ってそれはエリオットが悪事をはたらいて起こしたわけではないのだから。

 しかしそれを、王にどう説明すればよいのか。王はきっと、エリオットが母親殺しと呼ばれていることだけを聴きつけ、生贄嫁にするというのだろう。

「魔王の魔力を引き上げるためには悪を呼び寄せるような、大いなる穢れのあるものが良いとされておるからな。それこそそなたに適任の役割と言えよう」

 そうは思わぬか? とすごまれ、もはやエリオットに断るすべも権利もない。ごくりと息を飲みこみ逡巡するも、答えはすでに城に呼ばれた時点で決まっているのだ。

「――私でよければ、ヴェルクレイン国のためにこの身を捧げさせていただきます」

 こうしてエリオットは、魔王の魔力を上げるための生贄嫁として嫁がされることとなった。

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