LOGIN私、月島莉都(つきしま りと)が瀬尾晃成(せお こうせい)と別れて、五年目のことだった。 国際空港で、私は晃成と再会した。 彼は海外にいる妻、瀬尾依澄(せお いずみ)に会いに行くところで、私は仕事で海外出張へ向かうところだった。 しばらく言葉が出なかった。 先に口を開いたのは、晃成だった。 彼は少し気まずそうに、私へ軽く会釈した。 「ここ数年……元気にしてた?」 私も静かに答えた。 「ええ。元気よ」 それぞれの搭乗口へ向かう途中、晃成がふいに振り返った。 「莉都、あのとき……お前が会いに来てくれたとき、実は……」 その先の言葉は、空港のアナウンスにかき消された。 私は聞き返さなかった。 そのまま背を向けて、歩き出した。 あの年、私は遥か遠く離れた彼に会うため、飛行機に乗った。機内での丸八時間、一切の連絡が途絶えていた。けれど到着後、私の元に届いたのは意外なメッセージ。晃成はそのメッセージで私にすべてを打ち明けた。 彼には、ずっと別の女性がいたのだ。 一万キロの距離を越えて会いに行った先で、私はようやく気づいた。 あの恋は、私が思っていたよりずっと前に終わっていたのだ。
View More「怖かったんです。あのまま騒ぎが広がれば、仕事も生活もめちゃくちゃになると思いました。本当に悪いのは自分だと、知られるのが怖かった。だから黙っていました。卑怯だったと思います。責められて当然です」動画を最後まで見ても、私は何も感じなかった。遅すぎる後悔は、結局、自分を楽にするためのものにしか見えない。今さら何を言われても、あの頃の私には届かない。コメント欄は、すでに騒然としていた。特に多くの共感を集めていたのは、このコメントだった。【じゃあ、当時叩かれていた女の子は、何も悪くないのに三か月も責められてたってこと?なんで今さら?もっと早く言えたはずでしょ】その後、動画は一気に広まった。いくつもの拡散アカウントに取り上げられ、晃成の名前はトレンドにも上がった。最初に並んでいたのは、驚きの声だった。けれどそれは、すぐに怒りへ変わった。そしてその怒りは、画面の中だけでは収まらなくなっていった。誰かが晃成の勤務先を調べ上げ、会社に苦情の電話を入れたらしい。自宅の場所まで晒され、家の周りには落書きまでされたという。街で彼を見かけた人が、罵声を浴びせたという話も流れてきた。かつて私に向けられていた悪意が、今度は晃成に向かっていた。私はソファに座ったまま、流れてくる投稿をぼんやり眺めていた。胸がすくわけでもない。かといって、かわいそうだとも思わない。ただ、ずいぶん遠くの出来事を見ているようだった。依澄も、ただでは済まなかった。彼女のSNSにも、五年前にわざと私を悪者にしたのではないか、騒ぎを大きくしたのではないか、というコメントが相次いだ。依澄は何も答えなかった。否定もしないまま、アカウントを消した。そのあと、依澄が弁護士を立て、晃成との離婚に向けて動いているらしいという話が出回った。財産分与や慰謝料をめぐって、かなり揉めているらしい。でも、もう私には関係なかった。さらに数日が過ぎたころ、綾乃からまた電話がかかってきた。「莉都、ニュース見た?」「何のニュース?」「瀬尾、事故に遭ったって」私は何も言わなかった。「運転中も、スマホがずっと鳴っていたらしいの。知らない番号から、彼を責める電話が何本もかかってきてたって。それで一瞬よそ見して、そ
【許してほしいとは言わない】【ただ、何かあったときに、少しでも助けになれたらと思ってる】【この先、二度と俺の顔を見たくないとしても】【一生、許してもらえないとしても】【前に教えてもらった口座に、少し振り込ませてもらった】【これで償いになるなんて思ってない。それでも、今の俺にできることはこれくらいしかなかった】【使っても、放っておいても、返してもいい。お前の好きにしてくれ】【押しつけがましいのは分かってる】【それでも、何もしないままではいられなかった】続けて、銀行アプリから通知が入った。【振込入金のお知らせ】【入金額:2,000,000円】【振込依頼人:セオ コウセイ】表示された金額を見て、思わず手が止まった。二百万円。笑って流せるほど少なくはない。かといって、人生が変わるほどの額でもない。返すかどうか迷わせるには、ちょうどよすぎる金額だった。彼も少しは考えるようになったらしい。私は返金しなかった。もらえるものは、もらっておく。この五年で受けたものが、二百万円で帳消しになるはずがない。それでも、ないよりはずっといい。それから数日間、私は好きに過ごした。提携は無事にまとまり、帰国後、上司に「少し休んだら」と言われたので、有給を一週間まとめて取った。毎日、自然に目が覚めるまで眠り、起きてから近所へ食べに出た。駅前に新しくできたラーメン屋が思いのほか当たりで、三日続けて通った。午後はソファに寝転がってドラマを見た。見ようと思ったまま放っておいたドラマや番組を、ようやくまとめて見終えた。夜は友人と少し高い寿司を食べに行き、遠慮せずに好きなものを頼んだ。スマホには、晃成からのメッセージがまだぽつぽつ届いていた。けれど、返事はしなかった。お金を受け取ったからといって、許したわけではない。ただ、返す気にもならなかっただけだ。五日目の午後、私はソファに寝転がって、よく冷えたスイカを食べながら、テレビのバラエティ番組を見ていた。久しぶりに、声を出して笑った。そのとき、突然スマホが鳴った。同僚の小林綾乃(こばやし あやの)からだった。「莉都、今スマホ見られる?早く!」綾乃の声は、いつになく慌てていた。「何、火事でも起きた?」「
「月島様?お食事はよろしいんですか?」「やめておきます。先にホテルまで送っていただけますか」私はそう言って車に乗り込み、ドアを閉めた。運転手は私を見て、庭のほうから漏れてくる言い争いにちらりと目をやった。けれど、何も聞かなかった。ただうなずいて、運転席に戻る。「分かりました。ホテルへ戻りましょう」車はゆっくりと走り出し、細い道を抜けていった。バックミラーの中で、あの白い建物が少しずつ遠ざかっていく。二人の言い争う声も、やがて聞こえなくなった。私はシートに体を預け、目を閉じた。……翌朝、私は早めに目が覚めた。鏡を見ると、顔色は思ったより悪くなかった。昨夜はよく眠れたらしい。打ち合わせは、取引先の本社で行われる予定だった。ホテルのロビーへ下りると、ジェイソンが資料を持って待っていた。「月島様、先方のプロダクト責任者のスミス様は、今回の提携にかなり前向きでいらっしゃいます。ニューヨークからわざわざお越しになったそうです」私はうなずき、資料を受け取ってもう一度目を通した。内容はすでに頭に入っている。それでも、慎重でいるに越したことはない。打ち合わせは三時間近くに及んだ。私は最初から最後まで母語で説明し、ジェイソンが隣で通訳を務めてくれた。終わると、スミスは自ら席を立ち、にこやかに手を差し出した。「月島様、今後の提携を楽しみにしています」私はその手を握った。「ありがとうございます。ご期待にお応えできるよう努めます」そばにいた数人の担当者も立ち上がり、次々と私と握手を交わした。ジェイソンがそっと声を落とした。「月島様、スミス様がここまで早く前向きなお返事をされるのは、かなり珍しいですよ」私は軽く笑った。商談のあと、スミスの秘書が一階まで送ってくれた。私たちはロビーを抜け、駐車場へ向かう。建物を出たところで、視界の端に人影が映った。反射的にそちらを見た。晃成だった。彼は通りの向こう側の木陰に立ち、こちらを見ていた。距離があって、表情までは分からなかった。けれど、左の頬が不自然に腫れているのは見えた。赤く熱を持ったような頬に、うっすらと指の跡が残っている。誰かに叩かれたのだろう。私はそれ以上見なかった。そのまま前を向いて歩き
「五年前もそうだったわよね。わざわざここまで来て、結局泣いて帰ることになったんでしょう?今回も、また同じことになるんじゃない?」「ねえ」私は静かに口を開いた。「何?」彼女がこちらを見た瞬間、私はその頬を打った。乾いた音がして、依澄の顔が横を向いた。「相変わらず、そうやって人を踏みにじるのが好きなのね」依澄はしばらく動かなかった。やがて、信じられないというように私を見た。「……よくも叩いたわね?」私は薄く笑った。「叩いたけど。それが何?」依澄の顔が怒りで強ばった。「晃成、黙って見てるつもり?私、この女に叩かれたのよ!」晃成は複雑そうな顔をしていた。少し黙ったあと、ためらうように言った。「今のは……お前の言い方が悪かった。謝れ」依澄は目を見開いた。「何それ。私に、この女へ謝れっていうの?晃成、どうかしてるんじゃない?私はあなたの――」「もういい!」晃成が突然、声を荒げた。依澄はびくりとして、言葉を呑んだ。「いい加減にしろよ」晃成は依澄を見据えたまま、荒い息をしていた。「ここでそんなことを言い合って、何になるんだよ。もうやめろ」「私……」依澄は明らかに、この展開を予想していなかった。彼女にとって晃成は、いつだって自分の味方でいるはずの人だったのだろう。何があっても、正しいかどうかに関係なく、最後には自分の側に立ってくれる人。「この女の肩を持つの?」依澄の声が震え始めた。怒りなのか、それとも別の感情なのかは分からない。「晃成、今さらこの女をかばうわけ?」「誰をかばうとか、そういう話じゃない。ただ、そこまで言う必要はないだろ――」「必要ない?」依澄が彼の言葉を遮った。「それをあなたが言うの?あのとき、しつこく付きまとわれて困ってるって言ったのは誰?向こうから勝手に来たんだって言ったのは誰?それなのに今さら、いい人ぶるつもり?晃成、あなた本当にどうかしてる」依澄の声はどんどん大きくなり、近くにいた人たちの視線まで集め始めた。私はその場に立ったまま、二人のやり取りを見ていた。依澄はさらに声を荒げた。「ねえ、晃成。あのとき私が許さなかったら、あなた、今ごろどうなってたと思ってるの?昔の女とのことであれだけ揉め
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