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16・前線

Author: 揚羽渓名
last update publish date: 2026-06-26 19:30:49

 しばらくすると、後方からこんな声が聞こえてきた。

「お嬢様、そろそろお戻りになられませんと」

「あら、もう少し良いでしょう? 未来の旦那さまの雄姿はしっかり見ておかないと!」

 可愛らしい声に振り返ると、そこには先程のお嬢さんが取り巻きとメイドらしき人たちに囲まれて談笑している。

「オズワルド王の正妻になるのはこの私よ。彼が唯一口を利いてくれたのもこの私。他の人達よりも二歩も三歩もリードしてる。そうは思わない?」

「仰るとおりですわ。オズワルド王が唯一話しかけられたのはお嬢様だけです。他の候補者達は未だに口すら利いてもらった事が無いと聞き及びましたよ。ですがお嬢様、側室候補にはまだ空き枠があります。そこにもし隣国の姫などが来られたら……」

「関係ないわ。側室が何人居ようと、あの方の子どもを産んだ者だけが王妃の座を掴めるのよ。それに、私が正妻になったら側室制度なんてすぐに廃止するわ。だって、オズワルド王には私だけを見ていてもらいたいもの」

 そう言って女性たちは丘を軽やかに下って行っ

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  • 冷酷王の知られざる秘密   29・オズワルド専用

      オズワルドの専用慰み者になって早二ヶ月。戦況は思ったよりも長引いていた。おまけに私のテントを襲った犯人もまだ捕まっていない。 そして私はほぼ毎晩オズワルドに抱かれている。 この日も朝食を食べた後、寝室に戻るとオズワルドが着替えだしたのを見て私は思わず問いかけた。「今日も出陣?」「ああ。言っておくがまた勝手に抜け出して見に来たりするなよ?」「分かってる。命狙われてるかもしれないのにそんな事しないよ。私よりもオズワルドの方が気をつけてね」 オズワルドは最近は休みもなくずっと前線で戦っていた。 軍服に着替えているオズワルドのボタンを止めながら私が言うと、オズワルドはそんな私を見下ろして頷く。「ああ。……なぁ、自分で着られるが」「知ってる。でもちょっと新婚さんごっこしてみたかったの」 言いながら曲がった勲章を整えて胸を軽く叩くと、オズワルドは少しだけ目の下を赤くして言った。「そうか。では行ってくる」「うん、いってらっしゃい」 オズワルドを見送った私は、奥の天幕に引きこもってベッドに転がった。 この二ヶ月は大体こんな日が続いていた。※ ダリアの見送りを背中に聞きながら戦場に向かうと、そのまま指揮官が集まるテントに向かった。そこには既にアーノルドとセルクが居る。 他所の国ではもっと沢山の指揮官を立てるようだが、俺達は違う。大体この3人で指揮を取る。「少し遅れたか」 テントに入って尋ねると、戦況図を眺めていた二人が顔を上げた。「いや、大丈夫だよ。今あっちの戦況が届いたとこ」「そうか」 それだけ言って座ると、そんな俺をセルクがまじまじと見つめてくる。「なんだ」「お前、また女抱きだしたって?」「それ僕も聞いた。ずっと禁欲生活してたのに急にどうしたの」「別に禁欲生活をしていた訳でもないんだがな」 

  • 冷酷王の知られざる秘密   28・保護されるダリア

    「あいつだけは本当に……」「精力的で助かってはいますが、ここまで来ると少し心配になってきますね……昨日は無理やり休ませましたが」「ああ、知っている。すまないな、気を揉ませて。だがそれも今日までだ。ダリアを明日から俺専属にしてくれ」 俺の言葉に管理者は驚いたように目を丸くして俺を見上げてきた。「一応誤解の無いように言っておくが、昨夜、ダリアの部屋が何者かに荒らされた。そしてどうやらあいつは誰かに命を狙われている」「ええ!?」「そういう訳で、ダリアの今後の日程は全て俺にしておいてくれ。慰み者が何者かに殺されたなどと悪評が立っては次回からの遠征に響く」「か、畏まりました!」 管理者はそう言って急いでリストを書き換えると、青ざめながらテントから出る俺を見送ってくれた。 ナイフを持って天幕に戻ると、ダリアとグレイが仲良く談笑している。その光景が何だか無性に腹立たしかった。※  何だか息苦しくてナイトドレスの前を確認すると、相変わらずボタンが一番上まできっちりと止まっている。 寝苦しくなるからいつも二番目のボタンまでしか止めないのに、どうしてもオズワルドは私のナイトドレスのボタンを一番上まで止めたいようだ。 とりあえず着替えて天幕から顔を出すと、そこには今日もあの兵士が立っている。「おはよ」「ん? ああ、あんたか。おはよう。王が——」「出すな、でしょ?」 思わず私が言うと、兵士は笑って頷く。どうやら昨日惚気を聞いたおかげで大分仲良くなれたらしい。「今度は何があったんだ? 王が早朝に怒り狂って出てきたが」「怒り狂って? なんでだろ。夜は普通だったよ?」「本当に? それじゃあ、あんたの寝相が悪くて王をベッドから蹴り出したとかか?」「私は寝相悪くないよ! でもどうしたんだろ」「さあ……ただ、本当に怖い顔だったぞ

  • 冷酷王の知られざる秘密   27・狙われるダリア

     呆れたような顔をしてこちらを見下ろすオズワルドに私が頷くと、オズワルドは淡々と言う。「25だ」「若い!」「お前のほうが若いだろ。いくつなんだ?」「分かんない。数年前からお客さん取ってたらしいけど、多分20代前半かなって」「なるほど。その歳でこんな色魔に育つなんてな。俺が親なら卒倒するな」「人のこと言えないでしょ? それに以前の私がどんなかだったかは分からないよ。だって、記憶ないんだもん」「ああ、そうだったか。前世を覚えているのも大概だが、記憶が無くて困らない物なのか?」「どうだろ。気づいたら私はこの世界に居たし、翌日には慰み者として馬車に詰め込まれてたからあんまり考えた事ないかも。文字も読めるし言葉も話せるし、お金も計算出来るから大丈夫でしょ」「そうか。まぁ、今更記憶が戻ったらお前が俺にした数々の無礼に慄くだろうから、戻らない方がいいかもな」「それはそうかも」 オズワルドの言葉に思わず笑うと、沈む夕日を見つつ買ったチキンカツを食べながら拠点に戻ったのだった。 拠点の入口でオズワルドと別れて自分のテントに戻ると、私は悲鳴を飲み込んだ。「な、なによこれ!?」 テントに鍵などない。だから当然と言えば当然なのだが、私が留守にしている間に私のテントの中は酷く荒らされていた。そして金目の物がごっそり無くなっている。「嘘、でしょ……全財産が……」 至る所に隠しておいた全財産(とは言っても大した額ではない)が、全て根こそぎ盗まれている。 私がペタリとその場に座り込んでしばらく放心していると、突然テントが開いた。「おい、忘れも——どうした?」「オズ……」 テントを開けたのはオズだ。手には今日買った歯ブラシが握りしめられている。「一体何事だ、この有り様は」「泥棒に入られたみたい……全財産盗られちゃっ

  • 冷酷王の知られざる秘密   26・冷酷王

     しばらく私達は無言で歩いていたけれど、やがてオズワルドが一軒の店の前で立ち止まった。店を見上げると、そこには雑貨屋の看板がかかっている。「ここ?」「ああ。行くぞ」 少しだけオズワルドの手に力がこもった。何故か少しだけ緊張しているようだ。その理由はその後、すぐに分かった。「い、いらっしゃいませ、王」「ああ」「今日はどのようなご要件で……いえ! 失礼しました!」「そんなに緊張しなくて良い。別に視察に来た訳じゃない。歯ブラシを見に来ただけだ」「さ、さようでございますか……」 そう言ってお店の人がビクビクしながらオズワルドから距離を取っていく。こういう態度を取られるから、オズワルドも少し緊張していたようだ。「ね、ね、日用品はあっちみたいだよ!」 何だかそんなオズワルドが可哀想で私が手を引っ張ると、オズワルドもお店の人もホッとしたような顔をしている。「ああ」「あったあった! 何色が良い?」「別に何色でも構わないが」「じゃ、青ね。あなたの目の色! 私はピーンク! 一番可愛いから!」 プラスチックではない、恐らく豚か何かの毛が木に刺さっただけのかったい歯ブラシを二本取ると、それをオズワルドに手渡した。「……お前のもか?」「うん。お財布持ってきてないもん。後で返すよ」「いや、それは別に構わないが」 それだけ言ってオズワルドは歯ブラシを二本持って店の奥に向かっていく。その間私は店内をウロつきながら面白そうな物がないか見ていたのだが、やがて戻ってきたオズワルドにまた手を掴まれて店の外に出た。「ありがと!」「いや、それはこちらの台詞だな。俺が緊張しているとよく分かったな」「うん。手がね、こうキュッて。イク時みたいに——痛い!」「往来だぞ。口を慎め」 頬をオズワルドに抓られて思わず頬

  • 冷酷王の知られざる秘密   25・ありがとう

    ※ はぐれるなよ、と忠告をして通りを曲がり、さらに直ぐ側の通りを曲がって振り返ると、いつの間にか後ろを歩いていたダリアが居ない。「あいつ、どこへ消えた?」 どこかの店に入ってしまったのか、それとも何かを見つけたか。気がつけば俺はダリアとすっかりはぐれてしまっていたのだ。 しばらく元来た道を見て周ったが、その間もずっと周囲から何とも言えない視線が飛んでくる。誰かに訪ねれば早いのかもしれないが、まさかこんな所で迷子になったとは言えず黙々と歩いていると、ふとこんな声が聞こえてきた。「おい、あいつらまた女の子を裏路地に引きずり込んでたぞ!」「またかよ。誰か警邏隊呼んだか?」「いや、まだみたいだ。どっかで電話借りるか」 その声に俺は確信した。ダリアだ。間違いない。 俺はその話をしていた二人連れに近寄ると、声をかけた。「お前たちに聞きたいことがある」 低い声で言うと、二人は振り返って俺を見るなり青ざめている。「お、オズワルド王!?」 二人は素っ頓狂な声を上げながら後ずさるが、俺はそんな二人にさらに近寄って尋ねた。「その裏路地とやらはどこだ?」「へ?」「連れ込まれたのは俺の連れだ。どこの路地だ?」 出来るだけ丁寧に、かつ怯えさせないように尋ねたが、それでも二人は怯えた様子で一本の路地を指さした。「すまなかったな。ありがとう」 それだけ言ってそそくさとその場を立ち去ると、二人の言った路地に入ろうとしてふと足を止めた。このまま路地にむやみに突っ込み、挟み撃ちにでもされたら敵わない。ダリアを狙ったのがただの暴漢であれば良いが、俺と歩いていたから狙われたという可能性もあるのだ。 そこまで考えて俺は足元に落ちていた大きめの石をいくつか拾うと、路地の側にある階段を登った。 ここらへんの地形は全ての店が連なっていて、一階と二階ではそれぞれ違う店が入っていた。そのために道は階層が分かれている。 小走りで路地に沿ってダリアを探していると、突き当り

  • 冷酷王の知られざる秘密   24・ダリア、襲われる

    「オズワルドさ、デート下手すぎない?」「デート? これはデートなのか?」「男女で歩いてりゃ何でもデートでしょ!? それでこのまま夜になったら……ねえ!?」「ねえ? と言われても。お前のメインはどうせそっちだろ? なるほど、これはデートだったのか。それは失礼したな」「いいよ。……ねぇ今さ、内心厚かましい女だなって思ってない?」「思ってる」 あまりにもはっきり言い切ったオズワルドの言葉に思わず私は笑ってしまった。そんな私に釣られたかのようにオズワルドも小さく笑う。「お前の事は最初からとんでもない女だと思ってる。それはずっと変わらないな」「でもそのとんでも女のおかげで色々出せたでしょ?」「そうだな。あとやっぱりお前は気安すぎないか?」「そうでもないよ。記憶失ったら皆こんなもんだよ」「……そうか?」 話しながら歩いていると、目の前に街が見えてきた。 オズワルドが冷酷王だと呼ばれているという事はもう知っているが、実際どれほど評判が悪いのかと思っていたら——。「……ねぇ、行き交う人が皆、縦に割れていくんだけど」「言っただろ? 俺は冷酷王って呼ばれてるんだよ」 街に入った途端、行き交う人達が皆、私達に道を譲ってくれる。それほどにオズワルドは恐れられているようだ。 何だか人々のこんな反応が新鮮で私がキョロキョロしていると、気がつけばオズワルドは遥か前方を歩いていた。「こっちだ。はぐれるなよ」 オズワルドの声に私は駆け出したが、人に阻まれてなかなか前に進めない。そうこうしている間にすっかりオズワルドとはぐれてしまった。 「あ、あれ?」 どこかの店に入ってしまったのか、目立つあの銀髪を探すがオズワルドはどこにも居ない。 その時だ。突然誰かに腕を掴まれた。 オズワルドかと思って振り向くと

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