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第4話

Auteur: 氷の如き
あの同窓会以来、私は一度も湊人に会わなかった。

クラスのLINEグループも退会した。

真由以外のすべての連絡先を削除した。

私は自らを絶海の孤島に閉じ込め、ただ独りで生きる道を選んだ。

心臓の機能は、日に日に衰えていった。

最初は胸が苦しい程度だったのが、やがて鈍い痛みが絶え間なく続くようになり、ついには呼吸をするたびに生臭い鉄の味が混じるようになった。

私は大量の血を何度も吐き出した。

熱を帯びた、鮮やかな赤。

真由は私の家に移り住み、寝食を共にしてくれた。

私の前では、いつも太陽のように明るい笑顔を絶やさずに。

「夏海、見て。新しいお花屋さんができてたから、あなたの好きな白バラを買ってきたよ」

「夏海、新しいレシピを覚えたんだ。肉じゃが、早く食べてみてよ」

けれど、彼女は私が眠りについたのを見届けると、洗面所へ駆け込むのだ。

蛇口を全開にし、激しい水の音で、崩れ落ちそうなほどの泣き声を必死に押し殺していた。

私は、すべてを知っていた。

けれど、ただ目を閉じて、深く眠っているふりをするしかなかった。

死を待つだけの人間には、誰かを慰める気力さえ、もう残っていなかった。

湊人の結婚式まで、あと三日。

昨日、主治医から「覚悟をしておいてください」と告げられた。

いわゆる、看取りの準備というやつだ。

分かっている。私は……そこまで持たない。

ベッドに横たわる私の横で、真由がりんごの皮を剥いている。

窓から差し込む陽光はどこまでも弱々しく、まるで薄いヴェールのように部屋を包んでいた。

私は力なく首を巡らせ、彼女の顔を見つめた。

彼女の目は、また赤く腫れている。

「ねえ、真由」

掠れた声で、私はそっと語りかけた。

「……湊人は結婚式の日、何色のタキシードを着ると思う?」

りんごの皮を剥く真由の手が、激しく震えた。

刃が指先をかすめたが、彼女は痛みすら感じていないようだった。

私は、遠い日の記憶を辿るように、独り言を続けた。

「きっと、白よね。

肌が白いから、白がすごく似合うもの。

彼は昔から言ってたわ。黒は重苦しくて嫌だって。

綺麗で、明るいものが好きだったから。

ねえ、真由……そう思わない?」

「もうやめて!」

真由はりんごとナイフを放り出し、泣き叫んだ。

「お願いだから夏海、もう……一言も喋らないで!」

真由は私に縋りつき、溢れ出した大粒の涙が、私の手の甲を激しく叩いた。

「耐えられない……もう見てられないよ……っ!

今すぐあいつに電話する!全部、全部ぶちまけてやるんだから!」

震える手で、彼女は必死にスマホを探り当てようとする。

「あなたがもう死ぬんだってことも、あの時なんで別れたのかも、全部教えてやるのよ!」

「ダメよ」

私は残された力を振り絞って、彼女の手首を掴んだ。

泣きじゃくる彼女をじっと見つめ、ゆっくりと首を振る。

「彼はようやく……新しい人生を歩み始めたのよ。

一生に一度の晴れの日に、私が彼の幸せを壊すわけにはいかないわ。

真由……そんな自分勝手なこと、私にはできない」

この数年、彼は次から次へと恋人を替えてきた。

分かっていた。

そうすることで私に復讐し、自分自身の心を麻痺させていたのだと。

けれど、私に何ができたというのか。

未来を与えられない私が、彼を道連れに地獄へ落ちるわけにはいかなかった。

「……ねえ、なんでよ!納得いかないよ!」

真由は私に顔を埋め、声を上げて泣きじゃくった。

「なんであなたが病気にならなきゃいけないの!どうしてあなたばっかり、こんなに苦しまなきゃいけないのよ!

あのバカは何も知らないで……今だってあなたを恨んでるっていうのに!

不公平すぎるよ……っ!」

私は手を伸ばし、彼女の涙を拭ってあげようとした。

けれど、指先を動かす力さえ、もう残っていなかった。

湊人の結婚式の前日。

私は死んだ。

風が白いカーテンを静かに揺らす、どこにでもある、穏やかな午後のことだった。

私が真由に残した最期の言葉はこうだ。

「私のキャッシュカードの暗証番号……湊人の誕生日なの。

お願い、私のかわりに……彼に、ご祝儀を包んであげて。

残ったお金は……全部寄付してね」

魂となった私の身体は、驚くほど軽かった。

壁をすり抜け、重力さえも忘れて、どこまでも遠くへ。

気がつけば、私は湊人の結婚式場に辿り着いていた。

チャペルの天井は高く、ステンドグラスが陽光を受けて幻想的な光を放っている。

列席者で埋め尽くされた会場。

莉奈は純白のウェディングドレスを纏い、花が綻ぶような満面の笑みを浮かべている。

そして、私は湊人の姿を見つけた。

バージンロードの先に立つ、真っ直ぐな背中。

彼がゆっくりと振り返る。

予感は当たっていた。

彼は、一点の曇りもない白のタキシードを着ていた。

完璧な仕立てが、彼の端正な顔立ちと、隠しきれない気高さをより一層引き立てている。

その姿は、私の記憶の底で今も輝き続けている、あの頃の白シャツ姿の少年よりも……ずっと、ずっと綺麗だった。

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