LOGIN親友の水城莉央(みずき りお)と、私の従兄、朝倉悠真(あさくら ゆうま)の結婚式で、5年付き合った私の婚約者、桐生怜司(きりゅう れいじ)が新婦の投げたブーケを受け取った。 最近は未婚女性だけを前に呼ぶのが気まずいからと、私たちの周りでは、男性も混ざってブーケを受け取るのが半ばお約束になっていた。 ゲストたちは、次に何が起きるのかわかっているように私を見た。祝福の声と、楽しげな笑いが式場で広がっていく。 けれど、怜司は私を一度も見なかった。 ブーケを手にした瞬間から、その目は窓際に座る白いドレスの女性に釘づけだった。 怜司の初恋相手。つい最近、帰国したばかりの白石紗良(しらいし さら)だった。
View More【桐生怜司の日記】俺と美羽の間に残された、あの子の小さな墓は、今も美羽の両親の墓のそばにある。あの日、美羽が言っていた小さな服が届いて、俺は思わず笑いそうになった。……本当に、不器用な出来だった。毛糸は編み目がずれているか、ほつれているかのどちらかで、小さな靴も片方は大きく、もう片方は小さい。幅までまるでそろっていなかった。仕方なく、俺は昔取った杵柄で、かつて美羽にマフラーを編んだときの道具を引っぱり出し、一つずつ編み直した。それだけで、まるまる1か月かかった。美羽に頼まれたとおり、あの子の墓へ服を届けに行ったとき、見覚えのある2人を見かけた。ああ、美羽の親友莉央と、悠真だ。莉央のほうは、ひどい様子だった。目は赤く腫れ、ひどく痩せていた。まるで、美羽と同じように。……それから数十年、俺は結婚もせず、子どもも持たなかった。祖父がどれだけ説得しても、首を縦に振らなかった。なぜか美羽の従兄である悠真だけはどうにも気に入らず、俺はことあるごとに、こっそり邪魔をした。美羽は、まだ見つからない。世界中の海辺を何度も訪ね歩いたのに、どこにもいなかった。それでも俺は、どこか楽観的だった。いつか俺が恋しくなれば、美羽はきっと帰ってくる。あいつは誰よりも情に厚い。俺は、それを知っていた。……さらに時がたって、悠真は浮気をし、隠し子まで作った。そのうえ、妻を無一文で追い出そうとしていた。莉央が、俺のもとを訪ねてきた。俺に憎まれることも、許されないことも覚悟のうえで、すべてを打ち明けた。「美羽が、十数年前に死んでいたって?」俺がそう尋ねると、莉央はただ静かにうなずき、こう告げた。「夫と私が、2人で仕組んだの。美羽が子どもを失い、生きる気力をなくすように」俺は言った。この何年、あなたたちだって楽ではなかっただろう、と。莉央は骨と皮ばかりに痩せ、40歳だというのに、60歳にも見えるほど憔悴していた。莉央は笑って、これは自分への報いだと言う。「力を貸してあげる。でもその前に、美羽のお墓を見せて」小さな墓石だった。俺が何も知らずに何度も通り過ぎていた場所の、ほんの少し先に、美羽はずっと眠っていた。俺は、あの日よりもずっと美しいブーケを供えた。あの日、本当は美羽に渡すべきだった花を。そして墓前
莉央が目を覚ましたとき、二日酔いの頭痛がひどかった。どうして宿に戻って寝るよう声をかけてくれなかったのか。そう美羽に文句を言うつもりだった。けれど、軽く手を伸ばして美羽を押しただけで、その体は何の抵抗もなく、丸まったまま砂の上に横倒しになった。莉央はしばらく呆然として、それからようやく、冗談めかして言った。「ねえ、美羽。そんなに演技がうまいなら、女優にでもなればよかったのに」美羽は何の反応も返さない。眠っているように静かで、黒い髪が砂の上に広がっていた。その長い髪は、おとぎ話で陸に上がった人魚の、海草のような髪にそっくりだった。「もう」莉央はしゃがみ込み、じれったそうに美羽の頬をつまんだ。けれど指先に触れた、生きている人間とは思えない冷たさが、一瞬で彼女を正気に戻した。ああ、死んでいる。莉央はその場にしゃがんだまま、長いあいだ、呆然としていた。空の果てに、最初の朝日が昇り、静かに眠る美羽の顔を照らすまで。「ねえ、海辺の日の出が見たいって言ってたじゃない。どうして、こんなに駄目なの。あんなに何日も耐えたのに、最後の数時間がどうして……」そう言って立ち上がろうとした莉央は、蹴り崩された砂の城に目を奪われた。昨夜、酔いの中で自分が口走った言葉がよみがえり、全身にぞくりと鳥肌が立つ。必死に思い出そうとしても、覚えているのは、あの子の最後の一言だけだった。「いいんだよ。許すから」莉央は突然、声をあげて泣き出した。まぶしい朝日が、2人の女の顔を照らしている。その光は、あまりにも美しく、どうしようもなく悲しかった。「馬鹿ね、美羽。どうして……私が眠っているうちに、海へ突き落としてくれなかったの?」莉央はそうつぶやき、目尻からあふれる涙を、何度ぬぐっても止められなかった。「どうして、そんなに馬鹿なの。利用されていることにも気づかないなんて……」そう言いかけて、莉央は不意に言葉を失った。美羽は昔から、誰よりも聡明で、成績もいちばんよかった子だと思い出したのだ。……そうか。美羽は、とっくに知っていたのか。自分を愛している、自分のためだと言う人たちが、本当はみんな、自分を利用しているだけだと。美羽は、知っていたのだ。どうりで、医師が「体は快方に向かっていたはずなのに、急に容体が悪くなった」と言
その後の警察の動きは早かった。病院はすでに、私がここ数日に口にした食事の検査結果を提出していた。そこには確かに、妊婦を流産させる薬が含まれていた。香代が逮捕されたとき、その場で紗良も見つかった。「調べたところ、2人は……実の母娘でした」私は首をかしげ、みるみる青ざめていく怜司を見た。「2人ともすでに供述しています。容疑者の白石紗良が、特別なルートで違法薬物を手に入れ、容疑者の大橋香代に指示して、実行させた、と」紗良の裁判を控えたある日、彼女から一通の手紙が届いた。その頃の私にはもう、字を追う力も残っていなかった。だから莉央が代わりに読んでくれた。ろくな内容ではなかったのだろう。莉央は数行に目を通しただけで、封筒ごと破り捨て、ゴミ箱へ放り込んだ。私はただ笑って、「莉央はすごく短気なお母さんになるんじゃない」と言った。莉央も笑って、「今の美羽、弱りきってて本当にひどい顔」と返した。笑っているうちに、2人とも、目のふちが真っ赤になっていた。……秋が来た。私は付き添いの手を頑なに断って、どうしても1人で、階下の小さな庭を歩きたがった。この季節は、イチョウの葉がいちばん美しい。しゃがんで拾おうとしたけれど、体は思うように動かない。目の前が暗くなって、そのまま倒れかけた。覚悟した痛みは、来なかった。私は驚いて目を開け、顔を上げる。そこにいたのは怜司だった。見覚えのある顔なのに、どこか別人のように見えた。ずいぶん長いあいだ、会っていなかった気がする。私は小さくうなずき、静かに礼を言った。死期が近いからだろうか。珍しく、彼に皮肉を言う気にもならず、2人だけで少し話したいという彼の頼みを受け入れた。庭のあずまやで向かい合って座ってから、ようやく気づいた。怜司は、ずいぶん痩せていた。「……すまなかった、美羽。……昔のことを調べた。全部、俺の思い違いだった。お前は何も悪くなかったのに、俺は……」昔のこと?少し考えて、ふいにわかった。怜司はようやく、あのとき紗良が海外に行った本当の理由を知ったのだ。「あのときは……祖父が紗良の素性を調べた。素行が悪いとわかって、まとまった金を渡し、海外に行かせたんだ。あの女は、海外で子どもまで作っていた。金に困っていなければ、俺のところへ戻ってくることもなかった」
「流産……?どうして流産なんて……」消毒液のにおいが満ちた病室で、青ざめた怜司がつぶやいた。「あいつはただ、無理をして疲れていただけだ……それが、どうして……」怜司はよろめきながら、ベッドに横たわる弱りきった美羽に近づこうとした。だが次の瞬間、拳がその頬を打ち抜き、怜司は床に倒れ込んだ。「怜司、お前は本当に最低だ!」悠真が歯を食いしばり、握りしめた拳を鳴らした。「あの事故のとき、美羽の家族がお前を助けなければよかったんだ。お前をかばったせいで、伯父も伯母も亡くなった。美羽まで、お前を守ろうとして、こんな体になった。それなのにお前は、何も知らずに……」怜司は、頭の中がぐちゃぐちゃになった。無様に床から起き上がり、うつろな目でつぶやく。「美羽の怪我のことは知ってたが、俺を助けたせいだったとは……どうして、俺に何も言わなかったんだ……」……子どもが流産したと知らされても、覚悟していたはずの胸の痛みや悲しみは、不思議と湧いてこなかった。私はすぐにその事実を受け入れ、心配してくれる医師や看護師の前では、できるだけ笑顔を向けていた。香代は、二度と姿を見せなかった。私も、うすうす感づいていた真相を、それ以上たどる気にはなれなかった。今さら、何の意味があるだろう。どうせ怜司は信じない。私が勝手に馬鹿な真似をしただけだと、そう思い込んでいる。私は自分でも、もう長くはないのだと分かっていた。流産してから、体は日に日に弱っていった。1日に12時間眠っても、気力は少しも戻らない。たまに意識がはっきりしている時間には、まだ形にもならなかったあの子のために、小さな服や靴を縫っていた。細かな手仕事をしているあいだだけは、悲しみから少し離れられた。その日も、縫い上げたばかりの小さな服を抱いたまま眠っていた。すると突然、大きな手が私の手首をつかんだ。「……こんな役にも立たないものを作る余裕はあるんだな。聞いていたほど弱ってはいないらしい。毎日、被害者ぶっていったい何がしたいんだ」怜司だった。私は重いまぶたをどうにか開け、体を起こして、その手を振りほどこうとした。「……出ていって」彼を罵る言葉を並べる気力さえ、もう残っていなかった。私はただ、少しでも彼から離れようとした。けれど怜司は冷たく笑い、私を乱暴に引
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