Share

第12話

Author: 蒼井航
顔を向ける。「何か用?」

景はゆっくりと立ち上がって、こちらへ歩いてきた。その長身が頭上の光を遮って、目の前がふっと暗くなる。彼の瞳は鋭く、そして氷のように冷たかった。

「説明しろ。いつでも俺と離婚していいって、どういう意味だ?」

一瞬呆気に取られたが、すぐに合点がいった。結愛がさっきの私の言葉を、そっくりそのまま彼にチクったのだ。ふっ、ずいぶんと仕事が早いことで。

「言葉通りの意味よ」

「つまり、お前はずっと俺と離婚したいってことだな?」

「そんなことないわ」ありのままの事実を口にする。「でも、もしあなたが離婚したいなら、その選択を尊重するってだけ」

「流石は俺が選んだ『いい妻』だ」景は冷ややかな声で皮肉を放つ。

これ以上言い争う気になれず、彼を無視して階段へと足を踏み出した。だが、景に手首を強く掴まれて、強引に引き戻された。そのままきつく抱きすくめられて、荒々しく唇を塞がれる。

必死にもがいたが、抵抗など無意味だった。そのまま壁際まで押し付けられて、荒れ狂う波のような口づけに呼吸すら奪われていく。

痛い……

両手を頭上に拘束されて、壁に押さえつけられた。彼は僅
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 好きだと言ってくれれば   第18話

    「景……っ」「返事をしてくれるまで、ここから動かないぞ」景ったら、この手をすっかりマスターしているんだから。「もう!いい加減にしてよ」景はあさっての方を向いたまま、「じゃあ、このまま跪き続けるから」と動かない。「立ってよ」腕を引っ張って起こそうとすると、この乱暴者はそのままの勢いで私を床に押し倒して、唇を塞いできた。いつの間にか、私の服はすべて脱がされていた。床が冷たすぎたから、という理由でベッドに運ばれたけれど、そこから先は……再び下の階に降りた時には、すっかり夜が更けていた。雅子と芽衣はもう帰っていた。ソファに力なく沈み込む。一方で景ときたら、まるで充電でも完了したみたいに、すっかり意気揚々としていた。腰にバスタオルを巻いたままキッチンに向かって、ご機嫌な様子でハミングまでしている。 景がなんでそんなに上機嫌なのかというと、さっきベッドの中で私がたまらなくなって、「今も好きだ」と口にしてしまったからだ。 でもあれは半ば強引に言わされただけだし、ずるい駆け引きに乗せられただけなのに。 彼の背中を睨みつけたけれど、結局笑いがこぼれてしまった。不思議と、この感覚は悪くない。心がずっと軽くなった気がする。本当のところ、あれこれ悩む必要なんてなかったのかもしれない。もう好きじゃないと決めたところで、感情なんて簡単に割り切れるものじゃないし。でも、今回は違う。景も私を想ってくれている。だからこそ、私も素直に好きでいられる。ようやく景と私、対等な関係になれたんだ。食事中、景が言った。「これからはもう、格好つけたりしない。澪の言うことをちゃんと聞いて、いい子にしてるから」「……」じゃあ、以前言っていた「俺がお前と結婚したのは、お前が大人しくて扱いやすいからだ」っていうのは、ただの強がりだったわけ?どうしてこんな男を好きになっちゃったのかしら。……結愛からまた呼び出しの電話があったけれど、話すことなんて何もないから断った。「謝罪がしたいんだ」電話を切ろうとする私を、結愛が遮った。「申し訳ありません」本当は謝りたくないことは分かっている。きっと景にそうさせられたんだろう。奈々からも同じように謝罪の申し出があったけれど、全部断った。奈々を許すつもりはないけれど、もう過去のこととして引きずる気もない

  • 好きだと言ってくれれば   第17話

    景の顔色がふっと曇った。「ここじゃダメかな。俺は他の部屋で寝るから」「あなたがいたら、落ち着いて考えられないわ」「何がそんなに悩むことなんだよ?」景は立ち上がった。その瞬間、態度ががらりと変わって、いつもの横柄な口調に戻る。「誤解は全部解いてやっただろ。お前が勝手に誤解してただけじゃないか。それなのに、なんで前みたいに俺を好きでいてくれないんだ?お前本当に俺のことが好きなのか?」「……」さっきまでのしおらしい態度は芝居だったのね。これこそが、彼の本性だ。景は奥歯を噛み締めた。「寝室を分けるのはいい。だが、家を出ていくなんて、夢にも思うな」彼はそう言い捨てて部屋を出て行った。夜になると、雅子と芽衣がやってきた。「澪、景から聞いたわ。二人とも想い合っているのなら、仲良くやっていきなさいよ」雅子が機嫌を取るように言った。「そうよね?」芽衣も横から口を挟む。「そうよ。あの日、景が本当に私の葉酸を取りに行ってくれたの。夫がいない間、よく景に雑用を頼んでいて。もしかして、私のせいで……」「違うの」私は慌てて否定した。よく考えてみれば、あの日結愛から電話がかかってきて、その後景が急いで出かけたのは、芽衣からのメッセージを見たからだったはずだ。結愛とは何の関係もなかった。すべては私の勘違い。けれど……あの日々、彼に苛立っていたのも、好きでいたくないと思ったのも紛れもない本心。今すぐその感情を元に戻すなんて無理。しばらく一人になって、自分の心と向き合いたいだけなの。私はその正直な気持ちを、雅子と芽衣に打ち明けた。芽衣は頷いて理解してくれて、景を呼びつけた。「澪をしばらく一人にさせてやりなさい。本人が納得すれば、戻ってくるわよ」景は顔を強張らせて拒絶した。「寝言は寝て言え」雅子がクッションを振り上げて彼を叩く。「いい加減にしなさい!芽衣の言うことも、澪の言葉も聞かないなんて、いい気なものね」「母さん!」景が怒鳴る。彼は突然私の手首を掴むと、そのまま強引に階段を駆け上がった。景は自室に私を連れ込むと、ガチャリと鍵をかけた。「澪。最後にもう一度言うぞ。この家から出ていくなんて考えるな。この部屋で大人しく考えるか、それとも寝室を分けるのもやめるか。どっちにしろ離婚はしない。死んでもな。出て行こうと

  • 好きだと言ってくれれば   第16話

    景の瞳が少しずつ赤く潤んでいく。「もしお前が、ほんの少しでも俺を好きな素振りを見せてくれていたら。俺もどれほどお前が好きで、どれだけ長い間お前だけを見つめてきたか、全部伝えていたはずだ」震える声で、彼は続けた。「お前を忘れようと必死だった。でも、見合いの席で母さんから写真を見せられた時、どうしてもお前のことが頭から離れなかった。俺が人生の最後を共にしたいのはお前だけだ。だから、写真にお前の姿がなくても、お前の名前を挙げたんだ」そこまで言って、彼は自嘲気味に笑った。その笑顔には、隠しきれない苦みが滲んでいる。「お前は結婚を承諾してくれたけれど、それでも俺に対しては冷淡だった。本当は聞きたかったよ。何様なんだって。こんなに想っているのに、どうして俺を無視するんだ。病院で会った時だって、なぜ俺がそこにいたのか、どこか具合でも悪いのか、一度も聞いてくれなかっただろ。あんなに心配していたのに。お前の目には、一度だって俺なんて映っていなかった。澪、なぜだ?これが、お前の言う『好き』なのか?」彼は私を問い詰める。その言葉には、不甲斐なさと消えない怒りが満ちていた。「お前は、俺との子供さえ望まなかった。なぜだ?教えてくれ」彼から溢れ出した言葉の奔流に、頭が重く熱くなる。あまりに膨大な情報の波に、私は長い間、思考を停止させていた。景は深く息を吸い込んで、縋るような眼差しで私を見つめる。「本当に、俺が好きだったのか?」彼をじっと見つめ返す。長い沈黙の末、ようやく頭が少しずつ動き出した。「……てっきり、あなたは結愛のことが好きで、お腹の子もあなたの子だと思っていたから」景は冷ややかに笑う。「俺に一言も聞かないで、勝手にそう決めつけたんだな。だから、俺たちの子を……諦めたのか?」脳内で、何かが音を立てて弾け飛んだ。もし、彼が言ったことが全部事実なら、私の子は……あの子は…………一人になりたい。ただ、静かに考えを整理したい。自分を部屋に閉じ込めて、窓の外をぼんやりと眺め続けた。どれくらいの時間が過ぎただろう。ドアが開いて、景が入ってくる。視線を向けると、その姿が滲んで見える。いつの間にか、頬を伝う涙で顔が濡れていたことに気づいた。彼は歩み寄ると、私の前で膝をついて、その手で私の手を包み込んだ。

  • 好きだと言ってくれれば   第15話

    そんなこと、私も知っていた。景と結愛は成績優秀で、学校の代表としていつも一緒にイベントや大会に参加して、顔を突き合わせて議論していたものだ。でも、彼が好きなのは結愛じゃなかったなんて……信じられなくて、驚きを隠せない。学校中の誰もが、二人は両想いだと噂していたのに。景は私の心を読んだかのように、喉の奥から絞り出すように答えた。「俺が結愛を好きだって噂、あれは全部あいつが流したものだ。いちいち訂正するのも面倒だったから放っておいただけだ」彼は一拍置くと、また言葉を継ぐ。「それに、お前が俺を好きだなんて知らなかった。一度もそんな素振りは見せなかったし、言葉にされたこともない。てっきり、俺には微塵も興味がないんだと思っていたよ」窓の外へ視線を逸らす。自分に言い聞かせるように、彼を見ないように努めた。すべては、もう終わったこと。今のままでいい。彼が私を愛していないことで、胸を痛めたり、惨めな思いに振り回されたりする必要なんてない。彼が誰を愛そうと、誰と一緒にいようと、もうどうでもいい。そう思うだけで、不思議と心が軽くなった。車がマンションの下に着く。景と一緒にエントランスへ入った。エレベーターを降りると、田中さんが駆け寄ってくる。「奥さま……どうなさいましたか?傷だらけじゃないですか!すぐにシャワーを。お湯を溜めてきます」「ありがとう」田中さんと一緒に上階へと向かう。一時間以上かけて身体を洗った。ようやくあの不快な生臭さが消えていく。寝室のドアが開いて景が入ってきた。視界の端で彼を捉えて、冷たく言い放つ。「ここは私の部屋よ。出て行って」彼は構わずこちらへ歩いてくる。立ち上がって外へ出ようとした時、すれ違いざまに手首を掴まれた。「ここはあなたの家だものね。この部屋がいいなら、私が出て行くわ。どこか別の場所に……」「俺は、お前が好きだ」景の言葉に、心臓が跳ね上がった。予想だにしない告白だ。「好き、なの?」「ああ」彼は私の瞳を真っ直ぐに見つめながらはっきり答えた。「中学の頃から、ずっとお前が好きだ」信じられない。そんなの、ありえないわ。景は私の疑いを読み取ったのか、自嘲気味に口角を上げた。「誰かを好きになったことも、追っかけ回したこともなかったんだ。周りはいつも誰かしら寄ってきていたから。でも、お

  • 好きだと言ってくれれば   第14話  

    カフェにいる全員の視線がこちらに集まった。奈々の叫び声はまだ続く。 「景さまが愛しているのは結愛さまよ!あの二人こそお似合いのカップルなのに、あんたが泥棒猫になって引き裂いたのよ!今にバチが当たるわ!」振り返って、テーブルのグラスを手に取って奈々の顔に水を浴びせかけた。「もう一言でも喋ったら、今すぐ警察を呼ぶわよ」奈々は今度こそ口をつぐんだ。だが、事態は私の予想を遥かに超える方向へ転がっていった。奈々が私を「泥棒猫」と罵る動画がネットにアップされて、あっという間に拡散されてしまったのだ。それも、大炎上という最悪な形で。瞬く間に、ありとあらゆる誹謗中傷が私に向けられた。母からは何事かと電話がかかってくる。父もオフィスに飛んできて、どうしてこんなことになったのかと問い詰めてきた。本当、どうしてこんなことになってしまったんだろう。すべては景のせいだ。……ネット上の動画はすぐに削除された。まるで、何かに消されたかのように。しかし、今度は別の動画が現れた。結愛への突撃インタビューだ。画面の中では、記者たちが結愛をびっしりと取り囲んでいる。「白石結愛さん、お腹のお子さんの父親は神崎景さんですか?」「ネットでは、夏目澪さんが白石さんと神崎さんの仲を引き裂いたと言われていますが、事実はどうなんでしょうか?」「夏目さんや神崎さんに何か言いたいことはありますか?」結愛は自分のお腹を庇うように身をすくませて、カメラから逃れようとしている。「何も……話すことはありません。もし澪が本当に景を愛しているのなら、私は身を引きますから」「では、お二人を祝福されると?」記者が食い下がる。結愛はたまらず泣き崩れてしまった。目を閉じて、動画を消す。本当にうんざりだ。バッグをひっつかんで、会社を出る。会社の外に出た途端、怒声が響き渡って、殺気立った群衆に揉みくちゃにされた。容赦ない罵倒と、体中のあちこちにぶつかる衝撃に、目の前が暗くなる。次の瞬間、誰かの手に力任せに突き飛ばされて、地面に倒れ込んだ。「恥知らずな泥棒猫!」「略奪女め、消えろ!」浴びせられる罵声に紛れて、突如として激怒した声が轟いた。「お前ら、何をしてる!ふざけるな、やめろ!」薄く目を開けると、群がっていた人たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていくの

  • 好きだと言ってくれれば   第13話

    奈々が早足で近づいてきて、信じられないという顔で聞いてきた。「今、なんとおっしゃいましたか?」一瞥もくれずに言い放つ。「あんたはクビよ」「奥さまに私をクビにする権利なんてありません!」奈々が泣き叫んだ。「荷物をまとめて、今すぐ出て行きなさい」奈々は動こうとせず、スマホを取り出して電話をかけ始めた。泣きじゃくりながら電話で訴えているのが聞こえる。「景さま、早く戻ってきてください、大変です!」景が戻ってきたのは、ちょうど私が食事を終えたところだ。彼は大股でこちらへ歩み寄ってくる。少し息を切らしている。「澪、どうした?」冷ややかな視線を奈々に向ける。奈々は泣きべそをかきながら訴えかける。「奥さまが私をクビにすると言うんです。自分がこの家の女主人だとか言って、景さまのことを、まったく敬っていないんです!」私を見つめていた景の瞳の奥に、微かに何かが閃いた。そして、ゆっくりと奈々の方へ顔を向ける。「……なんて言った?」奈々が先ほどの言葉をもう一度繰り返す。景の全身から、ぞっとするような冷気が放たれた。「で、その言葉のどこが間違っているんだ?」その声に、奈々が息を呑む。「奥さまが出て行けと言ったのに、まだいるのか。俺が力ずくでつまみ出すのを待っているのか?」景が氷のように冷たい声で詰問する。奈々は限界まで目を見開いて、信じられないといった表情を浮かべた。「でも、景さま、結愛さまが……」「あいつがここで何の関係がある!」突然、景が声を荒らげた。奈々がビクッと肩を震わせる。田中さんがすぐに近づいて、荷物をまとめるよう急かした。結局、奈々は泣きながら家を出て行った。なるほど、彼女は結愛の息がかかっていたのか。道理で私を目の敵にするわけだ。正直、彼女のことはどうでもいい。景や結愛のことにすら、もう構いたくない。今の私の願いは、うちの会社が自立すること、ただそれだけだ。二階に上がって着替えを済ませて降りてくると、景はまだ出かけていなかった。こちらへ歩み寄り、低い声で言う。「送っていく……」「結構よ」そのままエレベーターの方へと歩き出す。不意に、手首を力強く掴まれて、ぐいっと引き戻された。「一体どうしたいんだ?」くぐもった声で怒鳴る。静かに彼を見つめ返す。「どうもしたくないわ」

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status