婚約者を寝取った悪役令嬢と、なぜか仲良くなってしまいました

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last updateLast Updated : 2026-07-20
By:  南野雪花Updated just now
Language: Japanese
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マルグリットは婚約を破棄されてしまう。 婚約していた騎士のロベールが出世したため、家柄が釣り合わなくなったから、という、しごくまっとうな理由だ。 もう男など信じられないと落ち込むマルグリットの前に現れたのはレオン。白騎士の称号を持つ青年騎士だ。 自分を捨てたロベールよりはるかに地位の高い人物から差し伸べられた手に戸惑いつつ、交流を深めていくマルグリット。 そんな二人の前に、次々とトラブルが降りかかる。 さらに、婚約者を奪ったはずの伯爵令嬢まで接近してきて……。

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Chapter 1

第1話 婚約破棄、されちゃいました

 天国と地獄を同じ日のうちに味わうなんて、滅多にない経験だと思う。

 膝の上においた手を、私はぎゅっと握りしめた。

 そうしないと、顔を覆って泣き出してしまいそうだったから。

「さらばだ。もう会うこともないだろう」

 席を立ったロベールが、そんな私を一瞥して応接室を出て行った。

「ああ……マルグリット……」

 見守っていた母が背中から抱きしめてくれる。

「大丈夫。大丈夫よ。仕方がないことなんだから……」

 私は呟いた。

 自分に言い聞かせるように。

 騎士にとって結婚というのは家と家との結びつきだ。ごく幼少の頃に私とロベールの婚約したのには、家柄が釣り合うからという以上の理由はなかった。

 それは事実だけれど、私は彼を好もしく思っていたし、彼も私を大切に扱ってくれていた。

 新年や季節の祭のさいには、互いに手紙や贈り物をしていたし、このまま一、二年のうちには婚姻し、幸福な家庭を築けるものだと漠然と思っていたのだ。

 今日、ロベールの口から婚約の破棄を告げられるその瞬間まで。

「たしかに、仕方のないことではあるが……」

 ぎり、と、父が奥歯をかみしめる。

 そりゃあ悔しいよね。私もだよ、お父さん。

 婚約破棄の理由は、ロベールが出世したことだ。

 ただの騎士から、十四騎士の一人に。

 軍隊のことはよく判らないんだけど、お父さんたち普通の騎士を何人か束ねるような地位なんだって。

 爵位持ちの貴族まで、あと階ひとつってところらしい。

 わざわざ報告にきてくれた彼を、私も父も母も手放しで祝福した。

 大出世だもの。

 十四騎士なんて、誰でもなれるようなものじゃない。ほとんどの騎士は騎士のまま現役を退く。

 おそらく父だってそうだろう。

 それが二十歳で抜擢されたんだから、無邪気に喜んでしまった。

 次にくる言葉を考えもせず。

「ヴァンサン家とルグラン家は釣り合わなくなるから、婚約を解消する」

 とね。

 それはその通り。

 十四騎士家となったヴァンサンと、普通の騎士家であるルグランでは家柄が合わないよ。

 だけど十年だよ?

 私が七歳、ロベールが十歳のときから、ずっと互いを大切に思い、愛を育んできたんじゃなかったの?

 釣り合わないっていっても、貴族と平民ほど離れてるわけじゃない。

 この程度の身分差の夫婦など、いくらでもいる。

「だが、平の騎士の娘を娶ったところで出世には役立たないと思ったのだろうな」

 ふんと父が鼻息を荒くした。

 驚愕から怒りへと変わったようである。

「ヴァンサンの小倅など、こちらから願い下げだ。メグ、気にすることないからな。父さんがもっと良い相手を探してきてやる」

 愛称で呼び、父が笑った。

 そう簡単にはいかないだろう。捨てられた女、という悪評はたぶんあっという間に社交界に広がる。

 傷物扱いだ。

 わざわざ娶りたいなんて家は、トゥルーン王国に百五十もある騎士家のなかでもいくつあることか。

「殿方は、もう当分いいです」

 我ながら情けない顔で返した。

 一生大切にするとか、君の明るさに癒やされるとか、この剣は君を守るためにあるとか言ってたくせにね。出世と私を天秤に乗せたら、前者がどーんと沈んで、私は簡単に振り落とされてしまう。

 殿方にとって、出世というのはそれほど大切なことなんだろうけど。

 女の立場が、あまりにも軽すぎるよ。

※※※※

 さて、あらためて、私の名はマルグリット・ルグラン。

 ルグラン家の長女だ。

 兄と弟がいるので、どっちかが騎士家を継ぐだろう。

 私は普通にお嫁に行くのだろうと思っていたが、このていたらくだ。

 このまま冷や飯食いの行かず後家になってしまう可能性がでてきた。にもかかわらず、積極的に嫁ぎ先を探してもらう気にもなれないというね。

「おねいちゃん。げんきない?」

 はあああ、と、ため息をついた私を、小さな女の子が心配そうに見上げる。

 おっと、いかんいかん。

 子供たちの前では常に笑顔だ。

「元気いっぱいだよ。チロル」

 むんと力こぶを作って見せたあと、頭を撫でてやる。

 王都コーヴの一角にある託児所。

 週に四日、私はここで奉仕活動をおこなっている。

 こういうのも騎士や貴族の子女の義務なのだ。

 教会を手伝ったり、病院を手伝ったり、学校を手伝ったり、人それぞれだけど、私が託児所を奉仕先に選んだのは、将来子供が生まれたときに役立つかなーなんて、ちょっとした邪心もあったんだよね。

 だからバチがあたったのかもしれない。

「げんきなそうなの」

「お姉ちゃん、フラれちゃったんだよぉ」

 チロルはまだちっちゃいんで言葉の意味も分からないだろうから、笑いながら適当なことをいっておく。

「なんだと! 豆ぐりっとがフラれた!」

「まん丸ぐりっとが!」

 耳ざとく聞きつけて、悪ガキどもが駆け寄ってきた。

「こら! てきとうなあだ名で呼ぶな!」

 たしかに私は、人様よりちょっと背が低いし、人様よりちょびっとだけ太ってるけどさ。

 人の身体的な特徴をあげつらってはいけません。

 叱ってやると、比較的年長の子が胸を反らす。

「心配すんな! 豆ぐりっとは、オレが嫁にもらってやる!!」

 どーんと胸を叩いたりして。

「はいはい。マルコが大人になったらね」

 託児所にいるのは平民の子供たちだ。

 これはこれで身分違いなんだよね。

 なんか、めんどくさい世の中だよなぁ。

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第1話 婚約破棄、されちゃいました
 天国と地獄を同じ日のうちに味わうなんて、滅多にない経験だと思う。 膝の上においた手を、私はぎゅっと握りしめた。 そうしないと、顔を覆って泣き出してしまいそうだったから。「さらばだ。もう会うこともないだろう」 席を立ったロベールが、そんな私を一瞥して応接室を出て行った。「ああ……マルグリット……」 見守っていた母が背中から抱きしめてくれる。「大丈夫。大丈夫よ。仕方がないことなんだから……」 私は呟いた。 自分に言い聞かせるように。 騎士にとって結婚というのは家と家との結びつきだ。ごく幼少の頃に私とロベールの婚約したのには、家柄が釣り合うからという以上の理由はなかった。 それは事実だけれど、私は彼を好もしく思っていたし、彼も私を大切に扱ってくれていた。 新年や季節の祭のさいには、互いに手紙や贈り物をしていたし、このまま一、二年のうちには婚姻し、幸福な家庭を築けるものだと漠然と思っていたのだ。 今日、ロベールの口から婚約の破棄を告げられるその瞬間まで。「たしかに、仕方のないことではあるが……」 ぎり、と、父が奥歯をかみしめる。 そりゃあ悔しいよね。私もだよ、お父さん。 婚約破棄の理由は、ロベールが出世したことだ。 ただの騎士から、十四騎士の一人に。 軍隊のことはよく判らないんだけど、お父さんたち普通の騎士を何人か束ねるような地位なんだって。 爵位持ちの貴族まで、あと階ひとつってところらしい。 わざわざ報告にきてくれた彼を、私も父も母も手放しで祝福した。 大出世だもの。 十四騎士なんて、誰でもなれるようなものじゃない。ほとんどの騎士は騎士のまま現役を退く。 おそらく父だってそうだろう。 それが二十歳で抜擢されたんだから、無邪気に喜んでしまった。 次にくる言葉を考えもせず。「ヴァンサン家とルグラン家は釣り合わなくなるから、婚約を解消する」 とね。 それはその通り。 十四騎士家となったヴァンサンと、普通の騎士家であるルグランでは家柄が合わないよ。 だけど十年だよ? 私が七歳、ロベールが十歳のときから、ずっと互いを大切に思い、愛を育んできたんじゃなかったの? 釣り合わないっていっても、貴族と平民ほど離れてるわけじゃない。 この程度の身分差の夫婦など、いくらでもいる。「だが、平の騎士の娘を娶ったところで出世には
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第2話 子供にはモテる女
 託児所での私の仕事は、子供たちに簡単な読み書きや計算を教えたり、おやつを作ってあげたりすること。 なんだけど、主に遊び相手ってのがほとんどだ。 こればっかりは仕方がない。 託児所にいるのは七歳までの子供だからね。このくらいの子供たちは、遊ぶのが仕事だもの。「まん丸ぐりっと。オレのために毎日ケーキを焼いてくれ!」「ごめんねぇ。うちにそんなお金はないの」「がーん」 謎の擬音とともにジャンが崩れ落ちた。 私にフラれたことがショックなのか、ケーキが食べられないことがショックなのか。「な、ならクッキー! これで我慢する!」「ルネ……うちにそんなお金は……」「がーん」 マルコを入れて悪ガキ三人衆、全滅である。 なにをやっているのかと言えば、私がフラれたから、子供たちがプロポーズするんだそうだ。 ちょっと意味不明です。 身分違いはちょっと置いても、一番年かさの子でも七歳である。 私とは十歳くらい違う。 王族とか貴族とかの政略結婚なら、三十歳差四十歳差なんて珍しくもないけどね。 あの人たちの場合は、結婚もまた政治だから。「くそう……どうやったら豆ぐりっとのおやつを毎日食べられるんだ……」 にんじん色の髪をしたマルコがうんうんと悩んでいる。 待ちたまえよ、きみ。 私と結婚したいのか、おやつを食べたいのか。 そこんところを、まずははっきりさせようじゃないかね。「オレ、頑張って稼ぐから!」「おやつのために?」「まん丸ぐりっとのためにだよ!」 じたばたと足を踏みならしているのは、黒に近い茶色の髪のジャンね。 いやあ、平民に養ってもらう騎士の娘ってのは、どうかなぁ?「でも、今日のおやつはりんごのパイを作ってきたよ」 ぱんと手を叩くと、子供たちが顔を輝かせた。 まあまあ現金なものである。※※※※「メグさん……さっき子供たちが言っていたことだけど……」 子供たちが家に帰り、私も帰り支度をしていると所長のポレットに声をかけられた。 気品のある老婦人で、この人も騎士の未亡人である。 この人の奉仕のかたちは、こうやって託児所を作って平民の子供たちを預かるってことなんだよね。 戦死した旦那さんの慰労金を使って基金を作ったんだそうだ。「私がフラれたって話ですか?」「子供たちが、お姉ちゃんをフった悪党をやっつけるって息巻いてたわ
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第3話 甘味でナイト
 すごく幸せそうにお菓子を食べる人だった。 私の作ったリンゴのパイを、一口一口かみしめるように、五感すべてで味わうように、大切に食べている。「おいしい……しあわせだ……」 なんだか顔までとろけそう。「なかなかに気持ち悪いでしょう? メグさん。この子ったら二十三にもなってお菓子が大好きなの」 やれやれとポレットが両手を広げる。 まあ、たしかに珍しくはあるけどね。 男の人って、十七、八くらいになったら甘味じゃなくてお酒だもん。 街の甘味処でも、男性の姿は見たことがない。「微笑ましいじゃないですか」「メグさんは寛大ねえ」 寛大というより、たぶん今の私は他人に興味が持てていないんだと思う。 たとえばこれが数日前で、ロベールが美味しそうにパイなんか頬張っていたら、どうしたのかと心配しただろう。 仕事で疲れて体調でもおかしくなったのかと。「いやいや二人とも。男が甘味を好んだって良いじゃないか。美味しいじゃないか」 すごく力説してるレオン。 べつに美味しくないなんて思ってない。 私だって甘いものは好きだし。 でも、父も兄も普通にお菓子よりお酒を好むよ。「考えてみたら不思議な話ですよね」「それなんだよ。なぜか甘いお菓子は女子供のものという風潮のせいで……」 とても悲しそうなレオンだ。 部下の前で甘いものを食べたらバカにされる。端的にいって舐められちゃうんだそうだ。 軍隊ってのは仲良しグループじゃないから、部下に舐められるってのは非常にまずいんだって。「恐れられた方がまだちょっとマシなくらいなんだ。縦社会だからね」「はあ……そういうものなんですか」 頷きつつも、たいして興味があったわけじゃない。 レオンが舐められようがバカにされようが、私には関係のない話だし。「そうだわ」 ぽん、と、ポレットが手を拍く。 すごく良いことを思いついたって顔をしてるけど、なんか微妙に悪い予感がした。 面倒ごとを頼まれちゃいそうな、そんな予感である。「メグさん。あなた、この子の恋人のフリをしてくれないかしら」「なぜに!?」「うええええっ!?」 レオンと私、同時に奇声を発しちゃった。 予感の斜め下の頼みごとだよ。※※※※「ちょっとポレットさん……」 さすがに今日はじめて会った相手と恋人というのは乱暴すぎる。 婚約者なら珍しくもない
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第4話 えらい人でした!
「でもレオン様、リシェスなんてそんなに何回もいけませんよ? 高いんですから」 桃源郷の二丁目あたりをさまよっている騎士様に、私は注意喚起しておく。 王都コーヴに居を構えるリシェスは、美味しいって有名で、爵位持ちの貴族の令夫人や令嬢たちだって目を輝かすんだ。 それはすなわち、価格の方もかなりのものだってこと。 あの人たちが庶民的なお菓子になんか興味を示すわけがないもの。 一介の騎士の娘が、ほいほいといけるような場所じゃないんですよ。「大丈夫だ。問題ない」 どんと胸を叩くレオン。 会計はすべて俺に任せろ、と。「いやいや……それはちょっと……」 私だって騎士の娘、一応は富裕層の末席のあたりにはすわってるんで、他人様におごっていただくというわけにはいかない。 この託児所に提供しているおやつだって、私の自腹から出てるわけだしね。 こういうのも貴族・騎士階級の義務なんです。「ちゃんと名目は立つのよ。メグさん」 くすくすとポレットが笑う。 心に傷を負った令嬢を慰めるために甘味の名店に連れていくというのが大義名分だそうだ。 たしかにこれなら筋が通る。 本当は自分がケーキとかを食べたいだけなんて、外からは判らないからね。「けど、お金の問題は解決してないじゃないですか」「そっちも問題ないわ。こんなぼんくらだけど、レオンはそれなりの地位にいるから、良い給料もらってるのよ」「白騎士をぼんくら扱いするのは、たぶんトゥルーンに叔母さんだけですけどね……」 ぽりぽりとレオンが右手で頭を掻いた。「えええっ!? 白騎士さま!?」 私は思わず大きな声を出してしまう。 叔母と甥の微笑ましい会話、で、済まされると思うなよ!※※※※ 白騎士なんてっていったら、四騎士のひとりだ。 騎士の中でも一番えらい高い人たちである。 ロベールが私との婚約を破棄した理由が、十四騎士に出世するからっていうものだったんだけど、四騎士ってのはそのさらに上。 軍隊のことはよく判らないんだけど、将軍とかそういう役職に就いてる感じかな。 白騎士、黒騎士、青騎士、赤騎士の文字通り四人で、大臣どころか国王陛下にも直奏できるくらいの権力がある。 爵位こそないけれど、四騎士の影響力は諸侯に匹敵するんだよね。 実戦部隊を掌握してるってのも大きいらしいよ。 で、問題は、その四騎士の
last updateLast Updated : 2026-07-09
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第5話 初デートはケーキ屋さんへ
 お菓子の名店であるリシェスは、王都コーヴの高級住宅街の一角に存在する。 庶民が集う商店街ではなく、かといって貴族街でもなく、平民たちの中でもとくに金持ちが住んでいる地区だ。 もともと治安が悪いような場所ではまったくないんだけど、リシェス目当てに貴族や騎士の令夫人が訪れるようになって、ますます治安は良くなったらしい。「俺たち正規軍も定期的に巡回しているんだ」 横を歩くレオンが言った。 出会いの翌日である。 レオンが宣言したとおり、リシェスへとお菓子を食べるために向かっている。 傍目にはデートに見えるだろうけど、目的は、もう純粋にケーキを食べるためだ。「もしかしてレオ、巡回中にリシェスに興味を持ったんですか?」「俺が下っ端の騎士だった頃……あの赤い外壁のなんと眩しかったことか……」 遠い目をするな。 ようは、新米騎士だったころから行きたかったわけね。「いけば良かったじゃないですか」「そう、そのときは勇気が出なかった。だが出世していくうちに、勇気の問題ではなくなってしまった」「まあ、白騎士様が店内に入ってきたら、たぶんお店の人が卒倒しちゃいますよね」「あのとき……俺にもっと勇気があれば……」 頭を抱えて後悔しているけど、そーんなに深刻な問題ではないと思うよ。 ケーキを食べそこなったくらいじゃん。 人生における重要度はさほど高くないって。「メグに俺の苦悩が判るのか」 いやいや、そんな芝居がかって睨まれても。「名店の味とまではいきませんけど、私の手作りで良ければいつでも食べさせてあげますよ」 でもまあ、睨まれたのでご機嫌をとっておく。 食べ物の恨みは恐ろしいっていうしね。「本当だな? 言質を取ったからな?」「どんだけお菓子に執念を燃やしてるんですか。レオは」 なんか、よっしゃとポーズを決めてるレオンに私は呆れる。 いや、私だけでなく、道行く人々がなんだか微笑ましく見守ってるよ。はずかしいなぁ。「行きますよ。レオ」「いつでもっていったけど、毎日でもいいのか?」「はいはい。毎日作ってあげますから」「言質いただき!」 いちいち言質を取るな。 何が目的なんだよ。あんたは。※※※※ 三角屋根と、蔦が良い感じに絡まった赤い壁。 そして天使が描かれた看板。 目抜き通りから一本入ったところにあるリシェスは、なんとなく
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閑話 悪役令嬢と悪役騎士、あと悪役未亡人
ロベール・ヴァンサンは、けっして評判の悪い人物ではなかった。 そもそも、評判の悪い人物が二十歳の若さで十四騎士のひとりに叙せられるわけがない。 部下はきちんと気を配り、上司に対しても筋を通す。 実力も人望もある。 そして外見も悪くない。くすんだ金の髪も深く青い瞳もすらりと均整の取れた体躯も、貴婦人たちからの熱視線を受けるに充分だった。 そして、リーテカル伯爵家の令嬢であるイヴォンヌも、ロベールに心惹かれた一人である。 猛然と彼女はアプローチし、ついにロベールのハートを射止めた。 決め手となったのは、父親に頼んで推薦状を書いてもらう、という一言だった。もちろん十四騎士への。 ロベールの実力であれば、三十になる前にはその座に着くことは可能だったろう。 しかし、結局のところ彼は待てなかったのである。 自分の実力に対しての自信もあった。 目の前に転がってきたチャンスを、みすみす逃すつもりはなかった。 ルブラン家との縁は切れてしまうが、リーテカル伯爵家との縁が生まれる。差し引きで大きなプラスだ。 婚約者だったマルグリットに申し訳ないという思いもないではないが、出世との秤には乗せられない。 そもそも、家柄が合わなくなるのだから婚約の解消はやむを得ない部分だ。 「マルグリット嬢は白騎士レオン殿と恋仲らしい」 という話にロベールが触れたのは、十四騎士の一人となって間もなくのことである。 ざわりと心が騒ぐのを彼は自覚した。 「別れた女が遠くで幸せになっていると聞いたときの顔、ですわね」 花が咲くように笑うのは、マルグリットの話をロベールに伝えた本人、伯爵令嬢のイヴォンヌ。 ロベールの現在の婚約者である。 蜂蜜色の髪をした歴然とした美女で、それこそ件のマルグリットと比較したら、容姿の点で劣る部分はなにひとつない。 ただ性格面でははるかに攻撃的で、あきらかに治よりも乱を好む。 「なんですか、それは」 「十四騎士にフラれた後、四騎士に見初められる。まるで吟遊詩人のうたうサーガですわ」 「たしかに。さしずめ僕は間抜けな引き立て役といったところですか」 シニカルな笑みを浮かべ、ロベールが両手を広げてみせた。 本当にイヴォンヌが言ったとおりで、別れた女が遠くで幸福になっていると聞かされた気分である。 どういう表情をして良いのかわからない。
last updateLast Updated : 2026-07-10
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第6話 絡まれたよぅ
 リシェスのケーキは文句なしに美味しかった。 そうだなあ、私の作るパイを一とするなら、六十五くらい美味しいかな。使っている材料も、職人の腕も、遠く及ぶところじゃない。 まあその分、お値段も立派なもんなんだけどね。 ともあれ大満足のティータイムだった。 すごく都会的で軽やかな風味のケーキで、いまの王都コーヴの流行を的確に捉えてる感じ。 むしろリシェスから発信してるのかな?「美味しかったですね。レオ」「たしかに美味かった。それは認めるが……」 夕刻の高級住宅街をそぞろ歩く。 ダウンタウンの賑わいとも貴族街の格式とも違う独特な雰囲気が楽しい。「保留付きですか?」「俺は、メグの焼いたケーキの方が好きだな。あくまでも個人的な感想だが」 うーむと腕を組む白騎士様。 口に出しつつも納得できていないような、そんな表情で。 私はちいさく微笑んだ。 たぶん、託児所の子供たちも同じ感想を抱くだろう。 ようするに子供舌なのである。 都会的な洗練されたケーキの繊細な味よりも、どっしりとしたストレートな甘さの方がわかりやすいからね。「お世辞でも嬉しいですよ」「世辞じゃないんだが、なんと表現していいのか判らないんだ」 がりがりと頭を掻く。 まあ騎士ってのは弁舌の徒ではないから仕方がない。 それに、彼自身もあんまり多彩な甘味を楽しんだことがないんだろう。大人の男性が菓子店をハシゴとかできないもの。 となれば子供の頃に食べた味がベースになってるってこと。 高級レストランのシェフが仕立てた料理と、お母さんが作った食事。それを比較しているようなものだ。 どっちが良いって話じゃないんだよね。 なんていうんだろう、戦うフィールドが違うっていうか、そもそもジャンルが違うっていうか。「俺が変なんだろうか?」「まあ、私のケーキの方が美味しいと感じるなら、あんまり一般的ではないですね」「そうか……」 ずずーんと沈んだりして。 そんなでかい図体で沈まないでほしい。 なんだか雨の中でしょんぼりしている大型犬みたいで、ぎゅっとしてあげたくなってしまう。「明日もう一回、私のケーキを食べてみますか? けっこう違いがはっきりわかると思いますよ」「ぜひ!」 顔を輝かせる白騎士さま。 でも騎士ってより、尻尾をぶんぶんと振り回している犬みたいだった。 本当に、
last updateLast Updated : 2026-07-11
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第7話 悪役令嬢、推参!
 さて皆さん。 私、つるし上げられています。 クロエをはじめとした五人の女たちにやいのやいのと責められています。「や、だから私、ロベールに捨てられたわけで」「うそよ!」 聞く耳もっちゃいません。 なにか喋ろうとしても、かぶせてがーって言われちゃうから最後まで言えないんだよね。 くっそう。 殴ってやろうかしら。 できないんだけどね。相手はそれを待ってるわけだから。 私たちの騎士の娘は、それなりに訓練を積んでいる。 戦い方だけじゃなくて、人を殺す覚悟も自分が死ぬ覚悟もしっかりと刻みつけられているんだ。 どうしてかっていうと、そのまんま騎士の娘だから。 敵兵に囲まれる可能性がある。敵兵に囚われる可能性もある。 そのとき、一人でも多くの敵を殺せるように。そして虜囚となって辱めを受けるより前に自ら幕を引けるように。 なので私自身、人を殴ったり殺したりすることに恐怖心は持っていない。 もちろん殺人鬼じゃないんで、喜んで殴るなんてことはないけどね。 ただ今のケースだと、相手は私に先に手を出させたいんだ。 罵詈雑言を浴びせられたから殴りました、というのは通用しなくて、殴った方が悪者になるから。 騎士というのは堅忍不抜。悪口を言われた程度で剣を抜くなんて、あってはいけないことなんだよね。 そういうぎりぎりのラインで、クロエたちも言葉を選んで責めている。 騎士の誇りを傷つける発言をしないようにね。 これだけは例外で、騎士の誇りを傷つけたってなったら殺されても文句は言えない。「こんなちんちくりんのくせに、どうやって殿方に取り入るのかしら!」「脱いだらすごいとかいうやつですか!」 あー、はらたつなぁ。 私について言ってるだけだから、キレるわけにいかないんだよなぁ。 家のこととか馬鹿にしてくれれば、いっきに正義はこっちに傾くのに。 あるいはレオンの悪口を言ってくれないかな。 そしたら手を出す口実ができる。「どうしたの? 黙っているのは、自分に非があるってみとめてるの!」 んなわけあるか。 口を滑らせるのを待ってるんだよ。「これは何の騒ぎですの?」 突如として凜とした声がサロンに響き渡った。 一瞬の沈黙。 そして、ざわざわとサロンがざわめき出す。「何の騒ぎだと訊きましたよ?」 ふたたび静寂だ。 誰の声だろう?  私
last updateLast Updated : 2026-07-12
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第8話 ライバル宣言されたんですけど!?
 つまりロベールは、伯爵家の令嬢と婚約することで十四騎士の座を手に入れた。 それまでの婚約者である私は邪魔だったわけだ。「業腹な話では、たしかにあるんですけど」 挑みかかるようにイヴォンヌの眼差しに、私は肩をすくめるしかない。 現実問題として、私の実家ではロベールの出世の手助けにはならないのだから。「余裕ね。さすがは白騎士レオンとすかさず恋仲になっただけのことはあるわ」「すかさずっていうか……」 一方的に婚約者を破棄されてから、半月もしないうちに新しい恋人を作っている。 そりゃあね、私だって他人様のことだったら尻軽だなぁとは思うよ。 でも、違うんだよ。 恋人のフリをしてるだけなんですよ。 言えないけど。「そして挑発にも簡単には乗らない」 堅忍不抜ね、と、くすりと笑うイヴォンヌ。 わざと煽って怒らせようとしたのだけれど、と。「いえ……」 違うんだ。それは過大評価なんだ。 私とレオンの関係は、馬鹿っぽすぎて説明が難しいってだけの話なんです。「あの雑魚たちにつるし上げられても流していたようだし」 違います。 普通に劣勢でした。ただ、少しでも有利な局面で開戦しようと機を測っていただけです。 具体的にいえば、ひょうひょうと流していれば激昂したクロエたちから手を出してくるんじゃないかなーと思っていたわけだ。 背の低い私が追い詰められているようにみえたら、まあ正義は我にありって主張しやすいしね。「イヴォンヌさまが助けてくれなくては、どうなっていたかわかりません」「そうね。わたくしはむしろ雑魚たちを救ってあげたのよね。場を収めねば、彼女たちは立場も命も失っただろうから」 ちゃう。 ちゃうちゃう。 なんでそういう解釈するねん。 イヴォンヌを持ち上げてこの場を切り抜けようとした私の高度な折衝テクニックは、謎の解釈によって粉砕されてしまった。 そもそも、立場はともかく命を失うってなにさ。 私は五人を相手に大立ち回りを演じられるほど強くない。「五人なんて無理ですよ」「そうね。でもケンカになった場合の勝ち方を考えていたでしょう?」「ぐ……」「ボス格を叩きのめし、余勢でもう一人潰す。そうしたらあとは逃げる。そんなところかしら」 私は黙り込んでしまう。 今度は不正解だったからではない。 正鵠を射られたからだ。 一人に対
last updateLast Updated : 2026-07-13
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第9話 ダウンタウンへ繰り出そう
「メグが大立ち回りを演じたと騎士団でも噂になっていたな」「いぃぃやぁぁぁ!」 余計なことを教えてくれたレオンに、私は両手で顔を覆って首を振った。 なんで噂になるんだよ。 誰が広めたんだよ。「言いがかりを付けてきた無頼漢を千切っては投げ千切っては投げしたとか」「なんで無頼漢が宮廷にいるんですか!」 笑ってるレオンを睨んでやる。 伝わっていく課程で面白おかしく脚色されてしまっている。 ひどい。 私は無実なのに。 クロエを叩いたのはイヴォンヌだし、連中は勝手にびびって逃げていっただけ。「いやあ、メグが暴れたのはダウンタウンの酒場だって話だった。給仕の娘をかばって戦ったとか」「その設定には無理があります。いまひとつリアリティに欠けますね」 まず、騎士の娘が無頼漢がいるような下町の酒場に出入りしていたら、親がぶち切れますよ。 反省するまで蔵とかに監禁されるレベルだって。「噂話というのは荒唐無稽な方が面白いし、真実味が薄くなるんだ。メグ」 意味深にレオンが微笑する。 つまりそれって、あえてまかれた噂だってこと? なんのために?「まず、君を含めた関係者全員の名誉を守るってのが第一義だろう」 イヴォンヌの名前も、クロエたちの名前も出てこない。 唯一出てくる私は武勇伝の主人公だ。 こんな馬鹿な話、誰が信じる?「情報工作ですか……」「そうだ。おそらく主導したのはメグの元婚約者だな」「ロベールが……」「そしてこの工作は、イヴォンヌ嬢の武勇伝を糊塗するためにおこなわれた」「そっちか!」 思わず声に出してしまう。 くすりとレオンが笑った。 現時点では目立ちたくないのだろうな、と。 ようするにイヴォンヌとしては、まだ野心を隠しておきたいわけだ。 少なくともロベールがレオンと肩を並べられるくらいになるまで。「でも、ちょっと変ですね」 私は首をかしげる。 だったら私など放っておけば良かったのに。 騎士の娘たちが集まっているようなサロンに顔を出してまで、私を助ける理由などないだろう。「レオはどう思います?」「さきに、メグの意見を聞かせてくれないか?」「すごくお節介な性格をしてるんじゃないでしょうか? 私の婚約者を奪ってやったぜみたいな言い方をしていましたけど」「悪役をもって任じているくせに、悪には徹しきれないご令嬢、
last updateLast Updated : 2026-07-14
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