LOGIN——————リヒテンシュタイン帝国。 帝国始まって以来の賢帝であられると評判の現皇帝陛下の元、今年も社交シーズンが始まった。 俺————セドリック・フォン・ドラッケンベルクも、とある伯爵邸で開かれた夜会に駆り出された。 そこで出会った闇に紛れたように現れ、温度を感じさせない深いロイヤルブルーの瞳の『彼女』……。 『彼女』の存在が、まさか自分の全てを変えるとは————。 ■ 世界観は中世ヨーロッパをイメージしております。 ■ 異世界設定なので、作者の都合主義です。 ■ 一部、暴力的表現がございます。 ■ 表紙はAI作成です。
View Moreあれから、どうやって帰って来たのか……。 よく覚えていない。 ————死体もその痕跡も残っていない。 騎士団へも父親にも報告できなかった……。 ふとした瞬間に、あの暗闇の中での光景が脳裏を過る。 よく見えなかったが、首を掻き切った時の無駄のない動作————。 死体を見る瞳にも恐怖は見えず、淡々とその場の処理をしていた。 ————明らかに手慣れていた。 そして、初めて出会った時の身のこなし……。 (セリーナ……君は一体……) 朝になり、いつもと変わらない日常が始まる。 彼女に会った時、俺はどんな顔をしたらいいのだろうか? 最近は疼くことがなくなっていた胸の棘の代わりに、重い鉛のようなものが胸の奥深くへ沈んでいく気がした。 —————— いつも通りに学院へ登校し、いつも通りに教室へと向かっていると、廊下の向こうからセリーナが友人と話しながら歩いて来るのが見えた。 彼女の姿を目にした瞬間昨日のことが脳裏を過り、思わず立ち止まってしまう————。 友人と笑顔で話しているはずなのに、その瞳には温度が感じられない……。 一瞬セリーナの視線が俺を捉えたが、すぐに興味がないかのように逸らされた。 「あ……」 ————何と声をかけたらいいのか? そんな考えが頭に浮かび、上手く声が出ない……。 だがセリーナはそんな俺の脇を素通りして、そのまま去って行ってしまった。 情けなく零れた声と、思わず伸ばしかけた手が行き場なく空中に残されたまま————。 さっきまではあんなに心が重苦しく感じていたのに、まるで風景の一つかのように俺の存在へ目も向けない姿に、再び胸の中に刺さっている棘の痛みが戻ってきた。 ゆっくりと振り返り、何事もないかのように歩いているセリーナの後ろ姿を見つめ、苦痛で顔を歪めながら胸元シャツをギュッと握り締めた————。 —————— 明らかに様子のおかしい俺を心配したレイルたちに声をかけられるが、昨日の出来事を話せるわけもなく「何でもない」と答えた。 昼食後、少し迷いながらもいつも通りに図書室へ向かう。 (果たして、セリーナはいるだろうか?) 昨夜のことや朝の態度を見れば、いない確率の方が高いだろう……。 それでも、彼女に会わないなんて選択肢は俺にはなか
セリーナとの図書室での時間は相変わらず続いている。 あの日——アメジストの瞳に映った嫌悪の色に関して、結局聞くことは出来なかった。 そんな日々を過ごしながら、今日は卒業後に入団予定の帝城にある帝国騎士団の訓練場を訪れていた。 学院が休みの日になどは、ここで定期的に剣術や体術、そして魔法の訓練や指導を受けている。 正式な騎士団の訓練はそれなりに厳しいが、以前から侯爵邸の私設騎士団の騎士たちと共に訓練をしていた為、特に苦に感じることはない。 高位貴族は基本的に魔力量が多く、俺も例外ではない。 魔法属性も火と風で戦闘向きなことも幸運だった。 特に火属性の魔法適性が高く、行使するのと同時に一気に高温度の火や炎を顕現させることが出来る。。 その為、俺の火や炎は赤ではなく青い。 普段からレイルの傍にいることも多く、有り難くも能力の高さが評価され、恐らく卒業後は皇族の護衛騎士として配属されるのではないかと言われている。 だからこそ訓練であろうと、余裕ぶって気を抜くことは一切なかった。 —————— 「今日は城下の巡回訓練をする」 その日は基礎訓練後に同じ見習い騎士が集められ、副団長の言葉に一部の者たちは喜色の色を浮かべている。 俺は普段学院に通っていることもあり、毎日騎士団で訓練をしているわけではないが平民出身の者や学院生ではない見習いたちは、毎日同じ訓練をしていることもあり飽きてきていることもあるのだろう————。 (……それが油断に繋がったりもするんだがな……) 横目でその様子を見ながら、心の中で密かに溜め息を吐いた。 —————— 巡回は基本的に一班、正騎士一名と見習い騎士二名編成だった。 各班自分たちが巡回する地区の指示をそれぞれ聞き、俺の班は平民街を担当することとなった。 同じ班の正騎士は平民出身らしく、かなり距離感が近い。 もう一人の見習いも平民出身で親近感が湧いたのか、楽しそうに話しながら歩いている。 そんな二人の後ろに付いて歩き、たまに話しかけられた際に返答しながら街中を歩いた。 「なあ、お前って貴族なんだろ?普段、平民街とか来るのか?」 「いや、ほとんど来ることはない」 「まあ、普通の貴族はそうだよな。正騎士になるとこうやって巡回に出たり、通報が入ったら急行
あの日以来、俺は昼食後に図書室の閉架書庫前へ通うようになった。 ヴァレンシュタイン女子爵は窓台に座りながら、いつも読書をしていて俺に気付くとにっこりと微笑みかけてくれる。 二人で何をするわけでもなく、ただ一緒に本を読んだり、うっかり俺が眠ってしまったり————会話は多くなかった。 もしかしたら、彼女にとって俺は空気のような存在なのかもしれない————。 それでも二人の間に流れるそのゆっくりとした時間が大切で、唯一ホッと出来る時間だった。 そんな時間を過ごすようになると、たまに廊下ですれ違う時に微笑んでくれたり、挨拶をすると返してくれるようになった。 この頃には『お互い家名が長く呼びづらい』と言いくるめ名前で呼び合うようになり、更に距離が縮まったような気がしていた————。 「はあ……」 いつも通りに図書室で窓台に座るセリーナの隣に座ると、俺は思わず溜め息を吐いてしまった。 「……どうか、なさいまして?」 いつもより疲れているような様子に気付き、心配そうに眉尻を下げて俺を見つめている。 「いや、ちょっと生徒会でな……」 ⸺⸺⸺ ブライトン伯爵令嬢と昼食を共にすることになったあの日の後————約束通り試用期間を経て、特に問題がなかったことから彼女は正式に生徒会役員の書記に任命された。 試用期間に問題を起こすと正式に『採用されない』と理解していたのか、マルガレーテとも大きなトラブルを起こすこともなく……というよりも、マルガレーテが殆ど必要以上に関わることがなかったことが大きかったのだろう……。 ————ただ正式に書記として活動するようになるとアーサンや、特にダリウスとの距離は今まで以上に近くなったように見え、最近ではレイルや俺にまで媚びるような言動が増え始めた。 「セドリック様!この書類なんですが…」 「……ブライトン伯爵令嬢。申し訳ないが君に名を呼ぶ許可は出していない。家名で呼んで貰えるだろうか?」 「え……でも、マルガレーテ様もお名前でお呼びしているので……やっぱり、私は認められていないんですか?」 貴族として当然身に付けていなければならないことを平気で無視し、何度注意しても直すことなく何かにつけてマルガレーテと自分を比較したかと思えばすぐに涙を浮かべる……。 ……心の底からうんざりしてい
ふわふわと温かく包まれているような心地よさの中で、ふと昔のことを思い出していた。 「母上は、父上のどこがお好きなのですか?」 「突然どうしたの?」 俺の問い掛けに、母上は驚きで目を見開いる。 父上は帝国近衛騎士団総長で、顔の造形は男であるのにも拘わらず『美しい』と評され、身長も高く、がっしりとした騎士らしい身体つきだ。 しかし、いつも寡黙で表情が変わることは滅多になく、息子の自分でさえ笑った顔を見たことが殆どないほど愛想がない……。 遠くから見る分にはいいが、いざ交流するとなれば、あまりの沈黙に耐えられない人が続出する……という話が俺の耳に届くほど酷いらしい……。 何故、母上はそんな父上と一緒にいられるのか? 幼心に不思議だった。 母上が話しかけても大抵無表情のまま「……ああ」や「……そうだな」と、一言で終わる。 世の女性なら……いや、俺でもそんな男の妻になるなど御免被りたい。 ————だが母上は父上のことが本当に大切で、本当に愛しているということが傍目から見ても分かる。 そう説明すると母上は、ふふっと小さく笑った。 「確かに初めてお会いした時は無表情だし、あまりにも無口だから『わたくしが話題を振らなければ!』と、交流のお茶会の度に一生懸命話題を探して一方的に話していたわ」 母上の言葉に『やはり、そうだったのか』と内心父上にがっかりしたが、母上はそのまま話を続けた。 「——でもね、ある日『何故、わたくしだけこんなに必死にならなくてはならないのかしら?』と思って、無理をすることを止めたの。そうしたらいつも一方的に話し掛けてきていたのに、ピタッとそれがなくなってしまって戸惑ったのね。お父様は目に見えて動揺していたわ」 「あの泣く子も黙る孤高の近衛騎士様がよ?」と俺に微笑んだ後、その頃を思い出すかのように遠くを見つめた。 「それで気付いたの。お茶会の際にわたくしが好きだと言ったお菓子を手土産で持って来て下さったり、お出掛けしたら行ってみたいと話した所へ連れて行って下さったり————その時、お父様は口下手だけれどちゃんとわたくしを尊重してくれる方なのだと……」 「話さなくても信頼出来る方に出会えることは、なかなかないものなのよ」と言いながら、母上は穏やかに微笑んだ————。 その日から屋敷にいる時は
昼食会の翌日、いつも通り昼休みにレイルと食堂《ダイニング・ホール》へ向かった。 皇族であるレイルの食事は、全て毒味が済んでからでなければ配膳されない。 もちろん、同じ席で食事をするダリウスの分も同じように用意される。 「レイル、セドリック!」 いつものようにダリウスとアーサンが手を振りながら、レイルたちの所へやって来た。 そしてその後ろには、何故かブライトン伯爵令嬢の姿も……。 「あの、ダリウス様たちからランチにお誘いされて……ご一緒してもよろしいですか?」 ブライトン伯爵令嬢は視線を下げ頬を赤らめてはにかんでいるが、既に注文した料理が乗ったトレイを持った上に
どうやらダリウスとブライトン伯爵令嬢は密かに交流を図り、親密さが増していると同時にマルガレーテとの溝はどんどん深まっていく一方だった。 最近ではそこにアーサンも加わり、生徒会の中でも微妙な空気が流れることが増えた。 令嬢の中で最も高位の身分にあるマルガレーテの所には、『婚約者がブライトン伯爵令嬢と距離が近過ぎる』と相談に訪れる令嬢が後を絶たない。 高位貴族としても、生徒会役員としても、さすがに放っておくわけにもいかない。 マルガレーテは何度かダリウスに苦言を呈したようだが、それが聞き入れられることはなく『あくまでも、友人の一人として付き合っており、疚しいことは何もない』と一蹴
あの日から図書室で出会った彼女のことで、頭がいっぱいだった。 授業前や昼休みに移動する時、放課後生徒会室へ移動する時————。 すれ違う人々の群れの中にいるであろう、彼女の姿を無意識に視線で探してしまう————。 「……セドリック。君、最近様子がおかしくないかな?」 ついに放課後の生徒会室で、俺の様子に違和感を覚えていたレイルに突っ込まれてしまった。 今日は運悪く生徒会の定例会議があった為、室内にはメンバーが全員揃っている。 一瞬、誤魔化そうかとも考えたのだが、最近は自分でもおかしい自覚があった上、上手い言い訳も特に思いつかず、渋々彼女のこと話すことにした……と言っても
ブライトン伯爵令嬢とマルガレーテたちのトラブルの場に居合わせたあの日以降も当然のことながら、いつもと代わり映えのしない日常が続いていた。 淡々と変わらない日々————だが、心の中では『あの夜』の出来事が胸の奥のどこかに、抜けない棘のように残っている————。 ————あの、深いロイヤルブルーの瞳が忘れられない……。 意識しないように頭の片隅に必死に追い払い、俺はいつもと変わらず『普通』を装っていた。 —————— 「セドリックは、魔法学の課題は終わったのかな?」 「いや、まだだ。この後、図書室で参考になる本を探そうと思っていたところだ。」 食堂《ダイニング・ホール》で昼食を摂って