LOGIN「今の彼氏は、あんたなんかより百倍素敵な人よ!」 結婚直前に裏切られた朱里は、プライドを守るためレンタル彼氏での復讐を決意。だが当日、業者は現れず、絶体絶命の朱里がとっさに捕まえたのは息を呑むほど美しい男だった。 彼をホストと勘違いし復讐を成功させ、勢いで一夜を共にするが……翌朝、衝撃の真実が待っていた。 彼は業界の頂点に君臨するホテル王・九龍湊。 「君を婚約者役として雇いたい。月額300万。住む場所は僕の家だ。ただし、あの夜のことは『業務外』だ」 レンタルしたはずが、まさかの逆雇用!? 冷徹な契約と身体の熱が交錯する、嘘つきな二人の溺愛契約ラブストーリー!
View More「今日だから言うの。浮かれてる時ほど契約書を読み落とすから」「もう職業病じゃない、それ」「姉病よ」 そう言って、詩織姉はようやく少しだけ笑った。 肩に置かれた手の力が、ふっと緩む。「……本当に、綺麗よ」 その一言は、会場の拍手より、湊の甘い言葉より、胸の奥にまっすぐ刺さった。 私は、姉の肩に額を押しつけた。 泣いたら負けだと思っていたのに、今日の私は負けっぱなしだった。 ◇ 披露宴が終わる頃、窓の外は淡い夕暮れになっていた。 高層階のガラスに、東京の街の光がひとつずつ灯っていく。テーブルの上のキャンドルが揺れ、白い花びらの影がクロスの上に落ちていた。 最後のゲストを見送ったあと、控室へ戻る途中で、私は足を止めた。 会場の扉の前に、今日のために用意された一枚の写真が置かれていた。 式の直後に撮った、集合写真。 中央に私と湊。隣には志保さん。少し離れて詩織姉と征司さん、麗華さん、奈々さんと航平さん。佐藤工場長は端のほうでぎこちなく笑っている。白鳥真琴は、なぜか少しだけ斜めに立ち、完璧な微笑みを崩していない。 血筋だけなら、ひどくまとまりのない写真だ。 九龍家の古い肖像画に描かれていたような、同じ顔立ち、同じ名字、同じ価値観でそろえられた一族ではない。 でも、今日の私には、それがとても綺麗に見えた。「気に入った?」 背後から湊の声がした。 振り返ると、彼はジャケットを少し緩め、いつもの完璧なCEOではなく、披露宴を終えたばかりの夫の顔で立っていた。「はい」「本邸に飾ろう」「いいの?」「祖母が見たら、文句を言うだろうな」「どんな?」「並びが甘い。僕の表情が締まっていない。……それから、君のドレスだけは褒める」「最後だけ華枝様っぽい」「僕は?」「ずっと褒めている」「聞き飽きるくらい?」「足りないくらい」 さらりと言われ
全部が、今日ここにある。 誰一人、最初から綺麗な形でここに来たわけではない。 それでも、来てくれた。 湊が私のもとへ戻ってくる。 目元が、少し赤かった。「泣いてる?」 小声で聞くと、彼は眉間に皺を寄せた。「君の目のほうが、ひどい」「質問に答えていません」「僕は合理的に話題を逸らした」「今、自白しましたよ」 湊は口を閉じた。 その沈黙が答えだった。 思わず笑うと、目尻から涙がこぼれた。湊が親指でそっと拭ってくれる。 会場の視線に気づき、慌てて顔を背けた。「人前ですよ」「知っている」「だったら、もう少し遠慮して」「今日は、僕の結婚式だ」「私の結婚式でもあるんですけど」「なら、君にも同じ権利がある」「何その権利」「人前で少しくらい甘やかされる権利」 さらりと言われて、私は反論の言葉を失った。 こういう時だけ、この人は本当にずるい。 ◇ 次は、私の番だった。 司会者に促され、私は白い小さな花束を持って、詩織姉の席へ向かう。 歩き始めた瞬間、姉の顔が変わった。 泣かないための顔から、説教をする時の顔へ。 あ、逃げた。 そう思って、胸が少し軽くなった。「詩織姉」「先に言っておくけど」 マイクを通さない距離で、姉が低く言った。「長い感謝状なら却下。涙でメイクが崩れた場合、補修費はそっち持ち」「式場のメイクさんに怒られるのは私です」「だったら簡潔に」「はい」 私は、花束を差し出した。 母のパールのヘアピンと同じ色の、控えめな白。目立たないけれど、近づくとちゃんと香る花。 詩織姉みたいだ、と言ったら怒られるだろうか。 たぶん怒られる。 でも、今日は言う。「詩織姉、ここまで連れてきてくれて、ありがとう」 詩織姉の眉が、ぴくりと動いた。
「あなたが僕の実母、由理子の友人として約束を守ろうとしていたことも、華枝様を支え、九龍家の中で僕が潰されないよう盾になっていたことも、今は知っています」 そこで、湊は小さく息を吐いた。 「だから、母さん。これは裁判でも、判決でもありません。僕が、あなたに渡したいだけです」 言い方が、あまりにも湊らしかった。 周囲の評価ではない。正しさの証明でもない。 自分で選ぶ。 その頑固さが、今はひどく優しく見える。 「受け取ってください。僕の母として」 志保さんは、しばらく動かなかった。 やがて、椅子から立ち上がろうとして、足元を少し乱した。 隣の親族が手を貸すより早く、湊が一歩近づき、花束を持っていない手で志保さんの肘を支えた。 支えられた瞬間、志保さんの顔がくしゃりと歪む。 きっと、長い間、彼女は支える側だったのだ。 由理子さんの記憶を支え、華枝様の厳しさを支え、湊の未来を支え、九龍家の醜い部分が彼に届かないよう、自分の身体を壁にしてきた。 支えられることに、慣れていない。 「……湊」 志保さんは両手をそろえて、花束を受け取った。 白い花が、留袖の黒の上でふわりと明るく浮かぶ。 彼女は花に顔を近づけ、香りを確かめるように息を吸った。 その頬を、一筋の涙が滑り落ちる。 誰も、それを指摘しなかった。 湊が、静かに頭を下げる。 母に向けるには少し堅すぎる。けれど、湊らしい、精一杯の礼だった。 「ありがとう、ございました」 過去形と現在形の間で迷ったような言葉。 志保さんは花束を抱きしめ、唇を震わせた。 「こちらこそ」 その声は、ほとんど吐息だった。 「生きていてくれて、ありがとう」 会場のどこかで、小さく鼻をすする音がした。 それを合図にしたように、拍手が起きた。 最初は遠慮がちだった。家族の傷口に触れてしまわないよう、そっと布をかけるような拍手。 けれど、少しずつ大きくなる。 奈々さんが泣きなが
「母さん」 その一言は、マイクを通さなかった。 けれど、会場の端にいた私の耳にも、確かに届いた。 湊の声は大きくなかった。役員会で空気を一瞬で凍らせる時の声でも、相手の逃げ道を塞ぐ時の低い声でもない。ほんの少し掠れていて、言葉にする直前まで迷っていたことがわかる声だった。 花束を持つ指先が、わずかに白い。 志保さんは席に座ったまま、動かなかった。背筋は相変わらず美しい。留袖の黒も、結い上げた髪も、九龍志保という人の輪郭を一分の隙もなく保っている。 けれど、膝の上に置かれたナプキンだけが、ほんの少し歪んでいた。 「今日まで」 湊はそこで一度、息を吸った。 ほんの短い沈黙だった。 それなのに、本邸の長い廊下の冷たさも、温室に積もっていた白い時間も、由理子さんの名前を挟んで向き合えなかった年月も、全部そこに集まったように見えた。 「僕を守ってくれて、ありがとう」 志保さんの睫毛が震えた。 会場の誰も、音を立てなかった。 グラスの泡が弾ける音まで聞こえそうな静けさの中、湊は花束を少しだけ差し出す。 白いマーガレットが揺れた。 奈々さんたちの式で一度切られ、温室で拾い集められ、志保さんの手で束ね直された花。華枝様が遺した場所で咲き、由理子さんの記憶を吸って育った白い花。 それは、ただの感謝の花束ではなかった。 由理子さんを忘れないまま、志保さんを母として受け取る。 その難しい線の上に、湊は今、自分の足で立っている。 「湊」 志保さんの唇が、ようやく動いた。 声は、ひどく乾いていた。 「私は……あなたに、感謝されるようなことはしていません」 会場の隅で、誰かが息を呑む。 志保さんは、その視線から逃げなかった。ただ、湊だけを見上げていた。 「あなたを傷つけました。何度も、必要以上に。守るためだと言い訳をして、言葉を選ばず、距離を置き、あなたに母を二度失わせたようなものです」 淡々としているのに、語尾だけがわずかに崩れていた。 人前で泣かない人が、最後に残
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