LOGIN「勝手に死んで、勝手に人を責めて……少し言葉をかけただけで、人を殺しただなんて。バカげてる」 「……は?」 陸が呟いた。目を見開き、信じられないというように一歩前へ出る。 「お前、今……なつった?」 仁科校長は沈黙のまま綾野を見据えていた。その瞳には、鋭い光が宿っていた。 小池は口元に手を当て、震える指先を抑えるように立ち尽くしている。 「……何言ってんの、あんた……?」 如月先輩は、はっきりと声に出した。 「だってそうだろ? あれくらいで死ぬような奴なら、最初から死にたがってたんだよ!むしろ感謝されたいくらいだ。僕のおかげで、あいつは死ねたんだからな!それで僕を恨むなんて、筋違いもいいところだ!そもそも――」 綾野はゆっくりと歩を進め、佐倉の真正面に立った。 「僕が犯罪者だというなら、この女だって同じだ。証拠を捏造して、僕を殺人犯に仕立て上げた。とんでもない嘘つき女だよ。それに、殺人罪偽造の、証拠だってあるんだからな!」 佐倉は綾野を睨み返した。沈黙のなか、怒りと恐怖、そしてもう一つ、名づけがたい感情が彼女の瞳に交錯していた。 「犯罪者は、お前だけだ。綾野」 俺はそう言いながら、佐倉を庇うように綾野との間に立った。少し遅れて、陸と澪も前に出て、俺の隣に並ぶ。 「人をもてあそび、心を壊したお前と、たとえ過ちがあったとしても誰かを想って動いた優衣ちゃんを、同じ土俵に並べるな!」 「あなたは、間接的に人を殺した……その事実から、目を背けないで。……証拠もある。罪は、償うべき」 陸と澪がそう言葉を投げかけたあと、二人の言葉を引き継ぎ俺も続いた。 「確かに、お前が殺人犯だという構図は、作られた嘘——虚構だった。だが――お前は佐倉先輩を追い詰め、壊し、自らの手を汚すことなく死へと導いた。その現実は、佐倉が作り出した虚構よりも、ずっと冷たい」 言葉を区切り、口調をさらに冷たくして続けた。 「本当に恐ろしいのは、虚構が現実を超えることじゃない。現実が、それすら飲み込んでしまうほどに、邪悪だったという事実だ。お前の行いで、周囲の人間は絶望に突き落とされた、それを自覚しろ」 そして、俺はわざと不敵に笑って、軽い調子で言った。 「それに証拠?──そんなもの、どこにあるんだ?」 「……は?」 その直後、乾いた音が場を裂
「ええ、そうよ。途中までの——殺人罪を立証させる推理は、私が思った通りに推理してくれて、計画どおりになると思ったのに……」 その答えには悔しさが滲んでいた。だが、なぜかその答えを何度も繰り返し胸の内で練習してきたかのように、迷いは一切なかった。 「こんなの……直接手を下してないだけで、殺人と何が違うの?」 声がわずかに揺れた。 「支配して、追い詰めて、逃げ場を奪って……それでも自殺だからって軽く済まされるなんて、私はどうしても許せなかった」 その言葉には怒りだけでなく、長い葛藤の末に形になった痛みがにじんでいた。 如月先輩と陸が顔を見合わせる。だが、そこに浮かぶのは怒りでも非難でもなく、ただ困惑だった。 「……どういうことなんだ?」 陸が小さくつぶやき、それに応えるために俺は息を整える。 「今、説明する」 今この場を預かる者としての責任を果たそう。 「綾野は十八歳、つまり特定少年に該当します。殺人罪が適用された場合は、成人と同等の刑罰――極刑こそないが、重い罪を科される可能性がある。実際には慎重な判断が求められますが、少なくとも佐倉の思惑どおりなら、重い罪に問われていたでしょう」 澪が補足するように言葉を重ねる。 「自殺幇助も刑法上は処罰対象だけど、特定少年が対象となると、実際には大幅な減刑がなされることが多い。執行猶予付きの判決が出ることもある……つまり、殺人と比べて罪の重さがまるで違う」 「だからこそ、佐倉は殺人罪として裁かせようとした……そういうことだ」 澪から引き継いだ、俺の言葉が響いたそのとき、口を開いたのは小池だった。 彼はうつむきがちに口を開く。声は小さかったが、はっきりと響いていた。 「……僕は、佐倉先輩に……恋をしていました。ずっと伝えられなかったけど……それでも、ずっと、ずっと想ってたんです」 一瞬、彼の視線が綾野へと向く。 「でも、綾野と佐倉先輩が親しげに話しているのを見て……僕は勝手に、二人は付き合っているんだって思い込んでしまって……悔しくて、嫉妬して、どうしようもなくて……それで、生徒会室に隠しカメラを仕掛けたんです。スキャンダルでも撮れたら、って……最低な動機でした」 その顔には自己嫌悪の色が濃く滲んでいた。 「でも……そこに映っていたのは――あの動画だった」 声がわ
俺の言葉に皆が息を呑む、明かされただ真相の重さに、言葉を失っていた。それを最初に破ったのは、綾野自身だった。 「……それがどうした……結局、自分で勝手に死んだだけだろ? 自殺なんて、本人の意思だ。僕がどうこう言っても関係ないだろ!?」 「ふざけるなっ!」 怒声とともに、佐倉が綾野を睨みつける。その表情は怒りに満ちていたが、その目だけは冷たく綾野を捉えていた。 「お前がお姉ちゃんを殺したんだ! お前がいなければ……お姉ちゃんは自殺なんてしなかった!」 その姿、その静かで冷たい目を見て、俺の記憶が呼び起こされる。……あのときの、中学二年冬の全国中学推理選手権であった少女の姿を——。 「……君は、三年前の冬に全国中学推理選手権決勝で会った……あのときの……」 俺が目を細めながら口にした瞬間、佐倉は小さく、皮肉めいた笑みを浮かべた。 「ようやく気づいたのね。あの大会の決勝であなたと戦ったのは、私よ」 その声はとても凍てつくように冷たかった。 「……あの大会の帰り道、私はひどく落ち込んでいた。応援してくれた父と母の顔を見るのが辛くて、車の中でずっと黙りこんでたの。でも、父は私を励まそうとして何度もこちらを見た……そして――そのとき……」 言葉を切った佐倉の視線が、遠く過去を見つめるように揺れる。 「運転していた父は、対向車に気づくのが遅れた。正面衝突だった。助手席にいた母と、ハンドルを握っていた父……二人とも、その場で亡くなったわ」 「……それは……」澪が、絞り出すように声を上げかけた。 佐倉はわずかにうなずき、遮るように言葉を継ぐ。 「ええ。もちろん、彼に責任はない。事故は事故よ。わかってる……頭では。でも――簡単に割り切れるものじゃない」 声がかすれた。だが次の瞬間には、その表情がまた冷たい仮面を取り戻していた。 「だから、精々あなたの推理力を利用させてもらおうと思ったのよ。あの男を殺人犯に仕立てあげるために」 彼女の目が再び綾野に向く。 「お姉ちゃんの遺体からあの鍵を拾ったのも私。すべては計画の一部。あなたたちが真相にたどり着くように、導いてきたの……最後の最後で、台無しにしてくれたけどね」 その吐き捨てるような言葉に、一瞬、場の空気が凍りついた。 「優衣ちゃん……それって……」 如月先輩が、顔をこわばら
異変に気づいたのは、お風呂から上がって自室に戻ろうとしたときだった。 その日、お姉ちゃんは朝早く登校したのになぜか帰宅して、学校の授業を休んで家にいるはずだった。なのに、部屋の前に立っても、扉の向こうからは何の気配も感じられない。トイレかもしれない一瞬、そんな考えがよぎった。 でも、胸の奥に小さなざわつきが広がり、理由のない不安が膨らんでいった。 嫌な予感がして私は、居間、洗面所、台所、玄関……家中を駆け回るように探した。 けれど、どこにもいなかった。 不安は、じわじわと恐怖へと変わっていった。 まさか──その言葉が脳裏をよぎると同時に、私はパジャマのまま外へ飛び出していた。夜の町を走った。冷たい風が肌を刺した。でも、それすら感じなかった。向かったのは、旧校舎。なぜそこなのかはわからない。ただ、直感が告げていた。 そして──屋上のフェンスの先に、身を乗り出すお姉ちゃんの姿を見た。 「なにをしてるの──」 その言葉が口を出るより早く、お姉ちゃんの身体はふわりと宙に浮き、闇へと消えていった。叫ぶ間も、考える間もなかった。私はただ、足が千切れるほど走っていた。そして、地面に叩きつけられたお姉ちゃんのもとへ駆け寄った。血の色が、夜の光に鈍く滲んでいた。声をかけるまでもなく、その姿を見た瞬間、すべてが終わったとわかった。 そのとき、気づいた。お姉ちゃんの右手が、何かをしっかりと握りしめていた。 震える指でそっと開いてみると、そこにあったのは一つの鍵。 タグには「屋上」と書かれていた。 ……次に意識をはっきり取り戻したとき、私は自宅の自室にいた。 どれだけの時間が経っていたのかはわからない。ただ、手の中にはひとつの鍵が握られ、そのタグには『屋上』の二文字があった。 それを見た瞬間、初めて感情が溢れ出した。涙ではない。嗚咽でもない。もっと、得体の知れない、深く黒いものが胸の奥から込み上げてきた。怒りとも違う。悲しみとも違う。 ——その数日後、真相を知った時、その深く黒いものは『復讐心』という明確な形を成した——。*** 動画は、淡々と終わった。だがその余韻は、屋上に集まる全員の胸に重く沈殿した。 明かされた真実は、衝撃的だった。 それは、綾野奏斗による佐倉美月への――自殺幇助。 ただの自殺ではない
――これは、佐倉美月が最後に残した日記である。 誰にも語られなかった、彼女だけの真実が、そこに刻まれていた。【一二月三日】 ……見てしまった。 見てしまったのが、すべてのはじまりだった。 生徒会室の明かり。誰もいないと思って、近づいて。 でも、そこにあったのは試験の問題用紙だった。信じられない。息が止まった。 その時、背後から声。 「お疲れさま」 ――綾野君。 何も言えなかった。紙を持っていた私の手に、彼の目が一瞬だけ触れた。 それを私は渡してしまった。 笑ってた。彼は手袋をしていた。私は素手だった。 「これを知ったら、妹さんはどう思うかな?」 ……怖かった。全身が冷えた。けど、笑顔だった。【二月三日】 テストの答案用紙を盗んできた。それを彼に渡した。 「ありがとう。頑張ったね」 そう言ってくれた。 優しく声をかけてくれた。安心した。 でも、それが余計に恐ろしかった。 彼の声は静かで、柔らかくて、包まれるようだった。 なのに――その中に、どこか底が見えない感じがした。 逃げようとしても、どこにも出口がない。 この人に逆らったら、私はどうなるんだろう。【三月十一日】 どうしてこんなに優しくできるんだろう。 罪を見た人に、普通、あんなふうに言える? 「誰にも言わないから」 「君は僕を信じてくれていい」 その言葉が頭から離れない。 誰も、私のことをそんなふうに言ってくれなかったのに。 怖いと思ってたはずなのに、 今は……少しだけ、安心してしまっている。 それが、一番怖いのに。【三月二十五日】 優衣や真希ちゃんに話しかけられても、目を逸らしてしまう。 優しさって、こういうことなんだって、初めて思った。 あの人は、何も言わずに、ただ私のことを信じてくれている。 ……どうして? 私なんかを。 信じられるって、こんなに心地いいんだ。 あの人の言葉だけが、私の世界をやわらかくしてくれる。【四月十日】 誰にも言えないことを、あの人には話せる。 むしろ、話してしまいたくなる。 すべてを預けたくなる。 こんな気持ち、初めてだった。 彼の言葉が、私の正しさを証明してくれる。 みんなが私を見放しても、彼だけは私の味方で
夜の生徒会室には、人の気配がほとんどなかった。 午後八時――すでに校舎内は消灯され、窓の外は完全に夜の闇に包まれている。窓のブラインドは半分だけ下ろされ、街灯の淡い光が隙間から差し込んでいた。その明滅する光が、ゆるやかな縞模様となって床を這い、重苦しい沈黙の中で揺れている。 電気がつけられた生徒会室の中で、佐倉美月は不安げに視線を彷徨わせていた。口元はきゅっと結ばれたまま。時計の針が小さく音を刻むその音が、やけに大きく響いていた。 彼女の隣では、綾野奏斗が変わらぬ穏やかな表情で座っている。だが、その沈黙は、どこか異質な気配を帯びていた。 「……綾野君、ごめんね。先生に見つかっちゃって……もう、テストの問題用紙を盗むのは無理かも」 か細い声だった。手元では、指先が落ち着きなくシャープペンをいじっている。 「それは残念だけど……そうなってしまったのは、しょうがないね」 綾野奏斗の声は、いつも通りに穏やかだった。だが、その瞳は笑っていない。どこか深い水底のような、感情の届かない暗さがあった。 「どうしよう……優衣のために頑張らないとって……バレないようにって…… ちゃんと、やらなきゃいけなかったのに……」 美月は唇をかみしめ、机の端を見つめながら震えた声で言った。 そのときだった。綾野が、そっと彼女の肩に手を置いた。 「――大丈夫だよ、美月」 優しい。あまりにも優しい声音だった。だが、その優しさは、どこか薄い氷のような冷たさを孕んでいた。 「もう、頑張らなくていいんだよ。君は……十分すぎるほど、耐えてきた。これ以上、苦しむ必要なんて、ないんだ」 美月ははっとして顔を上げたが、綾野は微笑を崩さず、優しく続ける。 「……ねぇ、美月。分かるよね?君がこのまま逃げたら、きっと――誰かが、代わりに痛い目を見る。そうなったら、君の妹も……お母さんも……君の大事な人たちが、傷つくかもしれない」 「……そんなの、いや……」 美月の瞳が揺れ、言葉を否定しながらも、その声にはもう反発の力がなかった。 「君は優しいから、それが一番怖いんだろう?」 綾野はそっと言葉を重ねる。まるで、壊れかけた硝子細工を抱きしめるように。 「だから、これが一番正しい選択なんだよ。誰も傷つかない方法――君だけが、楽になればいい」 一拍の沈黙のあ
休日明け、月曜日の昼休み、推理部部室 窓の外では初夏風が木の葉を揺らして、カーテン越しに差し込む淡い光が、机の上の一冊の本を浮かび上がらせている。 俺は、その本の表紙を指先でなぞるように見つめていた。 白地に淡い書体で印字されたタイトル――『信頼はつくれる』。 「……全部、目を通してきた」 俺の言葉に、澪がそっと顔を上げ、向かいの席で、陸も手を止めて、わずかに身を乗り出してくる。 「んで、どうだった? あの見た目どおりの自己啓発だったか?」 「……いや、思っていたより、ずっと冷たかった。論理的で、整然としているが――怖いんだ。あれは、信頼されるための人間になる本じゃない
澪の希望で立ち寄ったのは、セントラルモール内の大型書店だった。 フロアの一角には、文芸から専門書、漫画まであらゆるジャンルが整然と並び、静謐な空気が流れている。「お、おい、広くねぇかここ……?」 陸が圧倒されたように呟く。彼は普段、本とはあまり縁がないらしく、店内をぐるりと見渡すだけでやや落ち着かない様子だった。「漫画コーナー、向こうだったよな。俺ちょっと見てくるわ」 そう言って、彼はふらりと階段を降りていった。 一方の俺は、入口近くの新刊コーナーで気になるタイトルに足を止めながら、何となく澪の姿を探す。(……澪はどこだ?) 気づけば、隣にいたはずの澪の姿がない。特に声を
少し湿った風が頬をなでる、梅雨入り前の土曜の朝。 駅前のロータリーに足を踏み入れた俺は、先に到着していた二人の姿を見つけた。 陸は薄手の白シャツに、グレーのカーディガンを羽織ったラフな格好で、スマホをいじりながらあくびをしている。 対する澪は、落ち着いたネイビーのワンピースに、薄手のベージュのカーディガンを羽織り、白いスニーカーを履いていた。 私服姿を見るのはこれが初めてじゃないし、それなりに見慣れている――はずなのに。 その柔らかな色合いと季節感のある服装が、今日はやけに新鮮に映った。 (……なんか、雰囲気違うな) 普段の無表情と知的な言動のせいで、澪は近寄りがた
翌日、水曜日の昼休み。 校舎裏の静かな一角、昨日の理科室捜査を終えた次の日、依頼人である佐倉優衣と待ち合わせていた。 旧校舎と新校舎を結ぶ中庭を抜け、人気のない裏手へと足を運ぶ。そこは、校内でも特に人目の少ない場所だった。 やがて、ゆっくりと歩いてくる佐倉の姿が見えた。先日よりもさらに疲れた様子で、目の下のクマが痛々しい。「朝倉先輩……例の件、どうでしたか……?」 佐倉は、か細い声で尋ねてきた。俺は簡潔に、青い蛇の模型とそこから発見された鍵のことを伝える。 佐倉は俯いたまま、制服の袖をぎゅっと握りしめた。「……やっぱり、姉は誰かに……」 かすれた声は、途中で途切れ、その先