Masuk綺麗な水と豊かな大地に多種族が暮らす大陸オアーゼ。しかし狭い環境ゆえ争いが起き、魔王ブリガンテの台頭で人間と獣人は追い詰められていく。——だが魔王の自殺で形勢は逆転した。 復興が始まるも人材不足は深刻で、人々は“異世界”からの人材勧誘を開始する。現実から逃れるように幼い弟を抱え移住した彼女もその一人だった。 まさか自分が逃亡先の異世界で、魔王をも操っていた影の存在と仮初の夫婦契約を結ぶことになるなんて思いもせずに。
Lihat lebih banyakむかしむかし。
とある世界のとある星では、ニンゲンとマモノがいつもケンカをしていました。
ずっとずっと仲が悪く、ケンカばかりしていましたが、ある日マモノ達の中に一人の王様が現れました。
カレはとてもつよく、とてもかしこく、うつくしかったので、マモノ達はみな『マオウサマ』と呼んだそうです。
マオウサマはつよかったので、マモノ達はたくさん勝ちました。
ニンゲン達は負け、星のすみっこでしか生きていけなくなりました。
『このままではニンゲンはゼツメツする』
みんながそう考えていましたが、マオウサマが急に死に、王様がいなくなったマモノはゆっくりとジメツしていったのです。
ナゼかはわかりませんでしたが、そのジジツをニンゲン達はスナオによろこびました。
でも、このままではニンゲンもみんな居なくなってしまうでしょう。
多くのモノ達がそう考えてしまうくらい、ニンゲンも減っていましたから。
だけどニンゲン達はふえていきました。
そして、ニンゲン達は住むばしょを広げました。
いつかはマモノに勝とうと、こっそりがんばっていたおかげで。
——知りたいかな?
どんなふうにがんばったのか。
どうしてまた、ふえたのか。
知りたいなら、この本の上にキミの手をのせてみるといいよ。
“いま”をかえたいキミも、手をのせてみるといいよ。
キミを、わたし達がたすけてあげる。
◇——生まれて初めて、母さんから渡された絵本に書いてあったこのお話は、とても不思議な終わり方をしていた。
真っ黒なクレヨンで描かれたマモノ。赤や青といった綺麗な色を使って描かれているニンゲン達。豊かな自然の風景もクレヨンで描いているのにとても綺麗で、心を惹き込む力強さがあった。
正直な所、お話の意味はよくわからなかった。
だから面白いとも思わなかった。だけどワタシは何の気なしに手を置いてみた。
今日、初めて会った弟の小さな小さな手も、一緒に。
最後に書いてあった、『キミを、わたし達がたすけてあげる』という文字が胸にじわりと響いたからだ。
たすけて、たすけて、たすけて…… もう、ここから消えてしまいたい。
そんなお願いが叶うかもしれないと、少しだけ、本当に少しだけだったけど、期待したからだった。
外に出る為にリアンが鼻頭で強引に開けていった部屋の窓から入ってきた風が頬を微かに撫でた事で、リビングにあるソファーで眠っていたルスの目が覚めた。彼女の頭の下にはスキアの膝があり、彼女が寝入った時と同じく、枕にしたままの状態になっている。小さな体の上には彼の服が掛布代わりにかかっており、瞼をゆっくり開いて、ルスは虚な瞳をスキアの方へ向けた。「……ごめん、寝てたみたいだね」 寝起きのルスの掠れ声がスキアの耳に優しく届く。「あぁ、ぐっすりとな」 スキアが中抜けしていた事をルスは気が付いていない。時計の方へちらりと視線をやり、既にもう二時間程が経過していたと知って、気不味そうに顔を顰めた。「うわぁ……。こんなん、昼寝の長さじゃないね」 両手で顔を覆い、はぁと大袈裟にため息をつく。連日眠りが浅かったとはいえ、相手は夫みたいな者だとしても、長い時間ヒト様の膝を占有してしまった事でルスが罪悪感を抱いている。 『仮初の関係だから』などという理由を抜きにしても、何時間も彼を枕代わりにし続けていたと思うと、ただただ申し訳無い。ここ最近、体は全然疲れていないのに怠さは抜けていない。前頭部が妙に重いというか、モヤモヤするというか、ずっと氷魔法でもかけて冷やしておきたいくらいの違和感が付き纏っている。(たかが夢見の悪さだけで、こんなに引き摺るなんて情けないなぁ) 内容はさっぱり覚えていないが、そうである事をルスは自覚していた。冷や汗をかいて目覚めたり、夜中に妙な居心地の悪さを感じたりする原因なんて、夢くらいしか思い至らない。そんな自分の体を真っ暗な部屋の中でぎゅっと抱きしめ、再び眠りに落ちる間中ずっと、よしよしと撫でてくれるスキアの姿をふと思い出して、ルスの頬が嬉しさからじわりと赤く染まった。「そ、そういえば、この服はスキアの?」 気持ちを隠すみたいに、急に関係の無い話を口にしたルスに対し、スキアが「あぁ」と短く答えた。「ブランケットじゃなく、服って」 クスクスと笑うルスの様子を見て、スキアも柔らかに顔を崩した。中座する際にただ流れでそうなっただけなのだが、確かにルスが感じた通り
「——落ち着いた、かな?」 「……おかげさまで、なんとか」 レアンが用意したハーブティーの入るカップを両手で包み込む様に持ち、スキアは真っ青な顔でカップの中の水面をじっと見つめている。今はもうレアンからの指摘を理解したので無闇矢鱈に否定はしていないが、まだ納得はしていない。そのせいか口元がへの字の状態だ。 初めての感情に戸惑いつつも、全ては『他者から求められて湧き出ている感情だ』と帰着した事で自分を保てていたのに、『違う』と指摘されても、そう簡単には受け入れられない。少しでも認めたらもう、二度と『彼女から離れよう』などとは思えなくなる事が目に見えている。彼女の過去を知り、それ故生じた『自分みたいな存在が傍に居るべきではない』という思いも捨てきれないし、どうしたって自分から、いつ監獄に豹変するかわからぬ場所に居座り続ける様な行為をする気にもなれず、スキアは綺麗な形をした唇をガリッと噛んだ。「機会は今しかないかもよ?もうこのまま逃げて、憑依契約は反故にするかい?」「……するとしたら?その後、アンタはどうするんだ?」 「そうだなぁ。“あの子”は私の娘みたいなものだ。慰める為にすぐにでも傍に行ってあげたいから、出掛ける準備でもしようかな」 その答えを聞き、玩具を取り上げられそうになっている子供みたいにスキアがぶすっと不貞腐れるみたいな顔をする。親子以上に自分とそっくりな顔でそんな表情をされると、流石に声を出して笑いはしなかったが、レアンはおかしくってしょうがなかった。「……それにしても、名前では呼ばないんだな。さっきから“あの子”呼びじゃないか」(君も、ね) レアンはそう思いながらも口元に笑みを浮かべるだけに留めた。大きな子供がやっと落ち着いてきたのに、また拗ねると面倒そうだ。「だってねぇ。再誕した“監獄の乙女”が今は何者となっているのかを、ハッキリと言葉にして言われるのは嫌なんじゃないかなと思ったんだけど……違ったかな?」 膝置きに頬杖をつき、レアンが優しく微笑む。年輪を刻んだ顔立ちで柔らかな視線を向けられると、慣れないせいか、スキアはなんだか居心地が悪くなった。「なぁ」
「随分前の話なのに覚えていてくれたんだね」 「まぁ、な」(……お前との、最後の会話だったんだから当然だろ) スキアだって忘れてはいなかった。 ただ、最近までは思い出す事すらも避けていただけで。 パンっと両手を叩き、狐みたいに笑いながら「そっか、良かった!」と言う。でも内心、『……でも、その割には自分の行動に反映出来なかったみたいだね』とレアンは考えたが、また拗ねるかもと思うと言葉には出さなかった。「でもさ、“あの子”をいざ回収しようと決めたは良いけど、実際行動してみると、すごく大変だったんだよね。運悪く全く別の世界に生まれ変わっちゃったのに、本体が“黒竜”な私は強大な者であるが故の代償としてこの世界に縛られているから、異世界にまで会いには行けない。『ならばこっちへ引っ張り戻そう』と考えたけど、その手段が私には無かった。魔塔になら転移魔法の方法が眠っていると知ったけど、今度はその転移魔法陣に強固な縛りがあったうえに禁忌扱いになっていたから、起動させる為の理由も必要だしで、もう……。幸か不幸か魔族との戦争でヒトが絶滅の危機にあったり、復興の人手不足が深刻な状況になっていたからそれを利用させてもらったりって、ね。本当は生まれてすぐにこちらへ迎え入れるつもりだったのに、予想以上に苦戦したせいで向こうの世界では九年も経過してしまった。まさかそのせいで……“あの子”が、あんな扱いをされるだなんて思ってもいなかったから、かなり焦ったよ。せめてもの償いにと、此処へ来てからは“あの子”の周囲には“あの子”を『好き』『可愛い』って思ってくれる者ばかりを集めてみたんだけど、意思のある生き物達を使っているから完全にとはいかなかったけどね」 視線を下に落とし、レアンがはぁと深いため息をついた。揺れる瞳には苦悩が混じっている。その様子に共感し、スキアは歯が軋む程強く歯を食いしばった。「……だけど結局、僕はアンタの策に落ちたって事か」 苦々しい顔をしながらスキアが重たい息を吐き出した。自分で“あの子”を選んだつもりだったのに、全てはリュークェリアスの手の上での愚行だったのかと思うと、複雑な気持ちになる。「それは違う!」 レアンは前のめりになりながらはっきりと否定した。「言っただろう?『謝る為にも回収した』って」 「……どうだか」と言い、スキアが鼻で笑う。その瞳には悔
「後になってね、君が憑依対象として選んでいた奴らや、消えた都市の事などを調べてみたんだ」と言って、レアンはどこからともなく、大量の紙束をどんってとスキアの目の前に丸テーブルごと置いた。『何故崩れない⁉︎』と不思議に思うくらいに高く、天井にまで届きそうな程に真っ直ぐ積まれた調査書を前にしてスキアが呆れ顔になる。「……アンタは、僕のストーカーにまで堕ちたのか?」「えぇー。いやいや、そこはせめて『探偵にでもなった?』と言って欲しかったな」 この様子だと手をつける気は無いなと予想したレアンがクスクスと笑う。そんな彼に対し、スキアが呆れ顔を向けた。「なんにしても……相変わらず暇なんだな」 「まぁ、お互いに時間だけはたっぷりあるからね」 レアンの思った通り、スキアは報告書の山に手を付けようともしない。だが、明かりに晒されている一枚目以外は全てこのままでも目を通そうと思えば容易く出来る事を彼は知っている為、『折角用意したのに見ないのか?』とは敢えて訊かなかった。 そんな態度のスキアを見ていると、遥か昔に、二人が喧嘩別れをした時の情景がレアンの脳内に浮かんできた。 いずれは暴走しかねないスキアの“危険な遊び”を止めねばならない日が来るかもと、レアンが自分の鱗を使って創った魔法生物の存在が原因だった。最初の頃は『何故理解してくれないのだ』と激怒していた。だが根が穏やかな彼の怒りは今ではもうすっかり落ち着き、次第に『私の行動の何がいけなかったのだろうか?』と冷静に考えるようになった。(あの子の怒りの理由がわかれば、和解も可能かもしれない) そう至った彼は行動を起こした。“黒竜・リュークェリアス”の巨大な本体を隠して当代の魔塔主となり、部下となった魔法使い達を自由に使える様になった時、まず真っ先に彼が“レアン”として取り組んだのは、『歴代の悪名高い犯罪者達の背景を洗い出す事』と『大昔に突如地図から消えた都市についての調査』だった。 それ以前も彼は、配下にある竜族や懐いている動物達などを使って調べていたのだが、ヒトの言葉を理解していない者達ばかりだったせいで限界を感じていた。わからない事も多かった中、偶然ヒトの体を得
ルスが話していた装備品を売る店は討伐ギルドから程近く、同じ並びにある。近隣には他にも彫金ギルドや武器・防具などを作成するギルドもある為、討伐任務や護衛などを仕事にしている者達でそれなりに賑わってはいるが、夕方から開店する飲み屋も多いので目抜通りよりは人が少なく、すぐに辿り着く事が出来た。「いらっしゃいませー」 扉を開けて二人が店内に入ると、後衛職向け装備を中心とした完成品がずらりと並んでいた。 僕が持っている六年前の知識では、服や装備品はデザイン帳の中から気に入った物を選んでからオーダーメイドで注文するか、金の無い者達は布だけ買って来て自分で縫うのが当たり前だったのだが、今では大雑把
「はぁぁぁぁぁぁ⁉︎」 店内どころか、外にまで聞こえそうな声をマリアンヌがあげた。彼自身がこの店や周辺一体のオーナーでもなければ通報モノの大声だ。“男”丸出しの低い声だったからか、彼を“彼女”だと認識していたルスがかなり驚き、僕の履いているスラックスの太腿部分をぎゅっと掴んでくる。その甘えがちょっと嬉しいなと思っている自分に喝を入れつつ、「その夫です」と宣言して僕は軽く手を挙げてみた。「最初から『誰だ?コイツ』とは思ってはいたけど、ま、ま、まさか、一番有り得ないだろうと思った答えだったなんて…… 」 愛どころか恋すら理解していなさそうな(実際問題、マジで理解していないのだが)くらいに幼
「——つまりは、『助けてもらった優しさに触れて、この人に一目惚れした』と言うわけね?」 腕組み状態にあるシリルが要約を口にしながら訊いてくるが、どう見たってルスの話を信じている感じではない。だが、僕らが所詮は『仮初の夫婦でしかない事』や『契約を交わして、僕がルスの身に取り憑いている状態にある事』をきちんと伏せた上でルスが事実説明をやり遂げたので、ひとまずは良しとしよう。「はい。スキアさんが森の中で倒れているワタシを見付けてくれていなかったら、あのまま獣の餌食になっていたかもしれませんから」 ルスは一言も『一目惚れをした』とは言っていないのだが、反射的に訂正するというバカはせず、話の補足を
「目を瞑ってろ」と言われ、一秒後には「もう開けていいぞ」とスキアが許可をくれる。指示通りに行動しはしたが、ワタシにとってはただ瞬きをしたにすぎなかった。 なのに、たったそれだけの間でもう、目の前の情景は一変していた。 森の中に響いていた獣の遠吠えも、梟の鳴き声も消えて、耳に届くのは町の騒がしい営みの音に変わっている。喧嘩でもしているかのような怒鳴り声、店への呼び込み、酒を飲んで歌う人達の声が聞こえ、『町に戻って来たんだ』と実感した。平和そのものの音を聴き、ちょっと嬉しくなる。コボルトの群れをこの町から随分遠く引き離したのだ。 かなり大袈裟かもしれないが、今夜のこの光景を守ったのは自分なん