LOGINその言葉を聞いて、桜はむっとした。眉をひそめて、不満そうに安人を睨みつけた。「なによ、見下しているわけ!たしかに私の貯金はあなたたちに比べたら全然少ないけど、でも、10億円くらいのものなら、私にだって買えるんだから!」「10億円?」安人はくすっと笑った。「なるほど、桜は10億円もの大金を持ってるんだね!」桜は言葉を失った。くそー、まんまと貯金の額を白状させられちゃった!10億円という金額は、安人や碓氷家の人たちからすれば端金にすぎない。でも、桜個人にとっては大金だ。だって今年の初めまでは、大事な車を売らないと生活できないくらい、お金に困っていたのだから!くるくると表情が変わる桜の顔を見て、安人は思わず笑みをこぼした。「母さんが喜ぶプレゼントは、はっきり言えば、値段なんてつけられないほど価値のあるものなんだよ」そう言われ、桜は息をのんだ。「ま、まさかプライベートジェットとか、クルーザーとか?うう、そんなの今の私には無理だよ……いたっ!」安人が指の関節で軽くおでこを叩くと桜は、「きゃっ」と声をあげて、おでこを押さえた。そして怒りをこめて彼女は彼を睨んだ。「なんで叩くのよ。バカになったらどうしてくれるの!」「もともと、そんなに賢いわけじゃないだろ」「安人!あなたねえ……んっ!」そう桜が言いかけていると、突然、唇を塞がれた。それから、安人は桜の顔を包み込むようにして、何度も優しくキスをしたあと、彼女をぎゅっと抱きしめながら頭を撫でてあげた。「おバカさんだな。物で君の誠意が伝わるなんて思ってるのかい?」そう言って彼は呆れたようにため息をついた。桜はぱちぱちと瞬きをした。もちろん、彼女も分かっていた。安人のように素敵な人を育てたお母さんだ。人柄も教養も、きっと素晴らしいに違いない。彼らにとって簡単に手に入るような物よりも、心からの気持ちのほうがずっと嬉しいはずだ。でも、ご実家に初めてご挨拶に伺うのに、手ぶらで行くわけにはいかない。気持ちが一番大切なのは分かるけど、礼儀として何かお渡ししたいのだ。それが最低限の礼儀だって、康弘からは小さい頃からずっと教わってきた。「気持ちも大事だけど、やっぱり形に残るものも持って行きたいの。教えてくれないなら、もう私が勝手に選ぶからね!」桜は真剣な顔で安人を見上げた。
「じゃあ、その」桜は唇をきゅっと結び、安人を見つめながら探るように尋ねた。「今度戻ったら、時間を作って、あなたのお家にご挨拶に伺ってもいいかな?」安人はきょとんとして、彼女を見つめ返した。「本気か?」「だって、ご家族がもう私のこと知ってるって言ってたじゃない。だとしたら、私からきちんとご挨拶に伺うほうがいいと思うの」それを聞いて、安人は桜の表情をじっとうかがった。彼女が真剣な顔をしているのを見て、安人は唇を引き結び、こう言った。「もし俺を気遣って、まだ心の準備ができてないなら、無理しなくていい」桜は眉をひそめた。「心の準備なら、もうできてるわ!」だが、安人にはどうもそれが信じられないようだった。桜が、両親に会いたいと切り出したのがあまりに突然だったからだ。「桜、俺に合わせて無理してほしくないんだ。俺たちは付き合っているんだから、どんな時でも自分の心に従って行動してほしい。俺のためとか、周りに気を遣って自分を犠牲にするようなことはもうやめて欲しいんだ」「犠牲だなんて思ってないわ!」桜は困ったように笑った。「本当は私も、あなたの家族にすごく会いたかった。ただ、今までは自分に自信がなくて。こんな私じゃ、ご家族に気に入ってもらえないんじゃないかって、怖かったの」桜は安人の目を見つめ、甘く微笑んだ。そして、優しい声で言った。「でも、ご家族はもう私のことを知っていて、私たちのことを応援してくれてるってわかったの。だから、もう私も逃げてばかりいられないって思ったのよ!」「だからって、そんなに焦らなくてもいい」「でも、ちょうど今回お休みで北城にしばらくいられるじゃない。撮影が再開したらすごく忙しくなっちゃうし、半年くらいは時間が取れないかもしれないわよ!」それを聞いて、安人は唇を引き結んだ。彼がまだ信じていないと思ったのか、桜は続けた。「安人、私たちは一生を共にするって決めたんでしょう?だったら、私もあなたの世界に少しずつ溶け込んでいかなきゃ。あなたの家族は、これからは私の家族にもなる人たちよ。そんな私が挨拶に行くのは当たり前じゃない。まさかご家族のほうから会いに来てもらうわけにはいかないでしょう?」「そう考えてくれるなんて、嬉しいよ」安人は彼女の頬を撫でて、尋ねた。「明後日は母さんの誕生日なんだ。もしよかったら、その
安人は、桜の体調を心配していた。そして桜も、安人の足の怪我を気遣っていた。ここはやっぱり慣れない場所だから、家のようにはゆっくりできない。足に怪我をした安人に、自分の世話までさせるなんて、桜は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。そう思うと、桜はうなずき、にっこりと笑って言った。「じゃあ、明日帰りましょう」安人は彼女の頭をなでた。「うん」……翌日、安人は桜を連れて北城行きのプライベートジェットに乗った。空港へ向かう途中、桜はスマホで自撮りを一枚撮った。ピースサインをする写真に、「さくらんぼたちに、無事を報告~」と文章を添えた。この投稿がツイッターにアップされると、桜のファンは歓喜に沸いた。さくらんぼたちはずっと桜本人からの投稿を待ち続けていた。だから、コメント欄はまるでお祭り騒ぎだった。ネット上の噂も、桜のこの投稿ひとつで、あっという間に消えていった。上空のプライベートジェットの中で、安人は桜に横になって休むよう促した。でも、桜はこの数日よく寝ていたから、今は元気が有り余っていた。彼女は安人を見つめ、ふと尋ねた。「あなたの家族に、私のこと話したりした?」「ああ、話したよ」安人は素直に答えた。「俺の家族は、相手が君だってことも知ってる」桜は驚き、次の瞬間には緊張していた。「それで、ご家族はどんな反応だったの?あなたみたいな家柄の人は、芸能界の人をよく思わないって聞くけど」「うちはそんなことないよ。どんな職業にも存在する意味があるし、俺の家族は芸能界に偏見を持ってない」安人は大きな手で桜の手をもてあそびながら、低い声で言った。「相手が君だと知って、むしろ俺の方が責められてるんだ。いつまでも君を家に連れてこないってね。家族として君に会えるのを、ずっと楽しみにしてるんだよ」「ほんとに?」桜は美しい目を丸くして、驚きと信じられない気持ちでいっぱいだった。出身は選べない。確かに康弘さんは温かい家庭と惜しみない愛情を与えてくれたけど、それでも京子との関係で、自分が愛人の子であるという事実は桜にとってずっと言い難い苦しみだった。もし普通の家庭に生まれていたら、桜はここまで卑屈にならなかったかもしれない。でも、世間に認められない愛人の子で、しかも実の親は二人ともろくでもない人間だなんて……桜の不安
朝食を終えた頃、朋花と浩平がやって来た。浩平は、美雨に関する最新の情報を持ってきた。脚本家である美雨は、今回の映画を含め、これまでに手がけた作品のうち三作品で盗作疑惑が浮上しているとのことだった。そこで、浩平は盗作をされた原作者に連絡を取り、協力して美雨を訴えたそうだ。映画については、浩平が直接原作者と交渉して原作小説の映像化権を獲得したらしい。さらに原作者には脚本の改訂にも参加してもらい、現場の脚本家と協力して進めていくそうだ。しかし、これで脚本は一から練り直す必要があるので、これまでに撮った分はほとんどボツにして、撮り直すことになるのだ。これでは撮影班の予算が大幅に膨らんでしまう。でも、メインの出資者が安人だから、その点は問題ないらしい。一方、浩平は改めて今回の件について、桜に丁重に頭を下げた。だが、桜は思わず恐縮してしまった。「我妻監督、そんなふうに言わないでください。これはただの事故で、監督が知っていたわけじゃないですし……それに、私にも責任があります」浩平は桜を見つめ、彼女の実力を認めるように言った。「君は本当に責任感の強い、素晴らしい役者だ。トラウマがあるのに、俺が求める演技に応えようと歯を食いしばってくれた。それだけで十分だ。この映画は必ず賞を取れる、俺が保証する!」桜はきょとんとした。「監督賞は、もちろん取れると思います。でも、私が賞をいただくなんて」「君だってきっと大丈夫さ」浩平は桜をじっと見て、きっぱりと言った。「自信がないなら、俺を信じろ」桜は呆然として、一瞬どう反応すればいいのか分からなかった。「我妻監督、うちの桜は前の事務所に10年も冷遇されて、すっかり自信をなくしてしまっているんです。だから、監督がいくら褒めても、彼女にはお世辞としか捉えられないんだよ!」「朋花さん!」桜は顔を真っ赤にして、照れくさそうに反論した。「監督がお世辞を言ってるなんて思ってません!ただ、こんなにすごい人に直接褒められるのに慣れてないだけです!」「じゃあ、これからは慣れていかないとね」朋花は桜を見て、おどけるように笑った。「我妻監督はお世辞だけで煽てるような方じゃないから。彼がそう言ったからには、それだけの自信があるってこと。桜、あなたはしばらく安心して休んで、撮影が再開した時また最高の状態で演技を思
すると、看護師も頷いて言った。「それじゃ、何かありましたらナースコールで呼んでくださいね。失礼します」「はい」看護師が出ていくと、病室のドアが閉まり、部屋はまた静かになった。安人は眠れず、ベッドのそばに座って桜の寝顔を見つめていた。彼女を失いかけた恐怖が、まだ心にまとわりついていた。そして、昨夜の危ない出来事が、目を閉じるとまぶたの裏に浮かんでくるようで、彼は、本当は怖かった。もし一歩でも遅れていたら、桜を永遠に失っていたかもしれない。でも、間に合った。本当によかった。そう思って、安人は桜の手を握り、そっと唇を寄せた。……一方桜は、ぐっすりと眠り、朝を迎えた。朝日がカーテンの隙間から差し込み、ベッドのそばを照らしていた。桜はかすかに眉をひそめ、ゆっくりと目を開けた。目を開けると、安人がベッドのそばに突っ伏して眠っているのが見えた。桜は一瞬きょとんとして、周りを見回したあと、すっかり頭が冴えた。安人、昨日の夜帰らないで、ずっとここでこうしてたの?そう思うと、桜は胸が痛んだ。「安人」桜の声に、眠っていた安人はすぐに目を覚ました。彼は体を起こして眉間を軽くもむと、彼女を見て言った。「目が覚めたか。体はもう大丈夫?」「うん、もうだいぶいいよ」桜は申し訳なさそうに彼を見た。「それより、どうしてホテルで休まなかったの?あなただって、まだ足が治ってないのに」安人は彼女の頭をなで、優しい声で言った。「大丈夫。心配で眠れなかったし、夜が明ける頃に少しうとうとしてただけだよ」それでも桜は心配だった。「今夜はホテルに帰ってちゃんと寝て。私はもう平気だから」「君が入院してるのに、放っておけないだろ」安人はテーブルの上の保温ポットからぬるま湯を注ぎ、彼女に差し出した。「さあ、少し飲んで水分補給して」だが、桜はそれを受け取らずに言った。「あなたが先に飲んで。声、少しかすれてるよ」安人はかすかに微笑むと、自分で少し飲んでから、また彼女にカップを差し出した。「さあ、どうぞ」桜はカップを受け取ると、こくりと一気に飲み干した。「もっと飲むか?」「もういい」桜はカップを返しながら、彼の顔を見て唇をきゅっと結んだ。「ごめんね、いつも心配ばかりかけて」「なんでまた謝ってるんだよ?」桜はぐっと言葉に
彼は彼女がぐっすり眠っているのを確認すると、そっと手を伸ばして、口元にかかっていたシーツを少し下げてあげた。それから、彼女の額にそっと触れた。少し汗をかいていて、微熱はもう下がったようだ。それが確認できて、彼は身をかがめて、彼女の唇の端に優しくキスをした。今度こそ、彼女はとても深く眠っているようで、眉間にしわを寄せることもなかった。男は優しい眼差しで彼女の柔らかな頬を指の腹で撫でた。「おバカさんだな、君に看病なんかさせられるわけないだろ?」だって、これほど大切に思っている彼女に、本当に世話をさせるわけがないんだから。わざと彼女をからかってふざけたのも、下心がないわけじゃない。むしろ、そうなるように仕向けたんだ。今回の映画の撮影で彼女はひどく心をすり減らしていた。だから、カウンセラーが来るまで、まずはゆっくり安心して眠らせてやりたかったんだ。……一方、夢の中で、桜はざあざあと水が流れるような音を耳にした気がした。雨でも降っているのかしら?このあたりは夏になると、確かに雨が多い。しとしとと降る霧雨の中、背の高い、すらりとした人影がゆっくりとこちらへ歩いてくるのが、ぼんやりと見えた。私の、大好きなあの人かしら?そう思いながら、桜は寝返りをうつと、夢の中で腕を広げ、大好きな彼を抱きしめた。ただ、現実で彼女は横向きになってシーツを抱きしめ、再び深く眠りについただけだった。そして、彼女の口元にも、自然と笑みが浮かんでいた。彼がそばにいてくれる日々は、夢の中まで幸せな気持ちになれる。なんて素敵なんだろう。……結局のところ、安人はこらえきれずに冷たいシャワーを浴びることにした。彼女のせいで燃え上がったこの体を冷やさないことには、とてもじゃないけど今夜は乗り切れそうになかったから。幸い、この時期のこのあたりは暑いから、冷水シャワーを浴びるのも大したことではなかった。シャワーを終えると、ドライヤーで髪を乾かし、安人はさっぱりとした服に着替えた。だが、ガーゼはすっかり濡れてしまっていた。さらに、立っていたせいで足の裏に圧力がかかり、傷口が少し開いてしまったのだ。血と水が混じって、ガーゼ全体が真っ赤に染まっていた。彼は壁に手をつき、足を引きずりながらゆっくりとバスルームを出て、ベッドに目を向
「池田咲玖......」音々は眉をひそめた。「他に何か分かったの?」「亡くなって32年も経つのに、まだ番号が使われているなんて、おかしいですわ。同姓同名の人かもしれません。もう一度調べてみますね」「ああ、よく調べて。細心の注意を払って」「わかりました」電話を切ると、音々はスマホを置いて、洗面所に入って顔を洗った。わざわざ自分に電話をかけてきて、あの歌を知っているなんて......きっと自分の出生の秘密を知っている人物だわ。知っているだけじゃない。自分が孤児になったことにも、関わっているかもしれない。音々は顔を上げて、鏡に映る自分を見つめた。水滴が頬を伝い、洗面台
真奈美が仕事を続けたいと言うので、大輝は毎日送り迎えをしていた。大介の言葉を借りれば、立響グループのオフィスが栄光グループに移転したようなものだ。そして、大介からしてみれば、この哀れな雇われの身は、毎日立響グループと栄光グループの間を往復していた。一ヶ月以上も経つと、たまに運転中にボーッとしていても、体が勝手に道を覚えているくらいになったのだ。季節は11月末、北城はいよいよ冬の始まりを迎えた。真奈美は妊娠5ヶ月に入り、お腹が目立ち始めてきた。つわりも治まり、食欲も戻り、顔色も良くなってきた。妊婦健診も順調だった。大輝は毎日欠かさず真奈美の送り迎えをしていた。真奈美は妊娠
ブライズルームで、若美は綾に付き添っていた。挙式は30分後に始まる。「綾さん、緊張していますか?」綾は若美を見た。若美はピンクのブライズメイドドレスを着て、可愛らしく見えた。しかし、少し膨らんだお腹はドレスには不釣り合いだった。「若美」綾は若美の手を握った。若美の手は冷たく、汗ばんでいた。「お腹の子も、北条先生も、あなた自身より大切じゃない。どんな時も、まず自分の身を守ること。それが一番大事なの」綾は真剣な表情で言った。若美は何か異様な気配を感じ、声をかけようとしたその時、ブライズルームのドアが開いた。白いスーツを着た要が入ってきた。綾は静かに若美の手を
輝は唇を噛み締め、真剣な面持ちで頷いた。綾の手からナイフが滑り落ち、まな板に当たった。「危ない!」輝は慌てて綾を引き寄せた。文子はその物音に驚き、慌ててコンロの火を消して綾の方を振り返った。綾の様子がおかしいのを見て、文子は眉をひそめた。「どうしたの?」綾の顔色は悪く、目は真っ赤だった。遥が自分の息子を殺したのだ。しかし、自分は一体何をしていたのだろうか?ついさっきまで、自分はその子供を抱いてしまった......綾は目を閉じ、感情を抑えながら言った。「綾辻さんにあの子供を連れて帰ってもらって。今すぐに!」子供に罪はないことは分かっている。だけど、







