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第4話

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雅也のどこ吹く風という態度に、麗子はこめかみを押さえた。頭痛が増したようだ。小さく首を振り、それから視線を大輔と楓へ向ける。

「結婚して、もう三年になるのよ」

穏やかな口調を装ってはいる。けれど言葉の刃は隠せていない。

「子どもはいつ?ひ孫の顔を見るのを楽しみにしているのだけれど」

その話題が出た瞬間、リビングの空気がぴんと張りつめた。楓は無意識にティーカップを強く握り、指の関節が白くなる。

――いちばん触れられたくない話。

口にされるたび、胸の奥をえぐられる。

そこへ、大輔の叔母・雪乃(ゆきの)が身を乗り出した。

「楓。大輔と結婚して三年よ?」

薄く笑いながらも、声の端には嘲りが滲む。

「子どももできないなんて、外からどう見られると思ってるの?桜井家の評判にも関わるわ」

一拍置いて、目に露骨な悪意を宿す。

「そもそもね、大輔が強く望まなかったら――あなたの身分で、この家に嫁げたと思う?感謝する立場でしょう。子どもを産まない妻なんて、代わりはいくらでもいるのよ」

心配しているふりの口調とは裏腹に、その視線はあからさまな軽蔑で満ちていた。雪乃は昔から、楓を見下している。

子どもの話題は、楓の胸をぎゅっと締めつける。もちろん、欲しくなかったわけじゃない。

将来を約束されていた研究の道を手放して、良き妻になろうと努力してきた。それでも――授からなかった。

人知れず病院にも通った。医師は「体に異常はありません」と言った。代わりに、ストレスの可能性はあります、と。

それでも桜井家は彼女を、陰で「役立たず」「子どもも産めない女」と嘲った。

屈辱に沈みかけたそのとき。大輔が楓の手を取った。

祖母へ向かって、穏やかに笑う。

「おばあちゃん、ちゃんと考えてるよ。こういうのは焦るものじゃない。時間に任せるのが一番だろ」

続いて雪乃へ向き直り、声に力を込めた。

「雪乃おばさん。その言い方はやめてくれ。楓は俺の妻だ。そんなふうに言われる筋合いはない」

人前でたしなめられ、雪乃の顔がかっと赤くなる。

「あなたのためを思って言ってるのよ。こんなにも長い間、何の進展もないなんて……」

「もういい」

大輔はきっぱり遮った。

「俺たちのことに口出ししないでほしい。はっきり言うけど、楓を妻に迎えられたことを誇りに思ってる。楓が嫁いできたなんて、考えたこともない」

その言葉を聞きながら、楓の心は複雑に揺れていた。三年間の愛情が本物だったのは、きっと事実だ。彼がいつも家族の前に立って、自分を守ってくれたのも。

――けれど同時に。裏切りも、紛れもない現実だった。

写真。捨てられたネックレス。あの女の挑発的なメッセージ。

すべてが、大輔の嘘を突きつけてくる。

雪乃はまだ引き下がらない。今度は妙に甘ったるい声で続けた。

「事実を言ってるだけよ。三年も妊娠しないなら、体に問題があるんじゃない?今は医療技術も進んでるし、ちゃんと治療したら?」

「雪乃」

大輔の声が、氷みたいに冷たくなる。

「これが最後の警告だ。子どものことは、楓と俺の問題だ。干渉するな」

以前なら、楓はその言葉に救われただろう。愛されている証だと信じられたはずだ。

でも今は、空虚にしか響かなかった。一度裏切った事実は、どんな言葉でも消えない。

宴の途中で、大輔のスマホが鳴った。

「ごめん」

申し訳なさそうに立ち上がる。

「仕事で、緊急対応が必要みたいで」

楓に向き直り、声を少し和らげた。

「祖母の運転手に送ってもらって先に帰ってて。俺もすぐ帰るから」

麗子が手を振る。

「行きなさい、大輔。楓のことは心配しなくていいわ」

大輔は楓の額に軽くキスを落とした。

「埋め合わせは必ずする。約束だ」

車が敷地の奥へ消えた途端、麗子の表情から愛想が消えた。楓を冷ややかに見る。

「さて、大輔もいないことだし」

淡々と言う。

「あなたも帰りたいでしょう?」

室内の空気が、さらに冷たくなる。

「楓は、か弱いお嬢様じゃないものね」

雪乃が自信を取り戻したみたいに言った。

「一人で帰れるでしょう?」

頬が熱くなる。まるで使用人みたいな扱いだった。大輔の庇護がなければ、ここでは無価値――そう言われているのと同じだ。

「では、失礼します」

楓は立ち上がった。

「今日はありがとうございました」

執事は麗子の小さな合図に従い、門の外まで楓を案内しただけで踵を返した。屋敷の前に、楓だけが取り残される。

その瞬間、雨が降り出した。

重い雨粒が、あっという間にシルクのドレスを濡らす。タクシーを呼ぼうとスマホを開いたが、この辺りは配車不可。屋敷は市街地から遠すぎるのだ。

雨脚は強まる一方で、数分後には全身びしょ濡れ。セットした髪は顔に張りつき、ドレスは肌にまとわりつく。

――これ以上、悪くなることなんてある?

そう思った瞬間。闇を切り裂くようにヘッドライトが近づいてきた。

黒いロールスロイスが、ゆっくりと楓の横に停まる。

ウィンドウが下がり、鋭い輪郭が覗いた。

雅也だった。

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