LOGIN邪魔者が消えた客船で、
「んんぅもっとよぉ純」
寝言を言う羽海の隣で、俺は人生最高の朝を迎えた。
日野内グループの不正が世に出回り、暴落した株を俺達『一条グループ』が買い占めた。
これで莫大な資産、そしてこの船は俺の物。
「お前は最高の女だよ羽海」
成功の喜びで恋人と唇を交わし続けた俺は、横に寝る女の頬を撫でる。
『田沢湖 羽海』が不正の話を手にしていなかったら、俺はあいつの言いなりになっていただろう。
親父の代から、日野内の奴らは気に食わなかった。
俺達が築き上げてきた業績を、まるで自分の功績のように語ってのし上がりやがって。
だが、あそこまで蔑まされて、反撃の一つもできないなんて、所詮は父親の力が無ければ何もできないお嬢ちゃんだな。
会社が続いてなくて良かったと心底思う。
「さて、ちょっと世界でも動かしちゃうかな」
一夜にして俺は世界的企業を買い上げた若きホープ。
海賊の娼婦とは次元が違う仕事が待っている。
バスローブのまま、俺はパソコンへ向かうと、手当たり次第に株や不動産を買いあさった。
「何してるのぉ純」
背中にくっつく甘い弾力。
俺は振り返ると、その寝起きの顔にそっと振れた。
「勝負掛けてんのさ」
「ねぇ、私ぃ新しいジュエリー欲しいんだけどぉ」
「『エルアリナイト』についたら、いくれでも買ってやる。けど、俺はどんな宝石よりもお前の方が輝いて見えるぜ」
ありきたりな口説き文句だが、羽海は喜び身体を寄せてくる。
そして、俺達はまたベッドへ戻ろうとしたとき、
「純様、大変でございます!」
扉の向こうでコンシェルジュが息を荒立てで叫ぶ。
良いところだったのに邪魔しやがって。
苛立ちを隠さずに俺は応対する。
「なんだ!」
「『エルアリナイト』から入港拒否の通告が!」
「なんだと!?」
部屋を飛び出して船の操船室に走る。
そこでは頭を抱えた船長と泣きそうになっている操舵手がいた。
「あぁオーナー。いらっしゃいましたか」
「入港拒否とはどういうことだ! 島は目と鼻の先にあるだろう!」
「それが・・・・・・アレを」
船長の指さす先を見る。
苛立ちと共に息を呑んだ。
「海賊か?」
船を取り囲っていたのは数隻の小船。
そして引き連れてきただろう灰色の軍艦。
サマリア周辺は海賊が良く出ると言ったが、
「ありゃどう見ても軍隊だ……どこのどいつだ!」
風体が小汚い海賊達とは違う。
『ESG』の文字。ここの警備の連中か。
すると俺を追ってきた羽海が、
「何をしているの? エルアリナイトはすぐそこなんでしょう?」
「えぇ。ですが、前を塞がれちゃ」
「あんな小さな船、踏み潰しちゃえば良いのよ」
淡々と言って、俺の腕が彼女の温もりにまかれる。
あぁそうか。銃や大砲を持っていたって撃てっこない。
俺は船長に詰め寄り命じる。
「早く船を進めろ! こっちの方が船はデカいんだ! ぶつけてでも」
「無茶言わないでください! アレが見えないんですか!」
「俺が話をつける。無線を貸せ!」
奪うように無線機を取った。
「前を塞ぐ船! 一条グループの前を塞いでタダで済むと思うなよ! すぐに道を」
「あーあー、一条とか言ったか? まぁ良いや。貴船にここは通せない。すぐに引き返せ。さもなくば撃沈も止む無し」
「引き返せだと? 分かってないようだなお前。どこの馬の骨か知らないが、すぐに痛い目を見る。俺達を敵に回すとな」
相手が誰だか知らないようだ。
無知というのは恐ろしい。俺はすぐに島へ連絡を飛ばす。
「一条だが、君たちは警備員の教育もロクに」
一つ文句を言ってやれば、こいつらも頭を下げて俺に許しを請う。
そう思っていたが、反応は違った。
「お引き取りを」
冷たくあしらわれる。
「お前! 誰の指図だ!」
「この島の主からそう承っております。お引き取りを。何事も命あってですので」
「ふざけんな! 海の上で野垂れ死ねってか」
「左様でございます。昨晩、貴方達がなさったようにと、島の主『綱島 慎太郎』様より仰せつかっております。お引き取りを」
綱島だと?!
この島の主があの綱島 慎太郎・・・・・・。
だがそれでも、日野内を乗っ取った俺達を無視できないはず。なのに――
俺は何も言えず、ただ苛立を電話に叩きつけるしかなかった。
足蹴にしやがった・・・・・・ふざけんなよ!
しかし電話が弾けた矢先、船が大きく揺れた。
「な、何?!」
「砲撃だ! すぐに引き返せ」
「ダメだ! なんとしても島に」
「あんた死にたいのか!」
船長は口答えし、船を引き返させた。
あんな事をされて、「私には受け取れないわ」 パーティーの二日前。 ツナの皿を挟んで、慎ちゃんに告げていた。「・・・・・・理由を聞いても良い?」「勇気がないの・・・・・・あの人達と戦う勇気が」 父が会社を退いた後、私は一生懸命に頑張った。 お客様に対しても誠実でいて、従業員のみんなに感謝と尊敬を忘れない。 その意志を継承して、血と涙と汗を賭して率いてきた。 でも・・・・・・その報いが、恋人の裏切りとあの放浪というのなら。 それに、どんな証拠を出したって、絶大な信頼の失墜を挽回できるとは、とても思えなかった。「昔、香織が言ってくれた言葉があるよね」「え?」「いいや無理にとは言わないんだ。香織がしたいこと、やりたいこと、笑顔になってくれることが最優先だから。けど・・・・・・いいや、これは独り言として聞いて欲しいんだ」 言うか言うまいか。困惑した表情を慎ちゃんはしていた。 でも、呼吸を一つ踏むとその風格は私の知っている彼とは一線を画す。「立ち向かいなさいって」 何気ない言葉というものは、思い出にも残らない。 きっとあのときの私は、泣き止んで笑って欲しいから言っただけだと思う。 一言一句、覚えているわけじゃないけど、確かに言った記憶があった。(その言葉で一念発起して、慎ちゃんは私を迎えに来て――)「香織?」 ハタと、薄暗い舞台裏。 舞台の幕が開く数瞬前、慎ちゃんに呼ばれて我に返った。「緊張してるのかい?」「ううん。ちょっとだけ、小さい頃の事を思い出した」 私は握られた慎ちゃんの手にゆっくりと強く握る。「それって、もしかしてだけど僕がいじめられてたところかな? 泣き虫だったから、恥ずかしいな」 クスっと笑ってしまう。「正直なんだから・・・・・・違うわ。勇気を貰った話」「・・・・・・僕が?」「そう。慎ちゃんが」 彼が上の空になっている。「慎太郎様、出番です」「じゃあ、また後で」 私が繋がった手を離すと、名残惜しそうな目で舞台に上がっていく。 マイクを取った彼は、スッと社長の顔になっていた。「本日は我が社の新事業発表会にお集まりいただき、ありがとうございます。早速ですが、今年の秋より我が社が行う事業について・・・・・・」 言い掛けて、彼は言葉を止めた。 会場が何事かとザワついているのが、ここにも聞こえ
全てが青の大海原へ捨てられるトラウマが、二人の面影を見た瞬間に蘇る。 落ち着かないと・・・・・・暗示のように唱えても、その震えは止まらない。 (慎ちゃんの前で意を決して言ったのに) 会場に来るまでの自信を失いかけていたとき、 「僕がついてる。何があっても、君の味方だからね」 耳元で優しい声音が囁く。 手の握りが微かに強くなるのを感じて、彼へ頷く。 「なぜ綱島といる。サマリアから帰ってきたのか」 「純には、もう関係ないでしょう?」 捨てた女のことなど、もはや純には関係ない。 しかし、彼の剣幕はだんだんと恐ろしくなっていく。 「答えろ香織! そうか・・・・・・お前、あの時計を担保にして」 「そんなことしてないわよ。仮にしてたら、どうするの?」 そう尋ねると、純は目を逸らして気まずい表情に変わる。 (聞かれても答えられないものね) その様子を社交的な笑みで見つめる慎ちゃん。だが、瞳はとても笑ってるそれとは思えない、冷徹さが浮かぶ。 「あぁ失礼した。綱島さん。挨拶が遅れましたね。一条です。どうぞよろしく」 「いえいえ。まさかここへ来られるとは思いませんでしたよ。あぁ、こちらも是非」 そう言って慎ちゃんが渡したのは、純白の皿に載ったマグロのコンフィ。 二人が口に運び、 「なんだコレ!」 「おいしいわ。こんなの食べたことない」 絶賛するのを前に、私はクスッと笑ってしまう。 「そう言って貰えて光栄です。あの一条のご子息なら、数多の高級料理を食されてきてると思いますから、間違いない」 心にもない事を連ねる慎ちゃん。 すると、 「あのぉ。私、田沢湖 羽海って言います。一条グループでは経理をやっていたんですがぁ、今は取締役をやらせていただいててぇ。そのぉ、綱島さんみたいな魅力的な男性に」 ドレスの肩紐をわざとらしく乱すと、慎ちゃんに迫ってくる。 「ありがとう。でも僕は興味ないかな」 「・・・・・・え?」 一瞬、私を見てウィンクすると、 「専らの仕事人間でね。一条君の手腕に心惹かれてるんだ。ぜひ二人きりで仕事の話でも」 「そ、そうなんですね! じゃ、じゃあ私は香織さんと少しお話したいなぁ。そちらはそちらで、ね?」 私は繋いでいた手を無理矢理剥がされて、羽海に連れて行かれた。 (パーティー
『グランシャリア』。 都内臨海地区に建てられたインバウンドを目的として開業した高級リゾートホテル。 綱島グループが持つここで、新事業のパーティーを開くと招待があった。 二人揃って赤のタキシードとマーメイドドレスで、俺達は会場へ降り立つ。「一条様、お待ちしておりました」 シャンデリアの下がるエントランスで、招待状を渡す。「綺麗。ねぇ、今夜スイートルームを取りたいのだけど」「おい羽海。この後、仕事があるんだぞ」「いいじゃなぁい一晩くらい。貴方、一条の社長なんだから」 その名前が出たら、どんな客の予約も断らなきゃならなくなる。 俺は羽海に微笑みを向けながら、受付の男を一瞥するが、「申し訳ありません。今夜は埋まっております」「ホテルマンさんよ。もう少し商売の相手を選んだ方がいいぜ?」 スッと名刺と札を握らせようとする。 しかし、男は目を眇めて、「我々の信条は、どんなお客様にも平等におもてなしをすること。貴方が誰であれ、今夜のお部屋はお取りできません」「はぁ・・・・・・ちょっと耳を貸せ」 融通の利かない奴だ、と呆れる。「俺は一条の社長だ。お前ごときホテルマンの一人、簡単に切れるんだぞ」 黙りこくる男に、俺は無理筋を通せたと確信した。 だが――「やってみせてください。うちの社長は、誰かの流言で靡くような小物ではない」 その台詞が返ってきた瞬間、俺は青筋を立てる。 だが、ここは綱島グループの箱庭。 いずれ俺の物になるのだから、そのときまで取っといてやる。「・・・・・・そうか。なら覚悟しておくんだな。行くぞ羽海」「えぇースイートは?」「今日は無理だ」「なんでよ! 私のお願いが聞けないってわけ?!」 羽海が騒ぎ始める。 その口を抑え、人気のないところへ連れて行く。「ここは綱島の領地だ。騒いでも、恥を掻くだけになる。俺もお前も」 恥、という言葉にこいつは弱い。 いつもなら日野内を乗っ取った件で揺すられるが、今日は聞き分けが良い。 その場は引き、俺達はパーティー会場の大ホールへ入った。 参加者は錚々たる顔ぶれで、政財界のトップや大手企業の社長、綱島グループの広告を担うスター俳優が一同に揃っている。 俺はシャンパンを取り、会場を見渡す。「ねぇ純。あそこにいるの」「あいつが綱島 慎太郎か」 羽海の指さす先。
蓋が取られ、純白の皿に載せられていたのは、「・・・・・・ツナっすか?」「あぁうちの新しいツナ。その試作品」「え?」「香織のアドバイスを入れたツナだ」 綱島グループの新しいツナ。 そのフレーズに私の心音が一段上がる。(母のレシピはそうだったけど、美味しいかどうかは分からない) 一抹の不安が過っていた。 もし・・・・・・慎ちゃんに認められなかったら、私はどうなってしまうのだろうか。 表情がだんだんと険しくなっていくのが自分でも分かる。 そんな嬉しさと怖さの狭間。「早速、いただこうとしよう」「どれどれー」 二人がスプーンで掬うと、ためらいなく口へ運ぶ。 ゴクリと喉が鳴り、彼らの中にツナが流れていく。 そしてしばしの沈黙が、私の視線を泳がせた。「ど、どうかな?」「何だこれは」 高梨が目をかっぴらいて、私を見やる。 スプーンがカコンと落ちる音が一つ。 そして両肩を持つと、真に迫った表情で問う。「なんでこんな美味いツナが作れるんすか!」 張り詰めた空気感に響く彼の絶賛。 驚いて目が点になっていたけど、その言葉で心の荷が下りた。 そして高梨が一口、もう一口と食べ進めていく。「缶詰とは言え、綱島のツナは世界一だと思ってました。でもこれは、遙か上を・・・・・・いいや、料理人がどんなに足掻いても到達できない極地。まさにツナの王様」 すると食べ進めている手を、慎ちゃんがガシリと掴む。「しゃ、社長?!」「香織の分も、残しておかないと」「・・・・・・何、泣いてるんすか」 今まで黙っていた慎ちゃんが、すすり泣く声で言う。「慎ちゃん?!」「ちょっと懐かしくなってさ。ごめん香織」「懐かしくって。これで拭いて!」「うん。ごめんよ」 紺のハンカチを渡すと、彼はそっと涙を拭う。「私も食べて良い?」 二人は屈託ない笑みでコクリと頷いた。 口へ運んで、ゆっくりと味わう。 血合いの旨みとオリーブの香り。純粋だが、生臭さのない芳醇な味わい。「・・・・・・懐かしい味」 不思議と頬を涙が伝った。 もう、空の向こう側にいる母の面影が蘇ってくる。 良いことをしたら褒めてくれて、いけないことを叱ってくれる。 私へ自由に生きなさいと説いた母の思い出が――「香織」 慎ちゃんに振り向くと、「こんな時に聞くのはちょっと野暮かもしれ
「ねぇ純! 純ってば! お願い出てよ!」 息も絶え絶えに、スマホのコール音に私は呼び続ける。(私たちの計画が・・・・・・あの女に!) 綱島 慎太郎に取り入るまでは良かった。でも全部、あの女が吹き込み、ぶち壊した。 その苛立ちがスマホの番号を打つ手に宿る。「早く出なさいよ! 早く!」 ブツリと、電話が繋がる。「純!」「はぁい。純は今、私の腕の中で眠ってまぁーす」「田沢湖っ?!」 出たのは電話の主・・・・・・ではなく、あいつの隣にいたもう一人の邪魔者。「純に変わりなさいよ!」「えぇ? どぉーして?」「そ、それは」(こいつに弱みを見せたら、骨までしゃぶり尽くされる) 一条のオフィスにいたときから、私は直感的に距離を置いていた。 安易に理由を話したらやられるのはこっちだ。 握る手が震え、声に力がこもる。「良いから純を出しなさいっ!」「うわぁ怖ーい・・・・・・じゃあ、純からの伝言を伝えるね」 おちゃらけたその声色が不愉快だった。 けれど咳払いを一つすると、彼女は鬱陶しそうに告げる。「ミスしたスパイはいらないのよ。今すぐ俺の前から消えろ」 ぞくりと背筋に悪寒が走る。 ミス? まさかもうバレて。「だってぇ。へぇ、スパイがバレて綱島グループを追われたんですってねぇ」「な、なんでそれを」「きゃはは図星ぃ。貴方のスマホに盗聴アプリ仕掛けて正解ー」 私はスマホを見やる。(そんなアプリ、どこにも)「今更、探したって無駄よぉ? ここまで言われて気づかないなんて、お馬鹿な子猫ちゃん」「じゅ、純を出しなさい! 貴方じゃ話にならない!」「お話にならないのはぁ、貴方のお仕事ですぅ。あはははは」 不愉快な高笑いで、私はスマホを線路へ投げつけた。 私が純の寵愛を受けるに相応しいのに。 純の隣は私だけのものなのに。 なのに・・・・・・なのになのになのに。 あのアバズレっ!「クソビッチがぁぁぁぁぁぁ!」 人目も憚らず、私は叫んだ。 スパイを炙り出した会議は恙無く終わった。「社長ぉ」 疲れ切った様子で私たちに寄ってきたのは、最初に美人と口説いてきた取締役の男だった。「お疲れ高梨君」「俺、ああいう空気苦手なんすよぉ」 肩書きに似合わぬ貫禄の無さに、私はクスっと笑ってしまう。「なんていうか、張り詰めた会議の感じっていう
石橋は凄まじい剣幕で机を叩く。「適当な事を言わないでくれるかしら? 私はそんな指示していない」 冷たく言い放つと、「これは工藤部長の独断で進めたこと。何度も言うけど、貴方に指示した記憶はないわ。それに、そのデータだって、きっとそこの女が金で偽装させたに違いないわよ」 慎ちゃんの言いたいことを察したようだ。「では、うちの社員が買収されたと?」「そう考えるのが自然でしょう。ほんっと、迷惑な方ですよね社長」 嫌みったらしく、しかし嘲笑して言った。「じゃあこれはどういうことかな?」 慎ちゃんの胸から取り出されたのはボイスレコーダー。 再生ボタンを押すと、「日野内の株を十六時に購入なさい」「取引が終わる間際にですか? 当日の朝に言われましても」「先方には話をつけておく。頼むわよ部長」 この場にいる誰もが声の主の正体を理解し、一点に集中する。「な、何よ! こ、これがなんだっていうの!」「君は買収を指示してないと言ったね。これは、どういうことかな?」「え、えっと・・・・・・あっ! あぁ! 忙しくてつい忘れていたかもしれません! そう、きっと指示したに違いありません」 石橋はさっきまでの態度を一転。 ボイスレコーダーの声まで突きつけられたら、言い逃れはできないと思ったのだろう。「でも・・・・・・どうして当日に?」「何よあんた! 社員でもない癖に言いたいことでもあるの?!」 私が尋ねると、威圧的な声色で返ってくる。 でも、当日の取引終了間近に頼むのは変だ。 大金が動くし、何よりも前情報なしにやるのは証券会社だって注文を受けるのを渋る。 大企業同士の買収ならば尚更。 社長を通さない株の取引。時間指定付き。 そして買収は株価の暴落を的確に狙い、実行された。 私はもう一度、その時の株価のグラフをスマホに出す。「十六時・・・・・・やっぱり」 やってくれたわね。このおばさん。 つまりこれは、「インサイダー取引・・・・・・」「香織の言うとおり。買収の判断は見事だった。しかし、法を犯してしまっては元も子もない。あぁ石橋君、君に聞きたいことはもうないよ」 慎ちゃんの顔は笑っていた。でも―― 手にしたボイスレコーダーは嘘をつかない。 右手でゆっくりと操作し、会話の内容が変わる。「買収情報をありがとう。これでまた一つ私の評価が
「私が慎ちゃんの秘書に?」 朝食を食べ終えた折りに、慎ちゃんは興奮気味に言う。「秘書になれば、ずっと一緒にいられるし、仕事に精が出る。勿論、タダでってわけじゃないよ? 細道」「こちらが秘書としての働いて頂いた場合の年俸になります」 額面を見て唖然としてしまう。 日野内グループの取締役を優に超えていたからだ。 けれど、私は秘書の経験もないし、むしろお願いしていた側。 慎ちゃんの仕事の足手まといにならないか心配で、表情が険しくなる。「仕事の事は心配しないで香織。細道もサポートしてくれるし、日野内のおじさんの元でやってた仕事と同じようにしてくれれば良いからさ」「そ、そう・・・・・
二十年分の思い出話。 ディナーの時間も忘れ、僕たちは語り合って、「それでね。保健室に運ばれたって聞いた香織のお父さんが教室に飛んできて」 そんな話の折り、彼女がコクリ・・・・・・コクリと頭を揺らしていた。 その隣に行くと、ビクリと肩が上がる。「ごめんなさい。ちゃんと聞いてるから、大丈夫」「ううん。長旅で疲れたよね」 彼女の頭を肩へ寄せると、数分としないうちに寝てしまった。 髪がふわりと揺れ、毛先がうなじに触れる。「優しいよね。いじめられたときも転んだときも、ずっと優しくしてくれて」 昔からずっとお姉さんみたいだったけれど、「大きくなって、綺麗になったね」 耳元で呟く
船が港に着く。 そこはサマリア沖にある小さなリゾート島だった。 その名は、「ようこそ『エルアリナイト』へ」 慎ちゃんが両手を広げて歓迎してくれる。 背景にはリゾートホテルやコテージが建ち並ぶ。 そして誰もが、足を止めて彼を見つめていた。「慎ちゃんの島って、ここが?」「そうだよ。驚いた?」 驚くなんて言ったものじゃない。 この島は国内外のあらゆる富豪やセレブが一度は訪れたいと口にする高級リゾートだ。「でも海賊が出るんじゃないの? この辺りって」「その辺は心配ご無用。我が社の警備がついてますから」 見渡すと、来島する人達の船とは別に乗ってきた船のような無骨な船が数隻留
大きな船の中に船で入って、「香織っ!」 パイプだらけの物々しい廊下を掛けてきたのは、一人の美青年。 どこか可愛げがあるけど、顔はまるで覚えていない。 でもこの声の感じ。昔どこかで聞いたことあるような。「オサ! 連れてきた」 私を連れてきた男が言うと、「ご苦労だったね。仕事詰めで疲れてるだろう。少し長めに休んでいいぞ」 優しく男達に促した。 目の前で起こり続けた事がまだ信じられない私は呆気に取られている。「どこか具合悪いかい?」「う、ううん。でもごめんなさい」 そして俯きがちになった私。 彼の心配そうな顔が下からから覗いてくる。「なんで謝るの? 何か悪いことしたか