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第8話(35)

Author: 北川とも
last update publish date: 2025-12-10 08:00:17

「……そこの車道脇で車を停めてくれ。降りる」

「不愉快なのは、お互い様だ。マンションまで我慢しろ」

 鷹津の言葉の一つ一つが、神経に障る。敵意という剥き出しの棘に切りつけられているようだ。和彦を脅してくるという点で秦も同じだが、少なくともあの男は、言動だけは柔らかく、蜜のように甘い。

 それに、寸前まで和彦は、秦と――。

 よりによって最悪の男に、最悪の場面で出会ってしまい、和彦は激しく動揺する。せめてもの救いは、暗い車中ということで、蒼白となっている顔色を見られなくて済むことだけだ。

「お前、少し前までは、大きな美容クリニックで働いていたんだろ。その前は、救急病院にいた。軽く調べてみたが、医者として評判は悪くなかった。若いのに、腕もよかったみたいだな。それに、親兄弟は――」

「ぼくの家族のことは言うなっ」

 声を荒らげて和彦が睨みつけると、ちらりと一瞥した鷹津は唇を歪めるようにして笑う。

「俺も、お前の家族になんざ興味はない。俺が興味あるのは、長嶺だけだ」

 ウ
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    「えっ……」 「打算だけで言ってるんじゃない。オヤジの養子になっても、同じ姓にはなる。だがそれは違う。俺とお前とで結びつくことに意味がある。――……お前と一緒になりたいんだ」  賢吾の言葉をじっくりと噛み締め、理解していく。確かにこれは、紛うことのない求愛だ。  呆然とする和彦の唇を、賢吾が優しく啄んでくる。半ば条件反射のように口づけに応えながら和彦の胸に広がるのは、喜びよりも戸惑いだった。自分に佐伯の姓が捨てられるだろうかというより、佐伯家が捨てさせてくれるだろうかと真っ先に思ったからだ。  長嶺組や総和会と深く関わっていると知りながら、電話越しに話した俊哉は怯んではいなかった。だからといって和彦と絶縁するつもりがあるようにも感じられなかった。俊哉は、無策のまま行動に出る愚かな人間ではない。  長嶺の男たちに何かを仕掛けるつもりなのだとしたら――。  和彦はヒヤリとするような恐怖を感じ、つい賢吾に問いかけた。 「……もし、ぼくがあんたの養子になったとしたら、佐伯家から恨まれるとは考えないのか?」 「俺が、佐伯家に挨拶に出向いたほうがいいってことか。息子さんをくださいと……」 「冗談を言ってるんじゃなくて、佐伯の姓を捨てたぼくはきっと、長嶺の家にとっても、組にとっても、厄介者になる」 「お前のことを最初に調べたときに、なかなか面倒な存在だとは感じた。それでも俺は手を出して、オンナにした。逃げ出さないよう、いろいろ策を講じてな。厄介だなんだと考える時期は、とっくに過ぎたってことだ。お前は物騒な男と組織の事情に首まで浸かって、立派にこちら側の人間になった。佐伯家のほうが、お前を厄介者として放り出してくれねーかと、正直願っている」  ひどい言われようだが、腹は立たなかった。和彦自身、そう都合よくなってくれないだろうかと、頭の片隅では考えていた。 「――今はまだ答えられない。事情が変わる、かもしれないし……」 「変わりそうな心当たりが?」 「……わからない。でも、あれこれ考えてしまう。あんただって、この先事情が変わるかもしれないし」  賢吾がふっと眼差しを和らげた。 「それは、俺の心変わりを心配してるのか?」

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  • 血と束縛と   第38話(5)

     ただの〈オンナ〉であったなら、知る必要のないことだ。しかし和彦は、佐伯俊哉の息子だ。自分が生まれる前に起こったことだとしても、知らない顔はできなかった。  考え続けることに神経が疲弊して、たまらず目を閉じる。  かろうじて和彦は、若い頃の俊哉の姿を写真で見たことがあった。実家に保管してあるものではなく、里見が昔、古い資料の中からたまたま発見したものを見せてくれたのだ。  一方の守光は、若い頃はどんな感じだったのだろうかと、ふと想像した次の瞬間、和彦は目を開ける。  ジャケットから携帯電話を出そうとモゴモゴと身じろいでいると、何事かと護衛の組員が振り返る。なんでもないと答えて、ようやく携帯電話を取り出すと、ある人物へとかけた。 「もしもし、突然で悪いけど、頼みがあるんだ――」**** 座卓の上に積み上げられたアルバムに、和彦はそっと片手をのせる。このとき、形容しがたい切なさが胸を通り過ぎた。  浮き足立った状態で夕食と風呂を済ませたあと、いざ目的のアルバムを目の前にしたのだが、まさかこんな感傷に浸ることになるとは思わなかった。  和彦の中に〈普通の家庭〉という尺度は存在しないのだが、大切に保管されてきたであろう積み上げられたアルバムを目の前にすると、いろいろと考えてしまう。特に長嶺の家は行事ごとを大事にしているため、自分の実家との違いを痛感せざるをえない。  昨日千尋に電話で頼んだのは、本宅にある古いアルバムを見せてほしいというものだった。千尋は特に理由を問うことなく、あっさりと承諾してくれた。  想定外だったのは、仕事終わりに本宅に立ち寄り、客間でゆっくりと見るつもりだったのに、なぜかアルバムが賢吾の部屋に運び込まれていたことだった。その理由を聞こうにも、肝心の千尋が今夜は本宅にはいない。  この部屋に運び込ませたのは、きっと賢吾が命じたのだろうなと思いつつ、少し緊張しながら和彦は一冊のアルバムを手に取る。古いアルバム、と指定しておいたのだが、あからさまに目につく位置に置かれた新しいアルバムを無視することはできなかった。  慎重にアルバムを開くと、和彦の意識はあっという間

  • 血と束縛と   第4話(27)

    「――先生」  呼ばれて、おずおずと振り返ると、そこに真剣な賢吾の顔がある。何か言われたわけでもないのに、和彦は小さく喘いでから賢吾の唇にそっと自分の唇を重ねた。すると、賢吾のもう片方の手に、和彦の柔らかな膨らみは包み込まれる。 「ひっ、あぁっ」  泡で滑る手に柔らかく揉みしだかれ、たまらず和彦は、ビクッ、ビクッと腰を震わせ、背をしならせる。下肢が、甘く溶けてしまいそうだった。 「あとでたっぷり、ここを揉んで悦ばせてやる。最近、弄られるのがよくなってきたみたいだからな。今は、洗うだけだ」  賢吾の的確に動く指は貪欲に、和彦の官能を刺激する

    last updateLast Updated : 2026-03-19
  • 血と束縛と   第4話(2)

     また指で呼ばれ、和彦は賢吾のあとについていく。工事後は待合室となるホールでは、施工業者の人間が集まって持ち込む機材について話し合っている。その様子を一瞥した賢吾は、奥の部屋へと向かう。 「……護衛の人間は?」  ホールを見て、賢吾が一人でこのフロアにやってきたのは確認した。 「物騒なツラした人間を、一般の業者がいる場所に連れてくるわけにはいかないだろ。設計士は前からの馴染みだが、業者のほうはそうじゃないんだ。クリニックを始める前に、妙な噂は立てたくない」 「自分は物騒なツラじゃない、と言いたいんだな」  皮肉でもなんでもなく、思ったまま

    last updateLast Updated : 2026-03-19
  • 血と束縛と   第11話(20)

     外から男二人のにぎやかな話し声が聞こえてくる状況で、求められるまま、やむをえず舌を絡め合い、唾液を交わす。引き出された舌を痛いほど吸われると、たまらず和彦は鷹津の肩にすがりついていた。 ますます鷹津の腕の力が強くなり、和彦の中で奇妙な変化が起こっていた。鷹津のことがどうしようもなく嫌いで、嫌悪しているのに、そんな男にねじ伏せられるように口づけを交わしていると、高揚感に襲われ、体の奥深くから強引に官能を引き出される。 官能に形を借りた、サソリの毒かもしれないと、ふとそんな考えが脳裏を過る。鷹津の毒を注入され、体も心も侵されていくのだ。 思わず身じろごう

    last updateLast Updated : 2026-03-27
  • 血と束縛と   第11話(22)

     さすがの賢吾も、和彦の心を煩わせるものすべてを見通すことは不可能らしい。「……最初にぼくを狙って、あんなことをした人間が、どんな顔をして、そんなことを言うんだ」「俺はいい。俺は、許されるんだ」 さすがに図々しい発言だと思って和彦が顔を上げると、待っていたようなタイミングで唇を軽く吸われた。「先生を狙って自分のものにして――見事に、骨抜きにされたんだ。そんな哀れなヤクザを、愛情深い先生なら、たっぷり甘やかしてくれるだろ?」 本当に図々しいと思いながらも、和彦はつい笑みをこぼしてしまう。 自

    last updateLast Updated : 2026-03-27
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