血塗られた宮廷で護衛騎士は愛に揺れる

血塗られた宮廷で護衛騎士は愛に揺れる

last updateDernière mise à jour : 2026-03-03
Par:  あさじなぎEn cours
Langue: Japanese
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男が生まれにくい国、龍虎帝国。古代から十二支の守護獣に選ばれた十二家が国を統べてきた。皇太子の蒼龍(ツァロン)は、十八歳。二十歳で後宮を持たなければならないが、父、黒虎(フーヘイ)皇帝の放蕩に嫌悪感を抱いていた。 ある日、蒼龍の侍女の遺体が発見される。まるで蒼龍に見せつけるかのように。宮殿内は騒動となる。誰かが皇太子の、皇帝の命を狙っているのではと。皇帝には隠し子が何人もいると言われていて、その中の誰かが皇太子の、皇帝の地位を狙い暗躍を始めていた。蒼龍の護衛を命じられた騎士団団長、紅雪華(ホ・シュエファ)は犯人捜しを始めるが嘘と野心が渦巻き誰が裏で糸を引いているのか見当もつかない。 再び、皇太子に近い人物が殺され、蒼龍も実際に狙われ始める。そんななか、蒼龍は自分を命をかけて守る雪華に心を寄せ始める。 雪華もまた、皇帝への忠誠と恋の狭間に揺れ動く。雪華は皇帝の寵愛を受けていた。そのため皇帝は皇太子と雪華の関係にいら立ちを覚える。 いったい誰が蒼龍を狙っているのか。何人もいる皇帝の隠し子の中に真相はあるのか。陰謀渦巻く後宮で起きる中華恋愛ファンタジー×ミステリー

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Chapitre 1

1 美しい皇帝

美しい皇帝のもとで、ひそかに血と陰謀にまみれた事件が起きていた。

ここは、龍虎帝国の宮殿内にある女官たちの寮。

私、雪華シュエファが蒼龍《ツァロン》皇太子とその部屋に入ったとき、まず目に飛び込んだのは床に転がる血まみれの死体だった。

年配の女官は腹を大きく切られているらしく、そこから流れ出た大量の血が、床に血だまりを作っている。

虚空を見つめる瞳には、すでに光がない。

室内に漂う濃い血の匂い。

死体を見て、私は思わずぶるっと震えた。

「シュエファさん……壁を」

若き皇太子殿下の怯えたような声を聞き、私は顔を上げて壁を見た。

白い壁に書かれた血の文字。

被害者の血、だろうか。赤黒く変色した血で、こう書かれていた。

『次は、お前だ』

それは警告だろう。お前が誰を指すのか。そんなのひとりしかいないだろう。

何せ殺された女官は皇太子殿下に仕えている女官だから。

「また僕のせいで……」

皇太子殿下の悲痛な呟きが聞こえてくる。

宮殿内で起きた二度目の殺人。

狙いが皇太子殿下なのは確かなようだ。

それが始まったのはずっと以前からだろう。

今から十二年前――

街は華やかに飾られて、色んな色の服を着た女性たちが歩いてる。

今日は新年。

帝都では、宮殿で新年の一般参賀、っていうのが開かれる。

「シュエファ、はぐれないようにね」

お母様が、私の身体をそっと引き寄せる。

十歳の私には周りの人皆大きくて、埋まってしまいそうだった。

だから私はぎゅってお母様にしがみつく。

私もお母様も、姉妹たちも皆着飾って宮殿へと向かう。

紅の上衣に、薄紅のスカート。お母様が私の髪を結ってくれて、つまみ細工のお花のかんざしをつけてくれた。

皆がおしゃれ、する理由は新年のお祝いで皇帝陛下がおでましになるからだって

私がこの一般参賀に参加するのは初めてだった。

だから今、すっごくドキドキしてるの。皇帝陛下、どんな方なんだろう。

綺麗な皇帝陛下。偉大な皇帝陛下って皆呼んでるから、私、すっごく楽しみなんだ。

私はわくわくしながらお母様たちと一緒に一般参賀の列に並ぶ。

周りにいるのは大人の女性ばかりだった。だからかな、すっごくいい匂いがした。

だってこの国、女の人ばっかりなんだもの。

だからお父様はひとりだけど、お母様はたくさんいるんだ。

男の人がすっごく少ないから。

皇帝陛下は男だ。奥さんがたくさんいるんだって聞いた。でも男の子が生まれたらもう、奥さんを増やせないんだって。

変なの。女の人たくさんいるんだから、いっぱい奥さん、迎えたらいいのに。

「陛下は女遊びが酷いらしいわねぇ」

「知ってる? 孔《こう》家の女性が皇帝のお手付きになって子供産んだって噂」

「あれ、夏《か》家のだと聞いたけど?」

なんて話が聞こえてくる。

何の話してるのか分かんなくって、私は変に思いながらお母様に張り付いていた。

列はどんどん進んで行って、宮殿内へと入っていく。

宮殿の広場には、たくさんの人たちがいた。

赤い壁の大きな建物に、大きなバルコニーがついているのが見える。

あそこに陛下が現れるのかな。きれいな服着た人が、なんか控えているみたいだ。

広場に立って、私たちはその時を待った。

「きゃー!」

っていう、悲鳴が響く。

宮殿の上に龍がいる。青く輝く鱗を持つ龍が。

「あ……」

すごい。

青龍は、宮殿の上に浮かんでこちらをじっと見下ろしていた。

そしてバルコニーにたつ人影を見つける。

白い、大きな虎を連れたその人は、黒い上衣をまとっていて、すごく……綺麗だった。

あの人が皇帝。

すごい。

陛下がでてきたら皆、しーん、て静まり返ってる。

「今年も新年を迎えられ、皆には感謝申し上げる」

凛とした声が、広場に響いた。

すごい広いのに、すごく声、聞こえてくる。

あの人が皇帝陛下。

私は呆然と、そのきれいな姿をじっと見つめていた。

成長して実感しけど、あれはひと目ぼれだった。

だから私は皇帝陛下のおそばに仕えようと勉強をし、訓練に励み、二十歳で国のエリートである女ばかりの紅龍騎士団に入団。

二十二歳になった今、第二師団の団長にまでなった。

隣国、カルトゥールとの数年に一度起きている小競り合い終えた私たちは、半年ぶりに美しい首都、紫雲に帰る。

「お帰りなさい!」

「帝国の誇り!」

という、民の声が私たちを出迎えてくれた。

今日のために、私たちは鎧を磨き、皇帝陛下からは真新しい外套をいただいた。

それをまとい、我が第二師団と第三師団は、紫雲の大通りを歩く。

風が吹くと、外套の裾がたなびき壮大な雰囲気を醸し出す。

騎士団は、私を含めてほとんどが女性。

そして私たちを出迎える民も女性ばかりだ。

女性が国を支え、女性が国を守るために戦う。

美しいこの国を、皇帝を守るのは私たちにとって誇りだった。

人々の歓声を浴び、私たちは宮殿へと入城する。

幼い日、バルコニーに立つ皇帝陛下を拝見した広場に整列し、私たちは待った。

「皇帝陛下のお成りです」

という、年配の女官の声が響く。

すると、黒に金色の龍が刺繍された外衣をまとった皇帝陛下が、広場へとお出ましになる。

ザッ。

と、一斉に騎士団の者が頭を下げる音が響く。

私ももちろん、みなと同じように陛下へと頭を下げた。

「頭を上げよ」

凛、と広場に響く声に、私たちは同時に頭を上げる。

あの日、遠くから見ただけの皇帝陛下が、今、とても近くにおられる。

私は胸の高鳴りを覚えつつ、じっと陛下を見つめた。

太陽に照らされて輝く黒い髪。鋭い眼光が私たちを見つめている。

もう四十だというのに、皇帝陛下は今も変わらず威厳と美しさを兼ね備えている。

「第二師団、第三師団の騎士たちよ、ご苦労だった。カルトゥールを見事退けてくれたおかげで、しばらくは平穏になるだろう」

そうであってほしい。

でなければ私たちの犠牲が報われないから。

「皆、疲れただろう。ゆっくり休むがよい」

その言葉を聞いて私たちは再び、深く陛下に頭を下げた。

皇帝陛下が立ち去る音だけが響く。

足音が消えたとき、私たちは身体の力がすっと抜けた。

「そうしたらシュエファ」

第三師団の団長が私に声をかけてくる。

「そうね。皆、ご苦労だった。帰ってゆっくりしてくれ」

全員に聞こえるよう、私は声を張り上げる。

「皇帝陛下から皆様へ褒美がございますので、あちらへどうぞ。この者がご案内いたします」

女官の言葉に、皆が歓声を上げる。

「褒美ですって」

「何かしら」

戦場では虎と龍と恐れられる私たちだが、日常に戻ればひとりの女だ。

褒美、と聞けば期待するのは当たり前だった。

「ホ団長!」

女官が私を呼び、こちらへ来るようにと手で合図を送ってくる。

私は、走りだしたい衝動を抑え、ゆっくりと歩いて彼女に近づいた。

「お呼びでしょうか」

「陛下が、団長をお呼びでございます。こちらへ」

淡々と告げる女官は、私に背を向けて歩き出す。

私は彼女の後を追いかける。

陛下が私を呼んでくださっている。

そう思うと顔がほころびそうになる。体温が上がり、足取りも軽く感じてきた。

沸き上る衝動を抑えつけて、私は宮殿内へと入っていった。

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1 美しい皇帝
美しい皇帝のもとで、ひそかに血と陰謀にまみれた事件が起きていた。 ここは、龍虎帝国の宮殿内にある女官たちの寮。 私、雪華が蒼龍《ツァロン》皇太子とその部屋に入ったとき、まず目に飛び込んだのは床に転がる血まみれの死体だった。 年配の女官は腹を大きく切られているらしく、そこから流れ出た大量の血が、床に血だまりを作っている。 虚空を見つめる瞳には、すでに光がない。 室内に漂う濃い血の匂い。 死体を見て、私は思わずぶるっと震えた。 「シュエファさん……壁を」 若き皇太子殿下の怯えたような声を聞き、私は顔を上げて壁を見た。 白い壁に書かれた血の文字。 被害者の血、だろうか。赤黒く変色した血で、こう書かれていた。 『次は、お前だ』 それは警告だろう。お前が誰を指すのか。そんなのひとりしかいないだろう。 何せ殺された女官は皇太子殿下に仕えている女官だから。 「また僕のせいで……」 皇太子殿下の悲痛な呟きが聞こえてくる。 宮殿内で起きた二度目の殺人。 狙いが皇太子殿下なのは確かなようだ。 それが始まったのはずっと以前からだろう。 今から十二年前―― 街は華やかに飾られて、色んな色の服を着た女性たちが歩いてる。 今日は新年。 帝都では、宮殿で新年の一般参賀、っていうのが開かれる。 「シュエファ、はぐれないようにね」 お母様が、私の身体をそっと引き寄せる。 十歳の私には周りの人皆大きくて、埋まってしまいそうだった。 だから私はぎゅってお母様にしがみつく。 私もお母様も、姉妹たちも皆着飾って宮殿へと向かう。 紅の上衣に、薄紅のスカート。お母様が私の髪を結ってくれて、つまみ細工のお花のかんざしをつけてくれた。 皆がおしゃれ、する理由は新年のお祝いで皇帝陛下がおでましになるからだって 私がこの一般参賀に参加するのは初めてだった。 だから今、すっごくドキドキしてるの。皇帝陛下、どんな方なんだろう。 綺麗な皇帝陛下。偉大な皇帝陛下って皆呼んでるから、私、すっごく楽しみなんだ。 私はわくわくしながらお母様たちと一緒に一般参賀の列に並ぶ。 周りにいるのは大人の女性ばかりだった。だからかな、すっごくいい匂いがした。 だってこの国、女の人ばっかりなんだも
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2 命令
 宮殿の奥には皇帝陛下の私邸。別棟には後宮がある。 後宮は、女性であっても出入りは自由ではないので、私は足を踏み入れたことがない。 女官に案内されたのは、陛下の私邸にある応接室だった。 屋敷の中は甘い、香の匂いで溢れている。 廊下には絵画や美術品が飾られていて、皇帝の財力の大きさを感じさせる。 侍従などがいるはずだが、人の気配を感じなかった。 その意味をすぐに察し、胸の高鳴りを覚えてしまう。 女官は私を応接室に入るように促すと、すぐに背中を向けて去っていく。 私は背筋を伸ばし、扉に声をかけた。「紅雪華《ホ・シュエファ》、参上いたしました」「あぁ、入れ」 そう声が聞こえ、私はぐっと手に力を込めて持ち手を握った。「失礼いたします」 ゆっくりと扉を開けると、外衣を脱いだ陛下か立ち上がってこちらに歩み寄ってくるのが見えた。 私は慌てて中に入り、扉を閉める。 陛下は私の前に立つと、「シュエファ」 と、熱い声で私を呼んで微笑んだ。 香の匂いが、強く香る。「陛下……」「無事でよかった」 安心した声で言った後、手がそっと、私の頬に触れた。 あぁ、陛下がまた私に触れてくださっている。 こんな幸せを私は感じていいのだろうか。 子供の頃、憧れた皇帝陛下。 年を経てもなお、陛下は気高く美しい。 そんな陛下のご寵愛を受けて、もう三年になっていた。「陛下も、お変わりなく」 鎧を着たままなのに、早く脱いで陛下の胸に飛び込みたい。 そんな衝動を抑えて私は陛下に声をかける。「あぁ、俺は変わりないが……少し、問題が起きていて」 と言い、陛下は視線を落として真剣な顔になる。 私がいない、半年の間に何が起きたのか。 戦場に旅立つ前、陛下のご寵愛を受けた日のことを思いだすと身体の奥が熱くなる。「何があったのですか?」「ツァロンの女官が殺された」 淡々と、陛下が告げた言葉に私は衝撃を受けた。 ツァロン殿下。陛下にとって唯一の息子だ。 陛下には十二人の子供がいるが、息子はひとりしか生まれなかった。 この国はそういう国だ。 男がとても生まれにくく、寿命も短い。 「でも、なぜ女官が?」 女官が殺されるなんて理由がわからなかった。何せ、女官の多くは外に孫もいるような年配の女性たちだ。 恨まれることなどあるだろうか。「警告、かも
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3 ツァロン殿下
 翌日。 私は騎士向けの寮を出て、宮廷内に移り住むことになった。 表向きは、二十歳の成人を前に殿下の身の回りを固め、護衛を強化する、という理由だった。 引越しを済ませて私は指定にいる皇太子殿下に挨拶へと向かう。 殿下は今学生で、普段は大学へ通っておられる。 今日は休日であるため、私邸にてお休みになられているはずだ。 私は、女官に連れられて皇太子殿下の私邸へと入る。 人の気配を感じない、とても静かな場所だった。 香、だろうか。 森の中のような匂いが漂っている。皇帝陛下の私邸とはずいぶんと違う匂いだ。 私は殿下とお会いするというので、着慣れない、紅の上衣にスカートを着てしまった。おかげで足のまわりが何だかすーすーしてしまう。 普段はズボンなのだから、気にせず普段着を着ればよかった。 居心地の悪さを感じつつ廊下を進んでいくと、女官がある扉の前で立ち止まる。「殿下、ホ様をお連れいたしました」「あぁ、入ってもらって」 穏やかな、少年のような声が中から響く。「失礼いたします」 女官がそう声をかけると扉を開き、私に中に入るよう促した。「失礼いたします、皇帝陛下の勅命により、本日よりツァロン殿下の護衛の任に着きました、紅雪華でございます」 名乗り、私は室内へと入る。 すると背中で扉がしまる音がした。 ここは、いわゆる居間、だろうか。 青い上衣を羽織った黒い髪の青年が読んでいた本を机に置き、長椅子から立ち上がる。 まだ幼さの残る顔。優しげな二重の瞳。 背は陛下より少し高いかもしれない。 長く伸びた黒髪を後頭部で縛った彼は、頭を下げて言った。「ツァロンです。今回はお手数をかけいたします」 その物言いに、私はたじろいでしまう。 彼は次期皇帝だ。 威厳に満ち、見る者を魅了する皇帝陛下とはずいぶんと違う。 姿は似ているが、なんだろう。まとう空気や声の質が、違うものに思えた。ずいぶんと柔らかな空気をまとっている。これで皇帝になるのか? 少し不安になるのだが。 驚きのあまり固まっていると、殿下が自分の前にある長椅子を示して、「どうぞ、こちらに」 と、声をかけてくる。「し、失礼いたします」 そう、震えた声で答えた後、私は殿下の前にある椅子に近づいた。「おかけください」「はっ」 殿下が座るのを待ってから、私も椅子に腰かける
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4 殺人現場
 バタバタと、たくさんの足音が近づいてくる。 「すぐに皆を別の部屋に連れて行け。ここは閉鎖する」 そんな男の声が廊下から聞こえ、私はハッとして振り返った。 入ってきたのは深い灰色の上衣をまとった男性だった。 二十代後半くらいか。肩口でそろえられた黒い髪に、一重の瞳。 羅悠然。宮殿の護衛団、華衛の団長だ。 彼は共に入ってきた護衛官たちに、テキパキと指示をだしている。「死体の検死を。室内に不審物がないか徹底的に調べろ」  ヨウラン殿の言葉の痕、開いていた扉がばたり、と閉まり、いっそう血の匂いが濃くなった。 鋭い眼光の彼は、私たちを見るなり膝をつき、頭を下げた。「ツァロン殿下。ここは貴方様のような高貴なお方がいるべき場所ではございません。速やかに、私邸へとお戻りください」「ヨウラン団長、亡くなったのは僕にとっても大事な女官のひとりだ。無関係ではないと思うが。それに」「殿下」 団長の強い口調に、殿下がたじろいだように半歩、下がってしまう。「だ、だが」 そう、喰らいつく殿下を無視して、団長は私の方へと視線を向けた。 射るような目で私を見た彼は、すっと立ち上がり言った。「ホ殿」「は、はい」「殿下を私邸にお連れ下さい」 低く、淡々とした声は反論を許さない、という響きを持っている。 彼の言う通り、このような殺人現場に殿下を長く滞在させるわけにはいかないだろう。 私は振り返り、殿下の方へと目を向けて言った。「戻りましょう殿下。現場を荒らすわけにはいきませんから」「しかし」「殿下」 まだ食いついてくる殿下に、思わず強い口調で呼びかける。「ここにいても、私たちにできることはございません」 私も殿下も、事件現場の捜査などできるわけがない。 ここは専門家に任せるべきだ。 私の言葉に殿下は悔しげに俯いて拳を握りしめた後、「わかった」 と絞り出すような声で答えた。 殿下を連れて私邸へと戻ると、警備の護衛官が増えていた。 屋敷の中も警戒に当たると言われ、私たちは居間で向かい合って座っていた。 女官が持って来てくれた新しいお茶を飲み、息をつく。 私の脳裏には死体の光景がこびりついていた。 私は何度も戦場を経験しているので、血の匂いにも死体にも慣れている。だが、あんな風にまじまじと死体を見たのは初めてだ
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5 犯人は誰?
 宮廷内で起きた殺人事件はふたつ。 一件目は毒殺で、内々で処理された。 二件目の死因はまだわからないが、腹を切られ、血の文字で壁に警告が描かれていた。 ふたつの殺人事件。あまりにも手口が違いすぎるが。 そう思い、私は唇を噛む。 同じ犯人なのか。それとも別の犯人か? そう思い、私は殿下に声をかけた。 「殿下」「はい」「ひとりめの犠牲者の時は、あのような警告文はあったのでしょうか?」 私の問に、殿下は首を横に振る。「僕は現場を見ていないのですが、そういう話は聞いていないです」「そうですか」 その返答に私は首を傾げる。 そうなると、一件目の殺人は本当に殿下への警告だったのか? という疑問がわいてくる。 そもそも女官が狙いと言うこともないだろうか。 事件についていろいろと調べないといけないな、これは。 ひとり考え込んでいると、遠慮がちにかかる声があった。「何か、気になることがありますか?」 その言葉に私は肩をすくめた。「さあ、まだわかりません。ただ」 私は、不安げな顔をする殿下をじっと見つめる。「宮殿内に殿下を狙っている勢力がいるのは確かでしょう。女官を殺し、心理的に圧力をかけている。この私邸内だけでも、安全に過ごせるよう努めますので」「シュエファさん……すみません。貴方に危険が及ぶかもしれないのに」 申し訳なさそうに殿下は言い、俯いてしまう。 どうもこのお方と話していると調子が狂う。 皇族にとって臣民は駒でしかないだろうに。なぜ殿下は私や女官たちにまで心を寄せるのか。「私の仕事は殿下をお守りすることです。戦場に比べたらずっと安全ですよ」 そう言ってはみたものの、戦場の方がはるかに楽だ。 戦場では、味方以外は全員敵だから知らない相手は片っ端から殺せばよかった。 けれどここは、誰が敵かわからない。それは心理的にとても負担だった。「とりあえず殿下、ひとりでの行動は絶対にしないでください」「え、でも……」「殿下、この私邸、あいている部屋、ありますよね? 私の部屋、用意していただけますか?」 私が自分の部屋で寝泊まりなどできないと悟った私は、殿下にそう申し出ると、彼は神妙な顔で頷いた。「わかりました。部屋は……僕の部屋のそばに用意いたします。あの、そんなに……危険なんでしょうか」 不安からか、殿下のまつ毛が
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6 事件
 重苦しい空気が流れる中、静寂を裂くように扉を叩く音が大きく響く。 殿下がびくっと大げさに驚いた後、廊下から声が聞こえた。「失礼いたします、殿下。ヨウランでございます。ご報告に参りました」 その男の声に、殿下は安心した様にほっと息を吐いた後、「入れ」 と言った。 ばたり、と扉が開き、神妙な顔をしたヨウラン殿が中に入り、手を胸の前で会わせて頭を下げた。「おくつろぎのところ失礼いたします。先ほどの女官の件でございますが、喉を切られた後、腹を深くやられたようです」 淡々と語るヨウラン殿の説明に殿下も私も、思わず顔をしかめた。 なんと残忍な。 「声を上げぬよう、最初に喉を切ったのでしょう」「なんてむごい……」 殿下は苦しげに呟いた後、口を押えて俯いてしまう。 確かにむごい。戦場で、わざわざ死体を傷つけるようなことはしないのに。「そうですね。犯人の手掛かりはございませんでした。女官の寮ですし、犯人は女性だろうと思われますが、誰も不審な人物を見ておりませんし、悲鳴なども聞いておりません」 なんと手際がいい。「それで……このことは」「全員に口止めをしております。寮は閉鎖をし、利用者は全て引っ越させました」 やはり、女官が殺されたことは公表しないか。 宮廷で起きた事件。皇帝陛下のすぐそばで事件が起きたとなっては、陛下の威厳に関わるものね。 殿下の方を見ると、案の定、苦しげな顔をしてヨウラン殿を見つめていた。「家族には何と説明を」「感染症での死亡と伝えます。ですので早急に荼毘にふし、遺骨のみを渡す予定です」 すると、殿下はがたん、と立ち上がって身体を震わせて言った。「家族に、お別れもさせず骨だけ返すというのか?」「その通りでございます」 感情的になる殿下に対し、静かにヨウラン殿が告げる。 殿下の気持ちはわかる。家族にひと目も会わせず焼いてしまうなんて私も酷いと思うから。でも、あの遺体を遺族に見せられるだろうか? 答えは否だ。 むごい殺され方をしているし、殺人がばれてしまってはまずいから。「そんな……」 わなわなと震える殿下に、かける言葉が見つからなかった。 殿下とヨウラン殿。どちらの言い分も理解できる。 殿下はとても優しい方なのだな。 これでこの国の皇帝が務まるのだろうか。 そう思って私はじっと、殿下の様子を見
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7 部屋
 女官にお茶と、あいている部屋を使えるようにしてほしいと頼み、私は私邸内を歩いて回ることにした。 殿下はしばらくひとりにしておいた方がいいだろう、と思ったからだ。 年頃の少年――いや、青年が泣いているところを見られるのはいやだろう。私だってそれくらいの気は使える。 私邸内を歩いていると、護衛の兵たちを何人も目撃した。険しい顔をした彼女らは、私邸内に妖しい人物が入り込んでいないかを見張っているのだろう。 私にも厳しい目を向けてくる。 護衛の兵となにも言葉を交わさず、私は二階へと階段を上った。 この私邸は広い二階建だ。一階にはキッチンに女官たちの控室、居間。二階には殿下の私室や寝所、その前にあいている部屋がある。 私は空き部屋に入り、辺りを警戒しながら窓を開けた。 そして辺りを見回す。周りに家はないし、屋根を伝って中に入るのは困難だろう。 魔法を使う者がいたら別だが。 そう思いながら私は下を見る。「とはいえ、魔法なんて使える者は少ないしな」 そう呟き、私は窓を閉めた。 魔法がつかえるのは、守護獣の加護を受けている十二支族の家の者のみで、そのなかでも限られた人物だけだ。 私は少し使えるが、そこまでの力はなかった。 魔法を心配する必要はあるだろうか。 そう思い私は首を傾げる。「もし魔法を使う者が犯人だとしたら……」  そう思うと背中に冷たい汗が流れていく。 十二支族はいわゆる上流階級の家柄だ。この国の政治に深く関わりがあったり、後宮に妃を送りだしている家でもある。 そうなると、捜査するのも難しくなる。 これはかなり面倒なことになるかもしれない。 私はひとりため息をつき、空き部屋を出て一階へと戻る。 するとヨウラン殿と鉢合わせた。 彼は、私邸内を警備している護衛と会話をした後、彼女を外に出しこちらを見た。 冷たい深い緑の目が、私を見据える。すべてを見透かされている様で嫌な目だ。 よく見ると、彼は一冊の本を持っていた。「シュエファ殿」 名を呼び、彼は私に歩み寄ってくる。「何でしょうか」「私邸内の確認は終わりました。不審な点はないため、外の警戒にあたらせます」「わかりました。ありがとうございます」「貴方も、この私邸に住まわれることにしたとうかがいましたが」 警戒するような声だが、私は気にせず頷く。「えぇ。あん
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8 見回りの後
 ひと通り屋敷内を周っていると、二階でばたばたと動く音が響く。きっと私が使う部屋の用意をしてくれているんだろう。  殿下は落ち着いただろうか。  そう思い私は、殿下がいる居間に足を向けた。  ヨウラン殿から受け取った資料を持ったままだが仕方ない。  今、部屋に置いていったら女官に見られてしまうだろうから。  居間の扉の前に立ち、私は戸を叩く。  一度叩いただけで、中から殿下の落ち着いた声がした。「どうぞ」「失礼いたします」 腹から声を出して言い、私は扉を開く。  ふわっと漂う匂いに私は心臓が止まるかと思った。  殿下の向かい側。長椅子に腰かけた黒い着物をまとった男性。  皇帝陛下がそこにいた。  いつの間に陛下はこちらにいらした?  戸の前に見張りも何もいなかったのに。  妙な汗が背中を流れていく感覚がある。  私は扉を閉め、びしっと立ち言った。「皇帝陛下がお出ましとは知らず、失礼いたしました」 声を張る私に、陛下は答えた。「構わぬ。俺は今、帰るところだからな」 凛とした声が言い、陛下はゆっくりと立ち上がる。  ほっとするような、でも寂しいような。そんな複雑な思いを抱えていると、陛下は言った。「ツァロン。お前は皇帝になるのだから、ただの女官の死に囚われるな」 冷たい声で言い放ち、陛下はこちらへと近づく。  殿下は何も言わず、険しい顔で俯いていた。  ただの女官、と言われればそうだろうな。女官はいくらでもいるし、変わりもいくらでもいるのだから。何せこの国は女性が多い。  たかが女官が死んだことでいちいち悲しんでもいられない。と言うのは理解できるが。なんだか心に引っ掛かるものがあった。  こちらにやってきた陛下は、ふっと笑い私へと目を向ける。「今宵からここに住むそうだな」「はっ。女官の件もありますし、内部犯の可能性がございますので」 私の答えに、陛下は頷く。「そうか。女官が何人死のうが構わぬが、皇太子の変わりはいないからな」 その言葉に心臓を鷲掴みにされるような痛みを覚えるが、私は表情を変えず陛下のために扉を開ける。「失礼するよ、ツァロン」「……はい、陛下」 淡々と答えた殿下は立ち上がり、深く頭を下げて陛下を見送る。  どこに控えていたのか、あるく陛下の後ろを兵がついていく。  その背中を私も頭を
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9 夜私室にて
 その夜。 夕食をいただいた後、私は女官らに用意してもらった部屋に入る。 八畳ほどの室内。ベッドとテーブル、ひとり掛けのソファーがひとつあるだけの簡素な部屋だ。 日中に服や武器、書物などは運び込んだが、殺風景なことには変わらなかった。 鏡台くらい欲しいな。 そう思いつつ私はソファーに腰かけて、資料を開く。 事件があったのは三か月ほど前。殿下に仕える女官のひとりが死んでいるのが発見された。 部屋でひとりで死んでいて、病死として処理された。 遺体発見時の様子が書かれているが、特に変わった様子はなかった。これは表向きの報告書だ。毒殺の件については何も書かれていない。 今回の事件のように血文字のメッセージ、というような衝撃的なこともなかったらしい。 そう思うと、今回の件とはずいぶんと差がある。 女官自身に何かあったのか、とさえ思うほどに。 ページをめくると、そこには別の冊子が挟まれていた。 それは「極秘」と書かれたもので表紙にはヨウラン殿のサインがある。 これが本当の報告書か。 ページを開くと女官の死に関する真実が書かれていた。 最初は病死かと思われたが、死体の様子がおかしい、とのことで詳しく検死をしたところ、毒殺であることが判明。 死亡推定時刻は前日の夜では、と書かれている。 お茶に仕込まれていたらしく、室内の湯呑からも毒が検出されたらしい。 毒と言っても植物から採れるものらしく、知識があれば誰でも扱える、とある。 それでは容疑者の特定は難しいだろう。「何の為に女官を……?」 顔をしかめ、私は呟く。 殿下に圧力を加えるため? そう思い私は殿下の様子を思い出す。 もしそれが目的ならばかなり効果的だ。 事実、殿下は相当傷ついている。 だがその為に女官を殺すのか? いくら代わりがいくらでもいるとはいえ。 私は報告書を指先で撫でて呟く。「だからといって、命が軽すぎるだろう」 男と女。極端な人口比のせいか、女の命が軽く扱われている様で苦しくなる。 私自身、理屈でそれは理解している。 どうせ変わりはいくらでもいるのだから。という思いがないわけじゃない。 とはいえ実際に命を軽く扱っている様子を目にすると、どうしても反感を覚えてしまう。 私は息をつき、報告書を読み進めていった。 だが他に情報はなく、わかったことは少な
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10 殿下と
 殿下の突然の申し出に私の心が揺らぐ。 見回りに行きたい。だがそんな目で見られて断れるほど、私は冷酷ではないんだよ。 一瞬悩み、私は頷いて答えた。「わかりました。見回りをしてからでもよろしいですか?」 自分なりの妥協案を示すと、殿下はぱっと明るい顔になる。そして大きく頷き言った。「すみません、ありがとうございます。それでしたらお茶の用意をしてきます。女官たちにはもう休むよう伝えてしまったので」 と言い、彼は私に背を向けて走り出してしまう。 その背中に私は手を伸ばすが、虚しく空に触れるだけだった。「あ……」 殿下にそんなことさせるわけには、と言いたいが殿下の姿はもう見えない。 響く足音を聞きながら、私は息をついてその背をゆっくりと追うように歩いた。 どうも調子が狂う。殿下は本当に皇帝陛下のお子、なのだろうか。 全然性格が違うじゃないか。 偉大なる皇帝と、子犬みたいな殿下。 その落差に混乱してしまいそうだ。 私はまず二階を見回り、階段を下りていく。外には警備がいるはずだし、この私邸にそう簡単に忍び込むことはできないだろう。 一階に下り、私は淡い灯りが照らす廊下を歩く。 玄関の鍵や各窓の鍵がかかっていることを確認して歩いていると、盆を持った殿下と鉢合わせた。 彼はニコニコ笑い、私の前に湯呑がのった盆を見せて言った。「シュエファさん、居間でよろしいですか?」 さすがに殿下の私室にふたりきり、というわけにはいかないし私の部屋に招くわけにはいかない。 そんなことよりも殿下にお茶の用意をさせてしまったことに申し訳なさを感じつつ、私は手を出してその盆に触れた。「えぇ、これは私が運びます」 そう私が言うと、彼は笑顔で首を横に振る。「僕が持っていきます。だって僕がお誘いしたわけですから。あ、扉、開けていただけますか?」 その言葉に私は盆からそっと手を離し、小さく息をついて答える。「わかりました」 私は殿下の前を歩き居間に向かう。 もう灯火が落ちてしまって暗い室内。私は空に手をかざして呪文を唱える。すると手のひらの上に炎が揺らぐ。 私は炎の魔法を使うことができるので、こういう暗い場所では重宝した。「わぁ……すごいですね」 私の背後で感心するような声がする。 私は室内のランプに近づき火を入れながら言った。「ありがとうござい
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