迷宮都市の葬儀人

迷宮都市の葬儀人

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Por:  瘴気領域En curso
Idioma: Japanese
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――骸の王を知っているか? エンバーは不死者である。不死者の身でありながら、エッセレシア聖光教会退魔庁不死者対策省メイズ分局――通称<葬儀屋>に所属し、不死者の発生防止と駆除に従事する葬儀人でもある。彼女が追う<骸の王>とは何者なのか。そして彼女自身は何者なのか。彼女が打ち倒すのはゾンビ、ワイト、吸血鬼、人狼。しばしば人間。迷宮都市メイズで起きる数々の事件を通じて、あらゆる謎はやがて明らかになる。

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Capítulo 1

第1話 不死の葬儀人

 女は、鉄の棺を背負っていた。

 大人の男がすっぽり入るであろう鉄製の棺を鎖で縛り、ズタ袋のように肩にかけている。一歩進むたびに棺の底が石畳に擦れ、石臼を挽くような音が響いた。

 黒い外套を頭からすっぽり被った姿はさながら死神で、半ば闇に溶け込んでいる。フードから覗く顔は整っており、名匠の手になる彫刻のようでもある。しかし、静脈が透けるほどの白い肌からは生気を感じられない。冷たい湖の底で死蝋化した美女のような、そんな女だった。

 女が歩いているのは、ところどころ苔の生えた石壁に、まばらにランタンが並ぶだけの狭い通路だ。石畳にこつこつと靴音を立てて歩いている。迷宮ダンジョンだ。迷宮都市メイズの地下に存在する広大な迷宮ダンジョンは、一攫千金を目指す冒険者と、それを狙う無数の魔物とで溢れている。

 黒衣の女が歩む先には、男がいた。

 男は赤い目を爛々と輝かせ、牙を剥いて威嚇した。チェックのベストを身に着けた商家風の服装をしているが、それが人間でないことはひと目で明らかだ。

 男の足元には少女が倒れている。

 ひらひらの飾り布がたっぷりとついた、仕立ての良い絹の服を着ている。長い金髪はよく手入れがされており、石畳に液体のように広がっていた。どこかの商家の箱入り娘を、人間に化けた吸血鬼が拐ってきたというあたりか。

 女はおもむろに棺を正面に下ろす。重さに負けた石畳に、ばきりと罅が入った。

奴隷階級スレイブか」と女がつぶやき、

「奴隷などではない。従者サーヴァントだ! 葬儀屋如きが!」と男が叫ぶ。

 そして、その怒りに満ちた顔は、すぐに喜悦の表情へと変わる。

「だが、貴様を殺して騎士ナイトの叙爵を受けるのだがな」

 刹那、男の姿が消える。

 ――否、遥か頭上に飛び上がったのだ。異形の跳躍力。2階の屋根ほどの高さはあろう。そこから石造りの天井を蹴り、勢いをつけて女に向けて飛びかかる。

黒鉄くろがねの蛇よ、喰らいつけ」

 女が空中の男に向けて人差し指を伸ばす。

 すると、じゃらりと乾いた音を立てて棺の鎖が動いた。それは五本の軌跡を引いて、男の四肢と腹とを刺し貫いた。鎖の先端には、蛇の顎門あぎとを思わせる歪な矢じりがついていたのだ。

「捕らえよ」

 鎖が蛇のごとくくねり、石畳に落ちた男の体を拘束する。常人であれば即死であろう傷を受けても、男は芋虫のように暴れて束縛から脱しようとしていた。

「<むくろの王>を知っているか?」

「知るか、離せ! 食い殺してやる!」

「奴隷では知らないか」

「奴隷ではないと何度言わせる!」

 女は小さくため息をつくと、棺の蓋を開いた。棺の中は純粋な黒に塗りつぶされていた。遠近感が感じられず、漆黒の平面にも見えれば、地獄まで続く穴のようにも見えた。

「飲み込め」

 再び鎖がじゃらりと動き、男は棺桶の中に引き込まれる。男は「やめろ」と何度も喚いたが、棺の蓋が閉まるとその声も聞こえなくなった。

「炎よ、煉獄より来たれ」

 蓋の僅かな隙間から、火蜥蜴の舌のように赤い炎が洩れる。小さな覗き窓の中は赤一色に染まっていた。

 女はそれを確認すると、倒れている少女に向かって歩きはじめる。脈を取ろうとしているのだろう、長身を屈め少女の首筋に手を伸ばす。

「かかったわね、葬儀人エンバー」

 少女から声がした。女の唇から血が垂れる。

 少女の右手から伸びた長い爪が、女の胸を背中まで貫通していた。

「まったく、お馬鹿さんですのね。噂の葬儀人とやらも。あの鎖も棺桶も、火葬中は使えないのでしょう?」

 少女の爪がぐりぐりと傷を抉る。肺も心臓もずたずただろう。

 始めから策略だったのだ。伝統に重きを置く吸血鬼という種族の中で、手柄による叙爵など滅多に行われることではない。あの男もまた騙されて捨て駒にされたのだろう。

 しかし、胸を刺されながらも女は立ち上がる、それに引き上げられる形で、少女も立ち上がる。少女はつま先立ちになって引き寄せられる。

「う、嘘……なんで……立てるの?」

 女の手が、少女の首に添えられる。

「<骸の王>を知っているか?」

「あなたは……一体……」

「知らないか」

 鈍い音と共に、少女の首は直角に曲がった。

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第1話 不死の葬儀人
 女は、鉄の棺を背負っていた。 大人の男がすっぽり入るであろう鉄製の棺を鎖で縛り、ズタ袋のように肩にかけている。一歩進むたびに棺の底が石畳に擦れ、石臼を挽くような音が響いた。 黒い外套を頭からすっぽり被った姿はさながら死神で、半ば闇に溶け込んでいる。フードから覗く顔は整っており、名匠の手になる彫刻のようでもある。しかし、静脈が透けるほどの白い肌からは生気を感じられない。冷たい湖の底で死蝋化した美女のような、そんな女だった。 女が歩いているのは、ところどころ苔の生えた石壁に、まばらにランタンが並ぶだけの狭い通路だ。石畳にこつこつと靴音を立てて歩いている。迷宮だ。迷宮都市メイズの地下に存在する広大な迷宮は、一攫千金を目指す冒険者と、それを狙う無数の魔物とで溢れている。 黒衣の女が歩む先には、男がいた。 男は赤い目を爛々と輝かせ、牙を剥いて威嚇した。チェックのベストを身に着けた商家風の服装をしているが、それが人間でないことはひと目で明らかだ。 男の足元には少女が倒れている。 ひらひらの飾り布がたっぷりとついた、仕立ての良い絹の服を着ている。長い金髪はよく手入れがされており、石畳に液体のように広がっていた。どこかの商家の箱入り娘を、人間に化けた吸血鬼が拐ってきたというあたりか。 女はおもむろに棺を正面に下ろす。重さに負けた石畳に、ばきりと罅が入った。「奴隷階級か」と女がつぶやき、「奴隷などではない。従者だ! 葬儀屋如きが!」と男が叫ぶ。 そして、その怒りに満ちた顔は、すぐに喜悦の表情へと変わる。「だが、貴様を殺して騎士の叙爵を受けるのだがな」 刹那、男の姿が消える。 ――否、遥か頭上に飛び上がったのだ。異形の跳躍力。2階の屋根ほどの高さはあろう。そこから石造りの天井を蹴り、勢いをつけて女に向けて飛びかかる。「黒鉄の蛇よ、喰らいつけ」 女が空中の男に向けて人差し指を伸ばす。 すると、じゃらりと乾いた音を立てて棺の鎖が動いた。それは五本の軌跡を引いて、男の四肢と腹とを刺し貫いた。鎖の先端には、蛇の顎門を思わせる歪な矢じりがついていたのだ。「捕らえよ」 鎖が蛇のごとくくねり、石畳に落ちた男の体を拘束する。常人であれば即死であろう傷を受けても
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第2話 死後に動く者は、不死者だけだ
 葬儀人エンバーは少女吸血鬼の火葬も終わらせた。 背にした鉄棺を石畳に引きずり、一歩ごとに石臼を挽く音を響かせながら、再び迷宮の通路を歩きはじめる。 泣き喚く声が、すすり泣く声が通路の先から聞こえてくる。 女は歩調を変えることなく声の方へと向かう。「起きてよ! 目を開けてよ、リック!」「やめなさい。我々にできることは、もはや彼の冥福を祈ることだけです」「嘘よ! あなた神官なんでしょう! 生き返らせてよ!」「私が知る限り、そんなお伽噺のような聖術は存在しません。冥界を渡った者の魂は、二度と現世に帰らないのです」 通路を曲がった先に、男の死体に縋って泣く女がいた。 男の死体は金属で補強をした革鎧で、女はもっと軽装だ。男は前衛の戦士で、女は斥候役なのだろう。死体に縋る女の横にはゆったりとしたローブを身にまとった男。こちらは魔術士だろう。 前衛、斥候、そして後衛の魔術士。迷宮浅層ではよくある組み合わせだ。 その周辺には切り傷や焼かれた跡のあるゴブリンの死体が数体転がっている。ゴブリンとは迷宮が生み出す魔物の一種だ。緑の肌に汚らしい疣を無数に生やし、背を丸めた小男のような姿をした怪物だ。人間から奪った武器を扱うこともある。一体一体は弱いが、群れをなすことで脅威となる。 ――いままさに、ここで一人の冒険者が亡骸を晒しているように。 ゴブリンの死体は輪郭を失いかけ、半透明になっている。これは斃されてから長い時間が経っていることを示していた。迷宮が生み出した魔物は、斃れると魔力に分解され迷宮に還元される。迷宮内で死体が残るのは、冒険者や外から侵入した魔物、動物の類だけだ。 エンバーは歩調を変えぬまま、そこへ行く。 近づく石臼の音に、斥候の女がいち早く気がついた。「何!? 葬儀屋!? あんたの出番じゃないわよ!」「我々はこれから、彼の遺骸を連れて地上へ戻るところです。彼を待つ妹や弟に、せめて最後のお別れをさせてやりたい」「そうじゃない! リックはまだ死んでない! 医者や神官が手当てをすれば目を覚ます!」 斥候と魔術士は、戦士の死体を守るように立った。斥候は短剣を、魔術士は杖をエンバーに向けている。石臼を挽く音が止まった。「死者は生き返らない」 墓場で吹く風のような声――エンバーだ。「だからリックは死んでない!」「死んでいる」
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第3話 仲間割れ
 迷宮の一角。宝箱の前で言い争いをする二人の冒険者がいた。「俺が命がけで罠を外したんだろうが! 俺の分け前を増やして当前だろ!」 ひとりは柔らかく鞣した革鎧の男。武器は腰に差した短剣のみで、斥候役と思われた。迷宮において斥候は、宝箱に仕掛けられた罠の解除を担う。「何を言ってやがる! 俺が魔物の相手をしなけりゃ、てめえなんざ一層でお陀仏だろうが!」 ひとりは鉄兜に鎖帷子、細身の大剣を背負っている。これは前衛の戦士だろう。戦士は一団の先頭に立ち、襲いくる魔物を撃退する役割を担う。 迷宮はその深度によって第一層、第二層などと区切られている。といって、階段をひとつ降りたら次の階層……という風にわかりやすい定義があるわけではない。そもそも迷宮の中には登り坂も下り坂もあり、階段はいくつもあって長さもまちまちだ。 迷宮の階層とは、冒険者たちが探索の難易度に合わせて慣習的に呼び習わすようになったものだ。階層が深くなればなるほど危険度が高まるが、それに見合って期待できる報酬も高まる。 そしてここは第三層であり、迷宮探索に慣れたベテランが主に稼ぎ場としている。戦士の男の言う通り、斥候一人で探索できる場所ではない。かといって、ここまで来ると仕掛けられた罠の危険度も高まる。戦士一人では、宝箱に手をかけるまでもなく途中で罠にかかって死んでいただろう。「最初っからの取り決めだろうが。戦士の俺が7、薄汚え盗賊上がりのてめえが3。札付きのてめえを拾ってやった恩を忘れやがったのか」「けっ、古い話をいつまでも恩着せがましく。何も俺に全部寄越せって言ってるわけじゃねえ。せめて半々にしやがれっつってんだよ」「はっ、俺が拾ってやらなきゃ野垂れ死にしてた犬畜生が。生意気に人間扱いしてもらおうとしてんじゃねえぞ」「いつまでも舐めてんじゃねえぞ、コラァ!」 盗賊が短剣を抜いた。その目は獣のようにぎらぎらと光っていた。「へえ、やろうってのか。おもしれぇ。俺もいいかげんてめえにはうんざりしてたんだ。ここでぶっ殺して、もっと腕のマシな斥候を雇うぜ」 戦士が大剣を抜いた。太い針のような長い刀身。エストックと呼ばれる刺突に特化した剣だ。迷宮を深く潜るほどに魔物も強力になり、アーマーリザードやロックトロールなどの硬い外皮を持った魔物が出現する。こうした魔物に対抗するために、刺突に特
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第4話 親子
「よう、葬儀屋。ひさびさだな」 迷宮の出口に向かうエンバーに声をかける男がいた。 樽のように太い矮躯。ドワーフだろう。短く刈った髪は黒々として、その下の眉も黒々と太い。目尻には深い皺がいくつも刻まれているが、その瞳に宿る力に衰えは感じられない。鼻から下はうねった髭で覆われていた。 土埃で汚れた外套の中は使い込んだ革鎧で、ところどころが金属板や鋲で補強されている。背嚢にくくりつけられた小楯も戦斧も、傷だらけだがよく手入れされていることがわかる。「<岩石砕き>のゴゴロガだ。おぼえているか?」 エンバーは無言で足を進める。「ははっ、相変わらずだな。お前さんが地上に帰してくれた、俺の息子についても忘れたか?」 エンバーは足を止め、ゴゴロガと名乗る顔を改めて見る。「お、少しはおぼえがあったか? 息子は俺とそっくりだったからなあ。まあ、立ち話もなんだ。座れや」 ゴゴロガは酒瓶を振り、壁を背にして石畳に腰を下ろした。薄い金属板を組み合わせた折りたたみ式のコンロを取り出し、炭を入れて火をつける。網の上に干し肉が並べられ、香ばしい匂いが漂った。 エンバーも棺を脇に置き、コンロを挟んでゴゴロガの向かいに腰を下ろす。「こいつぁ墓前に供えようと持ってきた秘蔵っ子なんだがなあ。死人にゃ飲めねえ。もったいねえからあんたと空けちまおうと気が変わってな」 ゴゴロガは木の杯に酒を注ぎ、エンバーに差し出す。エンバーをそれを受け取り、眉ひとつ動かさずに飲み干した。「へっ、やるじゃねえか。特級の火酒にアカハリツキダケを何年も漬け込んだもんなんだが……。ヒュームなら一杯で目を回す代物なんだが、あんたはなんともないんだな」 ゴゴロガは空いた杯に酒を注ぐ。「俺が足を洗って二十年は経つが……あんたは何にも変わらねえんだなあ。俺の方はすっかり変わっちまったってのに」 ゴゴロガは自分の杯を空け、炙った干し肉をかじる。「息子はなあ……顔だけじゃなく、中身まで俺に似ちまったんだ。十五歳の誕生日に冒険者になるっつって家を飛び出してな。居酒屋の跡継ぎなんてつまらねえって言うんだ。俺が冒険者稼業で必死こいて稼いだ金でやっと構えた店なんだがなあ。俺と同じで、与えられるものはつまらねえと感じちまうタチだったみてえだ」 エンバーも、差し出された干し肉を噛みちぎる。「俺と息子が違っ
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第5話 エッセレシア聖光教会退魔庁不死者対策省メイズ分局
 迷宮での仕事を切り上げたエンバーは地上に戻った。 行く先はメイズの西街区にある煉瓦造りの二階建てだ。それには『エッセレシア聖光教会退魔庁不死者対策省メイズ分局』と小さい文字がぎっしりと書かれた表札がかかっていた。だが、この長すぎる正式名称で呼ぶ物はおらず、部外者どころか関係者さえも、ただ「葬儀屋」と呼んでいる。「おつかれさん。首尾はどうだった?」 ドアを開けたエンバーを出迎えたのは、デスクでパイプを咥える壮年の男だった。 分局長のサイラスだ。白髪混じりの短髪で、最近は顎髭にも白いものが混じり始めている。襟付きの白シャツにベスト、両手にはインクの汚れを防ぐための腕抜きという、聖職者と言うよりも商家の事務員という雰囲気だ。「吸血鬼が2匹。あとは忘れた。それから胸に穴が空いた」「忘れたってな……報告書を書く身にもなってくれ。って、胸に穴って大丈夫か?」 「服が破れた。新しい服をもらう」「そうじゃなくてな……」 エンバーは黒い外套を脱ぐと、血で汚れたそれを丸めてゴミ箱に突っ込んだ。フードに隠されていた背中まで伸びる銀髪が、オイルランプの灯りを反射して妖しくきらめく。続けてシャツまで脱ごうとするのを、サイラスが慌てて止めた。「一応、女のなりをしているんだ。少しは気を使え」「私は気にしない」「こっちが気にするんだよ……。それに、新人に悪影響があるだろ」「新人?」 エンバーは問い返す。 この都市での不死者対策はエンバーだけで足りている。何しろ怪我とも疲れとも無縁で、睡眠すら不要なのだ。ひとりで何人分もの仕事ができる。新人が配属されることなどもう十年以上もないことだった。「本店からの通達で、明日から研修生が配属されるんだとさ。ぜひメイズ分局でって申し出たらしい」「なぜ?」「まあ、十中八九お前さんが理由だろ。不死人駆除の実績じゃ、お前がダントツなんだから」「私には関係ない」 サイラスは白髪頭をぼりぼりとかく。「そうじゃない、話を聞いていなかったのか? お前が原因なんだよ。研修生の指導はお前にやってほしいって言われるに決まってるじゃねえか」「面倒だな」「面倒でも仕方がねえだろ。反対派のスパイかもしれんから、接し方には気をつけるんだぞ。まずは着替えは更衣室でやれ。服の在庫はまだあったろ」 根本的に、不死者は教会の――いや、人類の敵だ。ゾ
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第6話 地上業務
 長身のエンバーの横を、アイラが時々小走りになりながらついていく。 棺を背負い黒い外套を頭から被った女と、白い神官服に身を包み赤い髪を揺らす少女が並んで歩く様子はなんともアンバランスだった。「あの、どこに向かっているんですか?」「南門だ」「南門? ああ、城壁の外に出るんですね」 アイラの質問に、エンバーは最小限の言葉で返す。 迷宮都市の中心街は高い城壁で囲まれている。元々存在していた遺跡を利用して築いたものだ。城壁の内側には領主の館を始め、教会や古くから暮らす市民たちの住宅などがある。 エンバーとアイラは城門をくぐって外に出た。 門番は誰何するまでもなく素通しだ。門番がエンバーを見知っているというのもあるが、そもそも門番はあからさまに怪しい人物や、入市税の対象となる荷馬車を伴う商人にしか声をかけない。「ここを見回る」「はいっ!」 城門から伸びる街道の両脇には、粗末な作りの家々が立ち並んでいる。素材は木、布、獣皮など様々だ。石や煉瓦で作られた城壁内の建物と比べれば、家とも呼べない小屋以下の代物ばかりだった。 そんな家もどきに挟まれた路地は舗装されておらず凹凸も多い。曲がりくねっており、しばしば分かれ道や行き止まりに行き当たる。道に沿って家が作られているのではなく、家々の隙間がたまたま道として使われているのだ。 迷宮に眠る遺物や財宝に惹かれた冒険者たちが各地から集まり、勝手に住み着いた結果がこれだ。市民税を払えるほど成功する冒険者はほんの一握りで、それ以外は城壁の外に居を構えている。 一歩ごとに土埃が舞う道を進んでいると、エンバーが突然足を止めた。立ち止まったまま、灰色の瞳を一呼吸ほどの間だけ閉じる。そして、ある小屋に目を向けた。「エンバーさん、どうしたんですか?」「あった」 エンバーが玄関戸の代わりらしい布をめくり上げると、薄く饐えた臭いが溢れ出た。エンバーは傍らに棺桶を置くいて小屋に入る。アイラは鼻を押さえながらそれに続いた。すると、中には襤褸をまとった中年の男が倒れていた。「たいへん! 人が倒れてますよ!」「死体だ」 エンバーは外套の懐から瓶入りの聖水と財布を取り出す。聖水を死体の全身に振りかけ、それから男の口に銀貨を1枚含ませた。男の口から黒い蝿が数匹飛び立つ。「死霊を払う簡易儀式ですね! 不死者化を防止す
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第7話 アイラ、空を舞う
「あの、エンバーさんは本当に不死者なんですか?」「不死者だ」 教会近くにある広場の一角。エンバーとアイラはベンチに座っていた。そこで何をしているのかと言えば、屋台で買った食事を食べていたのだ。「あの、美味しいんですか? っていうか味覚あるんですか?」「味はわかる」 腸詰め肉を挟んだパンを機械的に咀嚼するエンバーが、アイラにはよくわからない。もちろん不死者でも食事……というか餌を取るものは多い。ゾンビは生きた人肉を好み、グールは腐った人肉を好む。そして吸血鬼は人血を好む。 吸血鬼でも貴族階級は人間の貴族がするような高級な料理を味わうこともあるという。しかし、それはあくまでも余興だ。人間のように食事をする不死者をアイラは見たことも聞いたこともなかった。今日、このときまでは。「ちなみに、食事をしないとどうなるんですか?」「どうにもならない」「なら、なぜ食事をするんですか?」「サイラスがそうしろと言った」 エンバーが不死者であることは教会だけの秘密だ。普通の人間に偽装するために、三度の食事をするようサイラスが命じたのだろう。 ところで、人間なら食べたくなるのですか――と尋ねたい気持ちをアイラはぐっと堪える。食事はできるし味もわかるが、必須というわけでもない。それだけの情報が得られただけでもよしとしなければ。「行く」「はっ、はい!」 パンを食べ終えたエンバーは棺を担いで歩き始めた。まだ半分も食べ終えていなかったアイラは、残りを慌てて詰め込んでから追いかけた。まだ半日もしていないのに慌ててばかりだ、とアイラは内心でため息をついた。 北門を出ると、粗末な小屋が雑草のごとく立ち並ぶ光景が広がっている。南門と同じだ。違ったのは、エンバーの歩調だ。南門の時よりもやや急ぎ足になっている。おかげでアイラは小走りにならなければならなかった。「何かあったんですか?」「不死者だ」「えっ!?」 アイラの表情が引き締まる。不死者対策省の主な業務は不死者発生の防止と、発生後の速やかな駆除だ。不死者には犠牲者を、同じく不死者にする性質を持つものが多い。ねずみ算的に増殖するため、発生防止と発生後では緊急度がまるで異なるのだ。「私、もっと速く走れま――えっ!?」「跳ぶ」 次の瞬間、アイラが感じたのは全身を縛られる感触。次に猛烈な速度で上に引っ張ら
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第8話 アイラ、遺書を書く
 ゾンビ――それは最下級の不死者でありながら、最大級の危険性を併せ持つ不死者だ。弔われぬ死体に低級の死霊が取り憑くことによって生じるそれは、同族の生者を激しく憎む。温かい肉、流れる血に嫉妬し、襲いかかる。そして被害者もまたゾンビとなるのだ。 一体一体はさほど強力ではない。力こそ強いが動きは鈍重で、闇雲に襲いかかるだけで何の技術も知恵もない。心得のある者ならば一方的に斬り伏せられるだろう。生命力(という表現は正確ではないが)は強いが、手足を潰してしまえばほぼ無力化できる。 だが、一度群れを成してしまった場合は異なる。死を恐れず、生者への憎しみだけで動くゾンビの大群は、軍隊や高位聖職者からなる討伐隊でもなければ対応不能だ。記録には数千人規模の小都市が丸々ゾンビに滅ぼされてしまった事例もある。 アイラは事務室でひとり、神学校で学んだゾンビについての知識を反芻していた。 捕らえた男と少女のゾンビは尋問室だ。自分も同席すると言ったのだが、サイラスから「新人さんにはまだ怖がられたくないんでね」と拒否された。ぞっとするほど冷たい目だった。「ふう、思ったよりも素直に吐いてくれたな」「<骸の王>は知らなかった」「あんな下っ端は知らんだろう。本命は元締めの方だって言ってんじゃねえか」 尋問室から戻ってきたサイラスの目は、元の柔和なものに戻っていた。席に座り、パイプに火を付けて一服吹かす。「情報は掴めた。名前こそ知らなかったが、どこぞの貴族の使いとやらからの依頼だそうだ。ゾンビを高値で買い取る約束だったらしい」「女の子の方は?」「ゾンビか。街に来たばかりの駆け出し冒険者を騙し討ちして、ゾンビになるまで隠していたそうだ。持ち物は売り払われていて、身元を掴むのは無理だろうな」「そんな……」 アイラは絶句する。金のために他者を殺し、ゾンビになるまで隠すような人間が存在するなど考えたこともなかったのだ。「取引は今夜八つ刻に郊外の廃屋で行われるそうだ。あの男の他にも依頼を受けてゾンビを隠している冒険者たちもいるだろう。そして元締めは死霊術師か、死霊術を操る高位の不死者か。いずれにせよ新人には危険すぎる――」「私も行きます!」 サイラスの言葉を遮って、アイラは叫んだ。「不死者対策省に志願したのは、不死者と戦うためです! 危険だからと逃げてしまって
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第9話 アイラ、ゾンビになる
 八つ刻の少し前。アイラとサイラスは郊外の廃屋を訪れていた。 もともとは貴族か商人の別荘だったのだろう。庭が広く取られ、煉瓦造りの建屋は三階建ての立派なものだ。しかし、放棄されて長いのか、屋根にはところどころ亀裂が入り、壁には無数の蔦が這っていた。「いらっしゃいませ。主からの依頼を受けてくださった冒険者様ですかな?」「ああ、そうだ」 赤錆だらけの格子門をくぐると、執事服の痩せた男がどこからともなく姿を表した。その顔はのっぺりとしていて、笑顔の形になっているが目に感情はない。人形のような男だった。 サイラスは薄汚れた革鎧を身に着け、胡麻塩頭をインクで染めて冒険者に変装している。そしてアイラは――「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛……あ゛あ゛あ゛あ゛……」「これは新鮮なゾンビですな。ささ、奥へとどうぞ」「こいつはそのまま連れてきゃいいのかい?」「へへ、お願い致します。主から挨拶がございますので、屋敷でお待ちを」 アイラはゾンビの変装をしていた。昼間の少女ゾンビをそのまま使う手もあったのかもしれないが、どんな理由があろうとも死者を冒涜するわけにはいかない。そんなことをすればアイラたちが討伐する死霊術師と同類に堕ちてしまう。「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛……あ゛あ゛あ゛あ゛……」 アイラは渾身でゾンビの演技をしながら、腰縄を引かれるままにふらふらと歩く。口には猿ぐつわがされ、腕は荒縄で後ろ手に縛られているが、あくまでもふりだ。少し力を込めれば結び目が解けるように細工がしてある。 屋敷の扉は分厚い樫で作られており、打ち捨てられた歳月を感じさせないものだった。一方で蝶番はそうもいかなかったようで、執事が押し開けるとぎしぎしと不愉快な音で軋んだ。 中は広間になっており、一度に百人は集まって宴会ができそうだ。左手には階段があり、そこから広間を見下ろす中二階へと通じている。広間にはすでに数十の冒険者が集まっていた。彼らが捕えてきたのだろう縄に繋がれたゾンビと共に。 執事もひとりではなかったようで、広間のあちこちに姿が見える。どれも特徴のない顔つきに感情のない笑みを貼り付けている。(これは予想以上に大規模ですね……)(ああ、こりゃ親玉もよほどの大物だろう) 小声で尋ねるアイラに、サイラスが渋い顔で応じる。 取引の規模も黒幕の正体もわからなかったため、変装し
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第10話 ワイトで気をつけることは?
「エンバー! その道化は任せた! 絶対に取り逃すな!」 サイラスの叫びに、エンバーは視線すら寄越さず窓枠から中二階に飛ぶ。道化師のいる辺りだ。「はあ……知ってはいたが冷たいこって。おい、新人。1階は俺たちの受け持ちだぞ」 サイラスはパイプを咥え、ため息とともに紫煙を吐いた。「煙草なんて吸ってる場合ですか!」 アイラは荒縄を解いて懐から武器を取り出す。三本の棒を鎖で繋いだそれは三節棍。祝福を受けた聖銀を練り込み、不死者に対して強力な効果を発揮するものだった。 アイラはそれを振るい、押し寄せるワイトたちの脛や膝を打つ。黄燐の火が飛び散り、打たれたワイトは呻きながら床に倒れる。不死者の生命力は強い。一撃必殺は狙わず、まずは機動力を奪うのが対不死者戦の基本だ。「教本の復習だ。ワイトで気をつけることは?」「黄色い炎に触れないこと!」 アイラの三節棍がまたひとりのワイトを打ちのめす。中年の女だった。彼女もまた冒険者に騙されてゾンビにされたものだろうか。「正解だ。生命素を吸い尽くされたら俺たちまでワイトの仲間入りだぞ!」 サイラスは胸いっぱいに吸い込んだ煙を吐き出す。紫煙が周囲に広がる。煙に触れた黄燐の火がゆらめき勢いを減じる。「この匂いは退魔香!?」「ああ、俺は<祝福技師>でな。こういう小細工で戦うんだよ!」 サイラスの手から宝石の粒が放たれる。それは執事服をまとったワイトの額に命中し爆発。頭部を失ったワイトが、首からどす黒い血を噴き上げながら崩れ落ちる。「ならば私は従士として前衛に立ちます!」「従士? ……いや、そんな場合じゃねえか。お言葉に甘えて、俺は支援に集中させてもらうよ」 サイラスが懐から瓶を抜き放ち、中身をアイラにぶち撒ける。<身体強化>の秘術が込められた聖水だ。アイラは身体が羽毛のように軽くなるのを感じる。 三節棍が竜巻のごとく振るわれ、彼らを囲むワイトの脛を、膝を、腕を、頭を打ち据える。命中した箇所からは燐火が失われ、明らかに動きが鈍くなる。 だが、敵の圧力は減らない。 数え切れてはいなかったが、広間にはゾンビ、執事、そして冒険者で百人近い者たちがいたのだ。それらすべてがワイトになったとして、数体を倒したところで形勢が変わりようがないのだ。「退がれ! 壁を背にするぞ!」 背後で爆発音。 サイラスが先程の宝石――火霊
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