Mag-log in「おや、王妃様。貴女もラカン進軍の伝令をお聞きになったでしょう? ケルメス様はラカン進軍を予期されていました。敵襲さえ予期出来ぬ王など、民を危険に晒すだけ。民がどちらを支持するかなど、聞かずとも分かる事でございましょう」
良く喋る。
これは オルタナは
「それを僕達に聞かせると言う事は、ここから出す気がないと言う事でしょうか?」
「ははっ、出た所で王陛下や特警はモリガンから生きては戻らぬでしょう」
「どういう意味です?」
「言葉通りですよ。でも心配はいりません。すぐに新しい王がこの国を正しく導いてくれます」
そう言って喋る護衛は覆面の下で卑下た笑い声を吐く。
新しい王――?
ケルメスは現王を殺して自分が王位に就くつもりなのか?
ここまで来るとこの五人の中にア
大聖堂へと連れて行かれるオルタナ達を馬車に乗せ、ケルメスはそちらへ付かせる護衛達に何か指示を出している様だった。 ノチホド ソチラニ ムカイマス ? ケルメスの唇を読みながらアラベルとオブライアンは顔を見合わせる。 潜入できたは良いがまだ何の証拠も手に入れられていない。 公爵から言われているのは種芥子に関する証拠とラカンとの繋がりに関する証拠を押さえる事。 だがこの爺はアステール河を視察すると言う大公妃の最初の目的を果たした後、すぐにオルタナ達を別行動させるつもりらしい。 もう少し一緒に動ける見込みだった所を、早々に窮地に追い込まれてしまった。 王妃とオルタナの安否が分からない状態では、動き辛い事この上ない。 ケルメスは大公妃と大人の話をする為に礼拝堂に行くつもりらしいが、多分そこにはこちらが欲しい情報は何もないだろう。 兎に角、この爺を引き離さなければ動きようがない。「なぁにしてんだい、あんた達」 ひっそりとそう声を掛けて来たのはドーラだった。「……何で分かんだよ」 アラベルは周りに聞こえない様に声を落としてそう答えた。「見りゃ分るわ。私を誰だと思ってんだい」「って言うか、バレちゃいけねぇヤツだわ」「あの爺の脳みそは鳥の糞だからね。気付いちゃいないだろうさ」 相変わらず口が悪い。「そっちのも、えらく懐かしい顔じゃないか」 ドーラは変装しているはずのオブライアンにそう問いかけた。「久しいですね。オピ」「まだ引退してなかったのかい、オブ」「……知り合いなのかよ」「「同胞だ」」 そう言われてアラベルは、あぁなるほど、と納得した。 βの癖に何でも出来ると噂の元王妃の専
「おや、王妃様。貴女もラカン進軍の伝令をお聞きになったでしょう? ケルメス様はラカン進軍を予期されていました。敵襲さえ予期出来ぬ王など、民を危険に晒すだけ。民がどちらを支持するかなど、聞かずとも分かる事でございましょう」 良く喋る。 これは重畳。 オルタナは昂る王妃をもう一度庇う様に、一歩前へと進み出る。「それを僕達に聞かせると言う事は、ここから出す気がないと言う事でしょうか?」「ははっ、出た所で王陛下や特警はモリガンから生きては戻らぬでしょう」「どういう意味です?」「言葉通りですよ。でも心配はいりません。すぐに新しい王がこの国を正しく導いてくれます」 そう言って喋る護衛は覆面の下で卑下た笑い声を吐く。 新しい王――? ケルメスは現王を殺して自分が王位に就くつもりなのか? ここまで来るとこの五人の中にアラベルもオブライアンもいないと考えた方が良いだろう。 やっぱり王妃だけでも逃がすべきだったのか。 逃げる選択をしなかった事が、最悪の結果を招いているように思えた。 次の言葉を探していると、また地鳴りのような音が聞こえて来る。 入って来た石戸の絡繰りが動いている音だ。「あぁ、来られたようです」 喋る護衛の視線が、入口へと向けられた。 ゆっくりと開いた扉の向こうには、ケルメスと若くて体格のいい黒髪の青年が立っている。 誰だ? 何だか、その青年に既視感を覚える――。 そしてオルタナは彼を見て思い当たり、思考が一時停止した。 護衛達はその黒髪の青年に片膝をついて首を垂れ、礼を尽くす。「ダリス、王妃様を連れて出なさい」「え?」「この部屋にその子供は必要ありません」
ゴトリと大きな音を立てて馬車が止まる。 護衛の一人が扉を開けて降りる様促された。「ここはどこ? 大聖堂へ行くのではなかったの?」 王妃のその問いに、誰も答えようとしない。 顔の見えない護衛達に取り囲まれて、オルタナは思考をフル回転させた。 マズい。 このまま行くと背後に見えている滝壺へと転落させられるか、斬り捨てられた所で誰にも助けて貰えずに息絶えて死ぬだろう。「どういう事ですか? 大司教様は大聖堂へお連れしろと……」 ダリスも同じ様に焦っている様だった。「こちらから大聖堂へ入って頂きます」 護衛の一人が初めて喋った。 彼が差した指の先には、洞に扉を付けた様な入り口が見えている。 正面から入らない所がもう既に怪しい。 だが、ここで暴れたり隙を作って逃げても、こちらはΩが二人もいる上に王妃はドレスを着ている。 走って逃げるにも限界があるし、唯一αであるダリスはまだ杖を突いていて宛てにはならない。 オルタナは苦し紛れに公爵邸を出る時に持たされたハンカチを、護衛に見つからない様に叢へと落とした。 運が良ければ誰かに見つけて貰えるかもしれない。「行こう、ラティ」「オルティ?」「今ここで逃げても成功率は低い」「……分かったわ」「ダリス」「はい」「君の優先順位は僕じゃなくてラチア様だ。絶対、それだけは違えないで」「……かしこまりました」 ナタリスは“サリバン公爵の番”は、公爵との交渉材料になると言っていた。 なら、自分が殺される確率はほんの僅かだが王妃より低く見積もっても良いだろう。 それに、ケルメスは夜会で王陛下に王妃に何かあれば責を負うのはお前だと釘を刺されていた。 殺そうとするだろうか?
「その節は、大変ご無礼を……」「ファージ様……」「ナタリス様、及びサリバン公爵の命で数日前よりこちらに」「そ、そうでしたか……」「お前が人間辞めた方ね」「はい、王妃様。私めの事は犬とでも思って頂ければ……」 あの口が悪くて激情家だったダリス・ファージがまるで別人の様だった。 平民平民と見下していたのに、遜って喋る様は違和感しかない。「良いわ。お前の事は許さないけど、お前の飼い主は信用に値する。でも、私の友をもう一度傷つけたら、今度は私が死ぬより辛い罰を与えてあげるわ」 さっきまで王陛下のモリガン進軍の話で心ここに非ずだった王妃が、いつもの調子に戻っていた。「御意」「ラティ……僕はもう、気にしてないよ。ファージ様もナタリス様に色々とお仕置き? されたみたいだし……」「いいえ、オルティが良くても私が許さないわ! αだからと言ってΩを組み敷いて蔑むなんて、人間辞めさせられて当然なんだから!」「ちょ、落ち着いて……ラティ……」 クスニューの森でのダリスを知っているオルタナからしてみたら、覇気のない自分を犬だと言うダリスが可哀想に見えていた。 ナタリスに何をされたかは知らないが、あの短時間でこの従順さと言うのは信じ難い姿でもある。「他の潜入班の人達も、無事に入れたのかな……?」「オルタナ様、お気付きではなかったのですか? さっきのあの場に全員揃っていましたが……」「えっ? さっきって、あの河岸に?」「はい。あぁ、でも一人赤毛の彼だけは、別行動しているはずです」「そうなんだ……」 と言う事はあの覆面を被った護衛の中に、アラベルとオブライアンがいると言う事になる。 もしかしたら付いて来ている五人の中に、どちらかがいるのかもしれない。「これから行く大聖堂では“神の宴”が行われる他、ドラコン
祖母が古代語を使う時は誰にも知られてはいけない事を話す時だけ。 冷たい神殿と言うのが何の事かは分からなかった。 けれど、そこに何かがあると言う事なのだろう。 薬草と土の匂いの混じった懐かしい祖母の香りに、ずっとそうしていたくなる名残惜しさを感じた。 オルタナは祖母の腰に回した自分の両手にグッと力を入れた。「良い事をした後は気分が良いですね。ですが、このような穢れた場所に銀の君を長居させる訳にも行きません。後程また時間を取って差し上げますから、移動しましょう」 ケルメスはそう言うと、大公妃を馬車へと促す。 穢れた場所――。 そんな場所でたった一人、瓦礫を集め流木を拾い、まるで奴隷の様な扱いを受けている祖母を目の前にして良くもそんな事を! 良い事だと⁉ 殺そうとしておいてよくも! 祖母を抱きしめた腕が震える。 あの爺だけは絶対に許さない。「すぐ挑発されるんじゃぁないよ、お馬鹿さん」「あいつ、嫌いだ……」「自分より強い相手には、どうするんだった? ん?」「ちゃんと観察……いっぱい喋らす」「そうだよ。出来るだろ? お前は私の自慢の孫だからね」「ん……」 腕を解いた祖母が、頭をワシワシと雑に撫でる。 名残惜しくも祖母の体を離して、馬車へ戻ろうとした所に早馬が駆け込んで来た。「伝令――! 伝令――ッ!」 そう叫んだ馬上の男に、全員が振り返る。「モリガン国境地帯にラカン軍の進軍を確認! 国王陛下指揮の下、国軍が防衛戦に参加するとの事!」「何とっ! 陛下自ら挙兵なさるとは……」 そう零した大
そんな話をしている内に、ゴトンと大きな音を立てて馬車が止まる。 馬車は荒廃した河岸に停められ、決壊した河の周りには瓦礫や流木が散乱している。 緩くU字を描く河の畔は、荒ぶった河の水が濁流となって押し寄せただろう傷跡がありありと残されていた。 それは古く乾いた形跡ではなく、じっとりとした湿度を持って新しい爪痕をまざまざと見せつけて来る。 全く手付かずのままにされているその場所には流された民家が壊れた玩具のように崩れ、住んでいる人の気配は感じられない。 だが、辛うじて根を保っている折れた古木の傍に佇む人影に気付いて、オルタナは目を見張る。 白いローブを着たその小さな人影が誰なのか、目を凝らさなくても分かる。 婆ちゃん――――! 会いたくてたまらなかった。 なのに、いざ目の前に姿が見えるとどうして良いのか分らない。 ガチャリと馬車の扉が開かれ、降りるように促される。 オルタナは馬車の踏み台を踏む足が、震えている様でグッと片手を握りしめた。「何と酷い……」 河岸の状況を見た大公妃が扇子で隠した口元で一言そう呟いた。「先日の嵐でまた一部決壊しまして。もう手が付けられぬ状況なのです」「民に影響はなかったのですか?」「この辺りに住む者はもうおりませんし、予言は区民にも伝えてありましたから、人的被害はありません」 大公妃の問いにケルメスがドヤ顔でそう答える。 予言――? ケルメスにも祖母の様な自然の理に精通する知識があるのだろうか。 サリバン家の別荘でアラベルの話を聞いた時、ケルメスはバカではありませんと、ウケイが言っていた。 夜葡萄や原初のΩの事を知っているならある程度、古文書が読めるのかもしれない。 おもむろに傍にいた護衛が「ドーラ! こちらへ来なさい!」と声を張る。 木陰に
「モリガン大佐に頼まれていたのは、ただの香辛料で……」「それが、悪用されたようだ」「あ、くよ……う?」「適量を守ればただの香辛料も、摂取量を間違えれば毒になる。彼らが死ぬ前に飲んだ酒には大量の香辛料が混入されていた」「ま、さか……大佐が……? 嘘だ……」「まだ、真相は分からん。だが、こんな分かりやすい方法で六人も害したとなれば、お前は犯人に仕立てられたんだろうよ」
祖母は顔の上半分が薬草に被れて、まるで火傷の痕の様に爛れている。 その見た目から祖母は魔女ドーラと揶揄されていた。「あぁ、いや違う。気を悪くするな。彼女は栗毛で肌も小麦の様だった。お前は銀髪に白い肌をしているから、こんなに違うものかと……」「そ、祖母に会ったことがあるんですかっ?」「あぁ、一度だけ。モリガン伯が薬物兵器を研究していた者を監禁していると聞いて、見に行った」「そう、ですか……」
今からでも逃げるか……いや、無理だ。 少なくともローブの男と大柄なノエルと呼ばれていた男は間違いなくαだろう。 ミレーと呼ばれていたもう一人は女性だったが、纏う雰囲気がもう凡人のそれではない。 間違いない、全員αだ。 詰んだ。 でも、どこかで逃げなければ、このまま監獄にでも入れられたら、本当に人生が詰む。 ドーン王国では魔女狩りと称して薬師が大量に殺された時代があった。 当時の王が薬師に王妃を殺されたとして、国中の薬師を虐殺したのがキッカケだったとか。 そのせいでドーン王国は他国に比べ薬学が廃れて久しい。 現王レイモンドは積極的に他国からの薬も輸入し、自国の薬師を増やす政
ベルの花が鳴く頃、モリガン区の雪も少し解け始める。 雪原から顔を出した青白いベルの花は、リンリンと鳴いて春を告げるのだ。 そんな北の果てに不穏な噂が流れていた。「王都じゃ余計に死人が出たってさ」「ここじゃ当たり前だが、去年は寒かったからねぇ」「何でも王都じゃ病で死んだ者は、教会で死体を燃やすんだと」「罪も犯してないのに病で苦しんだ挙句、体を焼かれるなんて酷い話じゃないか」「王様も教会には強く言えないんだろうさ」「サンノ国から来られた王妃