All Chapters of 碓氷先生、奥様はもう戻らないと: Chapter 1681 - Chapter 1690

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第1681話

そう言われ、安人は一瞬言葉を失った。でも、桜は手を伸ばして安人の首に回した。「ねえ、安人、約束しようか?」安人は、彼女の瞳に再び笑みが宿るのを見て、かすかに口角を上げた。「言ってみろ」「3年。3年のうちに必ず主演女優賞をとって、確かな成功を収めるの。そして授賞式に、みんなの前で、あなたにプロポーズする!」安人はきょとんとした。「本気か?」桜は首を傾げ、安人の反応をうかがった。「私が賞を取れると思わないの?」「そんなわけないだろ」安人は彼女の目を見つめた。「俺が言いたいのは、本当に授賞式で俺にプロポーズするつもりかってことだ」桜はぱちぱちと瞬きをした。「だめ?」安人は指先で彼女の鼻先をツンとついた。「桜、その度胸があるならな、俺は楽しみにしてるよ」「絶対に主演女優賞を取るんだから、それくらいの度胸はあるわよ」桜はいたずらっぽく笑った。「でも、意外だな。私が大口を叩いたのに、まず私の実力を疑わずに信じてくれるのね」「言っただろ、俺は自分の目に自信があるって」安人は彼女の後ろ首に手のひらを当てた。「桜、自信を持て。自分にも、俺にも。いいな?」その言葉に、桜は訳もなく目頭が熱くなった。「うん!」……食事を終えて少し休むと、桜はヨガウェアに着替えに行った。安人はリビングのソファで仕事をしていて、桜はその隣で体を動かしていた。時々、安人は真剣にトレーニングしている彼女に視線を向けた。すると、ちょうど桜はストレッチをしていた。うつむくと、体にフィットしたヨガウェアが彼女の完璧なボディラインを際立たせていた。それを見て、安人の視線は少し深くなった。だが、桜は気づかず、夢中になっていた。そして、一通りのトレーニングを終え、ふと顔を上げると、不意に安人の深い眼差しと目が合った。桜は動きを止めた。「どうしたの?」安人は咳払いをして、視線をパソコンに戻した。「汗をかいたら、すぐシャワーを浴びなよ」そう言う彼の落ち着いた声は、少し掠れていた。そして、彼の喉仏はかすかに動いた。一方、桜は起き上がると、そばにあったタオルで汗を拭って言った。「わかってる」そして、安人も最後の一文字を打ち終えると、ノートパソコンを閉じた。目線を向けると、桜はミニバーの方へ行き、水を飲んでいた。彼女が一杯飲み干
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第1682話

それに、彼の怒り方って、なんだか歯がゆそう。まるで自分の子がケンカに負けて、しょんぼり帰ってきたのを見てるみたい。「分かってる。私もこのままにするつもりはないわ」桜は言った。「でも、公演はもうすぐなの。劇団のみんなも先生も、何か月もかけて準備してきた舞台だから。こんな大事な時期に、私と咲希さんの個人的なことでスキャンダルになったりして、劇団に迷惑はかけたくない。演劇の世界は、芸能界とは違うの。みんな本当に大変な思いをして頑張ってるんだから!」安人は桜の言葉を聞いて、小さくため息をついた。「君はいつも物分かりが良すぎるんだ、桜。それは良くない。一人で感情を抱え込んで、疲れちゃうだけだ」桜は彼の前に歩み寄り、しゃがみ込んだ。そして安人の手を取って、自分の頬にそっとあてる。「ちゃんとやり返すから。ううん、あなたがやり返して。でも、公演には影響が出ないようにしてね。先生や先輩たちに迷惑がかからないようにお願い」すると、安人は仕方なさそうにため息をついた。「いいかい、これからは嫌なことがあったらすぐに言うんだぞ。我慢するな」「わかった!」桜は力強くうなずいて、安人ににっこり笑いかけた。その角度からちょうど彼女のしなやかな体のラインが見えて、安人はまたごくりと喉を鳴らした。次の瞬間、桜は急に視界がぐるりと回るのを感じた。安人は彼女を横抱きに抱え上げた。「お風呂の時間だ。手伝ってやる」桜は一瞬黙ったあと言った。「あの、一人で洗うっていう選択肢はないの?」「疲れてるだろ。彼氏である俺が手伝うのは当然だ」そう言われ、桜は泣くに泣けない気持ちだった。彼に手伝ってもらったせいで、最後に結局泣かされてしまうのは自分じゃないか。でも、今回の安人は、いつもよりずっと優しかった。しかし、それでも桜はくたくたに疲れてしまった。終わった後、安人はバスタオルで彼女を包み、バスルームから抱き上げて運び出した。桜の髪はまだ濡れていた。安人は彼女をベッドに寝かせると、ドライヤーを持ってきた。そして自分の太ももに彼女の頭を乗せた。ドライヤーのスイッチを入れると、温かい風が吹き出した。桜は目を閉じた。温かい風に吹かれているうちに、いつの間にか眠ってしまった。彼女の髪は柔らかくて量が多い。だから乾かすのにいつも時間がかかる。でも安
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第1683話

「うん。じゃあ11時半に劇場の外で待ってる」と、安人は言った。「うん!」桜はそう返事すると、スリッパに足を入れた。「顔を洗って着替えたら出かけられるわ。今日も舞台稽古だと思うし、衣装もメイクも必要だから」「じゃあ、お昼はメイクを落とせないってことかな?」安人がそう尋ねると、桜は少し考えてから答えた。「うーん、あのメイクはすごく手が込んでるから、落とせないの」「それなら外で食べるのはやめておこう。ホテルに戻って食べればいい」「うん!」桜はうなずき、バスルームに入っていった。……朝食を終えると、安人は桜を車で劇場まで送っていった。桜は車を降りる時、こう付け加えた。「そうだ、ロボット犬の充電器が昨日届いたの。ホテルの靴箱の上にあるから、戻ったら充電しておいてね。もう電池が切れて動かなくなっちゃってるから」「わかった」それから桜はドアを開けて車を降りると、振り返って安人に手を振った。「頑張って」安人は優しく微笑んだ。「うん、絶対頑張るから!」桜は笑顔を見せ、くるりと向きを変えて劇場に入っていった。そして、桜が劇場に入ってすぐ、悠翔も到着した。悠翔のアシスタントの上村順(うえむらじゅん)は、彼が車を降りる前に念のため確認した。「悠翔さん、お昼に迎えに来ましょうか?」「昼に?」悠翔は目の前の高級車を一瞥し、片眉を上げた。「いや、いい。昼は予定がある」「今や押しも押されぬトップ俳優なんですから、一人で出歩くなんて危険です!」順は少し心配になって言った。「大丈夫、わきまえてる。ホテルに戻ってくれ。迎えが必要なら、こっちから事前に連絡するから」悠翔はそう言って手を振ると、劇場に向かった。一方、近くの車の中にいる安人は、遠ざかっていく悠翔の背中を見つめていた。彼は唇を引き結ぶと、スマホを取り出して悠翔にメッセージを送った。【桜のこと、頼んだぞ。いじめられたりしないように、しっかり見ておけ】悠翔が楽屋に足を踏み入れた途端、ポケットのスマホが震えた。取り出してみると、それは安人からのラインだった。メッセージを開いて、彼は怒りのあまりスマホを叩きつけそうになった!「くそっ!見せつけちゃって!」悠翔は奥歯を食いしばって、返信した。【人にものを頼む態度か、それ?】しかし、メッセージを送っても安人からの
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第1684話

一方、女性の楽屋。桜が着いたときには、すでに何人かの役者さんたちが来ていた。桜は彼女たちに挨拶した。「先輩方、おはようございます」桜は美人な上に、謙虚で礼儀正しい。劇団の稽古期間中も、熱心に努力していて、スター気取りな態度は全くなかった。その頑張りは誰もが認めるところだった。そのため、劇団の役者たちはみんな桜に好印象を抱いていた。「桜ちゃん、今日も頑張ってね。昨日はリハーサルの初日だったから、緊張して失敗するのは当たり前よ。みんな最初はそうなんだから。リラックスしてね!」「そうよ、私の初舞台なんて、ひどいもんだったわ。昨日のあなたは、すごく良かったと思うよ!」「そうそう。先生も、裏ではあなたのこと、いつも褒めてるんだから。自信もって頑張りなさい!」桜は、先輩たちの言葉に胸が熱くなった。鼻の奥がツンとした。桜は先輩たちを見て、にっこり笑った。「ありがとうございます、先輩方。ちゃんとやり遂げますので、見ててください。皆さんがいると、すごく心強いです。この舞台、きっと成功させましょうね!」「そう、その意気よ!」心が温まったところで、桜は言った。「じゃあ、先に着替えてきます」「うん、行ってらっしゃい。準備ができてもし時間があったら、私たちでまた立ち位置の確認を手伝うから」「はい!」桜はすぐに衣装を取り、着替え室へと向かった。そこへ、咲希かが入ってきた。すると、さっきまでの和やかな空気が、一瞬で張り詰めた。先輩たちは咲希をちらりと見ると、すぐにそっぽを向いて自分の準備に戻った。その態度は、桜に対するものとは雲泥の差だった。咲希もその態度の違いに気づいていたが、気にも留めない様子だった。彼女にしてみれば、舞台役者なんて、しがない月給取りのようなものだ。わざわざ媚びを売ってまで仲良くする価値はないと思っているのだ。彼女はハンガーラックから自分の衣装を見つけ出すと、同様に着替え室へ向かった。咲希は、空いていると思った着替え室のカーテンを乱暴に開けた。そこは、ちょうど桜が使っているところだった。そして、桜はちょうど上着を脱いだところだった。突然カーテンが開けられ、彼女は声をあげ、とっさに胸を隠した。さらに咲希の顔を見て、彼女は思わず叫んだ。「何するのよ、どうかしてるんじゃないの!」一方、咲
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第1685話

「私、プロの役者じゃないし。それに、今日は本番じゃないでしょ?本番の日は自分のメイクさんを連れてくるわ。あなたたちの化粧品なんて見るからに安物だし、昨日使ったら肌が少し赤くなったのよ!ああ、もうイライラする!」そう言われ、メイクさんは言葉を失った。そばにいた役者たちも咲希を見て、誰もが呆れ果てていた。こんな人がいると、チーム全体が迷惑するだけよ!そうみんな思っていた。桜も、咲希がここまでひどいとは思っていなかった。そもそも出演すると決めたからには、真剣に取り組むべきだ。彼女のこの調子じゃ、北城での初公演も台無しにされちゃうかもしれない。由美子が言うには、スポンサーの件があったから、仕方なく咲希の入団を認めたらしい。それなら、スポンサーの問題が解決すれば、由美子はすぐに咲希をクビにできるんじゃないかしら?そう思うと桜の心に、ふとある考えが浮かんだ。彼女は咲希を一瞥し、きゅっと唇を結んだ。自分が頼めば、安人は考えてくれるだろうか?自分だけのことなら、桜も安人に頼みたくはなかった。でも、これは劇団全体に関わる問題だ。みんなが何か月も必死に稽古してきたのに、咲希一人のせいで台無しにするわけにはいかない。そして、午前のリハーサルで、案の定、咲希がまた足を引っ張った!今回は桜も警戒していた。咲希は昨日と同じ芝居をしようとしたけれど、桜はそうはさせなかった。彼女はそれをかわし、驚く咲希に向かって、手を振り上げて平手打ちをお見舞いした。パァン!桜が渾身の力で放った平手打ちだった。昨日、咲希にやられたものより、ずっと強烈な仕返しだ!咲希は不意を突かれ、よろけて衣装の裾を踏んでしまい、派手に尻もちをついた!その瞬間、誰もが呆然とした。咲希は顔を押さえ、信じられないという目で桜を見た。桜は立ったまま、彼女を見下ろして言った。「咲希、これはお返しよ」「あなた……」咲希は激昂し、叫びながら桜に掴みかかろうとした。一方、咲希と喧嘩するのは初めてではない桜はもう覚悟を決めていた。この喧嘩は避けられない。そして、前回仕掛けられた恨みも、ここで晴らしてやるつもりだった!「桜、よくも殴ったわね!ただじゃおかないから!」咲希は完全に逆上し、手を伸ばして桜の髪を掴もうとした。しかし、桜は一歩先に彼女の髪
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第1686話

「桜!」咲希は再び怒鳴り声をあげた。「このアマ!あなたが謝ったくらいで、私が許すとでも思ったの?絶対、ただじゃおかないから!」しかし、桜は顔を上げて咲希を見つめ、片眉をくいっと上げた。「どうせただじゃおかないんでしょ。だったら、今のうちにもっとやっつけたほうがいいわね」桜はそう言うと腕まくりをして、再び咲希に殴りかかった!咲希は、桜がここまで大胆だとは思ってもみなかった。なすすべもなく、彼女は地面に押し倒された。そして、桜はそのまま咲希の上に馬乗りになり、彼女の顔を何度も何度も殴りつけた。それを見て、悠翔は数秒間呆然としていた。しかし、すぐに我に返るとスマホを取り出してラインを開き、安人とのトーク画面を表示して、動画を撮り始めた……状況は咲希にとって完全に不利だった。彼女は必死に抵抗したけど、桜に何発も殴られてしまい、最後には頭を抱えて叫ぶことしかできなかった。一方、傍らでみんなが顔を見合わせながら、笑いをこらえようと、必死に唇を噛みしめていたが、誰も桜を止めようとはしなかった。結局、由美子がこれ以上、騒ぎが大きくなるのを心配して、ため息をつきながら二人を止めるように言った。「なにをぼさっとしてるの!早く二人を引き離しなさい!」こうして、桜は二人の先輩に引きはがされた。そして先輩たちは口では彼女を宥めたが、誰もがこっそりと親指を立てて、桜を褒めたたえていた。そんな中で誰かが、一応という感じで咲希に手を貸そうとした。すると、咲希は逆上してその手を振り払って叫んだ。「どいて!わざとらしい!」すると、その人は口を曲げると、黙って後ろに下がった。一方、咲希はよろよろと立ち上がると、桜を、勢いよく睨みつけて言った。「桜、今日のことを絶対に後悔させてやるから!」だが、桜は全く動じない様子だった。「手を出すって決めた時から、覚悟はできてるわ。今日はもともと今までされた嫌がらせを返すつもりでやったんだから!」それを聞いて由美子はちらっと桜を見た。それから咲希の方を向いて言った。「前田さん、顔が腫れているじゃない。とりあえず、誰かに病院まで送らせましょう」その言葉を聞いて、咲希は初めて自分の顔に手をやった。そして、そっと頬に触れた。指が触れた瞬間、鋭い痛みが走った。咲希はさらにパニックになった!彼女は由美子を見て、半
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第1687話

そりゃあ、もちろん、わざとだって決まってるからだ。それを見て咲希は悠翔に向き直った。「岡崎さんまで、彼女の味方をするんですか?」しかし、悠翔はスマホを振りながら言った。「ごめんごめん、スマホを見てて気づかなかったよ」すると、咲希は呆れて笑うと、そこにいる全員をにらみつけて冷たく言い放った。「いいわ。みんな、覚えてなさい!」そう吐き捨てると、咲希は顔を押さえ、怒りをあらわにして出ていった。咲希が去ると、みんなはほっと胸をなでおろし、すぐに桜の方を見た。誰かが心配そうに声をかけてきた。「桜さん、あんなに咲希を怒らせちゃって、大丈夫なの?」「そうよ。咲希の後ろ盾になってる人、かなり力があるって聞くけど。何か面倒なことにならない?」「大丈夫だよ。こうなるって分かっててやったことだから、ちゃんと手は打ってあるの」桜はみんなをなだめてから、由美子に向き直った。「先生、心配しないでください。劇団のスポンサーの件は、私がなんとかします。さっきも本当に腹いせで殴ったわけではありません。ただ、みんなの足を引っ張っているのを許せないだけです。私が責任をもって解決します。みんなの頑張りを絶対に無駄にさせませんから!」実際のところ、由美子はまったく心配していなかった。桜が自分のところで稽古をしている間に、彼女の性格をよく見てきたから。衝動的に動くような子じゃない。あえて事を大きくしたからには、きっと何か考えがあるに違いないのだ。それに、もし桜が本当に衝動で動いていたとしても、彼女の後ろには輝星エンターテイメントと綾、それに碓氷家そのものがついている。咲希のスポンサーが、そう簡単に手出しできる相手ではないだろう。もともとこの広告協賛の話は、綾から連絡が来る前に決まっていた。条件はスポンサー企業のタレントを指導すること。その時、劇団は資金繰りに困っていたので、由美子は乗り気ではなかったが、承諾するしかなかったのだ。ところがその一週間後、綾から連絡があった。由美子は、咲希の会社の協賛を断ろうかとも考えた。なにしろ綾は気前がよかった。もし輝星エンターテイメントに全額負担してほしいと頼めば、きっと承諾してくれただろう。だが由美子は熟慮の末、一度決まった話を簡単に反故にすべきではないと思い直した。話がなくなるだけでなく、相手の恨みを買う
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第1688話

桜は悠翔の顔を見ると、やはり少し緊張してしまうのだった。彼女はバッグのストラップを握りしめ、悠翔にかすかに微笑みかけた。「岡崎さん」悠翔は彼女を見て、少し眉をひそめた。「俺のこと、そんなに怖い?」「え?そんなことは」桜は怖いというより、気まずかった。相手とどう接していいか分からず、戸惑っていたのだ。悠翔は安人と兄弟同然の仲だ。この前空港で会った時、彼はものすごく感情的だったから、桜は自分が安人の彼女になったことを、悠翔は快く思っていないのだろうと思った。そして桜は、相手に嫌われていると分かった途端、どう接していいか分からなくなってしまう性格だった。「呼び止めたのは、どうしても言っておきたいことがあったからなんだ」悠翔は真剣な表情で、桜を見て言った。「でも、お互いよく知らないし、もし聞きたくないなら、今の話はなかったことにしてくれて構わない」そう言われ、桜はぱちくりと瞬きをした。悠翔は有名な俳優で、しかも安人と兄弟同然の仲なのだ。そんな彼を無視するわけにはいかないだろう。そう思って、桜は息を深く吸い込んで悠翔に向き直った。「岡崎さん。私のことを快く思っていないのは分かっています。でもあなたは安人と古い付き合いですし、私もあなたのことを尊重していますから、何か言いたいことがあるならはっきり言ってください」悠翔は眉をひそめた。「なんで俺が君を快く思っていないなんて思うんだ?」「え?」桜は一瞬戸惑った。不思議そうな顔の悠翔を見て、彼女も首を傾げて言った。「だって、私が安人と付き合っていることに、すごく怒っていたじゃないですか?」「君たちが付き合っていることには、確かに腹が立ったよ」そう言って、悠翔は一度目を閉じ、ため息をついた。「でも、それは君を嫌っているからじゃない。君はまだ若いし、せっかく輝星エンターテイメントに入ったんだから、今は仕事に集中すべきだと思ったんだ。前の事務所ではチャンスに恵まれなかったみたいだけど、やっと輝星エンターテイメントっていう環境のいい会社に入れたんだ。まだ若いんだから、キャリアを一番に考えるべきだよ!」それを聞いて、桜は呆然と悠翔を見つめた。てっきり、何か警告されるんだと思っていた。「あなたみたいな身分の女が、安人と釣り合うわけがない」とか、「安人は遊びで付き合ってるだけ。飽きたら
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第1689話

「なあ、笑われるかもしれないけど、俺が芸能界に入ったのは君がきっかけなんだ。有名になればいつか君と共演できるって思ってた。この3年間、仕事を選べる立場になるために必死で頑張ってきたんだ。全部、君と共演するっていう夢を叶えるためにね!」その事実に桜はあっけにとられて、言葉が出なくなった。お金のために芸能界に入るっていう話は聞くけど……まさか推しを追っかけるのが目的でトップスターになろうとするなんて、聞いたことがない!なにそれ、夢みたい。そう思って、桜は思わず自分の太ももをつねってみた……痛い。ってことは、夢じゃないんだ……一方、桜がなかなか反応しないのを見て、悠翔は少し眉をひそめた。「なんでそんな顔で俺を見るんだよ?」「すごく……現実離れした話だと思って」桜は岡崎さんを見つめて言った。「そのこと、安人は……知ってるの?」その話に触れられ、岡崎さんは自分の不運を改めて実感した。だけど、本人の前でそれを口にすることはできなかった。「安人さんは知らない」そして悠翔はぐっとこらえて、桜がなるべく気が重くならないように続けた。「だけど、これは恋愛感情とかじゃなくて、ファンがアイドルを応援する気持ちだから。安人さんが知ってても知らなくても、別に大したことじゃないさ!」「でも、あの時の反応はすごかったじゃない。てっきりあなたは私が安人にふさわしくないって、思ってるのかと」「心が痛んで、残念に思ったからに決まってるだろ?」悠翔は呆れたように笑った。「自分の推しに恋人ができたって公式発表があったら、どんなファンだってショックを受けるもんだ!」そう言われ、桜は言葉を失った。そして彼女はうつむいて、指先をいじりながら言った。「本当に好きなファンなら、心から祝福してくれるものですが……」「そうだな、でも親目線のファンもいるだろ」悠翔は自分を指さした。「俺は親目線なんだ。君に恋人ができた、しかも相手は安人みたいな、したたかな企業トップだ。どんな気持ちだったか分かるか?まるで、可愛がっていた娘に彼氏ができたって知った時のような……まさに青天の霹靂だよ!」そこまで言われると、桜はまたもや返す言葉がなくなった。本当は悠翔に教えたかった。実際の親役である康弘ですら、自分に彼氏ができたって言った時は悠翔の反応なんかよりずっと落ち着いてたよ。
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第1690話

こうして、桜と悠翔は、連れ立って劇場から出てきた。安人は車の横に立って、スマホで電話をしていた。桜と悠翔が一緒に出てくるのを見て、安人は一瞬言葉を止め、電話の相手に「まずは指示通りに進めてくれ」と言った。そう言い終わると、安人は電話を切った。桜と悠翔はどちらも有名人だ。二人はサングラスとマスクをして、マスコミに撮られないか心配そうに、あたりを見回しながら出てきた。特に悠翔は絶大な人気がある。だから桜が一緒にいると、ツーショットを撮られるリスクもぐっと高くなってしまう。それもあって、車のそばまで来ると、悠翔が焦ったように言った。「安人さん、早く乗せてくれ」安人は助手席のドアを開けて言った。「桜、先に乗りなよ」桜は頷くと、身をかがめて車に乗り込んだ。そして、ドアが閉められた。「彼女と何を話してた?」安人は、後部座席のドアを開けようとした悠翔を引き止めた。だが、悠翔が、正直に話せるはずもないのだ。だって、本当のことを言えば、怒らせてしまうのは目に見えているから!「彼女、俺に嫌われてるって勘違いしてたみたいでさ。だから、ちょっと誤解を解いただけだよ」悠翔は、核心を避けてそう言った。「心配しないで。あくまでファンとしての『好き』だってことは、ちゃんと言ってあるから」一方、それを聞いた安人は、冷たい光を宿した瞳で悠翔をじっと見据えた。「俺はいずれ彼女と結婚するつもりだから、お前もちゃんと敬意を払えるようにしておけよ」「そんなことは本当に結婚できたら言いなよ!」悠翔はふんと鼻を鳴らし、ドアを開けて車に乗り込んだ。ドアが閉まると、桜が後ろを振り返って悠翔に尋ねた。「外で何を話してたの?」「別に。安人さんが、今日の君の調子はどうだったって聞いてきたからさ。『今日のあなたはマジで無敵だった』って答えただけだよ!」すると、桜は呆れて言葉も出なかった。その時、運転席のドアが開き、安人が車に乗り込んできた。ドアを閉めてシートベルトを締めると、安人が言った。「このままホテルに帰って食事にしよう。君たち二人が外のレストランで食べるのは、何かとまずいだろうし」「ええ!」「安人さんのおごりなら、俺はいつでもウェルカムだよ!」それを聞いて、安人はバックミラーで悠翔を一瞥すると、エンジンをかけた。……こう
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