All Chapters of 夫も息子もあの女を選ぶんだから、離婚する!: Chapter 2131 - Chapter 2140

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第2131話

美咲の顔色が変わった。「仁志、大丈夫?」星もはっとした。仁志はいつも感覚が鋭い。ふたりが部屋に入っても何の反応もないというのは、明らかにおかしかった。星はベッドに近づき、仁志の額に手を当てた。手のひらに、じりじりとした熱が伝わってきた。熱がある。それも、かなりの高熱だ。「美咲、仁志、熱があるよ。すぐ救急車を呼んで」仁志がただの発熱だとわかって、美咲はようやく胸をなでおろした。すぐに携帯を取り出し、救急車を呼んだ。……救急処置を終えた後、仁志は病室へと運ばれた。医師の話によると、仁志はなんと三日間も発熱し続けていたという。星はその言葉を聞いて、胸に重いものがのしかかるのを感じた。「あの日、私のせいでびしょ濡れになって、それでソファで一晩寝ちゃったから……きっとそこで風邪を引いたんだと思う。朝になっても雨が続いてたのに、仁志は帰っていった。ソファで寝かせるんじゃなかったし、雨が止んでから帰してあげるべきだったのに」美咲は聞いていて、思わず口を開いた。「……ふたり、もうそんな関係になってたの?」星は反射的に説明しようとした。「あの日、雨がすごく強くて、全身濡れてたから、風邪を引くといけないと思ってシャワー借りてもらって……」そこまで言って、星は声が小さくなった。自分の説明が、言えば言うほど変な方向に聞こえると気づいてしまったから。びしょ濡れ、シャワー、一晩。この三つの言葉が並ぶと、どう聞いても妙な雰囲気が漂う。案の定、美咲の目がより一層複雑な色を帯びた。ただ美咲は品のある人間なので、星の気まずさを察して、それ以上は追及しなかった。ふと美咲は思い出した——三日前の大雨、確かあれは深夜から降り出したはずだ。あのふたり、そんな時間まで一緒にいたのか…………仁志が目を覚ましたのは、午後に入ってからだった。清潔な大きな窓から、柔らかな日差しが差し込んでいた。目を開けて病室を見回すと、ベッドのそばに見慣れた人影があった。「仁志、目が覚めた?」美咲が静かに彼を見つめた。「星は着替えを取りに、あなたの家へ行ってる」仁志は少し眉を上げた。「なんでここにいるの?」美咲の目は静かな海のように落ち着いていた。「医師によると、発見があと一日遅れていたら、どれだけ体が丈夫でも命に関わっていたかもしれないっ
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第2132話

星は着替えをひと通りまとめてから、病院に戻った。病室に入ると、仁志はすでに目を覚ましていて、美咲が静かに横に座っていた。星が戻ってきたのを見て、美咲が立ち上がった。「星、帰ってきたんだね」星は頷いて、「医師によると、ひとまず危険な状態は脱したって」と聞いてから、仁志の方を見た。「仁志、今どんな感じ?」「まあ、そこそこ」美咲は時計をちらりと確認してから、星に言った。「会社にちょっと用があるから、先に失礼するね」星は少し考えてから、「エレベーターまで送る」と言った。それから仁志に向き直った。「仁志、先に休んでて。美咲を送ってくる」「うん」病室を出ると、星は聞いた。「仁志、自分がどうして体を壊したか、話してた?」「星が思ってる通りだったよ」と美咲は答えた。星の目が細まった。「美咲、仁志が何か思い出してると思う?」「わからない」美咲は首を横に振った。「何かを思い出してるのかもしれないし、何かに気づいているだけかもしれない。あまり深く聞けない——聞けば聞くほど、向こうに気づかれるから」小さくため息をついてから、美咲は続けた。「何か思い出したかって聞いてみたけど、肯定も否定もしなかった。もしかしたら、仁志も私の反応から何かを探ろうとしてるのかもしれない」美咲は星を見た。「ごめんね。これから先の判断は、あなた自身がするしかない」もう二度も関わってしまった。三度目はない——そのことを美咲は伝えたかった。星は美咲の言葉の意味を理解した。エレベーターの前で美咲を見送ってから、星は病室へ戻った。仁志は目を閉じて横になっていたが、ドアの音を聞いて目を開けた。星は仁志の黒い瞳を見つめ、「何か食べたいものある?買ってくるよ」と言った。「今はいい」「あの日、起こさなくてごめんね。そのせいで三日も熱が続いて。何か必要なことがあったら遠慮なく言って。できることは何でもするから」少し間を置いてから、続けた。「介護士の手配も済んでる。もうすぐ来てくれると思う。入院中はずっとついてもらえるから、退院まで任せてほしい」仁志の目がかすかに動いた。「介護士?」星は静かに言った。「私が責任を取ってお世話したい気持ちはあるけど、さすがに私が付き添いをするのは不自然だから。専門の方にお願いした。腕のいい人たちだから、安心して」仁志
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第2133話

「ごめんなさい」仁志の表情は何も変わらなかった。ただ、目がいつもより数度、冷たかった。「星野さんがそこまではっきり言うなら、俺もこれ以上しつこくして迷惑をかけるつもりはない」星はその場でしばらく仁志を見ていたが、何の反応もない。胸の奥にまた疑念が浮かんだ。仁志が星の視線に気づき、顔を向けた。「そんなに見つめてたら、勘違いするよ。本当にまだ見ていたい?」星は静かに目を伏せた。それから三十分後、介護士たちがやってきた。星も病室を後にした。……「じゃあ、明日香の件も、もう関わらないつもり?」カフェの席で、怜央が星と向かい合って座っていた。「仁志は催眠で記憶を失っても何かに気づけるくらい鋭い。明日香の成りすましなんて、もっと簡単に見破るはず。仁志が私の言葉を信じてたのは、私が信用できるからじゃなくて、仁志自身がもうわかっていたから。明日香のことを暴かなかったのは、たぶん彼女をもて遊んでたんだと思う。私が心配するまでもなかった」怜央が聞いた。「なんで急に考えが変わったの?」星は腕の中の猫を静かに撫でながら言った。「最初は推測でしかなかったけど……あの映画は偶然じゃない気がして。記憶を取り戻したか、何かに気づいてるかのどちらかだと思う。もし催眠が緩み始めてるなら——次の催眠は難しくなる。これ以上、取り返しがつかなくなるのが怖い」怜央の声が沈んだ。「最悪の結果になるとは限らない」「賭けたくない」星は自分で認めたくなかったけれど、認めざるを得なかった——自分は思っていたほど、強くない。三年前もそうだったし、今もそうだ。三年前、あの子を失っていなかったら、仁志に勝てていたかどうかも、正直わからない。コーヒーをひと口飲んでから、星は続けた。「もし仁志が何かに気づいてるなら、これ以上近づくことで、記憶を刺激するだけになる」「もう記憶が全部戻ってたら?」と怜央が聞いた。星の手がわずかに止まった。「報復したいなら、それでもいい」怜央は何か言いかけたが、結局黙った。星が怜央に会いに来たのは、世間話のためではなかった。もっと大事な用件があった。「司馬家、最近きな臭くない?健人の支持者が増えてるって聞いたけど」「健人はもともと正当な継承者だし、俺を支持してない人間はずっといた。ただ今まで、強引に黙らせて
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第2134話

しかしある日突然、何の関係もない女に株式を譲渡するという女にうつつを抜かした愚行に出たことで、株主たちは怜央に完全に愛想を尽かした。今では、かつて怜央を支持していた株主たちも、次々と健人の側へ流れていった。時々しか会議に顔を出さない星ですら、その風向きの変わり様を感じ取っていた。「健人が水面下で動いてるのは知ってた?」と星は聞いた。「うん。おそらく、もう足の方も問題ないだろうし、目も回復してると思う。あるいは最初から目は何ともなくて、俺を油断させるための芝居だったかもしれない」星は思わず怜央をもう一度見た。「あなた、そんなに簡単に油断するの?」怜央はあっさりと言った。「あのとき見逃したのは、俺が甘かったからじゃない。司馬家と株主たちが連合して圧力をかけてきて、株式の一部を引き渡すことを条件に交渉してきた。ちょうどあの株式さえあれば筆頭株主になれて、当主の座も確定する——そういう状況だったから、受け入れた」「……なんだか、少し後悔してるみたいな顔してるけど」「敵に隙を与えれば、必ず反撃される。あれだけ長く耐えてきた人間が、このまま大人しく引き下がるはずがない」怜央はこの話をしながら、まるで他人事のように落ち着いていた。星にはわかっていた。怜央が株式を自分に譲渡したことで、特に立場が揺らいでいる今、それがどれほどのダメージになっているかを。「雲井グループを完全に引き継いだら、あなたに株式を返す」と星は言った。今は雲井グループで実質的に号令を掛けられる立場にある星だが、正道はまだかなりの株式を握っている。正道ひとりなら対処できても、靖と合わさると多少厄介になる可能性があった。短期的には問題ないにしても、いつどこでミスが生じるかはわからない。正道か靖の株式を、いずれ手に入れておく必要があった。「いらない。一度渡したものを取り戻す気はない」と怜央は言った。「力を貸してくれるだけで十分だよ。私が司馬グループの株を持ってても、かえって面倒が増えるだけだから」怜央は低い声で言った。「雲井家の当主になった後なら、盟友と組んで司馬グループで発言権を持つのは難しくない。正直、もうこういう権力争いには疲れた。カフェをやって、好きなことをして生きていく——そういう人生も悪くない」「権力の中心から離れたいなら、誰かに株式を譲れ
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第2135話

電話は怜央のアシスタント、悠真からだった。声の重さから尋常ではないと察し、星はすぐに聞いた。「怜央に何があったの?」悠真は沈んだ声で言った。「先ほど、帰宅途中に交通事故に遭い、現在、救命処置を受けています」星はすぐに起き上がった。「状態は?重傷?」「詳しくはまだわかりません」「事故の原因は?」「相手が故意にぶつけて、そのまま逃走しました」「犯人の特定は?」「現時点ではまだ……」「わかった。今すぐ行く」電話を切ってから、星はすぐに侑吾と拓海にそれぞれ連絡を入れた。侑吾には迎えに来るよう頼み、拓海には怜央の事故の情報を外部に漏らさないよう封じ込めるよう手配した。やっと夜更かしをしなくてもいい日々が数日続いたと思ったのに、またこうなった。準備を整えて下に降りると、侑吾の車がすでに待っていた。車は夜道を飛ばした。怜央が運ばれた病院は、仁志が入院している病院と同じだった。窓の外の墨を流したような夜を見つめながら、星は仁志のことを思った——これは仁志の仕業なのか。もしそうなら、それは……仁志が記憶を取り戻したということになるのか。病院に着くと、悠真がすでに手術室の前で待っていた。星の姿を見て、悠真はほっとした表情を浮かべた。「星さん、来てくださってよかった」「怜央の状態は?命に別状は?」「搬送が早かったので、今のところ命の危険はないとのことです」星のこわばっていた表情が、わずかに和らいだ。彼女は手術室の前の廊下に座り、悠真と並んで待った。夜が白み始め、やがて空が完全に明るくなった頃、ようやく手術室のドアが開いた。疲労の色が濃い医師が出てきた。悠真がすぐに駆け寄った。「先生、怜央さんの状態は?」医師はマスクを外しながら答えた。「今は安定していますが、引き続き経過観察が必要です。念のため、異変がないよう注意してください」それから医師はいくつかの注意事項を説明した。悠真は一つひとつメモを取った。やがて怜央がストレッチャーで手術室から出てきた。病室に戻ると、悠真が星を見て、何か言いたそうに口ごもった。星は察して、先に言った。「着替えや日用品を取りに家へ行ってきて。ここは私が見ておく」悠真は感謝の表情を浮かべた。「それでは、よろしくお願いします」二時間ほどして、悠真がスーツケースを引い
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第2136話

仁志の病室の前に来た時、星は意外にも綾羽が病室のドアの外で待っているのを見つけた。星の足が一瞬止まった。綾羽は星を見ると、唇の端にざまあみろと言わんばかりの笑みを浮かべた。「あら、星じゃない。どうしたの、あなたも仁志の運命の人のふりをしようっての?やめておいた方がいいわよ。もう仁志は明日香を信じてるし、明日香には約束の品もある。あなたが何を言ったって、仁志は信じないわ。因果応報ってやつね。あなたにも自業自得の日が来たってわけ!」星は綾羽と無駄口を叩く気はなく、ドアをノックしようとしたが、綾羽が病室の前に立ちはだかった。「明日香が仁志のそばにいるの。少しは頭を使いなさいよ、邪魔しに行かないで。仁志の邪魔をしたら、どうなるかわかってるでしょ。それにね、あの人があなたに今の地位を与えたなら、同じように奪うこともできるのよ。星、盗んだものはいつか返さなきゃいけないの。もうすぐ、あなたにも報いが来るわ!」……病室の中で、明日香は自責の表情で仁志を見つめていた。「仁志、ごめんなさい。あの日、本当に抜けられなくて、映画館に行けなかったの。あなたを雨に濡れさせて風邪を引かせてしまって、本当にごめんなさい……」仁志は無関心な様子で携帯のゲームで敵を倒しながら、顔も上げなかった。「ああ」明日香は仁志の冷淡さを感じ取り、心が焦った。「仁志、前に会う約束をした時、わざと行かなかったんじゃなくて、本当にいろんなトラブルに遭ったの。言っても信じてもらえないと思うけど、全部本当のことなの」仁志は何も言わず、ゲームに集中していた。明日香は彼に無視されていることを悟り、唇を噛んだ。「仁志、前から星があなたにまとわりついて、私たちの時間を邪魔してたわ。あのトラブルも全部、星の仕業じゃないかと思うの。星の力なら、こんなこと簡単にできるもの」明日香は本来、陰で人の悪口を言いたくなかった。あまりに低俗で、品がないから。でも、約束を破ったことで仁志を明らかに不機嫌にさせてしまった。仕方なく、星を引き合いに出すしかなかった。少し見苦しくても、仁志の信頼を失うよりはましだ。それに、星の仕業だと本気で思っていた。仁志はそれを聞いて、ゲームを操作する手を止めた。ようやく顔を上げ、明日香を正面から見た。明日香は深く息を吸い、続けた。
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第2137話

しかし考えてみれば、確かに仁志ならやりかねないことだ。明日香は言うしかなかった。「仁志、あなたが呼び出すたびに私は行ったわ。ただトラブルのせいで途中で足止めされただけで、約束を破ったわけじゃ……」仁志は再び携帯を手に取り、まるで取り付く島もない様子だった。「弁解は不要だ。お引き取り願おう」明日香がそう簡単に諦めるはずもなく、何か言おうとした時、仁志がふいに顔を上げ、ドアの方を見た。明日香は怪訝に思った。「仁志、どうしたの?」仁志は答えず、ベッドから降りてドアまで歩き、扉を開けた。綾羽がドアの前に立っていて、急にドアが中から開いたのでびくりとした。綾羽の目に、一瞬やましさが走った。「仁志?どうして出てきたの?」仁志は尋ねた。「さっき誰か来たか?」綾羽は言った。「き、来てないわよ……」仁志は綾羽の目を見つめ、唇には笑みを浮かべながら、黒い瞳には圧するような力が宿っていた。「でも、さっき話し声が聞こえたんだが」綾羽は、仁志の耳がこんなに鋭いとは思わなかった。隠し通せないと悟り、目を泳がせ、仁志の目を見られなかった。「さっき星が来たの……明日香もいるって聞いて、後ろめたくなって帰ったわ」仁志は皮肉めいた笑みを浮かべた。「後ろめたい?なぜあいつが後ろめたくなる必要がある?」綾羽は言った。「だってあなたを騙したんだもの、だから怖くなって逃げたのよ」仁志は眉を上げた。「それで、あいつは俺に何を騙したんだ?」「それは……」綾羽が何か言おうとした時、傍らの明日香が軽く咳払いをした。綾羽はすぐに気づき、慌てて口を閉じた。「……何でもないわ」しかし仁志はじりじりと詰め寄った。「俺は騙されるのが一番嫌いだ。もし誰かが俺を騙したら、必ずその人間に代償を払わせる。葛西さん、今ここで教えてもらえるか?星は俺にどんな嘘をついたんだ?」綾羽の心に、揺らぎが生まれた。もし仁志に星を潰させることができたら、星は終わりだ!明日香は綾羽の魂胆を見抜き、必死に目で合図して、不用意な行動を起こすなと戒めた。仁志は簡単にごまかせる相手ではない。明日香の視線を受け、綾羽は結局踏みとどまった。仁志が簡単に騙される人間でないことは、彼女もわかっていた。綾羽は言った。「何でもないの。星って私たちと一緒にいる時、一言も本当のことを言わな
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第2138話

綾羽はすでに決めていた。星に関することは一切言わない。仁志に情報を引き出されて、逆に墓穴を掘ることになりかねない。星にすら太刀打ちできないのに、ましてや仁志なんて。病室のドアがゆっくり閉まり、中の音を外から隔てた。仁志は綾羽に言った。「葛西さん、少し座っていてくれ。このゲームを終わらせてからにする」綾羽はソファに腰を下ろした。「わかったわ」仁志は携帯を手に取り、再びゲームを始めた。三十分が過ぎた。綾羽はとっくに頭の中で受け答えの準備を整え、仁志に対処する態勢を取っていた。しかし、仁志にはまだやめる気配がない。綾羽はじっとしていられなくなった。てっきり仁志が探りを入れてくると思っていたのに。入ってきてからずっとゲームをしている。この人、一体何のつもり?わざと放置してるの?綾羽は心の中で文句を言い続けたが、口には出して催促する勇気はなかった。ドアの外で待っていた明日香が、ようやく軽くドアをノックした。「仁志、綾羽、話は終わった?」明日香の声を聞いて、仁志はようやく顔を上げた。彼は綾羽に言った。「待ちくたびれたようだ。葛西さん、先に出てくれ」綾羽は呆然とした。「二人で話したいことがあるって言ったじゃない。もう話さないの?」仁志の口調は淡々としていた。「さっきは確かに聞きたいことがあったんだが、ゲームをやっているうちに忘れてしまった。すまない、葛西さんの時間を無駄にした」綾羽は呆気にとられた。頭の中はクエスチョンマークだらけで、仁志の行動がまったく理解できなかった。ドアの外の明日香は、二人とも返事がないのを見て、またノックした。「仁志、綾羽、大丈夫?」仁志はドアの方に向かって言った。「明日香、入ってきてくれ。話は終わった」明日香はそれを聞くと、待ちきれない様子でドアを押し開けた。さりげなく二人の表情を窺った。仁志の顔には相変わらず何の感情も読み取れない。しかし綾羽の表情はとても奇妙だった。明日香は思わず尋ねた。「綾羽、仁志、何を話してたの?」綾羽は首を振った。「何も話してないわ」明日香は驚いた。「何も話してない?」綾羽と仁志は病室に四十分以上いたのに、何も話さなかったなんて、そんなはずがない。しかも、綾羽の表情は明らかにおかしい。明日香は、仁志がいるから綾羽が口を開けないのだと思い、追及せずに後
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第2139話

仁志は無造作に言った。「わからないならいい」明日香は慌てた。「仁志、何かあるなら、はっきり言って。もし誤解があるなら、説明するから」仁志はドアの方向にちらりと目をやり、それから言った。「何でもない」明日香はその仕草に気づいた。「仁志、もしかして……綾羽があなたに何か言って、誤解させたの?」仁志は言った。「いや、さっき葛西さんが言った通り、何も話していない」明日香の疑念はさらに深まった。「あんなに長い時間、本当に何も話してないの?」仁志は言った。「話していない」話題を変えるように、こう続けた。「ただ、俺がもっと興味があるのは、星が俺の運命の人になりすました件だがな」明日香は息が詰まった。「綾羽が、星があなたを騙してるって話をしたの?」仁志は何かに気づいたように、一瞬言葉を止めた。「いや、何も話していない」明日香は敏感に違和感を察知した。「でも、さっき綾羽は星が何を騙したかまでは言ってなかったわ。仁志、運命の人のことをどうやって知ったの?」仁志は適当にはぐらかした。「勘だ」明日香は仁志の目をじっと見つめた。「何を推測してもいいのに、どうしてこの件なの?」明日香の追及に対し、仁志はどう答えていいかわからないようだった。目を閉じた。「少し疲れた。明日香、帰ってくれ」明日香がまだ何か言おうとした時、仁志の介護士が戻ってきた。明日香は疑問を抱えたまま去るしかなかった。綾羽と病院を出ると、明日香はすぐに尋ねた。「綾羽、さっき仁志と何を話してたの?」綾羽もあきれ顔だった。「本当に何も話してないのよ。ゲームを終わらせてからって言ったきり、そのまま放置されたの。あなたがノックしなかったら、いつまで遊んでるつもりだったか」明日香はまったく信じなかった。「綾羽、星を潰したい気持ちはわかるけど、いくら焦っても見境をなくしちゃダメよ。ましてや仁志が何を約束しても信じちゃダメ。あの人はあなたのために星を潰したりしないわ」綾羽はさらにあきれた。「だから言ってるじゃない、仁志はずっとゲームしてて、何も言わなかったって」明日香は聞いた。「何も話してないのに、なぜわざわざ二人きりで呼び入れたの?」綾羽は明日香の疑うような口調に気づき、少し不愉快になった。「そんなの知らないわよ。あなたがいつも言ってるでしょ、あの人は精神的に問題があ
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第2140話

綾羽の言葉を聞いて、明日香の表情も徐々に冷めていった。「じゃあ、認めるのね。仁志の信頼を得るために、運命の人のことを話したって」綾羽は本来、明日香を利用して星を潰すつもりだった。ところが、明日香は星に何もできなかったどころか、自分が散々恥をかかされた。レースでは負けただけでなく、惨敗だった。運命の人の件で仁志が明日香を特別扱いした様子もない。考えればわかる。明日香には夫も子供もいて、仁志が相手にするはずがない。まだ昔の未婚時代の、清廉潔白な女神気取りでいるつもりなの?綾羽は冷たく言った。「あなたがそう言うなら、そういうことでいいわ。もうあなたのぐずぐずした、あれも欲しいこれも欲しいってやり方にはうんざりなの。星は今、実権を握ってるのよ。まだ逆転できると思ってるの?夢見るのもいい加減にしなさい。あなた、あのチヤホヤしてくれる取り巻きがいなかったら、何の価値もないじゃない!三年前、あなたと靖がリリーを陥れようとして、星に逆手を取られなかったら、私があなたたちの争いの犠牲になることもなかったのに!」明日香は心の痛いところを突かれ、目つきも冷たくなった。「犠牲?あなたが陥れられたのは、あなたが星を陥れようとしたからよ。男を使って星を嵌めようとしなければ、衆人環視で不倫現場を押さえられることもなかった。綾羽、靖に嫁がせてもらえただけでも恵まれてるのよ。贅沢言わないで」綾羽は冷笑した。「私は葛西家で育った、れっきとしたお嬢様よ。あなたみたいな、人前に出せない隠し子と一緒にしないで。世間知らずで贅沢も知らないとでも?ふん、贅沢言うなですって?なに、私は雲井家に嫁ぐ前、路上で寝てたとでも?そういう偉そうな顔は、家柄のない女にでもやりなさいよ。私にそんなこと言うなんて……恥の上塗りだわ!」この瞬間、綾羽の中で明日香への長年の不満がついに爆発した。ずっと我慢してきたのだ。共通の敵がいるから、表面上は取り繕っていただけ。しかし、明日香は仁志の運命の人になりすましても仁志を落とせず、かつての清子にすら及ばない。もともと明日香に不満だった綾羽は、ますます見下すようになっていた。綾羽は軽く鼻を鳴らした。「どうせ何を言っても信じないんでしょ。なら、いっそ事実にしてあげるわ。今からあなたが仁志の忘れられない人になりすましたこと、全部仁志に
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