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All Chapters of 正しさの選択: Chapter 41 - Chapter 50

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第八章:偽りの証明②

再び沈黙が落ち、誰もが、言葉を探しあぐねていた。 「……嘘、……優衣がそんなこと……。あんなに真剣に、事件を追ってるように見えたのに……」 澪がかすれるように呟く。 「追ってたように見せてたんだ、最初からな」 そう言うと、俺は如月先輩に視線を向ける。 「如月先輩。さきほど――あのメモの文字は『美月の字じゃない』って言っていましたよね?」 その言葉に、澪と陸もはっとしたように如月先輩へ視線を向けた。 如月先輩は、少し戸惑ったように瞬きを繰り返しながら、小さくうなずいた。 「……あ、うん。そう。たぶん、違うと思う。似てるけど……私が見てきた美月の文字とは、やっぱり違う気がする」 その声には、自信というより、感情の整理が追いつかないまま、それでも口にしようとする真剣さがあった。 「特に『し』とか『る』の終わり方。美月の字って、ちょっとだけ左に流れる癖があったの。でも……あのメモには、それがない」 如月先輩は、どこか戸惑いを残した声でそう言った。その目元には迷いが浮かんでいる。それでも、彼女は目を逸らさずに続けた。 「……はっきり言い切れる自信はない。でも……あたしがずっと隣で見てきたから、なんとなく感じるの。違う、って。あの文字は、美月のじゃない」 彼女はカバンの中から、丁寧に一冊の台本を取り出す。それは、以前読ませてもらった、演劇部でやる予定だった――『サロメ』の台本だった。 「あたし、手直しするときに何度も読み返したから……。間違ってたらごめん。でも、そう思った」 俺は差し出された台本と、暗号の文字を並べて見比べるが、違いはすぐにはわからなかった。 「……全然、わかんねぇ……」 陸が頭をかきながら呟き、澪も無言でじっと見比べていたが、やがてため息を吐いた。 「こうして比べて、ようやく違うかもって感じる程度だね。言われなきゃ、気づかない」 如月先輩は小さく息を呑み、少しだけ声を落として言う。 「……普通はわかんないと思う。文字としては、すごく似てるし。でも……ほんの少しだけ、違う。さっき言ったこともそうだし、線の揺れ方とか、筆圧の抜け方とかも……そういうの。多分、ずっとそばにいたあたしだから、気づけたんだと思う。誰にでも気づけるものじゃない」 彼女の声は弱々しいが、言葉の芯には確かさがあった。戸惑いながら
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第八章:偽りの証明③

「……ええ、いいわよ」 俺は息を整え、言葉を紡ぎはじめた。 「これまでの俺たちの推理は、こうだった――佐倉先輩は、犯人に屋上へ来るようにと指示を受けていた。そのとき、犯人の秘密を知ってしまった彼女は自分が、口封じのために殺される可能性を予見した。 だが、身近な人間に危険が及ぶのを避けるために、逃げることは選ばず、代わりに彼女は、犯人に繋がる何かを残そうとした」 俺は机の上に広げられた手がかりに目をやる。 「彼女は、まず屋上の鍵を使って扉を開け、そのあと理科室へ向かい、証拠を隠した。 そして、再び屋上に向かい、最後の場所へと向かった。そう推理していた」 「……うん。逃げなかったのは、美月らしいって思った」 「だが……それには、無理があった。理科室は旧校舎の一階、屋上とは距離があり、鍵がかかっていることがほとんどだ。鍵を借り、理科室に入り、わざわざ蛇の置き物を青く塗り、その中に手がかりを隠してから、また戻ってくる……そんな時間、あるか?」 「……それはきついだろ?そんなことしてたら、犯人に逃げたと思われちまう」 陸の言葉に、俺は頷いた。 「そうだ、そう考えると――彼女が理科室に立ち寄った可能性自体が、現実的ではない」 澪が目を見開いた。 「じゃあ……佐倉先輩は、理科室になんて行ってなかったってこと……?」 「その可能性が非常に高い、改めて確認する必要はあるが、以前片桐先生に佐倉先輩の話をきいた時、理科室の鍵を借りたなんて話しはなかった」 「……でもさ」 と、陸がぽつりと口を開き、例の写真と、音声データの再生画面を指差しながら続けた。 「綾野が、屋上の鍵を渡してる写真。んで、『殺してあげる、美月』って言ってる音声。これがあるんなら――綾野が佐倉先輩を殺した犯人って結論は変わんねーじゃん?」 部室の空気が、再び緊張を帯びる中、俺はゆっくりと写真と音声データの再生画面に視線を向けながら、口を開いた。 「……それについても、話さなくてはならない。違和感があるんだ」 「……違和感?」 少し眉を寄せて、問い返してきた陸に一瞬だけ目を向けた後、俺は画面を見つめたまま、言葉を紡ぐ。 「あまりにも、綺麗すぎるんだ」 「綺麗すぎる?」 今度は澪が小さく首を傾げ、呟く。 「ああ。偶然撮れた一枚にしては、構図も、光の当たり
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第八章:偽りの証明④

その言葉を口にした瞬間、自分の滑稽さが胸の奥を刺してくるようだった。 「気づけなかった……こんなにも明らかな異質さに。全て、よく見れば浮いていたが、俺はそういうものだと、勝手に納得していた」 拳をぎゅっと握りしめ、俺は目を伏せた。 「……こんな形で、真実から目を背けていたとは……探偵なんて名乗っておきながら、肝心なことに気づけなかった俺に……本当は、その資格なんてなかったのかもしれない」 部室の空気が、重く落ち着いた中、誰も言葉を挟まなかった。沈黙の中、俺はゆっくりと口を開いた。 「……だからこそ、確認する必要がある。この音声が、この写真が、――俺たちが証拠だと思っているこれらが、真実なのか、誰かにとって都合のいい形に、整えられた虚像なのか」 その言葉が、重く、静かに部室の空気を揺らした。 「調べる必要がある。プロの力を使ったとしても、確かめるべきだ」 そして、俺は視線を澪に向けた。 「澪。君の親父さんに、このデータの解析を頼めないか?」 澪は一瞬、目を丸くしつつも、すぐに意味を理解したが、確認するように言葉を発する。 「……お父さんに?」 「ああ。澪のお父さんは大手IT企業の社長だろ?会社には音声解析や画像処理の分野に強い専門家が多く在籍している。 音声の波形や背景ノイズの解析、写真のメタデータ復元や合成の検出、そういった真偽を見抜くプロたちだ。 この写真と音声、見た目には完璧に仕上げられているが、本物かどうかを、徹底的に調べる必要がある。澪の親父さんのところであれば、それが可能だ」 澪は少しだけ視線を落とし、やがて微笑を浮かべた。 「……そうだね。確かに、お父さんの会社ならそれが可能だと思う。私のお願いだったら、いろいろ事情を聞いてくると思うけど、悠真の頼みなら、きっと何も聞かずに『いいだろう』って言うはずだから」 その一言に、胸の奥がじんわりと温かくなる。 「……助かる」 俺は心からの思いを込めてそう言い、深く頭を下げた。 すると隣で陸が、わざとらしくため息をつきながらぼそりと呟く。 「……ほんと、澪の親父さんって悠真のこと好きだよな」 その軽口に、場の空気がほんの少しだけ和らいだが、すぐに部室には緊張が戻る。次にすべきことが、全員の中で共有され始めていた。 「解析には時間がかかるはずだ。
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第九章:鍵を握る影①

 驚愕の事実が判明した翌日、火曜日の昼休み、俺たちは演劇部の部室に集まっていた。 如月先輩から「昨日、伝え忘れていたことがある」と呼び出されたからだ。 舞台袖の椅子に腰かけていた如月先輩は、俺たちが入ってくると顔を上げ、小さく頷いた。 「……昨日、部室で話してるときに、本当は言おうと思ってたんだけど、なんだか言いそびれちゃって」 そう前置きして、彼女はゆっくりと話し始めた。 「優衣ちゃんのご両親が事故で亡くなったのって、たしか中学一年生の冬ごろだったはず。 だから、私と美月が中学三年生のときかな。……その頃、美月からそういう話を聞いた覚えがあるの」 言いながら、如月先輩は少しだけ目を伏せた。 その言葉を受けて、澪は、戸惑いと痛みが混じっていた声で話す。 「……ご両親を亡くして、新しく家族になったお姉さん――佐倉先輩を、また失って……。 二度も、大切な人を失ったことになるんだね。だからこそ……私は、まだ信じられない。そんな優衣が、どうしてあんなことを?」 誰もすぐには返事をできなかったが、俺は、もう一つの疑問を口にする。 「それに……小池の発言とあの不可思議な視線も不可解だ。自分に疑惑の目を向けさせ、偽の証拠に導いたのがあいつである可能性は高いが、なぜそんなことをする必要がある?……やつの真意が見えない」 舞台の背景に視線を向けながら、俺は続けた。 「佐倉先輩に好意を抱いていたのが関係しているとは思うが、そこから、今回の件にどう繋がるかが見えない」 「……とはいえ、今の時点じゃ、動機も状況も足りなさすぎる。これ以上考えても、答えは出ないだろ。それより大事なのは放課後、理科室の鍵の件を確認することじゃないか?」 陸がパンの包みを机に置きながら、ややうんざりしたように言った。その言葉に、俺は頷いた。 「ああ。佐倉が手がかりを仕込んだ可能性があるなら、理科室の鍵を誰がいつ使ったか、そこを押さえるのが先だ」 「大丈夫。悠真なら……ううん、私たちなら、きっと答えを見つけ出せるよ」 澪がふとこちらに向き直り、やわらかく微笑み言った言葉が、じんわりと胸に沁みた。 *** 放課後の職員室は、夕暮れの光に包まれていた。俺たち四人――澪と陸、そして如月先輩は、無言のままその中へ足を踏み入れた。 「……行こう」 小さ
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第九章:鍵を握る影②

 その瞬間、空気が凍りついた。 澪が、息を呑むようにして目を見開く。陸は表情を失ったまま、片桐先生の言葉を反芻している。如月先輩は、震えるように肩を揺らしながら、かすれた声で呟いた。「やっぱり優衣ちゃんが……」 やはり、佐倉が理科室に偽の手がかりと鍵を仕組んだのは、ほぼ間違いない。 そんな俺たちの様子を見ていた片桐先生が、ふと声を落とした。「お前たち、何か隠してるな。理科室の鍵の話だけじゃないだろう。どうかしたのか?」 その問いは、単なる教師の問いかけとは違っていた。見透かすような、だが責めるでもない。本気でこちらを、気にかけている声だった。だからこそ、俺は正直に答えようと決めた。「そういう……先生は、何かを隠しているのですか?」 片桐先生の表情がわずかに揺れた。「……仮にそうだとして、それをなぜ知りたがる? お前たちが探ってどうする」 その問いは、警戒ではなく、試すような響きだった。それに対して。俺はまっすぐに答えた。「佐倉美月先輩が、どうして死んだのか、その真相を知るためです」 その瞬間、空気が変わり廊下から遠く響く部活の声が、どこか別世界の音に聞こえた。「警察でも教師でもない僕たちが、知ってどうすると、先生がそう思われるのは、当然です。……ですが、僕たちは知る必要があると思っています。あの死に、何者かの手が加わっていたのであれば」 一瞬だけ、片桐先生の視線が外れ、それから、窓の外に目を向けて、しばらくしてから。「……ここでは話せない。場所を変えよう」 それは、意外な言葉だった。だが、それ以上の説明はなく、片桐先生は立ち上がる。「ついてきなさい」 その背に従って歩いた先は――生徒指導室。普段の生徒生活では滅多に使うことのない、校舎の一角にある小さな応接室だった。 俺たちは中に通され、片桐先生に「少しだけ待っていろ」とだけ言われて戸を閉められた。部屋には机とソファ、壁掛けの時計がひとつ。カチ、カチと響く針の音だけが聞こえる。その音は、不自然なほどに整えられている気がして、なぜか胸の奥がざわついた。 十数分が経ったころ、ドアが再び開かれた。入ってきたのは片桐先生、そして――。「……校長先生?」 澪が思わず小さく呟いた。 その場にいた全員が、声にならない驚きを飲み込む。現れたのは、桐ヶ丘学園の校長・仁科 穣(にしな じょ
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第九章:鍵を握る影③

「……あれは、佐倉美月が亡くなる当日の朝だった。俺がたまたま早く登校して、まだ誰もいないはずの職員室に立ち寄ったんだ。 だがその日は、なぜか鍵が既に開いていた。不審に思って中を覗くと……彼女が、職員室にあるテストの問題用紙が保管されている棚から、テストの問題用紙を手に取っているところだった」 「……!」 澪が、わずかに息を呑む気配がした。 片桐先生は、感情を抑えるようにして言葉を続けた。 「彼女を問い詰めると、今回のようなことは、初めてじゃないと言った。 『今年の二月にも、テストの問題用紙をコピーし持ち帰っていた』と認めた。……信じがたかった。 だが、彼女の顔は、どこか諦めたような、落ち着いた表情をしていた。その場で怒鳴ったりはしなかった。ただ、驚きながらもこれは問題になるとだけ伝えて……彼女を返した。それから一部の教員に報告して、処分をどうするか協議を始めた矢先だった。 ……その当日彼女は授業を休み、そしてその夜、佐倉美月は自ら命を絶った」 仁科校長が、目を伏せた。その目元には、深い悔恨の色がにじんでいた。 「我々は悩みました。……だが、彼女が自分の行為を悔いて、自ら命を絶ったのだと判断した。問題を公にすれば、ご遺族をさらに深く傷つける。……そう考え、この件は表に出さないという判断をしました。 ご遺族には何も伝えていない。知っているのは、私と片桐先生、そして一部の教師と、警察関係者のみです」 誰も言葉を見つけられず、ただその場に座り、その事実を噛み締めていた。 ――生徒指導室を出たあと、誰も口を開かなかった。 廊下にはまだ夕日が差し込んでいたが、あたたかさは感じられなかった。 「嘘でしょ美月がそんなことを……ありえない……」 如月先輩の声はえていたが、それは驚きからくるものでしかなかった。 だが俺は、違っていた。片桐先生の話をきいて、思い至った嫌な考えが頭から離れず、体の先までじわじわと冷えていくような、そんな恐怖があった。*** 生徒指導室での話の後、俺たち四人は推理部部室へ戻った。 重い沈黙の中、陸が口を開いた。 「……二月頃って、如月先輩が言ってたよな。佐倉先輩の様子がおかしくなり始めた時期だって」 陸の言葉に、澪が顔を上げる。 「……うん、間違いなく先生たちが話していたことが関係
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第九章:鍵を握る影④

 その名を口にしたとたん、空気がぴたりと止まった。 「なんでそうなるんだ?優衣ちゃんは新入生だぞ? 今年の二月の時点では入学すらしていないだろ?」 陸が、眉をひそめて俺を見る。それは当然の疑問だった。 俺も、答えを持っていたわけじゃない。ただ、疑念だけが先に口をついて出た。 だが、その疑念が繋がりだし言葉を紡いでいく。 「……二月は、期末試験の準備と、入試が重なる時期だ……」 澪がはっとした表情を見せる。 「……! 入試の問題用紙も、その時期は校内に保管されてる……!」 「そういうことだ、この学校は私立。公立みたいに教育委員会が問題を作って配るわけではない。試験問題は校内で作られ、校内で保管される」 「つまり……内部の人間なら、どうにかできるってことか……」 陸の言葉を聞いた後、俺は言葉を選びながら続けた。 「つまり、佐倉が――佐倉先輩に、入試の問題用紙を盗ませていた可能性がある。 そして、自分が受験して入学したあとも、佐倉先輩に問題用紙を盗ませようとしたが、教師に見つかり、佐倉先輩は『もうできない』と断った。あるいは、自分から告白しようとした。結果、佐倉にとって用済みになった」 その言葉に、三人が凍りつき、重く、冷たい空気が肌にまとわりついて離れない。 「……それで、口封じに……?」 「可能性の話だ。今はまだ、証拠もない、全ては仮定だ」 震える澪の声に、俺はできるだけ冷静さを保ちながら答えた。 だが、その可能性は、否定できないほどに現実味を帯びていた。 「……でもさ、それって、つまり殺したってことじゃん。あの優衣ちゃんが?」 陸が目を伏せて言う。その声は、信じたい気持ちと、信じたくない気持ちの狭間で揺れていた。 澪も、信じたくないというように小さく首を横に振る。 「だって、二人は仲が良かったはずだよ……。如月先輩も言ってた」 如月先輩が、それを肯定する。 「……それは、本当。美月は優衣ちゃんのことを大切にしていた。少なくとも、美月の口調からは本当に仲のいい姉妹なんだと感じた」 少し掠れた声。それは、自分の記憶と向き合うようにゆっくりとした語り口だった。 「でも……もし、それが表向きだったとしたら……あたしは、何を見てたんだろうって、考えたくなる」 その言葉は、胸の奥に鈍い痛みを残し、
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第九章:鍵を握る影⑤

翌日、水曜日の放課後。 住宅街の奥、坂を上り切ったところに、佐倉家はあった。白い壁に包まれた二階建て。季節の花が咲く小さな庭が手入れされていて、どこか柔らかい雰囲気を醸していた。 「……ここよ」 如月先輩が足を止め、深く一度息を吐いてから、インターホンを押した。 しばらくして、扉が開く。現れたのは、やせぎすで物静かな女性――二人の母親である佐倉 佳乃(さくら よしの)さんだった。 彼女は如月先輩の姿を見ると、少し驚いたように目を細めた。 「真希ちゃん……?」 「ご無沙汰しています。突然すみません、美月のことで……お話を聞かせていただけたらと思って」 「……そう。入ってちょうだい。お友達も一緒に?」 「はい。学校の後輩たちです。事情は、私が説明しますので」 そう言って、如月先輩が俺たちを紹介してくれた。 彼女は戸惑いながらも、頷き、家の中へと招き入れてくれた。 玄関を上がると、どこか懐かしさを感じさせる香りが漂っていた。案内されたリビングには、写真立てがいくつか並んでいた。中には、制服姿の佐倉姉妹が肩を並べて笑っている写真もあった。 「……あの子たちは、本当に仲の良い姉妹だったわ」 リビングでそう語った彼女の目は、ふと遠くを見つめるように細められた。 「でもね……最初からああだったわけじゃないの。優衣の両親が亡くなったのは――たしか、中学一年の冬ごろだったかしら。事故だったの」 部屋の空気が、すっと静まり、俺たちは誰も言葉を挟めなかった。 「……うちとは昔から家族ぐるみの付き合いがあってね。だから、私たちも本当にショックだったけど……あの子の受けたショックは、それ以上だったと思う」 彼女は、手元のカップをそっと撫でながら続けた。 「すぐに優衣をうちで引き取ったけど、最初の頃はなかなか気持ちが落ち着かなくて……。夜も眠れなかったり、突然泣き出したりして。でも、そんな優衣を支えていたのが、美月だったのよ。自分のことより優衣のことを考えて、寄り添って、声をかけて……」 目元に手をやる彼女の姿に、俺たちは何も言えずにいた。 「だからね、私は今でも思ってるの。あの子たちは、血の繋がり以上に、絆で繋がっていたんだって。だけど、優衣が高校に入学してすぐだったかな……美月の部屋から、ふたりが言い争う声が聞こえてきて…
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第九章:鍵を握る影⑥

「優衣ちゃんが……?」 「ええ。『実の家族でも見られたくないものはあると思うから、気になるだろうけど、そっとしておいてあげて』って。あまりにも真剣な表情だったから……私も、それ以上言えなかったの」 「そうだったんですね……」 如月先輩が、沈んだ声でそうつぶやき、部屋に、しんとした沈黙が落ちた。 警察は通常、プライバシーの保護や法的手続き、そしてコストやリソースの観点から、事件性の低い自殺の場合、スマホのデータまでは復元しない。それ自体は珍しいことではない。 だが、佐倉がデータの復元を拒んだという事実が、ひっかかった。姉の死の真相を調べるように、俺たちに依頼してきたはずの彼女が、その手がかりになるかもしれないスマホの復元を、強く拒んだ?佐倉にとって、スマホの中に、見られては困る何かがあったのか?疑念が、胸の中にじわじわと広がっていく。 「このスマホ、少しだけお借りしてもよろしいでしょうか?」 母親は驚いたように俺を見たが、やがて何かを決意したように頷いた。 「ええ……美月のことを調べてくれてるんでしょ。……あの子が本当は、何を抱えていたのか。私も……知りたいの」 俺はスマホを両手で受け取り、深く頭を下げた。*** 日も暮れはじめた帰り道、住宅街を抜けたところで、俺たちは立ち止まった。 誰からともなく、小さなため息が漏れる。 「……あのお母さん、本当に優しい人だったね」 澪がぽつりと呟いた。その声は、道ばたに咲いた夕顔のように、脆く、儚い。 「佐倉先輩と優衣が、どれだけ仲良かったか……話を聞いたら、胸が苦しくなった」 如月先輩がそっと目を伏せる。 「美月が、家族としてじゃなくて、一人の大切な人として優衣ちゃんを想ってたって、伝わってきた。……あの優衣ちゃんが、美月を殺すなんて、やっぱりそうは思えなかった」 言葉が胸に沈んでいく、だからこそ、俺は口を開く。 「……だが、あの言い争いの話。やはり気がかりだ」 あの場で聞いていた皆が、黙って頷いた。佐倉佳乃さんの語った、『もうやめて』『信用できない』という佐倉の言葉。それは、心のどこかに棘のように残っていた。 「家族の中で、ふたりの関係に何かがあったのは、間違いない」 俺はそう言いながら、思考を組み立てるように言葉を続ける。 「それと、スマホのデータのこと
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第十章:真実の扉①

昼休みの喧騒を抜け、俺は職員室の扉を叩いた。 「……失礼します。片桐先生、少しお時間いただけますか」 「朝倉か。どうした?」 呼びかけに顔を上げた片桐先生は、少しだけ警戒するようにこちらを見る。 その瞳の奥に、うっすらとした疲労の色が見えた。無理もない。あの事件の影に、彼もまたずっと心を囚われていた一人だから。 「今日の放課後、屋上を使わせていただきたいんです」 俺が口にしたその言葉に、片桐先生の表情がわずかに強張った。 「……屋上は立入禁止だ。あそこはもう使わせないと……学校側でも決めたことだ」 迷いとためらいが混じるその声。それでも俺は、まっすぐに見据えて告げた。 「だからこそです。あの場所から始まったすべてを、あの場所で終わらせるべきだと思っています。真実を、皆の前で明らかにするために」 その言葉に、片桐先生は言葉を失った。視線が机の上に彷徨い、指先がペンを弄ぶ。 ふと、その場に足音が響いた。 「……その理由なら、私も同席させてもらおう」 振り向くと、そこには仁科校長の姿があった。威厳のある声だった。 「生徒だけでは難しいだろうが、私たち教員が立ち会えば問題ないはずだ。……なにより、これは見届けるべきことだと思う」 片桐先生は、仁科校長の言葉に少しだけ目を見開き、そして黙って頷いた。*** その日、放課後――屋上には、沈黙が風に吹かれていた。 遠くに街のざわめきがかすかに聞こえる。傾きかけた夕陽が、校舎の壁面を朱に染めていた。 すでに屋上には、数人が集まっていた。推理部の三人――俺(朝倉悠馬)、早瀬陸、桐島澪。その隣には、如月真希先輩が静かに佇み、少し離れた場所には、片桐誠司先生と仁科穣校長が並んで立っている。 二人とも表情は険しくはないが、ただならぬ気配が空気を引き締めていた。 やがて扉が開き、一人目の呼び出された人物――小池陽太が姿を現した。 彼は戸口で立ち止まり、屋上の面々を順に見渡したが、表情に動揺はない。ただ頷き、無言のまま歩み寄ってくる。 次に現れたのは、佐倉優衣だった。 誰の目も見ようとせず、風を受けながらまっすぐに足を進めてくる。如月先輩の視線が一瞬だけ揺れたが、佐倉は気づいていないようだった。 そして――最後に、綾野奏斗先輩が現れた。 扉が軋んで開く音の
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