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第39話(27)

「すぐ側で、あんたの護衛が張っているのに、のこのこと連れ立って歩けるはずがないだろう。長嶺組からは、第二遊撃隊は蛇蝎のごとく嫌われているからな」 さりげなく出た〈蛇蝎〉という言葉に、ピクリと肩が揺れた。「今晩は、俺一人だ」「雨も降っている中、わざわざ一人で、ここに来られたんですか?」 なんのために――。ようやくわずかに平静を取り戻した和彦は、南郷に対する露骨な警戒と敵意を隠そうとはしなかった。もっとも南郷にしてみれば、捕えることもたやすい小動物のささやかな反抗だとしか感じていないだろう。余裕たっぷりの表情と口調を保ったまま、和彦の腕を掴む力は強い。「昨日、長嶺の本宅からマンションに戻ったことは報告を受けている。本宅にいられると、あんたに話があるといくら訴えたところで、体よく追い払われるからな。さっそく出向いてきたというわけだ」「話って……」「あんたが、自分の父親と会ったとき、本当に鷹津の話題が出なかったのか、確かめたかった」「……出なかったと答えたはずです」「いや。さあ、と一言答えただけだ」 足元から寒気が這い上がってくる。威圧的に見下ろしてくる南郷の視線から逃れたいが、壁に押し付けられたうえに腕まで掴まれていると、身じろぎすらできない。「だったら言い直します。鷹津さんの話題なんて出ませんでした。父は……、彼の存在すら知りませんから」 南郷は、ひどく鷹津の存在を気にかけている。正確には、警戒している。総和会の護衛を欺いて和彦を連れ去ったのだから、南郷の立場からすれば無理からぬことだろうが、鷹津が姿を消したことで、警戒心がより強まったようだ。 和彦の言葉を信じたのか、端から聞く気などないのか、南郷はふいに視線を非常階段に通じるドアへと向けた。「――ここの非常階段はいい具合に、通りからも駐車場からも死角になっている。あんたが、監視の目を気にせず男を連れ込むには最適というわけだ」「そんなこと……」「してるだろ? ドアを開けたときのあんたの顔を見たらわかる。待ちかねてい
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第39話(28)

「もっとサービスしてくれてもいいだろう。俺があんたに触れられない間に、当のあんたはどんどん色艶が増してきている。鷹津がいなくなったことも、御堂のもとで新しい男と知り合ったことも、自分の父親と接触したことも、何もかもが、あんたをオンナとして磨き上げているってことだ。そんな美味そうなあんたの味見をしておかないと」 芝居がかった下卑た物言いが、たまらなく不快だった。和彦は眉をひそめ、必死に視線を逸らし続けたが、かまわず南郷は続けた。「――ここで、鷹津と寝たことがあるだろ」「あなたに、関係ないっ……」「興奮したんじゃないか。人目を避けて会いに来てくれた男と、職場でするセックスは」 次の瞬間、腰を抱き寄せられ、半ば引きずるようにして歩かされる。南郷は、ドアを開けたままにしていた仮眠室を覗き込むと、そこに和彦を連れ込んだ。 足を引っ掛けられて、よろめいて上体をベッドに倒れ込ませる。南郷に乱暴に両足を抱え上げられた拍子に、履いていたスリッパが床の上に落ちた。 南郷も当然のようにベッドに乗り上がり、二人は言葉もなく視線を交わす。静かな室内に、雨音だけが響いた。 獰猛な獣と対峙したようなものだった。視線を逸らした瞬間に、相手が飛びかかってきて、急所に食らいついてくる。そんな恐れを抱きながら和彦は息を潜め、身じろぎすらできずに南郷の出方をうかがう。よりによって、ここ数日の残業続きで、クリニックから出る時間が遅くなっても不自然ではないのだ。外で待機している護衛の男たちが異変に気づく可能性は、限りなく低かった。 南郷の手が頬にかかり、和彦は嫌悪感を露わにする。手を振り払いたいが、そんなことをすれば、どんな痛い目に遭わされるのかと想像してしまう。南郷に対して、いつも和彦の反応は同じだった。普段は男たちによって守られているが、和彦自身は非力で、臆病なのだ。「あんたは、捕えやすい獲物だ。ちょっと痛めつける必要も、大きな声を出す必要すらない。俺に射竦められると、ビクビクしながら体を差し出すしかない」 そう南郷に嘲弄された和彦は屈辱からカッとしたが、何も言えなかった。話しながら南郷の手が頬から首筋へと移動し、思わせぶりに撫でられる。着て
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第39話(29)

 粗野な動作で足を広げさせられ、南郷が腰を割り込ませてきながら、ベルトを緩めている気配を感じる。動揺した和彦が足掻くようにベッドを蹴りつけたが、抵抗にすらならず、南郷はスラックスの前を寛げて悠々と腰を密着させてきた。 燃えそうに熱くなった欲望を、怯える和彦の欲望にゆっくりと擦りつけながら、南郷は激しく濡れた音を立てて唇を吸い上げてくる。荒々しく胸元をまさぐられ、てのひらで転がすようにして刺激された突起がおずおずと凝り始めると、抓るように指で挟まれた。 知らず知らずのうちに和彦は呻き声を洩らしていた。南郷という嵐に呑み込まれながら、どうしようもなかった。 唇を離した南郷が上体を起こし、すでに力が抜けてしまった和彦を見下ろしてくる。「あんたの体を見ると、長嶺組長にどう愛されたのか、よくわかる」 南郷の指先が這わされたのは、内腿や足の付け根の際どい部分だった。二日前、賢吾に念入りに愛撫されたばかりで、そのときの狂おしい情欲のうねりを和彦はまだはっきりと覚えている。「あっ、嫌っ……だ」 図々しくも冷静な南郷の指は、和彦の秘められた場所すら容赦なく暴いていく。まだ怯えたままの欲望の形をなぞり、片足を抱え上げられてから秘裂をまさぐられる。「ひっ……」 探り当てられた内奥の入り口を指の腹で擦られて、和彦は声を詰まらせる。南郷は舌舐めずりせんばかりの喜悦の表情を浮かべた。「ああ、あんたの感触だな。一見貞淑そうだが、中はとんでもない淫乱ぶりで、どんな男でも喜々として咥え込む」「痛っ」 濡らすことなく内奥に指が挿入され、引き攣れるような痛みが下肢に走る。和彦は苦痛に顔を歪めるが、かえって南郷の興奮を煽っただけらしく、一本とはいえ太い指を容赦なく蠢かし、付け根まで収めてしまう。そこでまた唇を塞がれて、口腔を舌で犯されながら、内奥も指で犯される。 繊細な襞と粘膜を擦られ、ときおり弱い部分を強く押し上げられて、腰が痺れる。南郷もまた、自分の体の扱いを心得ている一人なのだと、和彦は思い知らされていた。 内奥を掻き回すように巧みな愛撫を与えられているうちに、淫らな肉が否
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第39話(30)

 否応なく快感を引きずり出されて和彦は上体を捩り、なんとか抗おうとしたが、南郷はそんな和彦を容赦なく追い詰め、攻め立てる。結局、深い吐息を洩らして、大きなてのひらの中で果てていた。 和彦が吐き出した精をわざわざじっくりと眺めてから、南郷が皮肉げな口調で言う。「溜まっていたわけじゃないんだな、先生。あんまり愛想がいいから、欲求不満なのかと思ったが……、あの長嶺組長に限ってそれはないか」 和彦を射精させたからといってそれで満足する南郷ではなく、今度は自らの欲望を握り、まるで見せつけるように手早く扱いたあと、和彦の腹の上に精を迸らせた。 まるで儀式のように、南郷は自分の精を指で掬い取り、和彦の内奥の入り口をまさぐってきた。南郷はなぜか、和彦の中に己の証を残したがる。それとも、単に汚したいだけなのか。 嫌悪と困惑と怯えを含んだ目で見上げていると、薄い笑みを口元に湛えたまま南郷は内奥に指を挿入した。また指の数を増やされたが、苦しくはなかった。それどころか自ら迎え入れるように淫らな蠕動を始め、和彦はヒクリと下腹部を震わせた。 襞と粘膜を擦り上げるようにして、南郷の精を何度も塗り込められていく。必死に声を堪えようとしていると、それに気づいた南郷に、内奥の浅い部分を強く刺激された。「あっ、ああっ……、あっ、んあっ」「――俺は簡単に、あんたを押さえつけられるし、こうして体を開くこともできる」 南郷が唐突に話し始めるが、執拗な愛撫は止まらない。「いままで何回もあんたに触れてきて、寝込みも襲った。さて、そんな俺の行動に疑問を感じなかったか?」 疑問なら、今この瞬間も感じている。どうして南郷は、危険を冒してまで自分に――長嶺の男たちのオンナに触れてくるのかということだ。しかし南郷が口にしたのは、違う答えだった。「俺がどうして、あんたを犯さないか」 物騒な言葉を言い切った南郷が、内奥から指を引き抜く。和彦が顔を強張らせると、南郷はニヤリと笑った。「先生、あんたを〈まだ〉犯せない。今はこうして触れて、互いに慣れておくだけだ」「…&hellip
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第39話(31)

**** その傷口を一目見て、和彦はゾッとした。 長嶺組や総和会から依頼される仕事によって、通報事案に値する怪我の治療もこなし、経験を積んできているが、どうしても慣れないものがある。 消毒をする和彦の手が止まったことで不安を覚えたのか、ベッドに横たわった男が苦しげな息の下、言葉を発した。「先生、どうかしましたか?」「あっ、いや……、なんでもない、です」 四十代半ばに見える男は、苦痛に顔をしかめてはいるものの、非常に落ち着いていた。普通の人間なら、刃物で太腿を刺され、それなりに出血したとなったら、こうはいかない。そもそも、その場から動くこともできないだろう。 しかしこの男は、自分で足の付け根をネクタイで縛って止血をして、安全な場所へと移動してから、組に連絡して助けを求めた。 男への攻撃は、太腿への刃物による一刺しだけ。ためらいのない、美しいとすらいえる傷口が示すのは、明確な殺意だった。「……あと少し刺される場所がズレていたら、動脈が傷ついていましたよ」「マッサージを受けている最中で、ちょっとばかり無防備になっていたんです。咄嗟に身を捩ったおかげですね、助かったのは」 襲撃者を蹴りつけて逃げ出してきたと誇らしげに言われ、和彦としては返す言葉がない。「朝まで待って、医者を寄越してもらうつもりだったんですが、『バカ野郎っ』と、うちの組長に一喝されまして……。まさか、佐伯先生みたいな、きちんとした医者を呼んでもらえるとは思っていませんでした」 この患者の中で医者のランク付けはどうなっているのだろうかと、気にならないわけではないが、今は治療が優先だ。和彦はさっそく局所麻酔をかける。 麻酔が効き始めるにつれ、男の苦痛の表情がわずかに和らぐ。治療に立ち合っている組員たちの様子をうかがいながら、和彦は気になったことを問いかけた。「ぼくのことを、知っているんですか?」「うちの組は、よく佐伯先生に世話になっていると、組長が話していました」「組長&h
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第39話(32)

「総和会を介さないで、人や物を組同士間で直接行き来させるのを、総本部は嫌がります。そういったことをよくご存知の長嶺組長ですが、〈心当たり〉のおかげで、今回は佐伯先生を寄越してくださったんでしょう」 和彦は黙って聞きながら、さっそく縫合に取りかかる。「最近、総和会の中で密やかに、ある噂が流れているんです。長嶺会長が、総和会の中の組織改革を目論む……というのは表現が悪いですが、計画しているようだと」「ぼくも、その噂なら聞いたことがあります」「その組織改革の一つに、創設当初から名を連ねている十一の組の数を変更するのではないか、というものがありまして……。佐伯先生も薄々とながら感じているでしょうが、十一の組の力は同等じゃありません。昔より、構成員の数と資金力の格差が大きくなっています。正直、力のある組に、力のない組がぶら下がっているという部分が、ないとも言えません。不公平だと不満を抱えている組があるのも確かです」 さすがに自分の体が縫われている様は直視したくないのか、話しながら男は、振り返るようにしてブラインドを下ろした窓に顔を向ける。 空調が利いていない室内は、血と汗の匂いが入り混じっている。できることなら窓を開けて換気したいところだが、それはさきほど止められた。外はすでに夜の闇に覆われ、普段使っていない部屋に電気がついていると目立つのだそうだ。「だからといって、総和会の今の枠組みを壊したいかというと……、どうでしょう。組を減らすにしても、増やすにしても、揉めることになるでしょう。あくまで噂レベルの話とはいっても、浮き足立つ組はあります。古き良き助け合いの精神なんてものは、締め付けの厳しいこの時代には足枷でしかないと、長嶺会長が言い出してもおかしくない。幹部会に提議するための下調べを、もう始めているとしたら――」 男がブルッと身を震わせる。その反応が、総和会会長としての守光の恐ろしさを物語っているようだった。 御堂と親しくなったことで和彦は、清道会という組織の一端に触れた。清道会組長補佐の綾瀬と知り合い、清道会会長に挨拶もした。それらの出会いの中で、総和会会長の交代劇に遺恨めい
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第39話(33)

「えっ、ああ……、あの隊は、長嶺会長のためならなんでもしますからね。どの組にも隠したいことはあるが、犬並みの嗅覚で探り当てる、と言われています。そういう連中に対しては、どうしたって慎重になります。うちの組だけじゃなく、今回は長嶺組長にお世話になっているわけですから、これ以上迷惑をかけるわけにもいきません。当然、佐伯先生にも」「……第二遊撃隊全体のことはよくわかりませんが、南郷さんは鋭いですね。いろいろと」 和彦の口調に含まれる苦々しさを感じ取ったのか、怪我を負った男から気遣うような視線を向けられ、さらにこう言葉をかけられた。「佐伯先生も苦労されているようですね」 はい、と頷くわけにもいかず、和彦は曖昧に首を動かした。**** 賢吾が持たせてくれたクリニックに、和彦は愛着を抱いている。開業に向けて改装工事に立ち合い、インテリアなどを自分で選び、長い時間を過ごしている場所だ。 その場所を、南郷の無法な訪問によって〈穢された〉と感じる自分に、和彦は驚いていた。 こんな形で、クリニックが職場以上の価値を持つものであると痛感したところで、和彦はまったく嬉しくなかった。気分転換という表現も変かもしれないが、せめてもの対処として、契約している清掃業者にいつもより早めに入ってもらおうかと、本気で検討していた。 ビルから出ようとして空を見上げた和彦は、ため息をついて傘を差す。また、雨が降っていた。頭がひどく重いが、おそらく天候の悪さは関係なく、睡眠不足が原因だろう。 昨夜――治療を終えたときにはもう日付が変わっていたが、殺されかけた昭政組の組員は、今朝はもう車イスに乗って元気に事務所に出ていると、賢吾からのメールで教えられた。少しばかりの睡眠時間と引き換えにした甲斐はあったと、和彦が微笑ましい気分になったのは一瞬で、数日は安静にするよう指示を出した身としては、眉をひそめずにはいられなかった。 この世界で生きる男たちに、無理はするなと忠告するだけ野暮なのだろうとわかっていても。 ふいに強い風が吹き、和彦は咄嗟に傘の柄を強く握る。
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第39話(34)

 格好だけなら小野寺は、華のある甘い顔立ちもあって、苦労知らずの大学生に見えた。それが実は、世に悪名を轟かせる組織の中で、どんな仕事でもこなす隊に所属しているのだから、人の見た目は本当にあてにならない。 もっとも和彦の周囲には、そんな男がけっこういる。例えば――。「中嶋くんは?」 唐突な和彦の問いかけに、動じた様子もなく小野寺は首を横に振る。「俺だけです」「……加藤くんの件を知らないのか」 和彦は露骨に不機嫌な表情を浮かべたが、それでも小野寺は動じない。「それは、あいつがドジを踏んだから大事になったんです。俺は正式に、隊から……というより、南郷さんからの使いで来ました」 南郷と聞いて、和彦の口元はピクリと引き攣る。小野寺を睨め上げたが、その反応をどう受け止めたのか、和彦の承諾も得ないで向かいの席についた。「おい――」 和彦は抗議しようとしたが、すかさず差し出された紙袋に気を取られる。紙袋に印刷された上品なデザインには見覚えがあった。いつだったか患者が差し入れとして持ってきた、有名な洋菓子店のものだ。 どういうつもりかと理由を問おうとして、今度は頼んでいたランチが運ばれてくる。小野寺は居座るつもりらしく、ちゃっかりメニュー表を開いている。 声を荒らげるのも大人げなくて、呆れて小野寺を見ていた和彦だが、すぐに目を丸くする。 ここまで、不貞腐れているのかと思うほど無表情だった小野寺が、ウェイトレスの女の子に思いのほか優しい笑顔を見せ、柔らかな声音で注文をしている。この場面だけ切り取れば、目の前にいるのは完璧な好青年だ。 ただ、それなりに人を見る目を養ってきたと自負している和彦が感じたのは、女の扱いに慣れているなということだった。 ウェイトレスが立ち去ると、小野寺は無表情に戻る。意地悪や皮肉のつもりはなかったが、和彦は率直にこう口にしていた。「ぼくには愛想がないんだな」 さすがに虚をつかれたのか、小野寺は目を丸くする。その反応に、ささやかな満足感を覚えた和彦は、軽い口調で続けた。「そういえば、加藤くん
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第39話(35)

 和彦は大きくため息をつくと、小野寺をテーブルから追い払うのは諦める。南郷の指示なのだろうが、あえてクリニックの近くで接触してくるやり方に腹は立つが、寄越されたのが小野寺で、助かったとも思った。見た目だけなら、小野寺は無害そのものだ。あくまで見た目だけ。「あの人たちに、俺と佐伯先生の関係って、どんなふうに見えているでしょうね」「……さあ」「まさか総和会の人間同士だとは、思いもしないだろうな……」 思わずきつい眼差しを向けると、小野寺は皮肉っぽく唇の端を動かした。「今の佐伯先生の反応、もしかして、自分は総和会の人間ではないと思っているということですか?」「君に言う必要はないだろう。……無遠慮で無神経なのは、南郷さん譲りなのか。第二遊撃隊の人間をそんなに知っているわけじゃないが、少なくとも中嶋くんや加藤くんとは、話をしていて不愉快になったことはない」「加藤はよくわかりませんが、中嶋さんは――特別ですよ。あの人は、佐伯先生のために隊に呼ばれたような人ですから」 一瞬、小野寺の表情を過ったのは、嘲りの感情だった。第二遊撃隊の中の人間関係に興味がないわけではないが、それでなくても今は、自分のことでいっぱいだ。度を過ぎた好奇心は、今の和彦には単なる毒にしかならない。「君の言葉が本当なら、中嶋くんのことだけは、南郷さんに感謝しないといけないな。それ以外では――」 続きを聞きたそうな素振りを見せた小野寺を無視して、和彦は食事を続ける。大人げないと自覚するほど邪険な態度を取っているつもりだが、小野寺は痛痒を感ぜずといったところか、こんなことを言い出した。「中嶋さんだけじゃなく、俺にも慣れてください。南郷さんはどうやら、そのうち俺と加藤を――もしかするとどちらかを、佐伯先生の専属の護衛としてつけたいみたいなので」「この間、確かにそんなことを言っていたな。……ぼくの意見も聞かずに」 胃の辺りが一気に重くなるのを感じて、和彦は顔をしかめる。意見を求められない自分の立場を甘受してはいるのだが、南郷から一方的に押し付けられる
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第39話(36)

 店を出ても、さすがに組員はすぐに駆け寄ってきたりはしなかった。和彦は真っ直ぐクリニックに戻るわけにはいかず、とりあえずコンビニに立ち寄り、何げないふうを装って雑誌コーナーの前に立つ。 一分ほど遅れて、組員が静かに隣に立ち、雑誌を手にした。「――あのガキ、総和会の第二遊撃隊の者ですね」 その通りなのだが、吐き捨てるような『ガキ』呼ばわりに、和彦は苦笑する。「ああ。南郷さんから頼まれたと言って、これを持ってきた」 和彦は、紙袋を軽く掲げて見せる。当然のことながら組員は、なぜ、という顔をした。「ぼくに無礼を働いたから、お詫びのつもりらしい。それと、さっき一緒にいた子を、そのうちぼくの世話係にしたいと考えているようだ」「申し訳ないですが、その、先生に対する無礼というのをこちらは把握してないのですが。よろしければ、教えてもらっていいですか?」 不本意ながら和彦は、南郷が小野寺にした説明に倣う。さすがに、〈大事なもの〉についてまでは聞かれなかった。「……まったく、あちらには困りますね。うちにはなんの連絡も入ってませんよ」「ぼくを、あちら側の人間なんだから、わざわざ連絡する必要はないと思っているのかもしれない。もしくは、嫌がらせ――」 組員は不快そうに顔をしかめたあと、小さく舌打ちしたが、和彦の視線に気づいて慌てて謝罪してきた。「すみません。一番困っているのは、先生なのに」「困るというか、なんというか……。ぼくだって舌打ちの一つもしたいけど、振り回されすぎて、その元気もない」 力ない声でぼやいた和彦は栄養ドリンクを一本買うと、組員に見送られながらクリニックへと戻った。** 今日は賢吾からよくメールが送られてきたと、クリニックを施錠した和彦はエレベーターホールに向かいながら思う。 午前中は、昨夜治療した昭政組組員の様子を知らせる内容だったが、午後からは、小野寺が接触してきたことに関する内容へと変わった。 護衛の組員から報告を受けたというメールに始まり、さっそく総和会、さらには第二遊撃
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