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第40話(5)

**** クリニックが休みの土曜日、いつもより一時間ほど遅い時間に起きた和彦は、パジャマの上からカーディガンを羽織った姿でキッチンに立っていた。 コーヒーを淹れ、パンを焼くついでに、目玉焼きぐらい作ろうかと、冷蔵庫を開ける。ハムかベーコンでも残っていればと思ったが、どうやら甘かったようだ。せっかくなので、あとで食料を買いに出ることにした。「今日は一人で、ゆっくり過ごすからな……」 誰かに聞かせるわけでもないが、本日の目標めいたものを口にする。 たまには、自分のペースで過ごせる休日があってもいいだろうと、いつになく強く願うのは、ここ最近の慌ただしさのせいだ。他人に振り回されるのは、今の環境にあっては仕方ないと半ば許容している和彦だが、中には不本意なことがある。 現実逃避だとしても、一日、二日ぐらい、気が滅入るような悩み事を頭から追い払いたくもなるのだ。 温めたフライパンに卵を落とし入れ、皿などを準備していると、玄関のほうから物音がする。耳を澄まし、落ち着いた足音が近づいてくるのを確認して、誰だろうと考えるまでもなかった。「――いい匂いがしているな、先生」 皮肉なのか本気なのか、忌々しいほど魅力的なバリトンによる開口一番の言葉に、和彦は背を向けたまま応じる。「パンを焼いて、目玉焼きを作っているだけで、大げさな」「残念だ。俺は朝メシは食ってきた」「……誰も、あんたの分もあるとは言ってないだろう……」 和彦は呆れながら振り返り、すぐに目を丸くする。スーツ姿だとばかり思っていた賢吾が、濃いグレーのタートルネックを着ており、その上からラフにチェスターコートを羽織っているのだ。革手袋をスマートに外す姿に、悔しいが少しだけ見惚れてしまった。 すっかり、肩書き込みで長嶺賢吾という男を見てしまうことが自然になっていたが、何もなくても、そこに立っているだけで、極上の男なのだと思い知らされる。とんでもない状況で初めて賢吾と出会ったときも、外見と雰囲気に自分が圧倒されたことを和彦は思い出
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第40話(6)

 とりあえず賢吾にもコーヒーを淹れてやってから、和彦はやっとテーブルにつく。パンにバターを塗りつつ、疑問を口にした。「で、朝から何をしに来たんだ。……オシャレして」「オシャレか?」 賢吾が露骨に目を輝かせる。やはり、機嫌はいいようだ。「いいものをラフに着こなして、いかにも、金を持っている悪い中年男みたいだ。ヤクザの組長には見えない」「それは好都合」 パンをかじる和彦を、ニヤニヤしながら賢吾が見守っている。仕方なくこちらから水を向けた。「……これから出かけるのか? だったら、早く行ったらどうだ。ぼくは元気だ――けど、昨日はジムでがんばりすぎたから、筋肉痛で全身が痛い。だから、部屋でゆっくり、したい……」「早く食えよ、先生。これから一緒に出かけるんだから」「人の話を少しは聞けっ」「聞いたうえで、言ったんだ」 いっそ清々しいほどきっぱり言われ、和彦は口ごもる。それをいいことに賢吾は滔々と続ける。「今日は天気がいいから、外出日和だ。寒いのは仕方がねーな。しっかり着込んでおけよ、先生。今日はあちこち移動するつもりだから。それと、泊まりになるが、着替えはどうしても必要になったら買えばいいから、何も持っていかなくていい。――楽しい休日になるぞ」 どうして今日、この男はこんなにも機嫌がいいのかと、和彦はそろそろ空恐ろしさすら感じ始める。「ついこの間、紅葉を見に行っただろう……。ぼくもたまには、ゆっくりと一人の休日を過ごしたいんだが」「今日は、俺と先生の二人きりだ。二人で、ゆっくりできる」 人の話を聞けという再びの抗議は、口中で空しく消える。 薄い笑みを浮かべたまま、大蛇の潜む賢吾の目は、ひたと和彦を見据えてくる。望み通りの返事を引き出すまで、この視線は逸らさないと言わんばかりに。 こうなると、和彦に逆らう術はない。長嶺の男の強引さは今に始まったわけではなく、いつものことだと言われればそうなのだが、やはり気になるのは賢吾の機嫌のよさなのだ。 目
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第40話(7)

 賢吾に手招きされてテーブルに戻ると、肩を落として再びテーブルにつく。和彦は箸を手に取る前に、呻き声を洩らして頭を抱えていた。 誕生日ということで、もう一人の長嶺の男の存在を思い出したのだ。正確には、誕生日を。「……千尋は、先月だった」 申し訳ないが、すっかり頭から抜け落ちていた。賢吾は低く笑い声を洩らす。「それどころじゃなかったからな、先生は。千尋もそれがわかっていたから黙っていたんだ」「で、あんたはどうして急に、誕生日なんて言い出したんだ?」 気を取り直して和彦は顔を上げる。「本当のところ、理由はなんでもいい。二人きりで過ごせるなら。誕生日なら、理由としては打ってつけだ。……今年、先生の誕生日のために、男たちがあれこれ手を尽くしていただろう。お返しというわけじゃねーが、俺も祝ってもらいたくなった。この歳だと、どうせ誰も気にかけてくれないしな」「だから自分でアピールか。……祝う気持ちはあるが、急すぎる。プレゼントも用意できない」 いらねーよと、素っ気なく賢吾が答える。このとき一瞬だけ浮かべた照れ臭そうな表情を目の当たりにして、和彦の鼓動は大きく跳ねた。「明日まで、俺につき合ってくれりゃいい。――どうだ?」 誕生日だと聞かされて、行かないという選択肢は完全になくなった。 じわじわと顔が熱くなっていくのを感じながら、仕方ないという表情を取り繕って和彦は頷いた。** いつもと勝手が違うと、助手席に座った和彦はぎこちなく隣を見る。とてつもなく違和感があるが、ハンドルを握っているのは賢吾だった。 シートにもたれかかろうとして、どうしても背後が気になって振り返る。さきほどから何度となく、見覚えのある車がついてきていないか確認していた。「そんなに、護衛がついてないのが気になるか」 揶揄するように賢吾に指摘され、慌ててシートに座り直して和彦は頷く。マンションの駐車場で、賢吾が運転席側に回り込んだときも驚いたが、今日は護衛をつけていないとさらりと告げられた驚きは、それ以
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第40話(8)

 賢吾のことなので、とんでもない場所に連れて行かれるのではないかと少しだけ心配をしていたのだが、いい意味で予想は裏切られた。 駐車場に入ったときから、おやっ、と思ってはいたのだが、噴水の上がる広場を通り抜けて、ある建物に入ったところで、静かな驚きが和彦の中に広がる。賢吾がチケットを買う間、掲示されたポスターをまじまじと眺めていた。「なんだ、ヤクザの組長とのデートで、まっさきに違法賭博場にでも連れて行かれるとでも思ったか?」 チケットを差し出しながら賢吾に意地の悪い口調で言われ、思わず和彦は苦笑を洩らす。「連れて行ってくれるのなら、どこだってついて行くつもりだったけど、ここは……、少し意外だった」 和彦はもう一度、展示されているポスターに視線を投げかける。 賢吾に連れて来られたのは、美術館だった。現在は、海外の有名美術館のコレクションを展示中らしく、ポスターを見る限り、美術に疎い和彦ですら知っている名品や名画もあるようだ。 どうりで客が多いはずだと、展示室へと移動しながらさりげなく周囲を見回す。「――若い頃、俺なりにささやかな夢があったんだ」 いつもよりさらに柔らかな賢吾の声音に、今日は特別なのだなと改めて実感させられる。護衛もついていないため、長嶺組組長という体面を取り繕う必要がないのだろう。「美術品を扱う仕事がしてみたいってな。海外の美術館に実際に足を運んで、目を肥やしたいとか考えてた。まあ、自分でもわかっていた、叶うことのない夢だ。組を継ぐ未来しかないとわかっていたし、海外に出ることもままならない身だしな。青臭い夢に未練はないが、たまにこうやって、美術館に足を運ぶんだ。護衛は外で待たせて」「なら、いつもは一人で?」「今日は二人だ」「……初めて知った。あんたにそういう一面があるなんて。部屋に、美術書の一冊も置いてないだろ」「自分の頭に留めておくだけでいい。あくまで、気分転換だしな」 展示室に入ると、場の空気に圧倒された和彦は大きく息を吐き出す。美術館を訪れるなど、高校生のとき以来なのだ。浮き足立ってしまいそうになるが、さりげな
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第40話(9)

 聞こえよがしにぼやくと、肩に賢吾の手がかかってドキリとする。そのまま抱き寄せられるのではないかと身構えたが、軽くポンポンと叩かれただけで、すぐに手は離れた。さすがに、周囲に人がいる状況で、賢吾もそこまで大胆ではなかったようだ。 自分だけが動揺させられたようで悔しくて、恨みがましい視線を向ける。一方の賢吾も、意味ありげな流し目を寄越してきた。「――そんな顔をするぐらい、俺のことが聞きたいなら、失敗した結婚の話をしてやろうか? 聞いて気持ちのいいものじゃないぞ。俺の人生において数少ない修羅場の一つだ」「絶対、ウソだ」「何がウソだ」「あんたみたいな男が、モテないはずがないだろう。それこそ、修羅場なんていくらでもあるはずだ。……いちいち覚えられていられないぐらい」「……先生が言うと重みがあるな」 賢吾のとぼけた口ぶりに、なんと返そうかと考えているうちに、再び肩に手がかかり、ぐいっと引き寄せられた。半ば強引に方向転換させられて立ち止まったのは、グッズが売っているショップの前だった。 ショップの前に置かれたワゴン台には、大小の可愛い馬のぬいぐるみや、こまごまとしたグッズが積まれており、子供たちが歓声を上げて眺めている。「千尋に、キーホルダーの一つでも土産で買って帰ってやるか……」 賢吾の呟きを耳にして、和彦は顔をしかめる。「嫌がらせになるんじゃないか、それは」「先生には、でかい馬のぬいぐるみを買ってやろう」「嫌がらせだなっ」 楽しそうに笑った賢吾だが、ふいに何か思案するようにあごに手をやり、まじまじとワゴン台を眺める。和彦は、そんな賢吾の横顔を眺める。 ふっと我に返ったようにこちらを見た賢吾に促され、競馬場をあとにする。 次にどこに向かうのか、現場に到着するまで一切知らされない和彦は、車に乗り込むと、黙ってシートを倒す。歩き回っているうちに気にならなくなっていたのだが、一息ついた途端、筋肉痛であることを思い出した。 カーナビを操作していた賢吾が、そんな和彦をちらりと見て口元を綻ばせる。
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第40話(10)

 賢吾の大きなてのひらに髪を撫でられ、頬を包み込むように触れられる。それだけで、ゾクゾクするような心地よさが生まれていた。「ふっ……」 指先で耳朶をくすぐられると、堪らず和彦は声を洩らす。誘われるように賢吾が顔を寄せてきた。間近で見つめ合いながら、ゆっくりと唇を重ね、すぐに舌先を触れ合わせる。 口づけはすぐに熱を帯び、呼吸すらも貪る勢いで互いの感触と味を堪能する。 賢吾にきつく唇を吸われて、喉の奥から呻き声を洩らす。仕返しというわけではないが、今度は和彦のほうから賢吾の唇に軽く噛みつく。すると、熱く太い舌に歯列を割り開かれ、口腔をまさぐられていた。感じやすい粘膜を丹念に舐め回されて、上あごの裏を舌先でなぞられて、和彦は喉を鳴らす。 このまま濃厚な口づけにいつまでも耽ってしまいたい誘惑に駆られるが、そんな和彦の意識を留めたのは、好奇心だった。「――なあ、あのオモチャ、本当は誰にプレゼントするんだ?」 唇が離れた瞬間を逃さず、抑えた声音で和彦が尋ねると、賢吾はゆっくりと目を細めた。「言っただろ。知り合いの子に渡すものだと」 競馬場を出たあと、二人は家具や靴を見て回り、優雅に買い物を楽しんでいたのだが、ホテルに入る前に最後に立ち寄ったのは、オモチャ屋だった。 奇妙な顔をする和彦に賢吾は、まさに今言った通り、『知り合いの子に渡すもの』と説明し、一応納得もしたのだが――。 慣れた様子で賢吾は、最近流行りのヒーローもののロボットや、乗り物のオモチャ、幼児向け番組のキャラクター人形といったものをどんどんカゴに入れていた。和彦はあとからついていくだけだったが、それでも、それらをプレゼントする相手が、就学前の男の子だろうと見当をつけることはできた。「その知り合いの子のこと、詳しく聞いてもいいか……?」「なんでもかんでも知りたがると、頭がパンクするぞ。そうだな、先生が長嶺の姓を名乗ることを承諾してくれるなら、教えてもいい。無関係ではなくなるからな」 和彦が漠然と推測したことを、賢吾の言葉はさりげなく裏付けているようだった。唇を引き結ぶと、ちらりと笑みをこぼした
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第40話(11)

 褒美のつもりか、さらに羞恥を与えてやろうという意地悪のつもりか、開いた両足の間に賢吾が顔を埋め、いきなり柔らかな膨らみに熱烈な愛撫を開始する。「ひっ、うあぁっ」 引き絞るように内奥を収縮させると、その感触を楽しむように大胆に指が蠢かされ、掻き回される。さんざん柔らかな膨らみを口腔で嬲った賢吾は、上目遣いに和彦の反応をうかがいながら、すっかり反り返った欲望を舐め上げ、愛しげに先端に吸いついた。 和彦は放埓に悦びの声を上げ、抱えた両足の爪先をピンと突っ張らせる。硬くした舌先に執拗に先端を弄られ、括れをきつく唇で締め付けられると、あっという間に絶頂の波が押し寄せてくる。反射的に賢吾の頭を抱き寄せようとしたが、その瞬間を待っていたように、ふいに愛撫が止まった。 上体を起こした賢吾が腰を密着させてきて、ひくつく内奥の入り口に高ぶった欲望を擦りつけてくる。濃厚な愛撫の余韻を引きずっている和彦は、素直に期待を込めた目で見つめる。「いい目だ。和彦」 感嘆したように賢吾が呟く。同時に、熱く逞しいものが内奥に挿入され、和彦は息を詰めた。 愉悦を覚えたように賢吾が目を細める。愉悦によって色づいたオンナの体が、自分の思う通りに反応して満足なのだろう。そう推測できるほど、傲慢だが、凄絶な色気を漂わせた表情を浮かべたのだ。 和彦は、賢吾の強い眼差しを受けながら法悦に鳴く。鳴きながら、欲望の先端から白濁とした精を噴き上げる。内奥の浅ましい蠢動に誘われるように賢吾が一度、二度と腰を突き上げ、そのたびに和彦は欲望を震わせ、トロリ、トロリと精をこぼす。「――お前のこの姿が見たかったんだ。俺のものを突っ込まれながらイク瞬間は、何回見てもゾクゾクする。この姿を他の男にも見せているんだなと嫉妬するが、性質が悪いことに、だったら俺が、この淫奔なオンナをもっと感じさせてやろうって気にもなるんだ」「うっ……」 まだしなっている欲望を掴まれ、和彦は声を洩らす。賢吾の独占欲と執着心の強さを、肉欲と共に体に刻み込まれる。すっかり慣れ親しんだものだが、ときおり鳥肌が立つほど怖いと感じる。今がまさにその瞬間だ。 このまま縊り殺されるのではないかと
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第40話(12)

「……悪い、オンナだ、お前は」「あんたは、悪い男だ」「でも、惚れてるだろ。こんなに漏らしてくれるほど」 賢吾の手が、濡れた下腹部をまさぐる。すべて、悦びの証として和彦の欲望が迸らせたものだ。「あっ、嫌だ……」 力を失ってはいるものの敏感なままの欲望を緩く扱かれる。和彦が上体を捩るようにして愛撫から逃れようとすると、意外なほどあっさりと繋がりが解かれ、賢吾が隣に横になる。そして、当然のように片腕で抱き寄せられた。 触れた賢吾の欲望はまだ猛っており、ほんの一休憩のつもりらしい。最後までもつだろうかと、すでに体力の大半を消耗している和彦は少々心配になる。今夜は賢吾が望む限り、気持ちとしてはつき合いたかった。 和彦のほうから顔を寄せ、そっと賢吾の唇を吸い上げる。すると濡れた後ろ髪を手荒く撫でられ、我ながら度し難いが、また体が疼いた。「――いやらしいな。まだ発情した顔をしてるぞ」 賢吾の指摘を否定せず、和彦はこう問いかけた。「ぼくとのセックスは、よかったか?」「誕生日だからサービスしてくれたのか」「違っ……」「お前とのセックスはいつだって最高だ。だから、ハマる。――お前も、そうだろう?」 行為の最中、賢吾に言われた言葉を思い出す。和彦がなんと答えようが、深読みした賢吾は嫉妬して、さらに和彦に執着してくれるだろう。「答えろよ、和彦。俺の誕生日だぞ」「都合よく利用するな」 和彦はクスクスと声を洩らして笑い、つられたように賢吾も表情を和らげる。その一方で、油断ならない手が和彦の下肢に伸ばされてきた。「あっ」 再び欲望を握られ、慌てて和彦は手を押し退けようとする。「もう無理だっ……」「気にするな。手持ち無沙汰で触っているだけだ」「……オモチャじゃないんだぞ」 そう言いはしたものの、熱心に刺激を与えられているうちに、和彦は足をもじつかせるようになる。賢吾に触れられて、無反
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第40話(13)

** 昼過ぎに自宅マンションに戻った和彦は、抱え持った袋をダイニングのテーブルに置き、ほうっ、と息を吐く。 昨日は、賢吾の誕生日を祝うはずが、その賢吾に靴を買ってもらい、さらには家具店で見かけたルームランプを、和彦の意見も聞かずに注文してしまった。明日には組員の手によって、寝室に運び込まれているだろう。 自分の誕生日ではないかと錯覚しそうなほど至れり尽くせりだったが、和彦だけでなく賢吾も楽しんでいるように見え、抗議など野暮なことができるはずもなかった。そう、とにかく楽しかったのだ。 もらうばかりでは申し訳ないと、和彦もささやかながら何か買ってプレゼントしたいと提案したものの、賢吾が首を横に振り続けた。 デートができただけで十分だと殊勝なことを口にしていたが、そのときすでに賢吾の中に企みはあったのかもしれない。 結果として和彦は、賢吾にきちんと誕生日プレゼントを渡せた――というより、奪われた。「……バカじゃないか、いい歳した男の〈初めて〉なんて」 そう呟いた和彦だが、口調には苦々しさだけではなく、恥じらいも含まれている。昨夜、自分がさんざん乱れた挙げ句に、どんな失態を演じたか、よく覚えているが故だ。 賢吾からは、失態ではなく痴態だと、ニヤニヤしながら言われ、何も言い返せなかった。悔しいことに。 和彦はダッフルコートを脱ぐと、少しの間ぼんやりとその場に立ち尽くしていたが、ふと我に返る。体の内側がまだ熱を発しており、急に喉の渇きを覚えた。 ふらふらとキッチンに入り、冷蔵庫を開ける。気の利く組員によって、冷蔵庫には和彦が持て余さない程度の食料が補充されており、しっかりベーコンもあった。賢吾が余計なことを言ったのではないかと勘繰りながら、オレンジジュースの紙パックを取り出す。 グラスに注いだオレンジジュースを一気に飲み干し、なんとか人心地ついた和彦は着替えを済ませる。少し横になろうとベッドに潜り込みかけて、あることを思い出した。 放置もできず、またふらふらと、今度は書斎へと向かう。賢吾と出かけている間は必要ないからと、携帯電話を置いていったのだ。 確認をして
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第40話(14)

『わたしも同席するけど、夕食を一緒にとりたいと言っている人がいる。まあ、伊勢崎組の組長……伊勢崎さんのことなんだけど。少し前に話しただろう。伊勢崎さんが、ぜひ君も食事に誘いたいと言っていたと。あちらのスケジュールが流動的なので、わたしもどうしたものかと困っていたが、ようやく確定してね。それで肝心の君の予定はどうかと』 御堂にそう言われたことは覚えているが、まさか本当に自分と会うつもりだったとは、和彦は思ってもいなかった。正直なところ、龍造との再会は避けたいという気持ちがあったのだ。もちろんそれは、和彦自身が抱える後ろめたさのせいだ。 伊勢崎玲の若く凛々しい顔を思い返すと、甘く苦しい感覚が胸に広がる。自分がそんな感覚に陥ることすら、玲の父親である龍造は快く思わないだろう。 普通の父親とは、きっとそういうもののはずだ。『佐伯くん?』「あっ、はいっ……。あの、賢吾さんには、このことは――」『もちろん、今さっき連絡して、相談させてもらった。君と賢吾には、余韻に浸っているところに不粋な電話をして申し訳ないと思うよ。こうも慌ただしい状況になったのは伊勢崎さんのせいなのに、本人は気楽に頼み事をしてくるから。おかげでわたしは、賢吾の不機嫌そうな声を聞かされるハメになった。それでも、許可はくれたけどね』 和彦の行動は、賢吾による判断が基準となる。その賢吾が許可をしたということで、おのずと返事は決まる。「……でしたら、ぼくのほうは問題ありません」『人や組織同士、面倒な事情は絡んではいるけど、揉めているわけではないんだから、君は気にせず顔を出せばいい。賢吾の機嫌を損ねたくない伊勢崎さんは、君の機嫌も損ねたくない。それなりに紳士的に振る舞ってくれるよ」 御堂の説明からして、やはり食事を共にするのは三人だけらしい。 総和会の第一遊撃隊隊長と、北辰連合会という組織の大幹部でもある伊勢崎組長という顔ぶれに挟まれ、食事をする自分の姿を想像して、料理の味などわかるのだろうかと今から不安になる。 何より不安を駆り立てるのは、龍造が玲の父親という点なのだが。 食
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