莉奈の顔には、土泥の汚れがわずかに付着していた。暗い林の中ではそんな細かなところまでは見えなかったが、ここまで近づいて初めて気づいた。承也は無意識に手を伸ばし、その汚れを拭い去ってやろうとした。だが、莉奈はサッと顔を背けてそれを避けた。「あなたがここで足止めさえしなければ、私は今ごろとっくに山を下りていたわ」承也の手は虚しく空を切った。宙で止まった指先が、微かにこわばる。それでも彼は瞬き一つせず莉奈を見つめ、決して引き下がろうとはしなかった。「俺が連れて帰る……必ず後から行くと言ったはずだ」莉奈のそばでその言葉を聞いた直哉は、怪訝そうに眉をひそめた。――承也の声に、どこか哀願するような、すがるような響きが混じっている。自分の気のせいだろうか。あの冷血な男が、力ずくで引き留めるのが駄目だと分かると、今度は情に訴えかけようとでもいうのか。幸い、莉奈はその手にはまったく乗らなかった。「直哉や時哉さんたちと一緒なら、十分に安全よ。それに、美月さんがまだ生きているかどうかは知らないけど、ここで私なんかに構っている暇があるなら、彼女を探しに行ったらどうなの?」莉奈はただ、承也の執着を逸らしたかっただけだった。だがその言葉を聞いた瞬間、承也の顔色が氷のように沈み込んだ。直哉の名を何度も口にするだけでなく、今度はあんな女のことまで持ち出すのか。「あんな女ごとき、君の口から何度も名前を出される価値さえない」承也は言い終えるよりも早く、さらに一歩前に踏み出した。ほとんど莉奈の鼻先が触れ合うほどの距離まで詰め寄り、地を這うような声で断言する。「俺はただの一度だって、あいつのことを気にかけたことなどない」直哉は素早く二人の間に割って入り、莉奈を自分の背後へかばい込んだ。「今さら口が回るようになったところで、遅せえんだよ。そんな言い訳、誰が信じるか。さっさと消えろ」その直哉の体は、莉奈を強引に連れ戻そうと伸ばされた承也の手を完全に遮る形になった。直哉が莉奈を背後へ引き寄せ、男として女を守る姿勢を明確に誇示した瞬間、承也の目は極限まで鋭く冷え切った。「……どけ」銃声が響いた。誰が先に引き金を引いたのかは分からなかった。林の暗がりの中で、美月は直哉にかばわれる莉奈の背中を、死人のような目でじっと見つめ
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