All Chapters of 『息をするように浮気を繰り返す夫を捨てることにしました』─ 醒めない夢 ─: Chapter 51 - Chapter 60

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51 ◇別れる決心

「茂兄《しげにぃ》、それ俺の子じゃないよ200%」「……?」「俺一度も友紀と性交渉したことないから。 あいつの親父さんが厳しい人で、籍を入れるまではそういうことはしてくれるなって俺たち言われてたから、今日までその約束守ってる。 一体誰の子を流産したんだろう? 参ったな」*「お前さぁ、1度興信所使ったほうがいいかもな」          ◇ ◇ ◇ ◇ 従兄弟には白黒はっきりつけたほうがいいと進められていたけど、勇気がなくて結局調べたのはつい最近になる。 クロ、真っ黒だった友紀。 そして追い討ちをかけるようにそのあとの友紀からの『結婚しよう』発言。 興信所からの報告には同棲相手とのいざこざや別れたことまでは調べられてなかった。  ちょっとした時間差っていうヤツかな。 きっと別れたのほんの少し前なのだろう。 揉めず、相手の男とこのまま暮らしていたとしたら、俺との婚約の件はどうしたんだろうな。 まっ、そんなことは今更だ。 どう返事しようか俺は迷いに迷った。 それはこんなことをされても友紀のことが好きだったからだ。 こういうところも友紀に舐められて付け込まれてる一因なんだろうな。  迷ってた俺が決心できたのは茂兄のお陰だ。『まだ達彦も友紀ちゃんも若いじゃないか。 お互いすっきりと別の道を探したほうがいいような気がするぞ』 と言われた。「友紀ちゃんはあんなだからすぐに新しい相手見つけるさ。 お前にはこの俺様がいい子探してやんよ?  友紀ちゃんに縋られてもちゃんと跳ね除けろよ?  結局はお互いのためなんだから」「茂兄、ありがと。 茂兄のお陰ですっぱりと友紀と別れる決心がつきそうだ」          ◇ ◇ ◇ ◇ 茂兄の言ってたとおり、婚約は取り止めにすると言ったら想像以上に友紀になんでだと縋られてびっくりした。 茂兄のアドバイスがなかったら、押しまくられ寄り切られていたかもな。 なかなか諦めてくれなかったから、妊娠して流産してたことや男と暮らしてたこと、バレてんだぞって言った。 友紀の反省の言葉がなかったことが、俺にとっての修羅場だった。 結局最後まで言い訳ばっかしてた。 謝罪の言葉がなかったことが決めてになったかな。 俺の心は1mmも友紀に動かなかった。 何か女性不信になりそうだ。
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52◇ビッチに会いに行く

「達彦ちゃんに会いたい。ぼちぼち結婚の話も進めたいなぁ~」 友紀から2ヶ月振りにきたメールがこの内容だった。          ◇ ◇ ◇ ◇ 確かに俺もぼちぼちだなぁ~っていうか1年前にこの境地になっていたんだよなぁ。 今となってはよかったのか、悪かったのか。 友紀の提案で結婚が1年延びたわけなんだが、延びたこの1年余り友紀が他の男との子を身ごもり、暮らしていた事実を知ることになる。 どう考えても俺が保険代わりにされていた事実は消えない。 惨めだ……惨め過ぎる。 こうなると友紀のおやっさんにも腹が立ってくる。 あんたが結婚までは清い身体でと拘ってたあんたの娘、とんでもないビッチじゃないかよって、言ってやりたい。 小学生の頃からの長い付き合いの相手にこんな仕打ちをされて、結婚できるほど俺はできた人間じゃない。 現実を知った当初は衝撃的過ぎて驚きと戸惑いが勝り、友紀に対してどういう対応をとればいいんだ、なんて腑抜けでヘタレなことを考えていたような気がする。 ……が、どういう対応もこういう対応もないじゃないか。 答えはひとつだ、と自分のヘタレ具合を戒め固く決心。 例え自分の心がまだ友紀を好きであったとしても……離れるのがつらいと感じたとしても……ここは人としての筋道を通さなければ、いつか後悔することになるんじゃないかと思う。 友紀は俺を裏切ってたんだよ? なのに黙って俺と結婚しようなんて、いけしゃあしゃあと言える人間なのだ。 俺を男と破局した時のための保険にした女だよ。 よもや自分がこんな最悪な経験をするとは、夢にも考えたことなどなかった。 悔しくて情けない。 こういう時はあまり先を見据えない方がいいのかもしれない。 ひとまずは、1つずつだ。 1つずつ片付けていけばいい。 俺は仲間友紀に会いに行った。 
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53 ◇Bye Bye 友紀

達ちゃんから会おうって連絡があった。 なんだか相変わらず暗い雰囲気を纏ってたけど、きっと仕事上手くいってないのかもね。 私と会ったら元気でるわよっ? 達ちゃん!          ◇ ◇ ◇ ◇「結婚できないってどういうこと? 達っちゃんあんなに楽しみにしてたじゃない。 1年待たせてごめん。待たせたこと怒ってるの? 」*「それは関係ない。 1年待つのは正直寂しかったけどね。 問題はそこじゃない。 友紀の気持ちと行動が問題なんだよ」「……何言いたいのかわかんない、はっきり言って」「もうね、あらかたのことは知ってるんだよ。 妊娠、堕胎、男との同棲、別れ、どう?  この4つのキーワード思い当たる節、アリアリだろ? 」「な・に……言ってんのか分かんないよ」「友紀は俺のことなんてぜんぜん好きじゃなかったんだな。 なのに何で今更結婚したいの? ATMにちょうどいいからなのか?  お前さぁ、かわいいからATM扱いでいい男ならすぐ見つけられるだろ、他を当たって」「何よ達ちゃんのクセに……達彦のクセに……。 いつも私のこと好き好きって言ってて死ぬほど好きって言ってたじゃん。 なのに何なの? その上から目線。 似合わないよ? 」「惚れた方の負けってか? 1年待ってる間に俺のことが好きだって言ってくれる子ができたんだぁ、じ・つ・は。 困ったなぁ~なんて思ってたら友紀の情報が入ってきてさ、なぁ~んだ迷う必要ないじゃんって、友紀に操立てる必要ないじゃんってなって、今その子と付き合ってる。 だからもうお前はいらない。 だいたいなにぃ~?  お前謝りもしないで。  人としてどうなの?  他の男と同棲して妊娠までして。 俺っていう婚約者がいながらよぉ。 普通バレたらごめんなさいって謝るのが筋だろ?  大変な裏切り行為をしておきながらごめんのひと言も言えない人とは結婚できないね。 友紀、俺ほんとに怒ってるから」「達っちゃん、ごめん。 一時の気の迷いだったんだってばぁ。 ごめんなさい、私、達っちゃんが好きなの。  達っちゃんと結婚したいよぉ~。 お願い、私を選んで」 俺はまだ友紀のことが好きなのかもしれない。 だけど、このまま俺と彼女が結婚してもお互い幸せにはなれないような気がする。 俺は彼女を
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54 ◇在りし日の夫婦の再会

 仲間友紀に自分たちの、俺と果歩の家庭を壊され俺は、友紀に復讐した。 金だけ引き出したら捨てるつもりで結婚した。  ……と友紀には思わせておいてその実籍は入れてなかった。 事実婚は友紀から引き出せる金がなくなるまで続けた。  金の切れ目が縁の切れ目とばかりに、友紀を追い出した。 後悔は微塵もない。  やってはいけないことをしたのはあっちが先なんだから。  あいつのせいで果歩が娘を連れていなくなってしまった。 友紀の金も全部店の借金に注ぎ込んだが、俺には経営者として 再建できるほどの才能はなかったようで借財は膨らむばかり。  自分でもあきれるほどだ……。    それで友紀を追い出したあと、すぐに店は畳み、派遣で 仕事に出るようになった。  正社員登用の道のない、いわば飼い殺しのような不安定な身分では あったが、少しずつ借金を返済し細々となんとか暮らした。  金がないというのは本当に辛いものだと思い知った。    女も男も誰ひとり寄り付きゃあしない。  侘しいひとり暮らし。 時たま、街行く子連れの夫婦を目にすると、忸怩たる思いに苛まれ、 辛かった。 まじめにさえしていれば、俺にだってあれくらいのささやかな幸せが あったのに。 失くしたのは全部身から出た錆。 木枯らしが吹き荒れる季節になり、ふと鍋をしてみる気になり ドライブがてら鍋を探して車を流した。          ◇ ◇ ◇ ◇ 「くっ! 果歩っ」 とあるショップの駐車場で果歩を見かけた。 髪が長くなっていて雰囲気が違って見えるので自信はないけど。  確かにあれは果歩だ。 前に歩いて行く女性の肩を斜め後ろから叩いて問い掛けた。 「果歩っ! 」   18年の歳月が流れ老けてはいたが、目の前にいる女性は 確かに俺の記憶の中の果歩だった。「すみません、どなたかとお間違えじゃないですか」 はっ、なに他人の振りをしてるんだ、そう思ったが随分と年月が経って いるのでもしかしたら俺は果歩と暮らしていた頃と随分風貌が変わって しまっているのかもしれない。 それで気付けないのか?「俺だよ、康文だよ。 18年前急に居なくなってしまってどれだけ心配したか、どれだけ 探したか。  碧は? 碧は元気なのか? 」          ◇ ◇ ◇ ◇
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55 ◇とうとう見つけた

  すごいことが起こった。 俺はとうとう果歩を見つけた。 18年間見つけられなかった妻を。 碧と会えなかったのは残念だが。 ただ果歩が俺のことを忘れてしまっているふうなのが腑に落ちない。 あの様子を見ているとやっぱりどこかで事故に巻き込まれて記憶喪失とか、その類で今まで帰って来なかったのでは?  と思えて仕方ない。 名刺交換したあの男は誰なんだ?  疑問が次から次へと浮かび、いてもたってもいられない。 鍋を買いに行ったのに名刺交換したあと、鍋のことなんて頭の中から吹っ飛んでしまっていた。 家に着いてから買い忘れたことに気付いた。 果歩は帰ってくるだろうか?  帰って来るだろ、帰る家はここしかないのだから。 果歩とあの溝口とかいう男と会うまでの間、俺はグルグルそんなことばかりを考えて過ごした。 アラフィフのひとり暮らしの寡《やもめ》生活に、これからは妻と娘という彩りが添えられるのだという可能性が俺の心を躍らせた。          ◇ ◇ ◇ ◇「今の人、旦那さんだよね? 」「元よ。今の旦那さんはあなただもん」 「彼に見つかってかえってよかったのかもな。 ここではっきりと、俺たち戸籍上もちゃんとした夫婦だと知らしめた上で縁を切ればすっきりするだろうし。 彼にはすまないが」「あなたにはすごく迷惑かけちゃうけど、私もそう思う。 元夫はなかなか分かってくれないかもしれないけれど、法律上なんの問題もなく私たちはれっきとした夫婦なのだし。 気にしないようにしてたけれど、やっぱり元夫は私の喉元に突き刺さった小さなちいさな小骨のようなものだったのかもしれないわ。 これでスパッと抜けると思うとほっとするというか……」「大丈夫さ。 それに君とあの人が暮らした年数よりも俺たちは長い年月、夫婦なのだし」「うん、そうよね。大丈夫よね」
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56 ◇失踪してからも元夫の動向は知っていた

事故で入院した私は、記憶喪失で押し通して警察や病院関係者そして溝口啓太にも嘘を突き通した。 啓太さんはそんな私たち親子の身元引受人になってくれて住む場所まで提供してくれた。 啓太さんの家に住めるようになってすぐに私は心配しているであろ母親に連絡を入れた。 母はそんなことせず、こちらに戻って今の暮らしが嫌なら正式に離婚すればいいのではないか? と至極真っ当な意見をくれた。 それはそうなんだけれど、夫の性格や私の父親の性格を考えると、とてもまともに話が進むようには思えなかったし、これ以上苦しい思いをしたくなかったのだ。 このまま居なくなったと諦《あきら》めて、夫が別の女性と結婚でもしてくれたら、と思うほどに私の気持ちは醒めていた。  母は特にこれからの碧のことを心配した。 「大丈夫。ちゃんと住民票とか作れるから。 碧連れてちょくちょくお母さんには会いに行くし。 お願い、このことは私とお母さんとだけの秘密にしておいて。 お母さんを信じて、お母さんだからこうやってちゃんと連絡してるんだからね。 住民票があれば仕事もできるし碧だって問題なく学校へも行けるし。 何も心配しなくていいのよ。  それとね、詳しいことはまたおいおい話すけども、縁あって私たち親子の身元引き受けをしてくれる人もいるの」 母には夫の浮気を話していたけれど、仲間友紀のことは知らせていなかった。 なかなか言い出せないでいるうちにあんなことになってしまったから。 母への説得のもう一押しの材料として、この時母に、かなり踏み込んだところまで暴露した。 これを聞いて母も心から納得してくれた。 そして母は、私からこの話を聞いていたので、夫の様子見に時々店まで行ったり、家のほうへも目配りしてくれていたようだった。 それで私は私たちが居なくなったのをいいことに、仲間友紀と夫が夫婦のように暮らしていたことを知っている。 そして2人の事実婚が、1年しかもたなかったことも。
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57 ◇溝口の家に住まうことに

 2人が一緒に暮らしているのを知った母は激怒した。 私と会って話してくれた時、プンスカ怒りまくっていた。 そして其れと共に私が夫の元へ帰らないという負い目みたいなものも、自然と母の中からなくなっていったようだ。 母とは月に1~2度会うようにしていた。 碧のために……そして母のために。 だけど失踪者の身の上で会うとなると時間が限られてしまう。 横暴な夫と暮らす母にとっては、話し会える私と可愛い孫娘が、生きるよすがなのだ。 碧にとっても母は、私以外に無二の愛情を注いでもらえる唯一の肉親になるわけで。 何度も何度も考えて考えて……どうせ話してしまうのならと、溝口さんの家にお世話になってから半年後、コトの真相を彼に話したのだった。「じゃあ、あなたは記憶失くしてないんですね? 」「はい、今まで嘘ついてて、すみません。 溝口さんにはご迷惑おかけしたくなかったので本当はこの先もずーっと黙っているつもりでした。 だけど碧のことを考えるとやはり最善とは思えなくなってきて、こうしてお話させていただきました。 母に泊まりで来てもらえるようにしたかったんです。 我儘は承知の上なのですが、このままここに居させていただいてもよろしいでしょうか? 」「ご主人が何度も浮気を繰り返す、仕事をちゃんと真面目にしない、借金がある、あなたとの生活であなたにちゃんと向き合おうとしない、婚姻生活を続けるのは難しい、離婚したいけれど、ご主人とお父さんが反対してなかなか話が進まないだろう、ふたりに立ち向かう気力が今のあなたにはない、神様からもらったこのチャンスに乗じて新しい人生を歩みたい……とこんな風な内容ですね」 私の話を聞いた後で……『分かりました。 私はあなたが記憶を失くしているということにさせていただきます』と溝口さんは言ってくれた。 こうして溝口さんのお陰で母は、ちょくちょく碧に会いに来れるようになった。 ふたりが会える日、碧も母も楽し気で幸せそうだった。 その様子を見るにつけ、正直に早い段階で溝口さんに本当のことを打ち明けておいてよかったと思った。
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58 ◇溝口くんがおとうさん

頑固な父親がいるのでそうそう何度もというわけにはいかなかったけれど、母は父親がまだ定年前で働いている間は、父親の出張や同窓会、ゴルフ旅行や冬場のカニすき旅行等々、合間を見ては泊まりに来てくれた。 メゾネット式の2階での楽しい私たち親子の交流に、やさしい性格の溝口さんもちょこちょこ顔出ししてくれるうちに、私や碧ばかりでなく母とも親しくなっていった。 母の口癖が──『溝口さんのような人が私や果歩の旦那さんだったら、どんなにか私たち幸せだったでしょうに』だった。 そういう時──『私もお母さんも男運ないんだね』って私が母に言う。 そしてふたりしてため息をつくのだった。 やさしい穏やかな男性と縁のなかった私たち親子にとって、誠実でやさしい溝口さんは心のオアシスになっていった。 そんな日々の中、6才になろうとしていた碧が、4人でクリスマスパーティーをしていた時のこと。 ほんとに、それはほんとうにへっ? っていう感じでトトトトって碧が溝口さんの背中にペタッてくっついた。 そしておもむろに、言った。 碧は、その頃溝口さんから『啓太って呼んでね』って言われてて啓太くんっていつも呼んでたんだけれども……。「啓太くんっ、碧のおとしゃんになってくださいませ。ムフフ~」って朗らかにお願いをしたのだ。 なんかその場で聞いていた私も母も、当人の溝口さんも一斉に「「「あははははっー」」」て笑った。 続けて、碧が駄目出しをした。「啓太くんはもう碧のおとしゃんだもンね。 だめよ、だめだめ。誰にもあげなぁ~いっ」「碧ちゃん、うれしいなぁ~俺でいいの? 」「はいっ……おれでいいですぅップ、デヘヘ」  「じゃあ、今日から俺は碧ちゃんのお父さんになります。 碧ちゃん、俺をお父さんにしてくれてありがとっ」 私と母は顔を見合わせてかなり焦った。 そしてこの時不謹慎にも、碧が羨ましかったのである。 碧ずるいぃ~、溝口さんにお父さんになってもらって……。 私だって……私だって……溝口さんには旦那さんになってもらいたいよ。 厚かましくもそう思ってしまったのである。  そんな私を見ている母の顔を見て……ふと想像してしまった。 まさかまさか、母よ、あなたまで私のような考えを妄想したりしてないわよ……ね?
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59 ◇お父さんになりたい

 翌日は休日で──下の階に溝口さんからお茶に誘われて、碧が遊んでいる横で私と溝口さんは昨日の話題に触れた。「すみません、昨日は勝手なことを言って。 お母さんも果歩さんもお気を悪くされてないですか? 」「ええーっ、とんでもありません。 私たちのほうこそ碧がとんでもないお願いをしたのに止めも叱りもせず溝口さんにお任せしてしまって申し訳なく思っているくらいです。 ほんとにすみません。 なんか碧のお願いっぷりがあまりにもスラスラと自然で、何て諭したらいいのか分からなかったものですから」「あのぉ~、お気を悪くされてないのをいいことにでは、もうひとつ……僕の気持ちを言ってしまいます。 あのぉ、あくまでも僕の一方的な気持ちなんですけど」 もうひとつの気持ち?  溝口さんは何を言おうとしているのだろう?  私はこの時きゅっと胸が苦しくなるのを覚えた。  そして彼の次の言葉を待った。「僕は本当に碧ちゃんのお父さんになりたいと思ってます。 そして果歩さんの旦那さんになれたらいいのになっ……とも。 僕ね、天涯孤独っていうヤツなんですよ。 遠い親戚くらいはいるのかもしれませんが成人する頃までに相次いで両親失くして。 もうその時点で両親双方の祖父母も鬼籍に入ってたので。 近所のおばさんや役所の親切な担当の人も一生懸命手をつくしてくれたのですが、両家共に縁薄い家系だったようで縁者を見つけることはできなかった。 そんなだから、僕は結構寂しく暮らしてきてたんです。 でもひょんなことからあなたと碧ちゃんに出会って……そしたら果歩さんのお母さんとまで仲良くなれて……なんか気付かないうちに3人が僕の家族だったらって、夢見るようになってました。 なので碧ちゃんのお願いは本当にうれしかった。 ははっ、でも駄目ですよね。 果歩さんは今はどうあれ、人妻だから。 万が一お付き合いするようなことになったら不倫になってしまう。 でも、果歩さんと碧ちゃんと澄江さんが僕のモノならどんなに幸せだろうって、いけないことなのについ考えてしまうんですよね」 やさしさいっぱいで出来上がっている溝口さんの顔。 眉と口元が動き、表情に寂しげな雰囲気を漂わせ──彼は心の奥底に秘めていたであろう本心を吐露してくれた。『みぞぐち……さん!』 
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60 ◇緑の紙

  溝口さんが夫だったらどんなにいいだろうかと、叶うはずもない願いを私もまた抱《いだ》いていた。 心が通じ合っていたことを知って、すごくうれしかった。 そこで、私はあることを決心した。「溝口さん、そう言ってもらって私すごくうれしいです。 少し待っていてはいただけませんか? 」「……? 」「詳しい話しは後日ということにさせてください。 お願いします」「分かりました。 何のことやら何を待てばいいのか正直僕には良く分からないけど、待っていたら何かお話聞けそうみたいですね。待ちますっ」          ◇ ◇ ◇ ◇                       その夜、私は貴重品を入れてあるチャック付きクリヤーケースからある書類を取り出し、改めて眺めた。これを有効活用する日が来ようとは……。 翌日碧を保育園に預けたその足で、その書類を持って区役所へ行き、その届けを提出した。 それは夫が商社マン時代に某国へ赴任し浮気をしていた頃に、やめてほしいと言う私との間で言い合いになった時、夫から手渡された離婚届けだった。 いくら浮気をしても私が夫を見限ることなんてできはしまいと、高を括っていた夫が私に対して取った意地悪で下衆な行為だった。「何ごちゃごちゃ言ってんだよ。 俺は別に別れてもいいんだぜぇ~。 女に不自由はしてないんだからなっ。 ほらっ、これ、見てみ! 緑の紙……知ってるだろ? ほらほら」 と言いながら夫はサインをした。 誰に書いてもらったのかすでに保証人の欄も埋められていて──本気度マックスをアピールしてきて、私の目の前で一文字一文字ゆっくりと見せ付けるようにサインし、私に手渡してきたのだった。「そんなに俺のことが気にくわないんならいいぜいつでも。 出せるものならな! 」 そう言い残して夫は外へ出て行ったことがあった。 私は悔しくて母親にサインしてもらい……『いつか出してやるぅ』~と息巻いてたっけ。
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