All Chapters of 愛は風に消えて、帰る日はいない: Chapter 11 - Chapter 20

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第11話

オークションが終わると、樹は青音を産後ケアセンターまで送り届け、そのまま家へ戻ろうとする。だが青音が離さず引き止め、結局翌朝まで身動きが取れない。ようやく我慢の限界に達し、樹はスマホを取り出してLINEを開いた。ここ数日、長野夕月から連絡が来ていないか確かめたかった。だがトーク画面は、二週間前で止まったまま。そこで初めて気づいた。夕月は、もうずっと彼に連絡していない。何かがおかしい。これまでの彼女なら、少なくとも一日に三回は連絡してきた。それが今回は、ここまで何もないなんてあり得ない。胸に不安が押し寄せる。彼は「タバコを吸ってくる」と言い訳して階段室へ向かい、そのまま夕月に電話をかけた。「おかけになった番号は現在使われておりません」「使われてない?」樹は思わず笑う。最初に浮かんだのは、また彼女の駆け引きだという考えだった。本当に、手の込んだ真似をする。苛立ちが募り、今度はLINE通話をかける。だがアカウントそのものが削除されていることに気づく。そこでようやく、事態の異様さを理解する。一気に血の気が引き、樹は慌てて家へ電話をかけた。「夕月は?戻ってきているのか?」使用人は一瞬戸惑い、それから答える。「旦那様、奥様が出て行かれた日、お伝えしましたよね。もう戻らないとおっしゃっていました」樹の体が固まる。「つまりこの何日も、一度も戻っていないのか?」「はい。旦那様はいつお戻りですか。奥様が出て行かれるとき、旦那様に渡してほしいと箱を預かっています」「今すぐ戻る」電話を切ると、樹は青音に一言も告げず、そのまま車を飛ばして帰宅した。玄関に入るや否や、彼は反射的に夕月の姿を探す。だがどこにもいない。「箱はどこだ。夕月が残した箱は?」「こちらです、旦那様」使用人から受け取り、箱を開ける。中に入っていたのは、三つ。一つ目は、彼女がここ数年受けてきた体外受精の記録。分厚い束が、手の中でずっしりと重い。数えてみると、六回分。つまり、この三年間で夕月が六回も体外受精を試みた。最初の頃は、彼も付き添っていた。だが、青音との間に子供ができてからは、一度も付き添うことはなかった。その事実が、胸を鋭く締めつける。彼はそれを横に置いた。二つ目は、彼が隠しておいた離婚協
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第12話

電話を切ったあと、樹はついに耐えきれず、そのままソファに崩れ落ちた。そのとき、使用人がブレスレットを差し出した。「旦那様、これ、津田様のものではありませんか。数日前、書斎を掃除しているときに見つけました」樹の視線がそれに落ちる。それは以前、彼が青音に贈ったものだった。なぜ書斎に?「最近、青音は書斎に入ったことがあるか?」「一度だけあります」使用人は思い出しながら答える。「ある夜、夜中に目が覚めたとき、津田様がこっそり書斎に入っていくのを見ました。三十分ほどしてから出てきました」その瞬間、ある考えが頭をよぎる。樹はすぐに監視室へ向かった。例の情報が流出した夜の映像を呼び出した。やはりその晩、書斎に入ったのは青音だけだった。その数日間、夕月は一度も入っていない。画面の中でこそこそと動く青音を見つめながら、樹の手はマウスを強く握りしめる。やはり、彼女だったのか。自分で情報を流し、夕月に罪をなすりつけた?樹は自嘲気味に笑う。青音のことを純粋で心優しい女子大生だと思い込んでいたが、これほどまでに計算高いとは。そのとき、スマホが震える。「わかったのか」「奥様の居場所はまだですが……流産の件については確認が取れました」「言え」「事実です。奥様は本当に流産しています。職場の同僚に確認しました。体外受精は成功していたそうですが、江市大学での騒動で酷い怪我を負い、大量出血して病院に運ばれた時には、もう手遅れでした」全身の力が抜け落ち、悲しみが波のように押し寄せ、一瞬で彼を飲み込む。喉の奥に鉄の味が広がり、足元がふらついて立っていられなくなる。 自分自身の手で、夕月との間に宿った子を殺した。彼女が六回も体外受精を受け、ようやく授かった命。それを自分の誤解が、流産へと追いやった。息が詰まるような絶望が、喉を締めつける。ふと、初めて夕月に付き添って体外受精を受けた日のことが蘇る。痛みに弱い彼女は、一人で手術室に入る直前、震えが止まらなかった。その姿を見て、彼は抱きしめて言った。もうやめよう、子供がいなくても二人で幸せになれると。だが彼女は首を振る。「私たちの子供ができたら、もっと幸せになれる」手術室から出てきたときの彼女の姿を、彼は忘れられない。足は震え、立っていられず、顔は真っ白だった。
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第13話

青音は玄関に入るなり、真っ先に腕の中の赤ん坊を使用人に預ける。「疲れたわ!やっぱり家が一番落ち着くわ。樹はどこ?」彼女はソファに腰を下ろし、ぐるりと部屋を見渡すが、夕月の姿はどこにもない。帰る前に人を使って調べさせていたが、夕月はもう出て行った。つまりこれから先、樹を奪い合う相手はいなくなる。本当はもう少し手を打って、夕月を徹底的に陥れてやるつもりだったのに、あっさり負けを認めるなんて、まったく張り合いのない相手だ。「旦那様は……」使用人が言いかけたその時、青音のスマホが突然鳴る。彼女は迷わず通話に出る。「青音、産後ケアセンターに会いに行こうと思ってたのに、どうしてもう帰っちゃったの?」親友の声だと分かると、青音はわざと声を潜める。「あんな場所、退屈すぎて死にそうだったんだもの。とにかく樹を見張っておきたかったの。でもあの女はもういないし、取られる心配もないわ」「そっか。でもまだ赤ちゃん見てないんだよね。明日そっち行っていい?どっちに似てるのか気になるな、元カレか、それとも樹かってさ。それに樹、赤ちゃんが自分の子じゃないって疑ってないの?」「疑うわけないでしょ!」青音は得意げに言う。「自分はこの子の父親だって、完全に信じ切ってるの。お宮参りのときには堂々と皆の前に出て、私こそが本当の平松奥様だって宣言するつもりよ。子どものことは絶対に秘密にする。樹には一生知られない、この子が彼の子じゃないなんて」「何だって?」その言葉が終わるか終わらないかのうちに、背後に樹の姿が現れる。青音は凍りつき、顔色が一瞬で真っ白になり、声さえも震え始める。「な、何も言ってないよ。樹、家にいたの?出かけてると思ってた」「もしもし?青音?どうしたの、急に黙って」電話の向こうで、親友が大声で呼び続けている。慌てて通話を切ろうとするが、誤ってスピーカーを押してしまう。「そういえば元カレ、今あちこちであなたを探してるって。子どもが自分の子だって気づいたみたいよ。かなり強く金をふっかける気らしいから、気をつけて!」「やめて、もういいから!」青音は慌てて通話を切るが、もう遅い。樹はすべて聞いている。「その子は誰の子だ?」樹は一歩ずつ近づき、その目には一切の温度がない。「あなたの子よ」青音は深く息を吸い
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第14話

その一発で、青音は完全に呆然とする。傍にいた使用人たちも思わず息を呑んだ。「私を叩いたの?」彼女は頬を押さえたまま、信じられないという目で樹を見つめる。つい数日前まで、自分を掌の上で大事にしていた男が、今は手を上げていた。「頭おかしいんじゃないの、樹!まだ産後も終わってないのに、よくも私を叩けたわね」「その子は俺の子じゃない。あの写真も、君が自分でネットに流して夕月に罪をなすりつけたんだろう。青音、君はいったいどこまで俺を欺くつもりだ」青音は固まる。まさかその話を持ち出されるとは思っていなかった。「何のことか分からない。あの件は長野がネットに流したのよ!自分のスキャンダルを自分でばらすわけないでしょ」彼女は涙をこぼしながら訴える。「ねえ、長野が出て行く前に何か吹き込んだんでしょ?全部でっち上げよ、信じないで」「でっち上げ?」樹は冷たく笑う。「監視カメラまで君を陥れるのか。その夜、君は俺の書斎に三十分いた。何をしたか、自分で分かってるはずだ」その言葉に、青音は完全に取り乱した。その場に崩れ落ち、目には恐怖が広がる。もう隠しきれないと悟った。「そうよ、私がやったの!ただ長野を追い出したかっただけ!もう私と結婚してるんだから、あの女こそ余計な存在でしょ!ここにいる資格なんてないの!」そう言って、泣きながら彼の足にすがりつく。「樹、分かってる、私が悪かった!長野を陥れたのは間違い。でも仕方なかったの、あなたを取られるのが怖かったから!お願い、許して、もう二度と彼女を陥れたりしない」「じゃあ、その子は?」足元で息もできないほど泣きじゃくる彼女を見下ろしながら、樹の胸には嫌悪しかない。「この子は誰の子だ。本当のことを言え。でなければ今ここで首を絞める」樹は使用人の腕から赤ん坊を奪い取り、そのまま大きな手で首をつかむ。言い争いの声で眠りを妨げられたのか、赤ん坊は泣き出した。その声は次第に大きくなる。本当に殺されると思い、青音は必死に首を振る。「やめて!お願い、樹!この子に手を出さないで!本当に私たちの子なの」「三秒だけやる。本当のことを言え……3、2」わずかな時間で、青音の頭は必死に回転する。もしこの子が樹の子じゃないと認めれば、彼はすぐに離婚し、自分も子どもも追い出される。だが認めな
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第15話

「いや、嫌よ」青音は首を振り、崩れ落ちるように泣き出す。「私が悪かった、樹、ごめんなさい!あなたが子どもを望むなら、いくらでも産むから!この子は本当に偶然なの。あの夜、酔ってて、元カレにしつこく迫られて、それで関係を持ってしまったの。全部私のせいよ。お願い、追い出さないで、もう一度だけチャンスをちょうだい」「青音、同じことを二度言わせるな。明日の朝九時、役所の前に来い。来なければどうなるか、分かってるな。それから、夕月を迎え戻したあと、君は二度と俺たちの前に現れるな。もし現れたら地獄を見ることになる」その冷酷な言葉に、青音の体は小刻みに震え出す。「こちらへ」ボディガードに促され、彼女は屋敷の外へ連れ出される。かなり離れてもなお、引き裂かれるような泣き声が響き続ける。「行きたくない!こんな夜にどこへ行けっていうのよ!樹、許して!お願い、間違ってたの」やがてその声が完全に消えたとき、樹はようやく力が抜けたようにソファへ崩れ落ちる。同時に、秘書からメッセージが届く。【社長、奥様の居場所が分かりました。南大陸の丸丘市で医療支援に参加し、産科医として働いています。あの日の病院での騒動がかなり影響したようで、やむを得ず現地に向かったとのことです】そのメッセージを見た瞬間、胸に鋭い痛みが走る。自分のせいだ。夕月をここまで追い詰めたのは、他でもない自分だ。【最短の便を手配しろ。今すぐ現地へ向かう】南大陸は乾季の真っ只中。熱風が砂を巻き上げ、何度も病院の屋根を打ちつける。夕月は今、ひとりの妊婦の出産を終えたばかりだった。疲労で今にも倒れそうになり、壁に手をついてようやく立っている。ここは設備が極めて乏しい。しかも今回の患者は難産で、現地の医師たちでは対応しきれなかった。最終的に彼女が執刀し、ようやく母子ともに無事を取り戻した。「長野先生、やっぱりすごいですね。でも、そんな腕があるのに、どうしてこんな場所へ?」後ろからついてくる現地の看護師は、流暢な国語を話す。「ここは危険ですし、環境も厳しいのに」夕月は軽く微笑むが、本当の理由は口にしない。「少しでも役に立ちたくて」「やっぱり何か事情がある気がします」「大したことじゃないよ」夕月は椅子に腰を下ろし、腕時計に目をやる。「もう遅いね。今日は
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第16話

「夕月」樹は砂埃にまみれたまま歩み寄り、その視線を彼女に強く向ける。「やっと見つけた」夕月は目の前の男を見つめたまま、しばらく言葉を失う。背後には荒れた砂漠が広がり、風が細かな砂を巻き上げて彼女の目に入り込んだ。樹は反射的に一歩近づき、彼女の目を気遣おうとする。だが、夕月はそれを避けた。「何しに来たの」「迎えに来た。夕月、すまない」彼は彼女の手を掴み、目が徐々に赤くなる。「全部、俺の誤解だった。あの件もそれに、君の子どもがいなくなったのも、俺のせいだ。本当に間違っていた。頼む、許してくれ。俺と一緒に帰ろう」「悪いけど、帰れない」夕月は冷たく手を振りほどく。「私はもう病院と契約してる。ここで五年働くって決めたの。あなたが望んだ通りでしょ。あなたの前から消えて、青音と結ばれることを。今頃は彼女と幸せに暮らしてるはずじゃない。どうしてここに来るの」「俺が人を見る目がなかった。青音は純粋で優しいと思い込んでた。でも違った。ずっと俺を騙してたんだ。あいつの子どもですら、俺の子じゃなかった」その言葉に、夕月は思わず笑い出した。その笑みにはあからさまな皮肉が浮かんでいる。「つまり、騙されてたって分かったから、今さら私のところに来たってこと?樹、自分でも滑稽だと思わない?あなたに傷つけられたあとで、どうして私が一緒に帰ると思うの」樹は彼女を見つめ、目に熱を帯びる。「本当に後悔してる。ただ、もう一度だけチャンスがほしい。ここまで来たんだ。それでも俺の気持ちが伝わらないのか」夕月は一日中働き続け、心底疲れている。もうこれ以上、この男と話す気力もない。「樹、私を連れ戻すために来たなら、帰って。何を言われても、私は絶対に戻らない」「じゃあ帰らない」樹は固く言い切る。「ここに五年いるつもりなんだろう。その間、俺もここにいる。君と一緒に」「まったく」夕月は呆れたように息をつき、助手を呼ぶ。「この人を外に出して。病気でもないのに、騒ぎを起こしに来てるだけだから」「お客様、申し訳ありませんが、お引き取りください。従っていただけない場合は対応を取ります」「いや、俺は……」助手は話も聞かず、そのまま樹を外へ押し出す。ここで夕月を怒らせるわけにはいかない。彼女がいなくなれば、貴重な産科医を失うことにな
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第17話

病院で、樹は目の前で手当てをしようとする医師を睨みつけ、怒鳴りつける。「どけ!俺は夕月にしか治療してもらわない。他のやつは一切触るな」帰り道で強盗に遭い、所持品はすべて奪われ、腹にも一刺し受けていた。だが彼は怒っていない。むしろこれで病院に留まれる、夕月に会えると思っている。彼女が自分の怪我を知れば、すぐに駆けつけてくるはずだと信じていた。だが現実は違う。彼女は本当に冷たく、顔すら見せようとしなかった。「平松さん、私は国内から来た支援医師の安達侑です。傷はかなり深い。このまま治療しなければ命に関わります。長野先生に会いたい気持ちは分かりますが、死んでしまったら会うことすらできませんよ」手に負えない患者だと判断され、安達侑(あだち あつむ)が呼ばれてきた。彼は来たばかりだが、最も腕のいい外科医だ。「もう一度言う。夕月を呼べ」その言葉が終わると同時に、病室の入口に夕月が現れた。彼女は侑に軽く頷いて挨拶をすると、呆れたように樹を見る。シャツは血で赤く染まり、顔色も青白い。それでもなお意地を張っている。「樹、いい加減にして」「夕月、来てくれたんだな。やっぱり俺が死ぬのは見たくないんだろ?」彼は興奮して立ち上がろうとするが、痛みに顔を歪め、そのまま座り込む。「別にあなたが死ぬのが嫌なんじゃない。ただ、こんな時間に同僚を振り回さないでほしいだけ。ここにいる人たちは昼間で十分疲れてるの。それなのに余計な騒ぎを起こして、無駄に残業させるなんて、本当に子どもみたい」「わざとじゃない、強盗に襲われたんだ!」樹は必死に弁解するが、夕月はもう聞く気もない。「とにかく言っておく。今すぐ安達先生に傷を処置してもらって、明日の朝にはここを出ていって。それをしないなら、ここで倒れても誰も助けないから」そう言い捨てると、彼女は侑の方を向く。「安達先生、この人がどうしても治療を拒むなら構いません。もし死んだら、埋葬の手配だけお願いします」侑は苦笑する。「分かりました、長野先生」冗談ではないと察し、樹はようやく折れた。「おい、お前、安達だったな。傷の処置、頼む」態度は相変わらず横柄だが、侑は気にせず丁寧に手当てをする。幸い傷は致命的ではなく、簡単な処置で済む程度だった。包帯を巻き終えた後、樹は腹を
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第18話

「あなたは?」夕月は逆に問い返す。「どうしてここに来ました?」彼は穏やかで知的な雰囲気をしていて、とても医療支援に来るタイプには見えない。「人を救うためです」その答えはどこか曖昧で、夕月は彼にも事情があると察し、それ以上は追及しなかった。その晩、二人は夜更けまで語り合った。翌朝、夕月が病院に着くと、すでに樹が待っている。かなり前からいたのか、彼女の姿を見つけると、口元に人を惹きつける笑みを浮かべる。「おはよう、夕月。朝ごはんはもう食べた?」「ええ」夕月は彼を避け、そのまま産科へ向かう。樹は腹の傷を押さえながら後を追う。「昼、一緒に食べないか?」無視されてもなお、しつこく声をかけ続ける。まるで取り憑かれたように離れない。夕月はついに足を止め、振り返る。「もういい加減にして、樹。まだ分からないの?ここから出て行って。仕事の邪魔よ。本当にしつこい。許さないって言ったでしょ。どうすれば分かるの?私たちはもう終わってる。あなたのことは、もう愛してない」「愛してない」その言葉に、樹はその場で固まる。「信じない」「信じるかどうかはあなたの勝手。私は忙しいの。これ以上関わらないで」そう言い残し、夕月はそのまま去っていく。すぐに仕事へと意識を切り替えた。国内。樹に追い出されてから、青音には行き場がない。友人を頼ろうとするが、門前払いを受ける。「ねえ、前はあんたが樹の奥さんだったから付き合ってただけ。もう離婚したんでしょ?なんで私が面倒見なきゃいけないの?」「樹は裏切りを一番嫌うって有名よ。もうあんたなんて相手にしないに決まってる」樹の知人を頼っても同じだ。「悪いな。樹に、もう関わるなって言われてるんだ」「子どもの父親のところに行った方がいいんじゃないか。父親なんだから、放っておくわけないだろ」「全部自業自得だよ。樹にあんな仕打ちをしたんだから」学校の学長からも、復学を認めないというメールが届いた。気づけば、彼女は完全に孤立していた。仕方なく、子どもの実父を頼る。だが元恋人は最低な男で、子どもを認めるどころか、人を使って彼女を殴らせた。全身傷だらけになり、子どもも体調を崩す。病院に連れて行こうとするが、口座は凍結され、手元には一円もない。追い詰められた末、彼女
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第19話

丸丘市。樹がここに来てからというもの、ふいに現れては夕月にしつこく絡むことが増えている。花を贈り、プレゼントを渡し、食事や買い物に誘う。夕月が何度断っても、彼はまったく諦めない。まるで厄介な張り付きみたいに、どうやっても振り払えない。彼の性格を知り尽くしているからこそ、夕月はそのうち相手にするのをやめた。ここには五年いるつもりだが、彼が五年も居続けるはずがないと分かっている。案の定、すぐに国内から電話が入る。「社長、会社でトラブルが発生しています。至急お戻りいただく必要があります」「副社長に先に対応させておけ。他は戻ってからでいい」そう言って電話を切ろうとすると、秘書が慌てて付け加えた。「それともう一件あります。津田さんが最近ご自宅を訪ねてきましたが、ご不在で南大陸に行かれたと知ってから、江市から姿を消しました。おそらく、そちらへ向かったのではないかと」「しつこいな」樹は冷たく笑う。「どうやら俺の言葉なんて、まるで聞いていないらしい」数日待てば、青音が自分の前に現れると思っていた。だが彼女はまるで最初から存在しなかったかのように、二度と姿を見せない。気づけば、その存在さえほとんど頭から消えかけている。夕月は毎日忙しい。朝から晩まで休む暇もない。樹が彼女に会いたければ、ただ黙ってそばについて回るしかない。そして、ようやく彼女の休みの日、樹は外出に誘った。「夕月、俺はここにこんなに長くいる。それだけで気持ちは伝わるはずだ。本当に反省している。もう一度チャンスをくれ、やり直したい。今日は休みだろ、一緒に食事に行こう」「無理」夕月は即座に切り捨てる。「樹、本当にしつこい。相手してる暇なんてないの。もう安達先生と約束してる、一緒に食事に行くの」「また安達か」このところ、彼女はいつも侑と一緒にいる。彼の前では楽しそうに笑うのに、自分には終始冷たい。ついに、樹の中の怒りが弾けた。彼は夕月の手首を強く掴み、低い声で問い詰める。「正直に言え。安達のことが好きになったのか。あいつのどこがいい。知り合ってまだどれくらいだ、騙されてるんじゃないのか」「よくそんなこと言えるわね」夕月は皮肉っぽく笑う。「私を一番騙したのは、あなたでしょ。離婚したのに、それを隠して、私を二年間も何も知らないま
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第20話

朝の陽ざしが、にぎやかな市場に降り注いでいる。夕月は隣の男に目を向けた。頬は赤く腫れている。樹のあの一発は相当きつかったようだ。「ごめんなさい、私のせいで巻き込んでしまって」「お気になさらず」侑は軽く笑い、気にした様子もない。「お役に立てたなら、それで十分です。それに平松さんは本当にあなたのことが好きなんだと感じます。許す気はありませんか」「好きですって?」夕月は冷たく笑う。「好きなら、こんな場所に追いやったりしません。結婚している間に浮気して、しかも子どもまで作るようなこともしません」深く息を吸い込み、視線は市場に並ぶ一枚のスカーフに止まる。それを手に取り、何気なく首に巻いた。「似合うかしら?」彼女の笑顔はパッと花が咲いたように明るく、その穏やかで清らかな横顔に、周囲の人々が次々と振り返る。侑でさえ、その笑顔に少しずつ引き込まれていく。彼はうなずき、真剣に答える。「似合っています」「ありがとう」夕月は嬉しそうにそれを買った。だが少し離れた場所、黒いSUVのそばに立つ女には気づかない。青音は車にもたれ、口元に冷たい笑みを浮かべている。自分の体を使って数人の男を取り込み、夕月を拉致させる手はずを整えていた。夕月を死ぬよりも辛い目に遭わせ、樹に徹底的に嫌われるように仕向けるつもりだ。異国の地で人を始末するなど、造作もない。時計に目をやる。そろそろ頃合いだ。「何ぼさっとしてるの。やりなさい」次の瞬間、がっしりした体格の男たち三人が、人混みの中の夕月へと一斉に突進した。あまりに速い。夕月は、口を強く押さえられ、体を乱暴に車へ引きずられる感覚しかなかった。「んっ……!」助けを呼ぼうとしても、声にならない。市場は一瞬で騒然となり、人々は悲鳴を上げて逃げ惑う。だが誰一人、止めに入ろうとはしない。侑が振り返った時には、すでに夕月は車に押し込まれていた。「長野先生!」彼はすぐにタクシーを止める。「前の車を追ってください」10分ほど走ったところで、夕月は再び車から引きずり降ろされた。「何するの?あなたたち誰よ。私は医療支援で来ている医者よ。離して!」路地裏に引きずり込まれ、地面に激しく叩きつけられる。三人の男たちが車から降り、いやらしい笑みを浮かべながら一歩ず
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