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All Chapters of 呼吸が出来る場所: Chapter 21 - Chapter 26

26 Chapters

9-1

 金山の予告より早く、陽翔のデスクは納品された。「うわあ! 実物になると、なんか感慨深いです!」「ありゃ……、小泉くん、この天板……」「わざわざ頼んで、この木目が出るようにしてもらったんです! うわあ! 本当にデザイン画通りの木目だ! すごいや!」 手放しで喜び、デスクの周りをグルグルしながら、細部まで指定通りなことに感嘆する陽翔を余所に、草野は大和の顔を見る。「部長、わざとですか?」「なにが? だって、草野くんだって、デザイン一緒に検討したじゃない」「……まぁ、良いですけどね」 草野は肩をすくめ、自分の仕事に戻っていった。 陽翔はその会話に全く気付いていなかった。「さて、小泉くん。最初の大きな仕事をこなしたから、きみにも本当の仕事をそろそろ回そうか?」「はいっ!」「最初のうちは、僕のサポートをしてください」「どんなことをしますか?」「僕らの仕事は、お客様のぼんやりしたイメージから、具体的にどんなデザインの家具を欲しがっているかを一緒に考えたりするのがメインなんだ」「デザイナーが、家具をデザインして売り出すんじゃないんですか?」「材料の木材を見て、オリジナルの家具を作り上げる……みたいなの? それは金山さんたちの仕事だね。そっちが良いなら、金山さんに頼んであげるよ?」「えっ……?」「もっとも、工房に入る前に、筋トレしてこいって言われちゃうかもだけど……」 陽翔は自分の腕を見た。「金山さんの二の腕、小泉くんの太ももより太そうだったもんねぇ」「ですよね……」「まぁ、冗談はこれくらいにして。じゃあ、僕が今、担当している仕事を見せるね」 大和は自分のパソコンの画面を開き、仕事の詳細を語り始めた。
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9-2

 オフィスに、笠原が顔を出す。「陽翔! 先日の納品、絶賛だったよ!」「え、本当?!」 笠原が、客から回収した納品後の〝アンケート〟用紙を差し出した。「〝高齢の母が、大変使いやすいと言ってました。年齢と共に背が縮んでつらそうだったのが、今は楽しそうに衣服を選んでいます〟だって!」 ミスギ家具に転職して数ヶ月。 未だ立ち位置は〝サポート〟だが、大和は案件のデザインを、いくつも陽翔に回してくれる。 もちろん、大和に入念なチェックをされるし、駄目出しも多い。 だがそれも「小泉くんの案は奇抜で面白いけど、ちょっと地に足ついてないね」と言った柔らかい指摘であり、実際にそれを使ったら、なにがどう問題になるのかを丁寧に教えてくれる。 それを最も痛感したのは、陽翔の処女作である〝デスク〟だった。 季節をまたぎ、梅雨時になってしばらくして。 陽翔は自分のデスクが、微妙に使いづらいと感じ始めた。「どうしたの?」 ノートパソコンの置き位置を何度も変えている陽翔に、大和が声を掛けてくれた。「なんか、安定しなくて。キーボードを叩くと、ガタガタ音がするんです」「ああ、それは天板が歪んだからだね」「……えっ?」 意味がわからなかった。 ミスギ家具の、しかも金山親方を始め工房の職人が手掛けた一点ものの家具に、歪みが出るなどと、考えもしなかったからだ。「小泉くん。金山さんに、このデスク注文した時に、木目をどうしても出したいってお願いしたの、覚えてる?」「はい」「こういう、年輪が波打ってるように見える柄をどうしても……ってお願いした時に、金山さんが困った顔したことは?」「あ、そういえば……」「うん。あれはね、この木目を出すと、後々歪みが出やすくなるから、困ったなって顔だったんだよ」「え……、ええっ! じゃあ、なんであの時……」
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10-1

「小泉くん」「はい?」「帰らないの?」 顔を上げると、オフィスには大和と陽翔しか居なかった。「えっ? あれっ?」「本当にきみ、集中すると周りが見えなくなるタイプだよね」 ふはは……と、面白そうに大和が笑う。「す……、すみません……」「いや、ごめんね、笑って。……でも、あんまり熱心で真っ直ぐだから、心配になっちゃうな」「いえ……、本当に……。すみませんでした……」「謝る必要はないよ? 悪い事をしてたわけじゃないんだから」「僕……。実は、これで以前も失敗したことがあって……」「失敗?」「根を詰め過ぎて、残業しているオフィスで突発ヒートしちゃったことがあるんです」「それは……、大変だったね。……誰かにひどいこと、されたのかい?」 陽翔は── その何の気なしの一言で、当時、周囲に囁かれた陰口がフラッシュバックした。「あっ……、えっ?! ごめん! なんか、僕、嫌なことを思い出させちゃった?」 大和が狼狽え、慌てふためきながら、草野のデスクに置かれていたティッシュボックスを持ってきたことで、陽翔は自分がボロボロ泣いていることに気がつく。「す……、すみません……。僕……、そんな……別にヒート事故とかにはなってなくて……」 大和に申し訳ないと思いながらも、陽翔の涙は止まらなかった。
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10-2

 大和は、陽翔が泣き止むまで待った。「すみません、本当に。……僕、別にヒートの所為でアルファに強姦されたとか、そういうのは無いんです。……ただ、救急車騒ぎになってしまったから、僕が突発ヒートしちゃったの、周りにバレちゃって……」 グズグズと鼻をすすり、ティッシュで拭う陽翔を見やり、大和は大きく溜息をつく。 その様子から、陽翔が周囲の理解のない態度を〝ひどいこと〟と理解していないのが、見て取れたからだ。「うーん、突発ヒートって、はっきりした原因はわからないらしいけど。でもオメガの体は繊細だからね」「でも、社会人として、恥ずかしいです」「あのね、小泉くん。確かに体調管理は、個人がすべき大事なことだよ。でもね、きみみたいに真面目で一所懸命な子が、サボりたくて具合が悪くなってるなんて、思うほうがどうかしてるよ?」「……普通のヒートでも、一週間も休んで周囲に迷惑掛けますし……」 陽翔の答えに、大和は微かな苛立ちを覚える。「確かに、そこで実務のしわ寄せを食うベータの社員は、文句を言うだろう。だけど、オメガが繊細で、周期的にヒートがくるって分かってて、業務を調整できないのは、上司が無能なんじゃないかな?」「……えっ?」 陽翔は、ぽかんとした顔を向けてきた。 そこで大和は、自分の苛立ちが〝陽翔の元上司〟に対するものだと気付く。 この可愛らしい外見とは裏腹に、才能の塊のような輝く魂を、疲弊させ、追い詰めたアルファに、腹が立っているのだ。「だって、それって分かってることでしょ? オメガが周期的に休むのは、自然の理なんだし。ストレスを掛けたら、突発ヒートを起こす可能性があるって、管理職ならリスクとして知っておくべき……どころか、当然それに対する手配もしておかなきゃいけない立場でしょ?」「でも……、そんなことをしたら……。他の社員に
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10-3

「や……、ありえませんよ!」「あっははっ! 神谷くん、可哀想に。全然気付いてもらえてないんだ」「ちょ……、待ってください。どっからそういう話になったんです?」「だってそうでしょう? オメガの提案は上層部にウケが悪い……って、きみがそう思ってるんじゃなくて、その彼が教えてくれたんじゃないの?」「そうですね」「僕がもしその神谷くんの立場で、きみに全く興味がなかったとしよう」「はい」「出世がしたいと思っていたら、採用される可能性が皆無の〝オメガの企画〟に目を通す必要はないよね?」「……えっ? ……でも、部下の出した企画をチェックして、まとめたりするのが仕事……ですよね?」「ベータの企画の場合、アルファが〝良し〟とすれば通るけど、オメガの提案は、オメガが考えたって時点で取り合ってもらえないって分かってるなら、見る必要なくない?」「……ああ、そうか……。……でも、神谷は見てたってことですよね?」「つまり、きみ自身に興味があるから、きみの企画に全部目を通していたってことだよ?」「えっ? ……あ、……そう……なのか……?」「きみの才能を見極めて、きみをなんとか上層部にアピールしたくて……なんて。普通にきみを特別に想ってなかったら、しないでしょう?」 大和は思わず、笑ってしまった。 神谷というアルファが、どれほど陽翔に執着を覚えていたのか、会ったこともない自分ですら想像が出来るのに。 当の陽翔は、毛の筋ほども気付いていないのだ。 むしろ、神谷が哀れにすら思える。「アルファにとって、オメガって宝物のような存在だ……って言うのは、ウチの社長の持論な
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11-1

 その日、陽翔は大和と共に車で移動していた。 リノベーションを頼んできた家を、訪問するためである。「大幅なリノベですよね」「旦那さんが定年退職されたのを期に、生活動線が不便になっちゃった家を調整したいんだって」 二人が乗る車の後ろから、金山と助手の乗ったトラックがついてきている。「婚礼家具に、ダイニングテーブル。リペアする家具もたくさんありますね」「画像を見ただけでも、すごく良い家具ばかりだから。手入れして長く使ってもらえると思うと、嬉しいよね」「金山さんのトラックで、乗り切るかな……?」「無理して乗せる必要はないよ。大事な品物だからね」「力仕事ですよね」「僕も親方みたいなアルファだったら、あっちの仕事したかったよ?」 意外な発言に、陽翔はびっくりした。「そうなんですか?」「だって、あっちのほうが楽しそうじゃない? 一枚板からオリジナルの家具を作るのも楽しそうだし。デザインの仕事も嫌いじゃないけど、あっちのほうが物を作ってるって実感出来るでしょ」「なるほど」 陽翔はシートに背中を預け、運転する大和の横顔をちらと見た。 突発ヒートを神谷に助けてもらったあと、退院して出勤する朝は、ヒートを見られた恥ずかしさがあった。 しかし、あの時はむしろ、謝罪に行くのに勇気と怒りのほうが大きかった。 大和にその話をして、泣いた顔を見られた翌日のほうが、よほど恥ずかしくて出勤したくなかったぐらいだ。 だが、大和は翌日、何事もなかったかのように「おはよう」と言ってくれた。(高梨さんといると、呼吸をするのが楽なんだよな……) 肩に力も入らない。 余分な見栄も張らずにいられる。 なにより、仕事が楽しい。(でも、この人、アルファなんだよな……) それも、不思議な気がした。「どうしたの? あ、もしかして寝癖治ってない?」「いえ! 寝癖はありま
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