All Chapters of こんなに好きなのに、伝わらないのなら――: Chapter 1 - Chapter 10

21 Chapters

兄貴のほほ笑み

 朝の弱い兄貴が、珍しくご機嫌な様子でご飯を食べていた。隣でそれを不思議に思いながら、味噌汁をすする。「母さん、今日遅くなるから」「部活?」「部活のあとに、テスト対策の勉強することになっててさ。帰ったらちゃんと飯食うから」「来年受験だものね。しっかり勉強教えてもらいなさい」「俺が教えるんだって。酷いなぁ」 ほほえましいとも言える義理の母親と義兄のやり取りを耳にしつつ、目の前にいる実父に視線を飛ばした。たぶんこれから僕に、なにかしら嫌な話題を投げつけるであろう。「辰之、おまえ勉強は――」 ほらね、予想どおりだ。「ちゃんとやってるし、わからないところは兄貴に聞いてる」「父さん、辰之の成績は俺の一年のときよりも上なんだよ。だから逆に、俺が教わるときもあってね。それから――」 話をうまく広げる優秀な義兄に、こっそりため息をついた。自分のダメさ加減を思い知らされる。 僕たちがはじめて出逢ったのは、両親が再婚することになった小学五年生のとき。ひとつ上の兄貴は小学六年生とは思えないほど落ち着いていて、すごく大人っぽい少年だった。年齢はひとつしか違わないのに、身長差はこの時点で15センチ近くあったし、見た目も中身も申し分ない兄貴を見ているだけで、自分がひどく子供じみて見えた。『弟ができて嬉しいよ。これからよろしく』 そう言いながら笑いかけられたそのときに、なんとも言えない気持ちが胸の中に渦巻いたんだ。そのモヤモヤをなんとかしたくて、両親や兄貴に反抗したりと、いろいろ手を焼かせた過去は、僕の黒歴史になってる。「辰之、勉強大丈夫だよな?」 ご飯を咀嚼中に兄貴に話しかけられたが、いかんせんすぐには答えられない。もぐもぐ口を動かしながら、大きく頷いてみせる。「塾にも行かずに、上位の成績をキープしてる辰之のほうが俺よりも優秀だよ。父さん」「なにを言ってるんだ。おまえは、部活に塾に忙しいだろ。辰之は帰宅部でなにもしていない身なんだし、成績がいいのは当たり前だ」 僕は慌てて味噌汁をすすり、一
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兄貴のほほ笑み2

 内なる苛立ちがバレないように、奥歯をぎゅっと噛みしめながら自室に移動した。素早く鞄を手にして、リビングを背にしたまま声をかける。「行ってきます」 僕のかけ声を合図に義母が椅子から立ち上がり、慌てて追いかけてきた。「辰之、忘れ物はない?」「ないよ。帰りは、いつもどおりになると思う」 しゃがんで靴を履いていたら、いつの間にか兄貴が傍にいた。振り返って目を合わせた瞬間に、後頭部を撫でられる。「寝癖くらい直さないと、彼女できないぞ」 兄貴に指摘されたことが恥ずかしくなり、その手を容赦なく叩き落とした。きっと、頬が赤くなっているであろう。熱くなっているのがわかる。「兄貴ってば、余計なお世話だよ。自分に彼女ができたからって、自慢するとか最低!」「えっ? 宏斗に彼女ができたの?」 驚きつつも、喜びを隠せない義母の笑みを目の当たりにした兄貴は、赤くなった顔を横に背ける。「このタイミングで言うなんて酷いだろ。突然家に連れてきて、母さんを驚かそうと思ったのに」「はいはい、それはすみませんでした!」「それよりも辰之、今日はいつもより早く出るのな。学校でなにかあるのか?」 顔を背けた兄貴が、横目で僕を見ながら問いかける。「友達とコンビニに集合する約束をしてるんだ。限定品のグッズを買い占めるためなんだけどさ」「あっそ! 行ってらっしゃい……」 他愛のないことを口にした途端に背中を向けて右手を振り、リビングに戻っていく兄貴。この場をやり過ごせたことに、心の底からほっとするしかない。「辰之、気をつけてね。行ってらっしゃい!」「うん、じゃあね」 義母に見送られながら自宅を出発した僕の行き先は、とあるところに設置した盗聴器を回収するためだった。兄貴を手に入れるために準備したそれを有効活用すべく、計画は着々と進行していく――。
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兄貴のほほ笑み3

***『お母さん、今日遅くなる。友達と勉強することになった』 帰りが遅くなってもいいネタを、昼休みになってから義母宛にLINEを送った。兄貴の頭の中では今朝僕の行動を耳にしているおかげで、いつもどおりの時間に帰宅していることになっている。だからこそ慎重に兄貴のあとをつけて、絶対に見つからないようにしなければならない。(兄貴は部活が終わったあとに、友達と勉強会の予定。だけどそこは友達じゃなくて、彼女の可能性が高い。学校の図書室はすでに閉まっているから、市立図書館の自習室で勉強をするのか。あるいは――) こうして頭の中を兄貴でいっぱいにするこの時間が、結構好きだったりする。僕と一緒にいない兄貴の知らない顔を想像するだけでワクワクするし、同時に幸せな気持ちになっていく。「黒瀬、おまえ昨日ログインしてなかっただろ!」 苛立ちを含んだ友達の声に、一瞬で思考が中断された。仕方なく目の前に現れた顔を見上げる。「あ~、他のゲームしてたらすっかり忘れて、そのまま寝ちゃった」「リーダーのおまえがいないだけで、戦闘に無駄に時間がかかるんだから、ちゃんとログインしてくれよな。それとさ――」 他にもぐだぐだ文句を言い続ける友達の口を塞ぐためのアイテムを、必死になって考え出す。「土屋、お詫びにはならないかもしれないけど」 申し訳なさを表現するために、しょんぼりした顔を作り込みながら話しかけてやった。「なんだよ?」「明日提出の数Ⅰの宿題、写していいよ。実はもう終わってるんだ」 休み時間をすべて使ってやり終えた宿題をエサに、友達の機嫌をとることにした。「早っ、写していいのか?」「いいよと言いたいんだけど、先に箱崎にノートを貸しちゃっててさ。だけど放課後までには渡せると思う」「わかったよ。ノート待ってる」「今日はログインするから、安心してくれ」 いついかなる時も使えるものは、常に用意しておく。それは僕の中の鉄則になっていた。こうしていままで円滑に、友達関係を築いている。そして、時には利用させてもらった。(本人の知らない間にだけどね――) 兄貴を手に入れるためなら、躊躇なく友達だって使ってみせる。
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兄貴のほほ笑み4

*** 昼休みが終わる直前になって、先にノートを貸していた箱崎が済まなそうな顔で僕の傍にやって来た。「黒瀬、ノート助かったよ。今日は彼女と遊ぶ約束してたから」「ということは、部活をサボる気だな?兄貴に言いつけてやろーっと」 ノートを受け取りながらふざけ半分で脅した途端に、箱崎は両手を合わせて拝むポーズをとる。「頼むから黙っててくれって。今日は彼女の誕生日でさ、どうしても長く一緒にいてあげたくて」「はいはい、惚気けるのはそれくらいでストップ。見逃してやるよ」「ノートからなにからサンキューな。さすがは黒瀬先輩の弟!」「褒めてもこれ以上なにもしないし。同じ彼女持ちでも、兄貴は部活をサボらないんだから偉いと思う」 あえて話題に兄貴を出してふたりを比べる発言をすると、箱崎は顎に手を当てて難しい表情を浮かべた。「箱崎なんだよ、納得いかない顔してさ」「黒瀬先輩、どうしてあの女子と付き合ったんだろうなと思って」 ノートを貸したときには聞けなかったことを口にしてくれたので、嬉しさをひた隠しつつ、声をひそめて訊ねてみる。「あの女子っていう言い方、なにかあるのか?」「隣のクラスの女子だし、俺はまったく接点はないんだけど、俺の彼女がさ――」 5時限目の予鈴が鳴るまでの短い間だったが、箱崎からもたらされた情報によって、とても有意義な時間を過ごすことができた。 兄貴を堕とすための決定的な証拠を集めるだけで、楽しくてならない――。
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兄貴のほほ笑み5

*** 兄貴が部活を終えるまでの時間を使って、この間女子トイレに仕掛けた盗聴器の中身を確認すべく、目立たないであろう図書室の隅の席で聞いていた。(前々回と前回は空振りに終わったけど、今回はどうだろう……) 期待を胸にイヤホンから流れる女子の会話を耳にしつつ、机の上に広げたノートにその内容を端的に書き記した。僕の姿を傍から見る分には、熱心に勉強しているように見えるだろうな。 いろんな女子からもたらされる噂話や愚痴を聞いている最中に、衝撃的とも言える話は突如はじまった。 早口でまくしたてる甲高い声に反応し、相槌する者は僅かだったが、信じられない内容にめまいがしてきた。どうにもメモする気にもなれず、眉間をつまみながら聞き入る。『黒瀬先輩をモノにできるまで、間違いなくあと少し。だって私に夢中なんだから』『イケメンばかり狙って、ホントずるいよね。梨々花が羨ましい』『梨々花ってば、中学生の彼氏もいるんでしょ?えげつないよねぇ』『あのコは弟というか、キープくんなんだけどー。でも私を求めてがっついてくるのが、めっちゃ可愛くてさぁ』『それって、ただヤリたいだけじゃん』『普通はそうやって求めてくるのに、黒瀬先輩は慎重というか奥手というか。私を大事にしてくれるみたいな?』『奥手すぎるのもねぇ。こっちからガツガツいけないわけだし』『それはそれでいいんだって。その駆け引きを楽しみつつ、別のところで発散できるわけだしぃ』『梨々花、また新しいコスメ増えてる。パパ活順調なんだ』『まぁね。今日は黒瀬先輩と別行動日だから、みんなに奢ってあげるよ』 馬鹿女の言葉に歓喜の声をあげた女子がいる時点で、めまいが頭痛に変化した。なにも知らない兄貴が不憫でならない。(箱崎から聞いた、情報の裏がとれた。ほかの女子が馬鹿女の噂をしないのは、こうして餌をまかれているせいだったとは。だけど人の口を完全に塞げないことまで想定していないのは、まんま馬鹿女というべきか) スマホで時間を確認すると、あと10分ほどで部活が終わる時間になっていた。無表情で机の上のものを片付け、鞄を肩にかける。周囲に視線を飛ばしても、図書委員以外誰もいなかった。 静寂に包まれた場所から、しんみりした気持ちを引きずりながらあとにしたのだった。
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兄貴のほほ笑み6

*** 部活を終えた兄貴と馬鹿女が向かった先は、市立図書館の自習室だった。 図書館の奥にある自習室が見渡せる本棚の隙間に、うまい具合に体を隠し、ふたりの様子をじっくりと窺う。他にも来館している客がいるので、派手な行動をするとは思えないけれど、相手はあの馬鹿女。油断するわけにはいかない。 兄貴は馬鹿女の横で楽しそうにノートを指さしつつ、ささやき声でなにかを話しかける。僕に向けてくれるのとはあきらかに違う笑みに、胸の奥が軋むように痛んだ。(クソっ、あんな女にそんな笑顔で話しかけるなよ……) どうにも見ていられなくなり、本棚に背中を預けて天井を仰ぎ見た。奥歯をぎゅっと噛みしめながら、持っている本を右手で握りしめる。 好きになった相手が同性というだけでも異質なのに、兄弟という関係がオマケについた途端に、逃げられない想いという鎖で、躰をがんじがらめにされた運命を呪うしかなかった。 家族としていつも一緒にいられる幸せの一方で、こうして間近で兄貴の好きになった女を見せつけられることは、僕にとって不幸せの極みになる。 図書館に響く椅子を鳴らした音に反応して、慌てて自習室に視線を飛ばしたら、馬鹿女がこちらに向かってやって来た。バレたかもしれないことを想定し、手にした本を開きながら馬鹿女に背を向けて歩いてみせる。 ドキドキを隠してゆっくり歩く僕を、馬鹿女は颯爽と追い抜かし、すぐに左へと曲がる。すると後方から、同じような音が耳に聞こえた。(――兄貴がこっち来るかもしれない!) 顔の前に本を掲げながらヒヤリとしたのもつかの間、僕がいる反対側の本棚の前を歩く気配を、靴音で察することができた。それに安心して馬鹿女が曲がった左側の本棚から顔を覗かせると、人目のつかない薄暗がりの本棚の前で、ふたりが抱き合っているのが目に留まる。 馬鹿女が兄貴の首に両腕をかけたタイミングで、お互い顔を寄せ合ってキスをした。「くっ!」 見たくないものを見せつけられているのに、貪るようにくちづけている兄貴の顔から目が離せなかった。同じようにそうしてキスしてほしいと、願わずにはいられない。「ねぇ、黒瀬先輩……」
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兄貴のほほ笑み7

馬鹿女は腰に回っている兄貴の片腕を手に取り、自分の胸元に導くなり、押しつけるように触れさせた。「梨々花こんな場所で、それはダメだって」 声を押し殺し、周囲に視線を飛ばして慌てふためいた兄貴だったが、言葉に反して触れている手はそのままだった。 血気盛んな童貞の男子高校生。滅多に触れる機会のないものだけに、兄貴の気持ちもわからなくはない。「黒瀬先輩に触ってほしかったの。先輩のモノにして」「梨々花……」「先輩の全部がほしい。お願い」 馬鹿女の手が、兄貴の大事な部分に迷うことなく触れた。感じるように優しく上下に擦る行為で、気持ちよさに身をまかせた兄貴は息を切らしつつ、胸を激しくまさぐった。空いた手はスカートの中に忍んでいく。 これ以上の行為に発展することに我慢できなかった僕は、隠れていた場所から足早に歩きだし、大きな背中に突進する。兄貴は僕がぶつかった衝撃で、肩を竦めながら振り返った。「辰之!?」 目を見開いて僕を見下ろす兄貴の顔は、滑稽そのものだった。「こんなところで、なにやってんだよ。制服着てるんだから、身バレして通報されやすいっていうのにさ。そのことで大会不参加させられる可能性だってあるんだし、気をつけないと!」 頭を冷やすような的確なセリフを、声のトーンを落として吐き捨てたら、馬鹿女はしまったという表情をありありと浮かべる。 兄貴のやってる部活はバレー部で、昨年は県大会準優勝までした強豪校だった。今年特待生で入学してきた1年生が加わり、さらに強くなったことを、友達の箱崎から聞いている。「おまえ、今日はまっすぐ家に帰ったんじゃなかったのか?」 彼女の手前バツが悪かったのか、兄貴は謝ることなく僕に疑問を投げかけた。「友達に宿題のノートを貸しててさ。ここを待ち合わせ場所にしてたんだ。さっきまで一緒にいた」「そうか……」 ありえそうな嘘を平然と並べ立てると、厳しさを含んだ僕からの視線を、兄貴はまぶたを伏せることによって外す。「まだ彼女と勉強するんだろ? 今度は真面目に教えてあげなきゃ」 兄貴に軽く体当たりして、この場を立ち去った。僕の警告が響いていることを切に願う。 あんな馬鹿女に、兄貴のはじめてをやるもんか。兄貴の童貞をもらうのは、僕なのだから――。
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兄貴のほほ笑み8

***「ただいま! 宿題終わってからご飯食べるね」 キッチンにいる義母に挨拶してから急いで自室に篭もり、カギをしっかりかけた。肩にかけてる鞄を足元に落として、ブレザーを力なく脱ぎ捨てる。「兄貴のヤツ、あんな馬鹿女に欲情するなんて……」 扉に背を預けたまま急いでベルトを外し、下着と一緒にスラックスをおろした。外気に晒される下半身は否応なしに熱を帯びているため、ぬくもりがほしくてならない。 目を閉じると思い出せる。まぶたの裏に浮かぶ兄貴の恍惚とした表情。 馬鹿女のくちびるを塞いでいた兄貴のくちびるの隙間から、いやらしい動きをしていた舌が、チラリと見え隠れしていた。「僕にもあんなふうに、キスしてほしい……」 下半身を扱きながら、反対の手で自分の舌に触れてみる。兄貴の舌はどんな感じで絡んでくれるのだろうか。「宏斗兄さん、もっと…もっとシテ」 口内を弄っていた手を胸元に移動させて、シャツの上から乳首に触れた。瞬く間に硬くなるそれを、引っ掻くように弄り倒す。前までは痛みしか感じなかった行為なのに、今ではこうしないと物足りなさを感じて、せずにはいられない。「んんっ……ぁっ…っぁあ」 我慢汁で下半身がしとどに濡れていく。そのせいで室内に、ぐちゅぐちゅという水音が響き渡った。いやらしく腰を前後させるだけで、尻穴にまで勝手に滴る。 スカートの裾から忍んでいた兄貴の大きな手で、僕の大事なトコロをめちゃくちゃにしてほしい。「兄貴っ、ぁも…いれてっ…んっ…は…ぁっ……!」 湿った尻穴に、迷うことなく指を1本だけ挿れた。飲み込まれていく指先に感じる内壁がヒクついて、物足りなさを語った。もう1本増やしてみたが大して変わらず、出し挿れしても虚しさだけが募っていく。「あ……やぁっ、あああ!」 前を扱きながら尻穴に4本の指を挿入し、小刻みに腰を前後させる僕は変態だ。もう前だけではイケない躰になってしまったため、いつもこうして自慰にふけった。「ぁあん、足りなぃっ…兄貴のおっきぃのがっ、ほしいぃ!」 時折掠める中の気持ちいいトコロを探しつつ、前を弄る手のストロークをさらにあげた。卑猥な水音が一層激しくなったそのとき、ピンポーンというインターフォンが耳に聞こえる。兄貴が帰ってきた合図だった。「宏斗兄さんっ… っく、っく……ぁあっ! 兄貴のでっ……ぁあっ…イクっ!!」
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兄貴のほほ笑み9

コンコンコン! 遠慮がちなノックが自室に響いた。「辰之、ちょっといいか?」 扉一枚隔てた向こう側からかけられた兄貴の声を聞きながら、苦笑するしかない。 上は制服のワイシャツに、すっぽんぽんの下半身は半勃ちでてらてらに濡れた状態。そして視線の先にある床は、白濁で汚れている。このまま扉を開けて兄貴を部屋に入れてしまうと、オナっていたのをバラすことになる。(ズリねたが兄貴なんて、口が裂けても絶対に言えない――)「辰之っ!」「さっきのことなら、図書館で注意をして終わったし」「謝りたいんだ……。あのタイミングで俺に注意したのは、きっと大変だったろ」 しょんぼりした兄貴の声に、なぜか僕の下半身がピクリと反応した。「実際、そこまで大変でもなかったけどね」「辰之、怒ってるから開けてくれないんだろ?」「今いいところだから、手が離せないんだって」「やっぱり怒ってる……」「怒ってないって、本当に手が離せないんだ。ご飯食べ終わったら兄貴の部屋に顔を出すから、それまで話は待っててほしい」 僕の部屋の隣にある兄貴の部屋は、この家の中で一番奥まった静かな場所にあり、余程大きな声をあげない限り、他の家族に気付かれることはない。「わかった、待ってる……」 名残惜しさを示すためか、扉を軽く殴ってから兄貴はどこかに立ち去る。僕の背中を押すその音が、兄弟の間柄を壊す音に聞こえたせいで、耳から離れなかったのだった。
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兄貴の絶望

あの後、宿題を終えた僕が晩ごはんを食べようとリビングに顔を出したタイミングで、先に食べ終えた兄貴とちょうど入れ違いになった。「兄貴、これから勉強するんだろ?」 すれ違いざまに話しかけた僕の顔を見、ハッとした顔の兄貴は息を飲む。「あ、うん。その予定……」 歯切れの悪い兄貴の言葉を聞いて、僕はあえて満面の笑みを浮かべてみせた。まるで、何もなかったかのように――。「だったら兄貴が頑張れるように、美味しい紅茶を淹れてあげるよ。すっごく美味しいのを作ってあげる!」「辰之……、サンキューな」「兄貴ってば、そんなに僕の部屋に入れなかったことが、ショックだったんだ?」 現在進行形で兄貴が気にしてることを、わざとらしく口にしてやる。「そりゃあ、あんなことがあったあとだし、辰之に拒絶された感があるっていうか……さ」「マジで手が離せなかったんだよ。あの最中で」「あの最中って、ぶっ!」 不思議そうにする兄貴にわかりやすいように、手首を上下にブラつかせながら教えた途端に、目の前にある顔が耳まで一気に赤く染った。この手の話にめっぽう弱い兄貴が、可愛くて仕方ない。「だからねっ、絶対に開けられないでしょう?」「おまっ、そんなことをここで堂々と言うなって」 声をひそめて返事をする兄貴は、リビングをキョロキョロして母親に聞かれていないか、素早くチェックする。「だーって、兄貴がいつまでも引きずってるからいけなんだよ。言わざるを得なくなった僕の恥ずかしい気持ちくらい、ぜひとも考えてほしいよねぇ」「宏斗といつまでも喋ってないで、早くご飯食べちゃいなさい!」 兄弟でかわす卑猥なネタに、呆れた義母が突如割り込んだので、仕方なくダイニングテーブルの席につく。「辰之、悪かったな」「別にいいって。紅茶、楽しみに待っててよ」 互いを思いやる、優しさを含んだ兄貴とのあたたかいやり取り。それはこのあとに訪れる、兄貴の絶望の序章になるだろう。 真面目な兄貴の希望を絶望に変える段取りを考えながら、楽しく晩ごはんを食べたのだった。
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