「誰かが夜中に家を訊ねてきても、絶対に開けるな」 さっきまで、はしゃいでいたのが嘘のような真剣な声だ。「知っている人でもですか? 叔父さんとか楓君とか……」「一人暮らしの葵依に連絡が付かない時は心配して訪ねてくるだろうけど……連絡なしに訪問するようなそんな非常識な人間じゃないだろう?」「はい」と葵依は小さく頷いた。彼らは育ちがよく非常識なことはしない。それでも葵依が電話に出なければ警察を引き連れてここへやってくるだろう……今日はその一歩手前だった。 携帯を両手で握り締めたまま親指同士をくっつけたり、引っ張ったりしていると壱から携帯を取り上げられた。 それから壱の手が重なってきて葵依は動きを止めた。壱の手は、筋肉量が多く角ばってゴツゴツしていた。指が太く関節の節や筋が目立ち、血管が浮き出ている──。(私の手と違う手と手を繋いで……歩いて帰ったんだ……) 顔を上げると、穏やかに微笑んだままの壱と目が合った。 不意に彼の指が伸びてきて、葵依の頬に触れる横髪を耳後ろへかけた。指先が耳輪に触れてゾクりとする。今度は反対の横髪も右と同じようにしてもらった。「髪、手触りが良いな」「安いリンスインシャンプーを使ってます」 クスッと笑われたが、馬鹿にしているような笑いではなく。葵依の発言全てを愛しいと思っての漏れたものだった。 でも、葵依にはその違いが分からず、呆れられたと思って傷ついてしまう。全身安物を身に纏った自分が、生まれて初めて恥ずかしいと思ってしまった。「なぁ……提案があるんだが」「ていあん?」(シャンプー、トリートメント、コンディショナーを使えって言われるのかな……) 葵依は、どれで洗っても変わらないと思っているため、リンスインシャンプーしか使っていない。それ以前に、全部揃えるとコストが掛かる。 見当違いのことを葵依は思い浮か
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