その夜、灯は手ぶらで来た。 革靴はあった。しかし地下書庫へ向かわなかった。鞄もいつもより小さかった。本が入っている鞄の重さを、いつの間にか判別できるようになっていた。今日は入っていなかった。「読むものがなくなったんですか」「そういうわけではないです」 それだけだった。説明はなかった。なぜ来たのかも言わなかった。靴を脱いで、いつものようにリビングへ向かった。 夕食は豚汁と焼き魚だった。 二人分作る方が自然になっていた。それが習慣になったのがいつからなのか、正確には覚えていなかった。灯が来なければ、翌日の朝食に回せばいいだけの話だった。 テーブルについた。食べ始めた。静かだった。 今日は本の話も出なかった。地下書庫の話も出なかった。灯は豚汁を一口飲んで、特に何も言わなかった。瑠衣も特に話題を作らなかった。沈黙が気まずいわけではなかった。ただ静かな食卓だった。 半分ほど食べたところで、灯が口を開いた。「実家には行きましたか」「先週行きました」「どうでしたか」少し考えた。「変わっていなかったです」「そうですか」「帰りたい場所じゃないとわかりました」 灯は頷いた。焼き魚に箸をつけた。 感想も評価もなかった。同情もなかった。ただ聞いて、受け取った。それだけだった。 食事が終わった。灯が皿を重ねた。「いいです、置いておいてください」「そうですか」 本当に置いた。いつもと同じだった。 しばらくソファで本を読んでいたが、今日はいつもより早く帰り支度を始めた。鞄を持って、玄関へ来た。靴を履いた。「ごちそうさまでした」「いえ」 扉が閉まった。 今日、何しに来たのかわからなかった。 本を読みに来たわけでも、探し物があったわけでも、用事があったわけでもなかった。ただ来て、食事をして、少し話して、帰った。 不思議な人だった。 台所を片付けながら、今日の食卓を思い返した。変わっていなかった、と言ったとき、灯は何も言わなかった。帰りたい場所じゃないとわかった、と言ったときも、何も言わなかった。ただ「そうですか」と言った。 それで十分だった。 ソファに戻った。静かだった。 いい夜だと思った。 スマホを手に取った。 画面が光っていた。 真衣からの通知が十七件来ていた。 開いた。写真が大量に送られてきていた。 ホテルのロビー
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