母のために、私・林原美緒(はやしばら みお)は自分の名義で、健診センター系列のプレミアム会員になった。登録した家族一人に限り、年に一度だけ、提携クリニックで人間ドックを無料で受けられる。高い年会費を払ったのも、その一回を母に使わせるためだった。ただ、そのサービスには少し変わったところがあった。同じアカウントで、系列のペットクリニックの特典まで管理されていたのだ。今年、母は「腰が痛い」と言って、予定より早く私の住む街へやって来た。ところが、提携クリニックの受付で、思いもよらないことを告げられた。「恐れ入ります。今年度分の人間ドック無料枠は、三か月前に系列のペットクリニックで使用済みとなっております。現在、ご利用いただける無料枠は残っておりません」聞き間違いだと思ったのか、母はしばらく黙っていた。それから、静かに言った。「……では、自費でお願いします」空いていたのは、8万円の基本コースだけだった。しかもそこには、母がいちばん必要としていた骨密度検査が含まれていなかった。その夜、仕事から帰ると、母は台所で温かいうどんを作っていた。食卓の上には、病院の領収書がそっと置かれている。「健診、どうだった?」私が尋ねると、母は笑って答えた。「大丈夫よ。ただ、病院のほうで少し行き違いがあったみたいでね」後で分かった。あの枠を勝手に使ったのは、同棲中の恋人――久我蓮司(くが れんじ)だった。蓮司はその会員特典で、幼なじみの篠宮青葉(しのみや あおば)が飼っている猫に、ペットドックを受けさせていた。……蓮司が玄関のドアを開けた瞬間、酒の匂いが部屋に流れ込んできた。私がスマホと、昼間、病院でもらった領収書をローテーブルの上にそっと並べると、蓮司は靴を脱ぐ手を一瞬止めた。怪訝そうな視線をちらりとこちらに向けたものの、何も言わずにリビングへ向かう。ソファに深く沈み込むと、眉間を押さえた。「ああ、この件か」背もたれに頭を預け、こめかみを揉みながら、この男は何でもないことのように言った。「あの時、青葉の猫が急に具合悪くなってさ。青葉が半泣きで電話してきたんだよ。俺のほうで手続きできたから、先に使わせただけだ」「あれ、私の名義の特典だよ」私はその言葉を静かに遮った。「母に受けさせるために取
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