All Chapters of 利益を独占する従兄。僕は協力を止め海外に飛んだ: Chapter 1 - Chapter 10

10 Chapters

第1話

親戚の集まりで、僕・真壁智樹(まかべ ともき)の従兄である吉川浩介(よしかわ こうすけ)は、モバイルバンクに入金された1億円を見て満面の笑みを浮かべていた。浩介は携帯をその場にいた親戚に見せつけるようにして言う。「1億円だ!これはなかなかだろ!」浩介の顔には、隠しきれない興奮が浮かんでいた。彼が僕に近づいてきて、僕の肩を抱き寄せる。「さあ、智樹!お祝いに乾杯しよう!智樹のおかげで吉川畜産の家畜たちは、それはもう見違えるほど育ったんだから!」彼の満面の笑みを見て、僕も嬉しくなった。思えば、あの頃の浩介は壁にぶつかっていた。飼料代は高いのに、効果はいまひとつ。そんな彼を助けるため、僕は長い時間をかけて試行錯誤し、ようやく完成させた独自の配合飼料を彼に渡したのだ。その時、泣くほど感謝していた浩介は、僕の手を握りしめてこう誓った。「智樹、たとえ俺たちが親戚であっても、金のことはきっちりしよう。お前が飼料を生産して、俺が現場を回す。利益が出たら、二人で半分ずつだ。もし俺が約束を破ったら……俺のことを煮るなり焼くなり好きにしていいから!」その時、伯父・吉川宗介(よしかわ そうすけ)と伯母・吉川里香(よしかわ りか)も同席しており、彼らも繰り返し保証してくれたからこそ、僕は浩介を信じ、決断したのだった。僕はグラスを持ち上げ浩介と乾杯をし、いつ浩介が利益の分け前の話をしてくれるのかと待っていた。そして食事会も終わりに近づいた頃、皆の真ん中に立ち、咳払いをした浩介。その場の全員の視線が彼に集まった。浩介はまず、この1年の苦労について語り始める。従業員の管理がどれほど大変だったか、販売ルートを開拓するのにどれだけ苦労したか――まるで自分一人の努力でここまでやってきたかのように話し続けた。僕は何となく違和感を覚えたが、それでも黙って耳を傾けていた。やがて浩介は話題を変え、僕のほうを見ると、満面の笑みを浮かべて言った。「智樹、お前が開発してくれた飼料のおかげで、本当に助かったよ。俺は本当に感謝してるんだ!」そう言って浩介は携帯を取り出し、画面を操作する。すると僕の携帯が震え、銀行口座への振込通知が表示された。銀行のアプリを確認した僕は、そこにあった数字を見て言葉を失った――100万円。自分の
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第2話

浩介が畳みかけた。「智樹、やっぱりお前が一番俺のことを理解してくれるよ。本当、ありがとな!」そう言ってグラスの酒を一気に飲み干した浩介は、さらに顔を赤く染め、酔いも回ったのか、ますます口が滑らかになっていく。「それにしてもだ、智樹。吉川畜産は今、完全に軌道に乗っているし、評判も上々で、注文も殺到している。この勢いなら、来年には売り上げが倍以上になっているかもしれない!」浩介は一度言葉を切り、僕を熱い眼差しで見つめた。「だからな、お前の飼料はうちの命綱みたいなもので、会社の強みそのものなんだ。お前は俺たちの技術面での柱って言っても過言じゃない!これからも配合の改良や調整、それに……そうだ!今後の研究開発も、お前の力が必要なんだよ。俺たち兄弟が力を合わせれば、何だってできる。安心しろ。お前を悪いようにはしないからな!」宗介も隣で何度も頷き、口を挟んだ。「そうだぞ、智樹くん。君は専門知識を持った人間なんだから、このことは、君なしじゃ成り立たない。だから研究所の仕事も今まで通り頑張ってもらって、こっちで新しいアイデアや改善が必要になった時には、頼りにしてるからな。前線で動くのは浩介で、君が技術で支える。それなら、うちの事業はもっと大きくできるはずだ!」「そうよ、智樹くん。考えてみれば、あなたにも安定した収入ができたってことでしょ?親戚の役にも立てるし、自分にも副収入が入る。これから配合技術がさらに改善されて、浩介のところの業績が伸びれば、あなたへの分け前も忘れないから。これが一番長く続く、みんなが得をする形なの」里香もそう言った。彼らは口々に言葉を重ね、もっともらしい表情で、いかにも親身になっているように話し続ける。まるで、たった今100万円で僕の1年間の努力を買い叩き、その価値まで踏みにじった人たちとは思えない。僕は穏やかな笑みを浮かべながら、彼らの話をただ黙って聞いていた。食事会が終わると、吉川一家は満足そうに僕と両親を見送った。車の近くまできたところで、僕の携帯が震えた。吉川畜産の現場主任である坂本健二(さかもと けんじ)からの電話だった。おそらく飼料の件だろうと思いながら、僕は着信ボタンを押す。スピーカーからは、健二の申し訳なさそうな声が聞こえてき
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第3話

車内には重苦しい静寂が流れている。先ほどの通話の内容は、後部座席に座っていた両親にも、全てが聞こえていた。「智樹……さっきのは……頭に血が上って言っちゃっただけでしょ?」母が前の方へ身を乗り出してきた。「今日の浩介くんたちの態度は、確かに度が過ぎるものがあったから、腹が立つのはわかる。でも、そんなのはあんまりじゃないかな。だって浩介くんは、吉川家の唯一の跡継ぎなのよ?」それでも僕からの返事をえられなかった母は、再び話を続ける。「それに、宗介は私の弟だから、姉である私が弟を困らせるようなマネはできないわ。あなたがこんなことをしたら、今後私たちはどうやって付き合っていくの?これから実家で……私はどんな顔をして過ごせばいいのよ。智樹、お願いだから、意地を張るのはやめてくれないかしら?何もなかったことにして、配合飼料は今まで通り渡してあげて」僕は眉をひそめて、母の言葉を遮る。「あの人たちの態度、母さんだって今日見たよね?どう見ても、僕の配合技術をただで使い続けようとしてるだけだったでしょ?浩介が僕の従兄なのは分かってる。でも、約束を破って、僕を利用するだけ利用して切り捨てたんだよ?何ヶ月も眠る時間も削ってまで、僕は必死に配合を研究してきた。中卒の浩介が、いったいどれだけの顧客と繋がれると思う?今取引してくれている人たちだって、僕の顔を立てて契約に応じてくれたんだ。なのに、ただ契約書にサインしただけのあいつが、自分だけの力で勝ち取ったみたいな顔をしてる。それなのに最後には、僕が何もしていない人間として扱われるの?母さん……浩介の肩を持つのもいい加減にしてくれるかな?」「智樹!お母さんはそんなつもりで言ったんじゃないの!」母が慌てて釈明する。「智樹は私の大切な息子だもの、心配しないはずがないでしょ?智樹は勉強もできて、大学院まで行って、今では研究所で働いているんだから、将来だって明るい。でも浩介くんの方は吉川畜産を継ぐだけで精一杯。大して勉強してきたわけでもないし、あの子の人生だってもう大体決まってるんだから。もっと余裕を持ってあげなさい。こんなことで浩介くんと揉めてどうするの?」「母さん」僕はバックミラー越しに、魂が抜けたような母の姿を見つめながら、静かに口を開いた
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第4話

目を丸くして驚く両親。「うん。海外に行ってくる」僕は落ち着いた声で、もう一度繰り返した。「向こうの手配も全部済んでるから。実は、最先端農業バイオテクノロジー研究所で働けることになったんだ。待遇も今の職場とは比べものにならないほどいい」「でも……私たちはもういい歳だし、言葉も分からないわ。海外なんて見知らぬ土地へ行って、あなたの足手まといにならないかしら?」母はまだ混乱しているようで、未知の場所に対する不安と心配を露わにしている。「それに、向こうで住むところは?私たちは何もできない……」「母さん、その辺はもう考えてあるから」僕は母に優しく説明した。「研究所からマンションを提供してもらえるし、みんなで住むのにも十分な広さだよ。もうリフォームも始めてるから心配しないで。それに僕たちの国の出身の人もいっぱいいるエリアだから、ゆっくり慣れていけば大丈夫だよ。だから、言葉で困ることはないと思う」それでも、バックミラー越しに依然として険しい父の表情が見えた。父がもっと現実的な問題を心配しているのは、僕も分かっている。「智樹、海外に行くなんてそんな簡単に決められることじゃないし、お前の仕事も良さそうで、親として喜ばしい限りだ。だが、母さんも父さんもずっとこの国で暮らしてきて、持ち家だってある。なのにそんなすぐに行くってなったら、この生活をどうしろと言うんだ?向こうでは職にもつけないだろうし、お前に頼り切りになってしまう」「父さん、そのことについても手はずは整えてあるから」僕は続けた。「それに、僕の給料で十分すぎるほどの生活が送れる。だから二人は、ただ少し早めに退職したと思って、のんびり余生を楽しんでくれればいい。経済的な心配はいらないから。もし帰りたくなったら、いつでも一緒に帰国すればいいしね」「智樹……もしかしてずいぶんと前から準備していた?」と母が聞いた。「うん、最初は浩介のビジネスが軌道に乗るまで、配合飼料を提供しようかと思っていたんだけど……でも、もうその必要もないから」僕は淡々と答えた。すると、父が背もたれに深く寄りかかり、溜息をついた。「分かった」ゆっくりと口を開く父。「行こう。この老体に鞭打って、海外の暮らしとやらを見てやろうじゃないか!
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第5話

電話に出た途端、浩介の怒鳴り声に鼓膜が破れそうになる。「智樹!お前はどこにいるんだ!?今の状況がわかってるのか!?こっちは大パニックなんだぞ!なのに、電話にも出ないし顔も見せない。一体どういうつもりだよ!?」僕は携帯をスピーカーにして机の上に置き、手元の書類を整理しながら、淡々と答えた。「何か用?」「何か用だと?それは俺に聞いてるのか!?」浩介の怒号が飛んでくる。「家畜どもが餌を食わなくなって、見るからに元気がないんだよ!現場の従業員だってお手上げだ。お前、一体何をしてくれたんだ?もしかして、お前のしょうもない配合飼料のせいなのか?覚えておけよ。もしこのことで吉川畜産が潰れたら、お前に責任を取ってもらうからな」僕はある書類を手に取り、抑揚のない声で答えた。「その配合飼料は君が僕に頼んできたものでしょ?それに、原料の調達から製造工程まで管理していたのはそっちだろう。だから、トラブルの責任なら、君が高給で雇ってる技術責任者に聞きなよ」「ふざけるなよ、この野郎!」浩介は僕の話を遮り、威圧的にまくしたてる。「忘れるな。俺はお前に給料を払ったんだぞ?100万円だ!あの金を受け取った以上、その分働け!それに、お前は俺の親戚だから、今までいい思いをさせてきてやっただろ?今じゃ自分の力で何でもできると思って、いい気になってるんじゃないのか?俺に偉そうな口をきいて、楽して稼ごうって魂胆だな?!」浩介は激昂し、溜まった不満を僕にぶつけてきた。「いいか?今日中に現場まで来い!この問題を解決しなかったら、お前のことをただじゃおかないからな!来年の分配金は、一銭も渡さない!俺は言ったからな!」それははっきりとした脅しだった。誰のおかげでここまでやってこられたのか、浩介は完全に忘れているらしい。僕は作業の手を止め、携帯の画面を見つめた。すると、なんだか急に何もかもが馬鹿らしくなってきた。浩介にとってあの100万円は、僕への報酬ではなく給料という扱いらしい。それに、僕が協力してきたのも、仕事の提携というよりは、やって当然のことだと言う。数秒黙った後、僕は静かに言った。「言いたいことは言い終わった?」浩介は僕がこんなにも落ち着いているとは思わなかったのだろう。電話の向
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第6話

「分かった」僕は迷いなく携帯を取り、その100万円を浩介の口座に送り返した。「送ったよ。確認して」浩介がせせら笑った。「当たり前だ。お前もやっと話が分かるようになったみたいだな。智樹、言っておくが……」しかし、僕はそれ以上聞く気にもなれず、すぐに電話を切った。その時の動作は、今までの人生で一番自然で、冷徹なものだったと、僕は思う。書斎にしんと静寂が広がった。父は目を見開いて僕を見つめ、やっとのことで絞り出すように言った。「智樹……なんで金を送り返したんだ?お前が素直にそうやって言うことを聞くと、ああいう奴は調子に乗るだけだぞ!」母も焦った様子で続ける。「智樹、あのお金……あなたが貰うべきものでしょ?確かにそんなに多くないけど、わざわざ返すことなんてなかったんじゃない?浩介くんったら……あれは恐喝よ!」僕は両親に向かって小さく首を横に振った。「父さん、母さん。あの100万円は僕にとって大した金額じゃない。でも浩介にとっては、僕を縛りつける唯一の首輪なんだ。だから、僕が全額返せば、もう僕に助けを求める言い訳がなくなる。お金を全額返金した今、もうこれから浩介や吉川畜産がどうなろうと、僕には一切関係ないんだよ」父は呆然としたまま僕を見つめ、深く長い溜息をつく。「お前ってやつは……本当に……」父は呆れたように首を振るだけで、それ以上は何も言わなかった。母も携帯を見てから、再び僕に視線を戻した。それでも結局は大きく溜息をつき、目尻の涙を拭いながら呟く。「そうね……それでもいいわ。縁を切ったんだもの。静かに暮らせるわね」電話が切られた。通話終了音が、浩介の耳元で無情にも響く。「おい!」と声を荒げた浩介は、腹立ち紛れに脇にあった飼料袋を思い切り蹴飛ばした。しかし、舞い上がった粉塵を吸い込んでしまい、激しく咳き込む。次の瞬間、携帯が震えた。モバイルバンクからの100万円の入金確認通知だった。浩介は嫌な笑みを浮かべ、既に通話が終わった携帯に向かって悪態をつく。「気取りやがって!お前がいなきゃ、俺が商売できないとでも思ってるのか!」携帯を握りしめ、相手を言いくるめたことで得た優越感にまだ浸る間もなく、健二が慌てた様子で飛び込んできた。「社長!大野社長と佐藤社長か
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第7話

浩介は、従業員たちを集めた。「いいか、よく聞いてくれ!最近、少し問題があって、経営が少し厳しいんだ。だから、来月からみんなの給料を一律2割下げることにした。この困難を乗り越えたら必ず元に戻すし、ボーナスも弾む。だから、今はなんとか受け入れてほしい」その瞬間、その場がざわついた。「減給?!どういうことですか、社長!」「そうですよ!真壁さんがいた時は、かなりの売り上げが出てたじゃないですか!真壁さんがいなくなってまだ数日なのに、なんでこんなにもすぐに給料を下げるんですか!?」「そうですよ!真壁さんがいた時はこんなこと無かったのに!トラブルが起きるとすぐに、私たちの給料を下げるなんて、納得いきません!」「真壁さんを呼んでください!真壁さんに間に入ってもらって話しましょう!」「そうですよ!真壁さんを連れてきてください!」従業員の感情も昂っていき、場は騒然となった。浩介の顔もみるみるうちに青ざめていく。自分が雇っている奴らなのに、口を開けば智樹のことばっかり……まるであいつがここのトップみたいじゃないか。挙句の果てには自分を、悪徳経営者扱いしやがって!その瞬間、抑えきれない怒りが一気に頭へ駆け上がった。目眩に襲われ、耳鳴りもする。「智樹を呼べだと?あいつが何だっていうんだ!」浩介は一歩前に飛び出すと、歪んだ声で怒鳴った。「この吉川畜産は俺のものだ!だから、お前たちは俺のいうことを聞いていればいいんだよ!あいつはただの恩知らずだ!お前たちは一体何に騙されているんだ!?」浩介は充血した目で、そこにいる人々の顔を睨みつけた。そして、従業員の一人である小山純一(こやま じゅんいち)を指さして吐き捨てる。「おい!小山!お前が一番うるさかったな。智樹のやつに会いたいんだろ?納得いかないんだよな?じゃあ、教えてやるよ!あいつはとっくに俺が追い出したんだ!お前もクビだ!今すぐ出ていけ!」純一は怒りに体を震わせ、顔を真っ赤にして言い返した。「しゃ……社長!真壁さんを解雇したんですか?社長には人の心ってものがないみたいですね。この吉川畜産を、汗水垂らして支えてきたのは私たちなんですよ!さんざん働かせておいて、最後は切り捨てるっていうんですか?それで給料まで下げるなんて…
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第8話

ビザの手続きもすぐに終わり、僕は来週の飛行機のチケットをとった。今日までの間にも、僕の耳には吉川畜産に関する話が時々入ってきていた。吉川畜産が安価な飼料に切り替えたことで、昔からの得意先が皆離れてしまったらしい。そこで、追い詰められた浩介は開き直り、安さだけを基準にするようになったようで、そのうち、消費期限が切れたものや、明らかにおかしい飼料まで使い出したという。浩介は粗悪な飼料で育てた、見るからに元気のない家畜を、少しでも仕入れを安く抑えたい小さな飲食店や個人経営者たちに、安値で売りさばき始めた。驚くことに、買い手もついたという。コストを極限まで削ることができ、値段を下げて売っても、すぐに現金が手に入る。その事実に、浩介はまるで突破口を見つけたような気になり、ますますこの悪循環へ沈んでいった。それどころか、買い手には「うちの家畜は良質な飼料で育てているから、この値段で出せるんだ」と吹聴までした。嘘もつき続ければ、いつしか本人さえ信じてしまうのかもしれない。浩介の両親も彼がまた金を持ち帰るようになると、顔に浮かんでいた不安の色を消し、再び笑みを取り戻した。里香は何度も親戚のグループラインで自慢するようになった。【注文が絶えなくて、浩介は今忙しいの。結局、ビジネスっていうのは機転が大事みたいね。勉強ばかりできたって、何も意味がないわ】なんとも嫌味ったらしい言い方だった。ある日、里香が母をメンションする。【智樹くんの就職先は決まった?もし決まってないなら浩介のところを紹介してあげようか?今、経理担当が必要なの。まぁ、給料は高くはないけど、仕事があるに越したことはないでしょ?身内なんだから、気兼ねなく頼ってね】僕の両親は返信もせず、そのままグループを抜けた。吉川畜産は安さを武器に、何人かの客をうまく丸め込み、短い間ながら再び「市場」を取り戻した。どうやら金儲けの「近道」を見つけたと思い込んだらしい浩介は、以前にも増して得意げな態度を見せるようになった。僕たちは渡航の最終準備に追われ、そんな喧騒に関わってはいなかった。しかしある日、無視できないほどのニュースが飛び込んできた。小さな食堂の客が体調の異変を訴え、ひどい食中毒を起こしたのが事の発端だった。電話でその報告を受けた浩介は、案の
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第9話

数日後、宗介と浩介が真壁家までやってきた。わずか数日で、宗介は別人のように老け込んでいた。背中は丸まり、顔色はどす黒く黄ばみ、苦しげな咳をしている。喉が引きちぎられそうなその音は、聞くだけでこちらも辛くなった。浩介も似たようなもので、目はくぼみ、骸骨のように痩せ細っている。しかし、たとえどれほど声が枯れていても、宗介の態度は相変わらず横柄だった。「姉さん……弟である俺のこと……少しは心配してくれないか?俺たちが……死んでいくのをただ見てるつもりなの?」母はこれまでの人生、ずっと守り抜いてきた弟をじっと見つめた。そして、小さく溜息をつき、静かに言う。「宗介……あなたたちは、本当に自業自得だよ……」「自業自得!?」宗介は図星を指されたかのように、突然声を荒らげた。だが次の瞬間、激しく咳き込む。宗介が血走った目で母を睨みつけた。「俺はもう死にかけだ!浩介だってもうすぐ捕まっちまう!それなのに、姉さんは俺たちに自業自得だって言うのか?智樹くんはどうした?あいつなら何とかできるんだろ?海外にだって行くんだよな?あいつに何とかさせろ!コネを探して、金を使わせろ!俺たちを助けさせてくれよ!俺は姉さんの弟だぞ?それに、浩介だって姉さんの甥っ子だ!見捨てるなんてあり得ないだろ?」興奮してまくし立てる宗介は、まるで悪いのは助けようとしないこちらの方だと言わんばかりだった。「自分たちはこれからは海外へ飛んでいい暮らしが待っているから、実家の面倒なんて知ったこっちゃないってか?薄情者!どいつもこいつも薄情者だ!」母の顔から血の気が引き、その体がよろめいた。僕と父は慌てて駆け寄り、母を支える。「助けろ?どうやって?」父は母の前に立ち、低く冷徹な声で言った。「浩介くんが問題のある家畜を売って、人まで死なせたんだ。それに、証拠だって完璧に揃ってる。これは犯罪だ。なのに、智樹に犯罪者を救えって言うのか?金を使えと言ったな?お前たちには、これまで稼いだ汚い金があるだろ?」すると、浩介が急に顔を上げ、父を睨みながら叫んだ。「なんでそんなこと言うんだよ!俺たちが終わったら、そっちもただじゃ済まさないからな!そもそも、最初に智樹が飼料を止めなければ……」「黙れ!」父が鋭い声で遮った。
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第10話

その後の月日は、水の流れのように過ぎ去った。とても静かだったが、それでも多くを運び去り、多くをもたらしてくれた。それから数年後、僕はある国際会議で今の妻に出会った。妻はバイオインフォマティクスを研究していた。あの時、僕らは専門の話から日常のことまで、夢中で語り合った。やがて僕らは付き合い始め、結婚した。結婚式は僕たちが暮らす街の小さな教会で挙げた。本当に親しい同僚と友人だけを招いた簡単な結婚式。それから2年が経ち、息子の真壁海晴(まかべ かいせい)が生まれ、僕の両親は舞い上がるほど喜んだ。毎日、小さくて柔らかい海晴のそばで、目を細めている。共働きの僕たち夫婦に代わり、両親は海晴の面倒を見てくれた。それからしばらくして、僕たちはマンションを引き払い、小さな庭のある一軒家に引っ越した。母は庭でネギやハーブ、さらにはスーパーで買ってきた、名前も知らない花を育てている。父は車庫の隅を作業場に改装し、家で壊れたものを直してくれたり、たまに海晴へと手作りの簡単な木のおもちゃを作ったりすることもあった。海晴もすくすくと育ち、いつしか小さな口で、たどたどしく「あー」や「うー」などと言葉を発し始めた。ある週末の午後のこと。家族みんながリビングにいて、海晴はカーペットの上でブロック遊びをしていた。母はキッチンで夕食の支度をし、父はソファで新聞を読んでいる。赤いブロックをいじりながら、何かをぶつぶつ言っていた海晴。すると不意に海晴は顔を上げ、黒い瞳をキラキラとさせながら、キッチンの方へと視線を向けた。そして小さな口を開き、はっきりとこう言ったのだ。「ば……ば……」キッチンから聞こえていた蛇口の音が止まった。母がキッチンから顔をのぞかせる。手には野菜を持ったまま、呆然として立ち尽くし、大きく見開かれた目で、じっとカーペットの上の海晴を見つめていた。母が自分を見ているのに気づいた海晴は、嬉しそうに体を揺らして叫んだ。「ばあば!」その瞬間、母の手に持っていた野菜がぽろりと落ちた。それでも母はそれを拾おうともせず、ただ立ちすくんで唇をかすかに震わせていた。母の目頭が赤くなっていく。そして母は海晴の高さまで視線を落とすと、努めていつものように声をかけた。「もう一回、ばあばって呼んでみて」
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