《たとえ異端になろうとも~蒼炎と黒炎を宿した騎士、サルロの魔王焼却譚~》全部章節:第 1 章 - 第 10 章

13 章節

#1 若き騎士たちの叙任

 銀髪に赤目の老人が、安楽椅子に体を沈めながら、本を読んでいた。そこで、扉が開く。「ガリヤおじいちゃん! サルロ様のお話聞かせてよ!」 パタン、と本を閉じたガリヤという老人は、孫を膝の上に迎えた。「さあ、しっかり聞いて、伝えるんだよ。神聖な蒼炎と、邪悪な黒炎。その二つを生まれ持った、騎士の中の騎士のお話だからね……」◆ 静謐な大聖堂。二人の若者が、祭壇に立つ一人の老人を前に跪いていた。誰も、彼らを除いて誰もいないこの空間で、細身の剣が二人の肩を叩く。片や黒髪青目、片や銀髪赤目。どちらも、黒い薄手の服を着ていた。 蒼いローブに蒼い眼の老人は剣を納めると、肩から掛けた鞄より羊皮紙の巻物を取り出し、開いた。「枢機卿バルゲルの名に於いて、汝らを蒼騎士として叙任する」 そう老人──バルゲル枢機卿が宣言すると、横の扉から数人の男たちが現れた。その手には、二つのカイトシールドがある。「この盾は、何が為にあるか」 バルゲルは、若者に問う。「子供を、婦人を、力なき者を守るため」 二人は同時に答えた。「故に、汝らに託す。普遍にして永遠の教会に、汝らの奉仕があらんことを」 盾が、若人の手に渡った。すると表面が輝き、紋章が刻まれる。黒髪の彼のそれは、蒼い円に黒い炎が灯ったものだ。 黒髪の彼は、左腕に通した盾を、体を隠すような形に構える。深呼吸して、世界に満ちる魔力を取り込み、己から生じる魔力と混ぜ合わせる。魔力回路を通じて盾に流せば……彼の体を、青白い鎧が包んだ。「サルロ・ファージよ、汝の鎧は何が為にある」「茨の道たる使命の道を往くために」 サルロと呼ばれた彼の横で、銀髪の若者も似たような鎧を纏った。「ガリヤ・ダベルよ、汝の鎧は何が為にある」「正しき祈祷の道を往くために」 にこり、バルゲル枢機卿は微笑んだ。「よい、よい。さあ行け! 汝らの気高き姿を見せるのだ!」 張り上げられた声に従い、サルロとガリヤは並んで聖堂を出た。重厚な扉が開けば、ぱあっと賑やかさが流れ込んできた。紙吹雪が舞い、各々が好き勝手に演奏する音楽が混じり合う。打楽器、トランペット、変わり種では東方の弦楽器。カメラのストロボ。誰もが、新たな騎士の誕生を祝福している。「やったな、サルロ」 赤目のガリヤは、隣のサルロに語りかけた。「ああ。これで、やっと父上に恩返
last update最後更新 : 2026-07-22
閱讀更多

#2 寂れた村にやってきて

 赤い鱗の飛龍が、黒い炎を吐きかける。それを、サルロの盾と、青白い魔力の壁は必死に防いでいた。表面の紋章が削られ、壁は罅割れ、少しずつ押し込められる。 だが、終わりを迎えた。サルロの剣は、蒼に黒が混じった炎を纏う。「蒼炎百華」 今、ドラゴンの頭蓋に叩きつけられた。華が散る様に炎が舞い、赤い巨躯を焼き尽くしていった──。◆「しっかし、初任務が魔王回収とはねえ」 馬上で揺れながら、ガリヤは隣のサルロに向けて言った。鞍には、魔法のトランクが掛けてある。蒼い糸の織り込まれた外套。腰には直剣と短剣に加えてポーチ、背中には盾だ。ガリヤの腰にだけは、小さいが分厚い冊子が下げられている。「いくらサルロが魔に耐性がある、って言ったってなあ」「バルゲル猊下が、私たちを信頼してくださったのだ。文句を垂れる暇はないぞ」 そう言いながら、サルロは視線の先にチカチカとした光を認めた。「あれか」 都市国家サダレ近傍、地脈異常が発生した村。「船旅の疲れを癒す暇もなかったんだ、しっかり飯を貰おうぜ」 微笑むガリヤは、馬の腹を蹴った。「待て、置いて行くな!」 十数分して、彼らは村の門の前に立った。槍を持つ門番が、欠伸交じりに立ち上がり、問う。「何者だ?」「教会領から派遣された蒼騎士、サルロ・ファージ。鞄にパスポートと蒼騎士の証がある」 トランクの取っ手に結び付けられた、二枚の金属札。教会の者であることを示す二本指を立てた紋章が刻まれたものと、都市国家サダレへの入国を許可する菱形の魔法のスタンプが押されたパスポートだ。「そっちも?」「ああ。見てくれていいぜ」 門番は、ランタンの光でそれらを認めて、槍の石突でこつんと地面を叩いた。「通れ」「ああ、ありがとう。君に太陽神の導きがありますように」 サルロは軽く礼を言って、村へと入った。焼け落ちた建物、荒れ果てた畑。地脈から魔力を汲み出して輝くはずの、軒先に掛けられたランタンは沈黙している。「魔物ってのは火を吐くのか……結構でかいのかもしれねえな」「そうだな。まずは寝床を見つけたいが……」「そこの」 ザッ、と重みのない足音と、深みを持った声がサルロの耳に届く。「何をしに来た」 現れたのは、杖をつく低身長の老人。サルロはガリヤと視線を交わした後、下馬した。「教会領から地脈異常の原因を探るよう派遣された
last update最後更新 : 2026-07-22
閱讀更多

#3 洞窟の攻防、焼き尽くされるドラゴン

洞窟を、影が進む。カシャン、と鎧が岩を打つ。誰も、一言も発せられなかった。洞窟の奥から漂う、内臓を蝕むような邪気に当てられて、自然と黙ってしまうのだ。 グチャッ。水音が混じった。腐臭も漂ってくる。騎士二人は、揃ってヘルムの面頬を下げた。視界を確保するため、とセキが感じたスリットが、蒼く輝き出す。 曲がり角から顔を出した、サルロ。その先に、肉の少ない、細い腕が転がっていた。そこから視線を移していくと、小さな肉体が腹を開かれて落ちている。数個。「貴様ッ……!」 サルロは、そう呟いて、駆け出していた。「馬鹿、数もわかんねえんだぞ!」 ガリヤの制止は、全く以て届いていない。「蒼炎よ、我が剣に宿れ!」 その短い詠唱によって、サルロの直剣が蒼炎を纏う。だが、純粋な蒼ではない。(黒い、炎?) セキは、白刃を包み込む炎が、黒を孕んでいることに気付く。 だが、彼にとってそれは普通のことだった。蒼炎を見て逃げ出したのは、緑色の肌をしたゴブリン十五体。子供程度の背丈しかないそれらの中には、先程まで喰らっていた亡骸を惜しそうに引っ張るものもいた。 ズドン、とサルロの足が鳴る。「蒼走」 刹那、全身を魔力で強化した彼の肉体が駆ける。炎を纏った刃が、ゴブリン三体を纏めて切り伏せた。着地の惰性を殺し、姿勢を百八十度転回させた彼へ、拳を固めたゴブリンが四体、迫る。「ガウラアッ!」 臭い息を吐き出すそれら。だが、拳が届くことはなかった。洞窟の広間にガリヤの声が響くと、ゴブリンたちの足取りは重くなり、深酒をした酒飲みのように這いつくばる。「天の大空に光る物があって──」 聖典の詠唱だ。その聖なる言葉の数々を前に力を削がれるゴブリンたちだが、それでも少しずつサルロへと接近する。「ガリヤ、そのまま続けてくれ」 サルロの剣を包む、蒼黒の炎が勢いを増す。「一撃で、吹き飛ばす」
last update最後更新 : 2026-07-23
閱讀更多

#4 ドラゴン狩りを終えて

サルロ一行が村に戻った時、既に雨は止み、真っ黒な夜空には星々と月が輝くのみとなっていた。ランタンの灯りが、ぼんやりと村の通りを照らす。その入り口にあるベンチで、背の低い村長が腰掛けていた。「逃げ帰ってきたか」「いや、討伐を果たした」「なんだとッ⁉」村長は慌てて立ち上がるも、バランスを崩す。数秒して、体勢を整えた。「お主のような若造が、ドラゴンを⁉」「ああ。これがドラゴンの体に埋め込まれていた、魔王の亡骸だ」あの赤黒い肉片を、サルロは腰のポーチから取り出して、見せる。「教会領にて厳重な封印を施すが……少なくとも、地脈異常は収まるはずだ」そして、肉片を仕舞う。「今日明日、とはいかずとも、半年もすれば作物は実る筈だ。安心してくれ」「お、おお……」村長の頬を涙が伝う。「これで、妻も息子も報われよう……」泣き崩れた村長の前に、サルロはひらりと降り立ち、屈み込んだ。「明日、この村を去りたいと思っている。今日も寝床を貸してもらいたいのと……井戸を使わせてくれ」「そのくらいのこと、勝手にやってくれていい。すまない、本来ならば宴でも開くところじゃろうが……飯も、人手も足りんのでな」「魔王の亡骸がどれほど影響力を持つかわからない。長居はできない故、丁度いいさ」オンオンと泣く村長から離れ、サルロは馬に戻る。「あなたの行く先に、太陽神の導きがあらんことを」二本指を立てて、祈りを送った。昨晩泊まった家に、彼らは戻った。サルロは、まだ気を失っているセキをベッドに降ろす。そこで、井戸から水を汲んできたガリヤが言った。「いいのかよ、酒の
last update最後更新 : 2026-07-24
閱讀更多

#5 永訣の旅路へ

教会領の港に、スクリュー船が入った。 大陸から見て南西、都市国家サダレから見れば丁度真南に位置する群島が、教会領と呼ばれている。サルロらがやってきた港は、群島の中心、教皇府ナカスレにあるものだ。 「都会なんですね~」 トランクケースを片手に、セキが街並みを見渡して言った。港の傍にある、小高い丘からの眺めだ。アパートメントが立ち並び、通りには幾つもカフェがある。人の往来も多い。 そんな眺めを見ておこう、と観光客もそれなりに板。最近実用化された、カメラという魔導具を使う者も。背中に翼がある者、小柄で耳の尖った者。 帰ってきたな、とサルロは静かな安堵を覚えた。 「セキは、どこの出身なんだ」 眺望を楽しむ彼女へ、サルロが問う。 「瑞穂っていう、ずっと東の国の血を引いてる、らしいんですけど……」 サルロが彼女のトランクを持ってやろうとすると、彼女の手はすっと横に動いた。 「あたしは孤児院で育ったので。行商人の一家だった、ってだけは聞いてます」 「そうか、その、すまないな」 「同情は嫌いです」 何でもない顔をして彼女が言うので、サルロは内省する。腰のポーチから、確かな邪気を感じつつ。 「ひとまず、聖堂に向かおう。亡骸を封印してもらわねば」 「飯行かね?」 「ガリヤ、私がどれだけ魔王に耐えられるか、わからないんだぞ……」 呆れながら歩き出す。青空を突き刺すように、街の真ん中に聳える尖塔。それが幾多も立ち、中央に大きなドームがある。 手前には半径二百メートルに及ぶ広場が設けられ、屋台で買った軽食を楽しむ者や、これまたカメラに聖堂を納めている者などが、あちらこちらにいた。パシャリ、シャッターが閉じると、カメラの筐体から写真が出てくる。 「ああいうものがあるのか……」 サルロが、その様を見て呟いた。 「なんだ、カメラに興味あんのか?」 「あれって、どうやって景色を切り取ってるんですか? 妖精さん?」 セキが真面目な顔でそう言うので、騎士二人は失笑する。彼らの盾を見た観光客が、騎士だ、騎士だ、と囁き合っていた。 「いや、魔法だぜ。蒼天石っていう、魔力を溜められる鉱石で魔法を発動。一瞬の内に景色を紙に焼き付けるのさ」 「へえ~……」 そうこうしている内に、聖堂の門まで到着した。巡礼者や観光客がいる、ずっと奥まで続く教会
last update最後更新 : 2026-07-25
閱讀更多

#6 旅の第一歩、ターリシュ王国へ

背の高い蒸気船が、要塞化された港へと入った。夕焼けに照らされる、コンクリートで固められた砲台に、ライフルを担いで見回りをする兵士。中でも目立つのは白塗りの盾を持った、鎧の騎士だろう。 「いやあ、立派なもんだ」 舷梯を降りながら、ガリヤが言った。 「あの騎士がターリシュ王国の、護国騎士団ってわけか。どうよ、サルロ。ターリシュの剣技大会でチャンピオン取るってのは」 「我々は国王陛下に謁見するんだ。もっと態度をだな……」 ヘッ、とガリヤは軽く笑う。 「じゃ、まずは飯だな。旅と言えば美味い飯! そうだろ、サルロ」 「観光をするつもりはないんだが……」 サルロが呆れて応じると、クゥウ、とセキの腹が鳴った。 「あ、あの……」 「そうか」 微かに、彼は笑む。 「なら、食事としよう。空腹では手紙も書けないからな」 「俺相手と言ってること違うじゃねえか」 が、その前に入国の手続きがある。審査官の待つゲートに並び、四十分。ガリヤが退屈に欠伸を見せる中、やっと順番が回ってきた。 騎士二人と従者一人は、トランクケースに同じような金属製のタグをつけていた。教会から派遣された、ということを示す、祈りの手を模した紋章が刻まれたものだ。 入国審査官は、それに書かれた文言を読み上げる。 「『此の者、龍斬りの蒼騎士サルロ・ファージなり。アレシウム教会の誇りと太陽神グレルヴァルドの聖名に於いて、身元を保証する』……蒼騎士様が、何の御用で?」 「魔王の亡骸が力を強めていると聞いてな。回収の旅をしている」 「へえ……そりゃあ大変なことで」 審査官は、インクをつけていない、掌ほどはあろうかという大きなスタンプを持ち上げた。ポン、と押されれば、金属のタグへ、王冠が刻まれた白い盾の紋章が転写される。 「本物みたいですね。どうぞ、よい旅を」 審査官は笑顔で三人を見送る。だが、丁度交代の時間が来た彼は、地下にある待機室で、 「オルメアの黒白目、何度見ても不気味だね」 と嘲笑を交えて語った。 さて、ゲートを通り、三人は街に出た。 「騎士ってのは便利だよな」 肩を回しつつ、ガリヤが口にする。 「ああ。手荷物検査も無しに、武器を持ち込める。悪意のある蒼騎士がいれば、どうなることやら……」 「でも、これからどうするんですか? スタンプ押されたら、他の国で使えなくなっ
last update最後更新 : 2026-07-26
閱讀更多

#7 ターリシュでの朝、ダンケルとの出会い

バサリ、翼を生やした男が手紙を持って北の王都へ飛び立った、朝。サルロ、ガリヤ、セキの三人は、騎士団の食堂で座っていた。目の前には羊乳のヨーグルト、平焼きのパン、ソーセージが並ぶ。机の中央には、幾つか調味料の瓶がある。 「全ての糧はあなたのもの。豊穣神アルシフィエラに、感謝を」 司祭がそう祈りを先導した。騎士たちは二本指を立てる祈りの構えをとり、 「感謝を」 と続けた。まず茶を一口。スッと爽やかな気分にしてくれる香りが、口の中に広がる。フウッ、と一息したら、好きに食べていい。 ガリヤは、まずソーセージをパンで包んだ。その後、机に並んだ瓶の内、トマトケチャップのものに手を伸ばした。スプーンでたっぷり掬い取って、ソーセージに塗りたくる。そこから、ガブリといく。 「ガリヤ、もう少し遠慮した方が……」 「俺たちは一人前の騎士なんだぜ? 堂々と食っていいんだ」 その言い分も尤もだ、と思いつつも、サルロは踏み出せないでいる。だが、セキがマスタードをこれでもか、と言わんばかりに使っているのを見て、 (これで、いいのか?) と思い始めた。少しだけ、ケチャップを拝借する。 さて、一日の活力を得た彼ら。だが、だらだらしていい理由はない。食後のコーヒーを飲むこともなく、騎士館の前、掲示板を見に行った。 そこには、各地の騎士の配置を示す動く地図が貼ってあり、その上に赤いピンのようなものが刺さっている。 「動いてる……」 セキが声を漏らす。 「魔法を使って、騎士団に寄せられた出動要請や、騎士の待機人数をリアルタイムで情報を反映してるのさ。多分このピンも……」 とガリヤが説明する中、サルロは東の山に刺さっているピンに触れた。そこから巻物が現れ、出動要請の詳細が出る。 「どうだ、それ」 「今読んでいるだろう……なるほど、魔王の亡骸を喰ったらしいヒポグリフが出ている」 「ヒポグリフ?」 セキが尋ねる。 「体の前半分が鷲、後ろ半分が馬になっている怪物だ。空を飛び、馬や人を喰う。かなりの脅威だ」 彼女は、まるで雪の中に放り出されたように体を震わせた。 「魔力反応もかなり大きいらしい。すぐにでも行きたい所だが……」 「サバトル国との国境問題があるな」 セキは目をぱちくりさせた。 「ああ、そっか。嬢ちゃ
last update最後更新 : 2026-07-27
閱讀更多

#8 旅の途中

日も沈もうという頃、サルロ一行は、宿屋に立ち寄った。鞍からトランクを外し、使用人を待つ。 「飼い葉を食わせてやってくれ。水も頼む」 サルロは出てきた男にそう告げて、宿屋に入った。 「ケックから東の山までは丸一日」 伸びをしながらガリヤが言う。馬に揺られて、全身が重いのだ。 「地図を見るのと実際に進むのとじゃあ、やっぱ違うな」 「ああ。丁度いい所に宿があって助かった。このまま進むかどうか、だな」 「どうするよ、村に休める場所が残ってない、なんてこともあるぜ」 会話と並行して、彼らは食堂へ向かった。 「セキ、疲れていないか?」 「まあ、それなりに」 ビーズカーテンを潜る。 「馬って、夜も動けるんですか?」 四人掛けのテーブルを探している間に、セキが問う。 「馬ってのは、暗くても目が見えるのさ。寝る時間も人間よりずっと短いしな」 「だからこそ、夜に動くかが悩ましくなる。ダンケル単独でヒポグリフを倒せなかった場合……助けに行かなければならない」 机を囲んで、騎士二人はあれこれと可能性を挙げていく。だが、どれも決定打にならない 「大分疲れてるのかもな。今日は休もうぜ。嬢ちゃんも、ずっと揺られんのはだるいだろ」 「あたし、頑丈ですから」 そうだオルメアだ、とガリヤは頬杖を突く。欠伸が出る。そこに、盆を持った女将がやってきた。白濁した液体が、グラスの中にたっぷりと注がれている。 「馬乳酒、いかがですか?」 「貰おうか」 サルロは盆を受け取り、机の中央に置いた。これから寝るのなら、と。 「バニューシュ?」 セキが問いを発する。 「馬の乳を醸造した酒だ。私は、嫌いではない」 「あたし、飲んでいい歳じゃないんですけど……」 「むっ、そうか」 一瞬の迷いを抱いた彼を、ガリヤが小突く。 「馬乳酒はほとんどアルコール入ってないし、バレねえよ。一日くらい弱い酒飲んだってさ」 親友の騎士らしからぬ言動に呆れる彼だったが、門出の祝だと思って頷いた。 「ここでの一杯は、三人の秘密としよう」 パアッ、とセキの顔が明るくなる。一口飲んだわけだが、すぐに、 「すっぱ!」 と声を挙げて口を離した。その様を見て微笑んだガリヤは、一気に飲み干して、 「女将と話つけてくるぜ
last update最後更新 : 2026-07-28
閱讀更多

#9 ヒポグリフ、翼も脚も折れて

二頭の馬が、荒れ果てた村に入った。馬や羊の死体が転がり、腐った肉と内臓の悪臭が立ち込める。サルロ以外の二人は、しっかりと聖布で口と鼻を覆っていた。「うえっ……」 セキがそんな声を漏らす。「馬はここに置いておこう」 サルロの先導でどうにか無事な建物が見つかり、一行は馬を置く。そうして、山へ向かった。人の気配はない。だが扉は開いたまま。セキが軽く覗き込むと、がらんどうの居間が広がっていた。「みんな、逃げたんでしょうか」 メイス両手に、彼女は言う。「だといいが……」 そう応じたサルロの肌を、邪気が刺す。すぐさま鎧を纏い、面頬を下ろした。感知魔法が起動し、ヘルメットの裏側に外界が映し出される。「あれが、ヒポグリフ?」 セキの指差した先に、二つの飛行物体がある。片や、鷲と馬を繋げた怪物。片や、深紅の翼を羽搏かせる、人類種。「急ぐぞ、セキ、ガリヤ!」 駆け出した三人は、木々の間を抜け、ヒポグリフと空中戦を繰り広げるダンケルの下に入った。「ダンケル・リュウ!」 サルロは名前を叫んだ。パァン、という乾いた破裂音が連続して響く。直後、彼らの前に、赤い翼が降り立った。「遅かったじゃないか、そんなに観光したかったのかい?」 ダンケルは、腰のポーチから五発の弾丸をまとめたクリップを取り出し、弾倉に押し込んだ。ボルトを動かして装填する。少し落ちた聖布を持ち上げる。「戦い通しなのか?」 ガリヤが祈祷の指を立てながら問う。「まさか。昨日の夕方に村人を避難させて、朝から戦っているだけさ」 思ったより優秀だな、とサルロは思う。「祈祷は要らないよ、僕は空を飛べるからね」 「こっちは飛べないんでね、地を這う者の戦い方でやらせてもらうぜ」 ガリヤは目を閉ざし、脳に刻み込まれるほど読んだ聖典を思い起こし、諳んじる。「絶えず神殿の
last update最後更新 : 2026-07-29
閱讀更多

#10 新たな同行者

「セキ、荷造りは終わったか?」 サルロがそう言って、セキの使う寝室に顔を出す。そのベッドは、酷く崩れていた。振り向く彼女の顔は、不安に満ちている。 「すみません、ベッド、戻せなくて……」 「心配しなくていい。フットマンは、シーツや布団を新しいものに変えてしまうからな、我々はあまりベッドメイクを丁寧にすると、却って困惑させてしまう」 「そういうものなんですね」 トランクを持った彼女に添い、サルロは居間に出る。魔法のトランクの横に、普通のそれが置かれる。机の上には、たっぷり水を注いだ水筒と大き目の革袋が二つ。 その時であった。コンコン、と扉がノックされる。 「ガリヤ! 客人の予定はあるか!」 「知らねえよ、お前のじゃねえの⁉」 大声を出し合ってから、彼はそっと扉を引いた。そこにいたのは、深紅の翼を誇る青年だった。 「やあ、サルロくん!」 「ダンケルさん……」 ダンケルの右手にある革製の、円い鞄がサルロに嫌な予感を与える。 「すみません、今荷造り中でして……お話は、その後でもよろしいですか?」 「そのことなんだ」 なんだか面倒くさくなりそうだぞ、と顔だけ寝室から出したガリヤが呟く。 「魔王の遺体集め、僕も同行させてくれよ」 「はあ」 サルロは短い返事をした。 「しかし、ダンケルさんは中隊長でしょう? 現場を離れるべきではないのでは」 「ああ、それはもういいんだ。団長直属の遊撃騎士に回してもらった。後は、君たちが『二本指権限』を発動してくれれば、万事解決だよ」 「随分と手が早いことで……」 出てきたガリヤの皮肉が飛ぶ。 「何があんたをそこまでさせるんだ?」 「言わなければ、わからないか?」 ダンケルは、蒼い髪を気取った仕草で掻き上げた。 「普通の人は、言ってないことはわかりませんよ」 セキの容赦ない言葉を受けて、彼は腎臓を打たれたような声を漏らした。 「ま、まあ、サルロくんならわかるだろう?」 「いえ」 またも、ウッと鈍い声。 「察しの悪い人たちだ……」 そう呟いて、咳払いを一つ。 「正直、僕は思い上がっていた、と痛感したんだ。君たちが来るまでにヒポグリフを殺せる算段だったんだが、ねえ。魔王の遺体を取り込んだ魔物というのは、初めてで。嘗めてかかった結果、腕を折られ
last update最後更新 : 2026-07-30
閱讀更多
上一章
12
掃碼在 APP 閱讀
DMCA.com Protection Status