LOGIN十八歳のサルロ・ファージは、宿願だった騎士への叙任直後、魔王を復活させないため、その遺体を回収せよという、重い特命を言い渡される。 だが、サルロには聖なる『蒼炎』と同時に、忌むべき力が宿っていた。かつて魔王とその配下が使っていた、『黒炎』だ。教会が己を異端として破門しないのは、利用価値があるから。それを自覚して猶、彼は自身を民草の盾として規定する。 これは、異端となりながらも魔王を完全に焼き払った、一人の騎士の物語。矛盾こそが、全てを救う道だった。 毎日20字更新 表紙に使わせていただいたキャラメーカー https://picrew.me/ja/image_maker/2741711
View More銀髪に赤目の老人が、安楽椅子に体を沈めながら、本を読んでいた。そこで、扉が開く。
「ガリヤおじいちゃん! サルロ様のお話聞かせてよ!」
パタン、と本を閉じたガリヤという老人は、孫を膝の上に迎えた。
「さあ、しっかり聞いて、伝えるんだよ。神聖な蒼炎と、邪悪な黒炎。その二つを生まれ持った、騎士の中の騎士のお話だからね……」
◆ 静謐な大聖堂。二人の若者が、祭壇に立つ一人の老人を前に跪いていた。誰も、彼らを除いて誰もいないこの空間で、細身の剣が二人の肩を叩く。片や黒髪青目、片や銀髪赤目。どちらも、黒い薄手の服を着ていた。蒼いローブに蒼い眼の老人は剣を納めると、肩から掛けた鞄より羊皮紙の巻物を取り出し、開いた。
「枢機卿バルゲルの名に於いて、汝らを
そう老人──バルゲル枢機卿が宣言すると、横の扉から数人の男たちが現れた。その手には、二つのカイトシールドがある。
「この盾は、何が為にあるか」
バルゲルは、若者に問う。
「子供を、婦人を、力なき者を守るため」
二人は同時に答えた。
「故に、汝らに託す。普遍にして永遠の教会に、汝らの奉仕があらんことを」
盾が、若人の手に渡った。すると表面が輝き、紋章が刻まれる。黒髪の彼のそれは、蒼い円に黒い炎が灯ったものだ。
黒髪の彼は、左腕に通した盾を、体を隠すような形に構える。深呼吸して、世界に満ちる魔力を取り込み、己から生じる魔力と混ぜ合わせる。魔力回路を通じて盾に流せば……彼の体を、青白い鎧が包んだ。
「サルロ・ファージよ、汝の鎧は何が為にある」
「茨の道たる使命の道を往くために」サルロと呼ばれた彼の横で、銀髪の若者も似たような鎧を纏った。
「ガリヤ・ダベルよ、汝の鎧は何が為にある」
「正しき祈祷の道を往くために」にこり、バルゲル枢機卿は微笑んだ。
「よい、よい。さあ行け! 汝らの気高き姿を見せるのだ!」
張り上げられた声に従い、サルロとガリヤは並んで聖堂を出た。重厚な扉が開けば、ぱあっと賑やかさが流れ込んできた。紙吹雪が舞い、各々が好き勝手に演奏する音楽が混じり合う。打楽器、トランペット、変わり種では東方の弦楽器。カメラのストロボ。誰もが、新たな騎士の誕生を祝福している。
「やったな、サルロ」
赤目のガリヤは、隣のサルロに語りかけた。
「ああ。これで、やっと父上に恩返しができる。故郷の犠牲も、無駄ではなかった……」
「おいおい、まだまだこれからだぜ?」パン、と背中を叩かれてサルロは歩き出す。面頬が落ちないよう、彼は慌ててヘルメットを抑える。
「そうだな、ガリヤ」
二人は聖堂前の階段を下りた。そうすると、どうだろう。パイプオルガンの音色が聖堂から流れて、喧騒は一つの音楽へと収束する。人々の祝福は聖歌となる。
その中で、二人は蒼と金で彩られた馬車に立つ。酔っぱらった音痴が、和音を乱す。アパートメントの並ぶ通り。一階のカフェ。特に何を理解しているわけでもないが、親を真似て蒼い旗を振る子供たち。よく晴れた春空に、尊し思いが満ちる。
誰かが、アパートメントの窓から身を乗り出した。そして、
「サルロさまー!」
と声を挙げてブーケを投げ入れた。困った顔で受け取ったサルロは、手を振って返す。それが契機となって、聖歌のメロディーは黄色い声で塗り潰された。
「こっち見てーッ!」
「笑顔ください!」右から左から、花束が幾つも放り込まれる。カメラのピントも、サルロにばかり合っていた。
「俺にはちったあねえのかよ!」
「だってガリヤ様は軽薄だもの!」何も言い返せず、ガリヤは面頬を下ろして顔を隠してしまった。
「そう拗ねるな」
「拗ねてねえし」拗ねているじゃないか、とサルロは言い返さずに、パレードの主役として役目を果たした。両手いっぱいの花束の処遇に困りながら、騎士館という建物の前に到着する。四階建てで、質素だが美しい白壁がよく目立つ。
鎧はそのまま、二人は階段を上がった。
「俺らの部屋は、最上階だったよな?」
「ああ。私たちの荷物はもう届いているそうだ」廊下で待っていた先輩騎士の面々が、人差し指と中指を立ててこう声をかける。
「汝らの道に、太陽神の導きがあらんことを」
それに対し、新米騎士二人はこう応じる。
「あなたにも、ありますように」
そうやって、一室に入った。壁際にベッドや机が置かれた、二人部屋だ。
「よっ、と」
ガリヤは盾に魔力を流し、黒い、鎧下というインナー姿になる。
「すげえよこれ、重い鎧を持ち運ばなくて済むんだからな」
「そうだな。これこそが、蒼騎士の証だ」サルロも、鎧を消した。
「さあて、騎士になったんだ。モテるぜぇ~」
「ガリヤ、私たちは人々の模範となる存在なんだ。そういうことは、言うべきじゃない」親友に腹を刺された気分で、ガリヤはベッドに腰掛けた。サルロの荷物がトランクケース一つで収まるのに対し、ガリヤのそれは更に三つの鞄が加わっていた。
「しかし、私たちの初任務はどうなるのだろうな」
サルロは、机に挟まれる配置の窓を開けて、問うた。眼下の街は、まだ祝賀ムードに包まれている。
「俺ら蒼騎士は、毎年五人にもならない人数しか叙任されねえ。いきなり危険な任務を言い渡して擦り減らしました、じゃすまねえ立場だぜ」
「だが、人数が少ないということは、一人が背負う責任も重いということだ。違うか」短く、ガリヤは、
「かもな」
とだけ答えた。
「下で騒いでるの、何割が俺たちを祝ってると思う?」
「誰もそうではないのか?」生真面目な声でサルロがそう言うと、ガリヤは大笑いを始めた。
「ほんと、お前は堅物だよ。大抵は騒ぐ口実が欲しいのさ。世の中そんなもんだよ、みんな、美味い飯を食っていい酒を飲んで美人を抱くきっかけがありゃいいんだ」
その言い分を、黒髪の彼は受け止めきれなかった。
それはそれとして、荷解きをせねばならない。彼がベッドの上のトランクに手をかけた時、扉がノックされた。
「はい、サルロです」
と扉を引くと、そこには蒼いキャソック──詰襟の平服を来た、先程叙任の儀を執り行った蒼眼の老人が立っていた。
「バルゲル猊下!」
慌てて、サルロとガリヤは並んで跪いた。
「よい、よい。顔を上げておくれ。私が諸君に頼む立場なのだから」
騎士二人は、ピシリと作った顔で猊下を見上げた。
「諸君に、任務を言い渡す。だが、その前に祝いの品を預かっている」
パパン、とバルゲル猊下が手を二度叩くと、傍に控えていた者が二つのトランクを持ってきた。
「一つは、サルロ君の父、バッシュ・ファージより。一つは、ガリヤ君の父、ニコラ・ダベルより」
ブラウンの、何の変哲もないトランクであった。
「開けてみるといい」
そう促され、二人はパチンと金具を上げた。中には、クリーム色の空間が広がっていた。
「魔法のトランクだ。ガリヤ君ならば、知っておろう?」
「ええ。無限の容積と、中身の質量を感じさせない、レアものっすよね。すげえ……」 「無限、とはいかんがね、これからの長旅に困らん程度のものははいる」 「長旅?」サルロが問いを発した。
「千年前、魔王がいた……それは、この世界に住む者ならだれでも知っておる」
「そして、その遺体が大陸全体に飛散したことも」彼の言葉に、バルゲル猊下は頷く。
「だが、魔王の遺体が力を取り戻しつつある。そこで、君たちにはその回収を頼みたい」
「新人の、俺らに?」 「サルロ君は魔への耐性がある。そして、ガリヤ君は将来有望な祈祷師。二人を合わせれば、譬え龍が立ちはだかったとて使命を果たせるはずだ」顔を見合わせる、サルロとガリヤ。先に応じたのは、前者だ。
「……拝命いたします」
彼は、迷ったわけではない。恐れただけだ。
「このサルロ・ファージ、蒼騎士としての名誉にかけて、魔王の亡骸を持ち帰ってみてましょう」
「このガリヤ・ダベルも、使命とあらば果たしますよ」 「よい、よい」バルゲル猊下は、にっこりと笑った。
「だが、まずは腕試しをしてもらおう。都市国家サダレ近傍の村で、地脈異常が起きておる。作物も取れず、灯も碌に使えず……魔王の遺体が関わっている可能性を否定できん。故に、諸君に調査を命じる」
「はっ!」勢いのある返事が飛ぶ。斯くして、サルロが人生の歯車は、動き出した。最初に敵となるのは、赤きドラゴン。
あとがき
カクヨムの近況ノートに地図があります 千王石ハクトの名義のままなので、すぐ見つかります
怒りのままに、剣を振るった。ベッドに横たわるセキを見ながら、サルロは己のやったことを振り返っていた。魔力を暴走に近い形で用い、黒炎に支配された。それは、蒼騎士としての道に悖る行為。だが、何故だろうか。恐怖は、教会からの追放ではなく、セキからの失望にしか向いていない。 昼だというのに閉め切られたカーテン。入ってこない陽光。セキは、顔を彼に向けないまま、沈黙している。「セキ」 呼びかけても、応じない。「起きているんだろう。どうだ、痛みはしないか」 それでも、彼女はサルロに背を向けている。「私の責任だ。浅はかな挑発に乗り、隙を──」 「違うんです」 セキが、やっと言葉を発した。「サルロ様のことを、恨んでるわけじゃないんです。ただ……」 続く言葉があまりに恐ろしくて、サルロは何も言えなかった。どんな叱責でも受け入れるつもりだった。それが違うとなれば、一体全体、何が来るのか、想像もできない。「見られたく、ないんです」 女心。いや、人として、突然の醜さを押し付けられればそうもなろう。簡単な事実だが、サルロはそこに思い至らなかった。「窓ガラスで、見ちゃったんです」 セキの声は、震えていた。「だから、あたしは置いて行ってください。こんな顔じゃ──」 言い切られる前に、サルロは彼女の体を掴んでいた。顔を自分に向けさせる。赤黒く爛れた、右目周りの火傷跡。まるで油絵具を塗ったくったかのような凹凸。「いやっ、やめてください!」 突き放そうとする細い腕。だが、鍛え抜かれた戦士を前に、抵抗は無意味だ。「こんな顔じゃ、サルロ様だって一緒にいたくないですよ!」 「私たちは、仲間だ」 彼女の両肩を掴んで、サルロは静かに、だが力強く語り掛ける。「共に命を託し合う、仲間なんだ。君だって、魔物から皆を守るため戦ってくれた。その心意気がある限り、いや、そうでなかったと
「魔物が出たぞ!」 監視塔から、鋭い声と鐘の音が響く。サルロは鎧を纏ったまま、裏庭から玄関へと駆ける。セキも一緒だ。 宿の前に出た時、そこには、既に死体が転がっていた。腹を食い千切られ、死肉を漁られている。狼型の魔物が二十、四十、いや六十に近いほどの数で、群れていた。「蒼炎よ、我が剣に宿れ」 静かに、彼は唱えた。途端、刃を蒼い炎が覆う。黒を孕んだ、聖なる炎の蒼い軌跡。飛び掛かる黒い狼を一閃を以て消し去り、盾を体に前に出す。「魔物に、倫理観や善悪というものは存在しない」 すぐ後ろにいるセキに、彼が語り掛ける。「だから、躊躇なく殺せ。いいな」 その声音に込められた並々ならぬ怒気に、セキは気圧された。目の前で人が死んだから、というだけではない。燃え盛る熱。魔に故郷を奪われた彼の過去を思い出す。「一匹たりとも通すなよ」 彼女は、魔物に視線を向ける。黒い狼が真っ直ぐ走り寄ってきた。下腹に力を籠めながら、目測で距離を見定める。怯むことなくメイスを持ち上げ──振り下ろす。見事、頭蓋骨を叩き潰す。赤い体液が、街道に広がる。(大丈夫、魔力を使えてる!) 一匹、二匹と魔物を殴り飛ばしていく。肉にめり込み骨を砕く感覚は気持ち悪いが、守れないことよりずっとマシだ。何より、自分が食われるよりも。 得物を握り締める。体に取り込まれたマナが、手に馴染んだ武器を、いつもより軽く思わせる。しっかりと体重を移動させて振り抜いたメイスは、一撃で魔物を屠る。(これが、戦う!) そこで、三階の窓から飛び出す影が二つあった。一つは赤い翼を、一つは青白い鎧を有している。「すべての王よ、今や目覚めよ──」 ガリヤの、聖典を詠唱する声が戦場に響く。そうなれば魔物たちも止まる筈──誰もが、そう考えた。しかし、目論見は外れる。 ガリヤの口から出る言葉は、魔力を伴っていても狼を抑え込めない。着地して、一時詠唱を止め、叫ぶ。「サルロ、数を減らし
王都まであと二日だろうか、とサルロは宿屋の一室、聖典を前に考えていた。王都とケックを結ぶ街道を往けば、一日進むごとに宿が設けられている。その代金は、手形でツケて王都で清算してもらえる、とのことだった。 (ありがたいことだ) 蒼騎士とて、人間。泊まるにも飯を食うにも金が要る。 (教会からの給金はもう少ししなければ届かないし、そうするには都市に行かねばならない。国王陛下には、頭が上がらんな……) ボーン、と壁掛けの時計が鳴った。午後七時、夕食だ。居間のテーブルで聖典を読む、というには集中できない状態だった彼は、顔を上げる。窓の外を見ると、鐘を備えた監視塔があった。 「ガリヤ」 彼は、奥の寝室で新聞を読む親友に声をかけた。 「食事に行かないか」 「別に食堂行かなくていいんだろ。届けてくれる、って支配人が言ってたしよ」 「そうだったな……スイートの特典、だったか」 ガリヤの溜息が聞こえてきた。 「サルロくん、食事に鶏肉を入れないよう頼んでくれたね?」 サルロの向かいで銃身を磨きながら、ダンケルが問う。 「伝えはした。厨房にどれほど共有されるか、私には断言できないが……苦手なのか?」 「苦手、と言うよりも掟だね。同じ翼を持つ者同士、共食いになってしまう」 「難儀なことだ」 難儀かねえ、とダンケルが漏らす。そこで、扉がノックされた。 「お食事をお持ちしました」 四人分の夕食が、ダイニングテーブルに並ぶ。仔羊のローストをメインとして、人参や玉葱をオーブンで焼いたもの、青葉のサラダ。豆のスープに羊乳のチーズだ。飲み物は葡萄酒で、セキには茶が供された。 騎士らは声を揃えて祈りを捧げる。セキが、 「感謝を」 と続けた。 「ナイフは……右手でしたよね」 彼女は、そのまま慣れない手つきでローストを切ろうとしていた。 「ゆっくりでいい。焦らずとも、食べ物は逃げないさ」 銀食器を囲む食卓は、緩やかな空気で満ちていた。 「あの、サルロ様」 セキが話し出す。 「蒼い目の人なら蒼炎を使えるって話、前にしましたよね」 「ああ。それがどうした?」 「覚えてます? どこかで使い方を教えてくれる、って言ったの」 「……そういうこともあったな」 そこで、サルロは葡萄酒を一口飲む。 「そうだな、食べたら、
「セキ、荷造りは終わったか?」 サルロがそう言って、セキの使う寝室に顔を出す。そのベッドは、酷く崩れていた。振り向く彼女の顔は、不安に満ちている。 「すみません、ベッド、戻せなくて……」 「心配しなくていい。フットマンは、シーツや布団を新しいものに変えてしまうからな、我々はあまりベッドメイクを丁寧にすると、却って困惑させてしまう」 「そういうものなんですね」 トランクを持った彼女に添い、サルロは居間に出る。魔法のトランクの横に、普通のそれが置かれる。机の上には、たっぷり水を注いだ水筒と大き目の革袋が二つ。 その時であった。コンコン、と扉がノックされる。 「ガリヤ! 客人の予定はあるか!」 「知らねえよ、お前のじゃねえの⁉」 大声を出し合ってから、彼はそっと扉を引いた。そこにいたのは、深紅の翼を誇る青年だった。 「やあ、サルロくん!」 「ダンケルさん……」 ダンケルの右手にある革製の、円い鞄がサルロに嫌な予感を与える。 「すみません、今荷造り中でして……お話は、その後でもよろしいですか?」 「そのことなんだ」 なんだか面倒くさくなりそうだぞ、と顔だけ寝室から出したガリヤが呟く。 「魔王の遺体集め、僕も同行させてくれよ」 「はあ」 サルロは短い返事をした。 「しかし、ダンケルさんは中隊長でしょう? 現場を離れるべきではないのでは」 「ああ、それはもういいんだ。団長直属の遊撃騎士に回してもらった。後は、君たちが『二本指権限』を発動してくれれば、万事解決だよ」 「随分と手が早いことで……」 出てきたガリヤの皮肉が飛ぶ。 「何があんたをそこまでさせるんだ?」 「言わなければ、わからないか?」 ダンケルは、蒼い髪を気取った仕草で掻き上げた。 「普通の人は、言ってないことはわかりませんよ」 セキの容赦ない言葉を受けて、彼は腎臓を打たれたような声を漏らした。 「ま、まあ、サルロくんならわかるだろう?」 「いえ」 またも、ウッと鈍い声。 「察しの悪い人たちだ……」 そう呟いて、咳払いを一つ。 「正直、僕は思い上がっていた、と痛感したんだ。君たちが来るまでにヒポグリフを殺せる算段だったんだが、ねえ。魔王の遺体を取り込んだ魔物というのは、初めてで。嘗めてかかった結果、腕を折られ