Chapter: #13 宣誓、隣にいると 怒りのままに、剣を振るった。ベッドに横たわるセキを見ながら、サルロは己のやったことを振り返っていた。魔力を暴走に近い形で用い、黒炎に支配された。それは、蒼騎士としての道に悖る行為。だが、何故だろうか。恐怖は、教会からの追放ではなく、セキからの失望にしか向いていない。 昼だというのに閉め切られたカーテン。入ってこない陽光。セキは、顔を彼に向けないまま、沈黙している。「セキ」 呼びかけても、応じない。「起きているんだろう。どうだ、痛みはしないか」 それでも、彼女はサルロに背を向けている。「私の責任だ。浅はかな挑発に乗り、隙を──」 「違うんです」 セキが、やっと言葉を発した。「サルロ様のことを、恨んでるわけじゃないんです。ただ……」 続く言葉があまりに恐ろしくて、サルロは何も言えなかった。どんな叱責でも受け入れるつもりだった。それが違うとなれば、一体全体、何が来るのか、想像もできない。「見られたく、ないんです」 女心。いや、人として、突然の醜さを押し付けられればそうもなろう。簡単な事実だが、サルロはそこに思い至らなかった。「窓ガラスで、見ちゃったんです」 セキの声は、震えていた。「だから、あたしは置いて行ってください。こんな顔じゃ──」 言い切られる前に、サルロは彼女の体を掴んでいた。顔を自分に向けさせる。赤黒く爛れた、右目周りの火傷跡。まるで油絵具を塗ったくったかのような凹凸。「いやっ、やめてください!」 突き放そうとする細い腕。だが、鍛え抜かれた戦士を前に、抵抗は無意味だ。「こんな顔じゃ、サルロ様だって一緒にいたくないですよ!」 「私たちは、仲間だ」 彼女の両肩を掴んで、サルロは静かに、だが力強く語り掛ける。「共に命を託し合う、仲間なんだ。君だって、魔物から皆を守るため戦ってくれた。その心意気がある限り、いや、そうでなかったと
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Chapter: #12 蛇騎士、シゲレル「魔物が出たぞ!」 監視塔から、鋭い声と鐘の音が響く。サルロは鎧を纏ったまま、裏庭から玄関へと駆ける。セキも一緒だ。 宿の前に出た時、そこには、既に死体が転がっていた。腹を食い千切られ、死肉を漁られている。狼型の魔物が二十、四十、いや六十に近いほどの数で、群れていた。「蒼炎よ、我が剣に宿れ」 静かに、彼は唱えた。途端、刃を蒼い炎が覆う。黒を孕んだ、聖なる炎の蒼い軌跡。飛び掛かる黒い狼を一閃を以て消し去り、盾を体に前に出す。「魔物に、倫理観や善悪というものは存在しない」 すぐ後ろにいるセキに、彼が語り掛ける。「だから、躊躇なく殺せ。いいな」 その声音に込められた並々ならぬ怒気に、セキは気圧された。目の前で人が死んだから、というだけではない。燃え盛る熱。魔に故郷を奪われた彼の過去を思い出す。「一匹たりとも通すなよ」 彼女は、魔物に視線を向ける。黒い狼が真っ直ぐ走り寄ってきた。下腹に力を籠めながら、目測で距離を見定める。怯むことなくメイスを持ち上げ──振り下ろす。見事、頭蓋骨を叩き潰す。赤い体液が、街道に広がる。(大丈夫、魔力を使えてる!) 一匹、二匹と魔物を殴り飛ばしていく。肉にめり込み骨を砕く感覚は気持ち悪いが、守れないことよりずっとマシだ。何より、自分が食われるよりも。 得物を握り締める。体に取り込まれたマナが、手に馴染んだ武器を、いつもより軽く思わせる。しっかりと体重を移動させて振り抜いたメイスは、一撃で魔物を屠る。(これが、戦う!) そこで、三階の窓から飛び出す影が二つあった。一つは赤い翼を、一つは青白い鎧を有している。「すべての王よ、今や目覚めよ──」 ガリヤの、聖典を詠唱する声が戦場に響く。そうなれば魔物たちも止まる筈──誰もが、そう考えた。しかし、目論見は外れる。 ガリヤの口から出る言葉は、魔力を伴っていても狼を抑え込めない。着地して、一時詠唱を止め、叫ぶ。「サルロ、数を減らし
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Chapter: #11 闇に潜む者たち王都まであと二日だろうか、とサルロは宿屋の一室、聖典を前に考えていた。王都とケックを結ぶ街道を往けば、一日進むごとに宿が設けられている。その代金は、手形でツケて王都で清算してもらえる、とのことだった。 (ありがたいことだ) 蒼騎士とて、人間。泊まるにも飯を食うにも金が要る。 (教会からの給金はもう少ししなければ届かないし、そうするには都市に行かねばならない。国王陛下には、頭が上がらんな……) ボーン、と壁掛けの時計が鳴った。午後七時、夕食だ。居間のテーブルで聖典を読む、というには集中できない状態だった彼は、顔を上げる。窓の外を見ると、鐘を備えた監視塔があった。 「ガリヤ」 彼は、奥の寝室で新聞を読む親友に声をかけた。 「食事に行かないか」 「別に食堂行かなくていいんだろ。届けてくれる、って支配人が言ってたしよ」 「そうだったな……スイートの特典、だったか」 ガリヤの溜息が聞こえてきた。 「サルロくん、食事に鶏肉を入れないよう頼んでくれたね?」 サルロの向かいで銃身を磨きながら、ダンケルが問う。 「伝えはした。厨房にどれほど共有されるか、私には断言できないが……苦手なのか?」 「苦手、と言うよりも掟だね。同じ翼を持つ者同士、共食いになってしまう」 「難儀なことだ」 難儀かねえ、とダンケルが漏らす。そこで、扉がノックされた。 「お食事をお持ちしました」 四人分の夕食が、ダイニングテーブルに並ぶ。仔羊のローストをメインとして、人参や玉葱をオーブンで焼いたもの、青葉のサラダ。豆のスープに羊乳のチーズだ。飲み物は葡萄酒で、セキには茶が供された。 騎士らは声を揃えて祈りを捧げる。セキが、 「感謝を」 と続けた。 「ナイフは……右手でしたよね」 彼女は、そのまま慣れない手つきでローストを切ろうとしていた。 「ゆっくりでいい。焦らずとも、食べ物は逃げないさ」 銀食器を囲む食卓は、緩やかな空気で満ちていた。 「あの、サルロ様」 セキが話し出す。 「蒼い目の人なら蒼炎を使えるって話、前にしましたよね」 「ああ。それがどうした?」 「覚えてます? どこかで使い方を教えてくれる、って言ったの」 「……そういうこともあったな」 そこで、サルロは葡萄酒を一口飲む。 「そうだな、食べたら、
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Chapter: #10 新たな同行者「セキ、荷造りは終わったか?」 サルロがそう言って、セキの使う寝室に顔を出す。そのベッドは、酷く崩れていた。振り向く彼女の顔は、不安に満ちている。 「すみません、ベッド、戻せなくて……」 「心配しなくていい。フットマンは、シーツや布団を新しいものに変えてしまうからな、我々はあまりベッドメイクを丁寧にすると、却って困惑させてしまう」 「そういうものなんですね」 トランクを持った彼女に添い、サルロは居間に出る。魔法のトランクの横に、普通のそれが置かれる。机の上には、たっぷり水を注いだ水筒と大き目の革袋が二つ。 その時であった。コンコン、と扉がノックされる。 「ガリヤ! 客人の予定はあるか!」 「知らねえよ、お前のじゃねえの⁉」 大声を出し合ってから、彼はそっと扉を引いた。そこにいたのは、深紅の翼を誇る青年だった。 「やあ、サルロくん!」 「ダンケルさん……」 ダンケルの右手にある革製の、円い鞄がサルロに嫌な予感を与える。 「すみません、今荷造り中でして……お話は、その後でもよろしいですか?」 「そのことなんだ」 なんだか面倒くさくなりそうだぞ、と顔だけ寝室から出したガリヤが呟く。 「魔王の遺体集め、僕も同行させてくれよ」 「はあ」 サルロは短い返事をした。 「しかし、ダンケルさんは中隊長でしょう? 現場を離れるべきではないのでは」 「ああ、それはもういいんだ。団長直属の遊撃騎士に回してもらった。後は、君たちが『二本指権限』を発動してくれれば、万事解決だよ」 「随分と手が早いことで……」 出てきたガリヤの皮肉が飛ぶ。 「何があんたをそこまでさせるんだ?」 「言わなければ、わからないか?」 ダンケルは、蒼い髪を気取った仕草で掻き上げた。 「普通の人は、言ってないことはわかりませんよ」 セキの容赦ない言葉を受けて、彼は腎臓を打たれたような声を漏らした。 「ま、まあ、サルロくんならわかるだろう?」 「いえ」 またも、ウッと鈍い声。 「察しの悪い人たちだ……」 そう呟いて、咳払いを一つ。 「正直、僕は思い上がっていた、と痛感したんだ。君たちが来るまでにヒポグリフを殺せる算段だったんだが、ねえ。魔王の遺体を取り込んだ魔物というのは、初めてで。嘗めてかかった結果、腕を折られ
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Chapter: #9 ヒポグリフ、翼も脚も折れて 二頭の馬が、荒れ果てた村に入った。馬や羊の死体が転がり、腐った肉と内臓の悪臭が立ち込める。サルロ以外の二人は、しっかりと聖布で口と鼻を覆っていた。「うえっ……」 セキがそんな声を漏らす。「馬はここに置いておこう」 サルロの先導でどうにか無事な建物が見つかり、一行は馬を置く。そうして、山へ向かった。人の気配はない。だが扉は開いたまま。セキが軽く覗き込むと、がらんどうの居間が広がっていた。「みんな、逃げたんでしょうか」 メイス両手に、彼女は言う。「だといいが……」 そう応じたサルロの肌を、邪気が刺す。すぐさま鎧を纏い、面頬を下ろした。感知魔法が起動し、ヘルメットの裏側に外界が映し出される。「あれが、ヒポグリフ?」 セキの指差した先に、二つの飛行物体がある。片や、鷲と馬を繋げた怪物。片や、深紅の翼を羽搏かせる、人類種。「急ぐぞ、セキ、ガリヤ!」 駆け出した三人は、木々の間を抜け、ヒポグリフと空中戦を繰り広げるダンケルの下に入った。「ダンケル・リュウ!」 サルロは名前を叫んだ。パァン、という乾いた破裂音が連続して響く。直後、彼らの前に、赤い翼が降り立った。「遅かったじゃないか、そんなに観光したかったのかい?」 ダンケルは、腰のポーチから五発の弾丸をまとめたクリップを取り出し、弾倉に押し込んだ。ボルトを動かして装填する。少し落ちた聖布を持ち上げる。「戦い通しなのか?」 ガリヤが祈祷の指を立てながら問う。「まさか。昨日の夕方に村人を避難させて、朝から戦っているだけさ」 思ったより優秀だな、とサルロは思う。「祈祷は要らないよ、僕は空を飛べるからね」 「こっちは飛べないんでね、地を這う者の戦い方でやらせてもらうぜ」 ガリヤは目を閉ざし、脳に刻み込まれるほど読んだ聖典を思い起こし、諳んじる。「絶えず神殿の
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Chapter: #8 旅の途中日も沈もうという頃、サルロ一行は、宿屋に立ち寄った。鞍からトランクを外し、使用人を待つ。 「飼い葉を食わせてやってくれ。水も頼む」 サルロは出てきた男にそう告げて、宿屋に入った。 「ケックから東の山までは丸一日」 伸びをしながらガリヤが言う。馬に揺られて、全身が重いのだ。 「地図を見るのと実際に進むのとじゃあ、やっぱ違うな」 「ああ。丁度いい所に宿があって助かった。このまま進むかどうか、だな」 「どうするよ、村に休める場所が残ってない、なんてこともあるぜ」 会話と並行して、彼らは食堂へ向かった。 「セキ、疲れていないか?」 「まあ、それなりに」 ビーズカーテンを潜る。 「馬って、夜も動けるんですか?」 四人掛けのテーブルを探している間に、セキが問う。 「馬ってのは、暗くても目が見えるのさ。寝る時間も人間よりずっと短いしな」 「だからこそ、夜に動くかが悩ましくなる。ダンケル単独でヒポグリフを倒せなかった場合……助けに行かなければならない」 机を囲んで、騎士二人はあれこれと可能性を挙げていく。だが、どれも決定打にならない 「大分疲れてるのかもな。今日は休もうぜ。嬢ちゃんも、ずっと揺られんのはだるいだろ」 「あたし、頑丈ですから」 そうだオルメアだ、とガリヤは頬杖を突く。欠伸が出る。そこに、盆を持った女将がやってきた。白濁した液体が、グラスの中にたっぷりと注がれている。 「馬乳酒、いかがですか?」 「貰おうか」 サルロは盆を受け取り、机の中央に置いた。これから寝るのなら、と。 「バニューシュ?」 セキが問いを発する。 「馬の乳を醸造した酒だ。私は、嫌いではない」 「あたし、飲んでいい歳じゃないんですけど……」 「むっ、そうか」 一瞬の迷いを抱いた彼を、ガリヤが小突く。 「馬乳酒はほとんどアルコール入ってないし、バレねえよ。一日くらい弱い酒飲んだってさ」 親友の騎士らしからぬ言動に呆れる彼だったが、門出の祝だと思って頷いた。 「ここでの一杯は、三人の秘密としよう」 パアッ、とセキの顔が明るくなる。一口飲んだわけだが、すぐに、 「すっぱ!」 と声を挙げて口を離した。その様を見て微笑んだガリヤは、一気に飲み干して、 「女将と話つけてくるぜ
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