祭りが終わると、街から祭り囃子の音は消えていた。 あれほど毎晩聞こえていた笛や太鼓も、今はもうない。 代わりに夕暮れの住宅街では、ヒグラシの声だけが細く響いている。 夏が少しずつ終わりへ向かっていた。 深雪が鈴を忘れていったのは、祭りの日の夜。 黄色い帯に結ばれていた小さな鈴。 帰ったあと、玄関に落ちているのを見つけた。 また明日にでも来るだろう、 そう思って、机の上へ置いたままにしていた。 けれど、深雪は来なかった。 次の日も。 その次の日も。 朝になっても襖は開かず、 「サクーっ!」という騒がしい声も聞こえない。 静かな家だった。 桜久は机の上の鈴を手に取る。 ちりん、 と小さく鳴った。 窓の外では、夕暮れの光が電柱を赤く染めている。 「……持って行くか」 深雪の家は歩いて十分も掛からない。 小さい頃から何度も通った道だった。 田んぼ道を抜け、細い路地へ入る。 湿った風が肌へまとわりついた。 深雪の家の前へ着く。 昔から、チャイムは押さない。 勝手に入って怒られることもなかった。 「深雪ーっ」 玄関の引き戸が開く。 出てきたのは、深雪の母親だった。 「あれ……桜久君?」 久しぶりに大人とまともに話した気がして、桜久は少しだけ視線を逸らした。 「こ、こんばんは……」 声が出ない…、緊張してしまう。 「深雪、居ますか」 小さな声がでた。 深雪の母親は少し驚いた顔をしたあと、不思議そうに首を傾げた。 「え? まだ帰っとらんよ?」 「昨日も今日も、桜久君の家に寄ってから帰るって連絡あったけど」 桜久は一瞬、言葉を失った。 「……え?」 昨日も、今日も。 深雪は家へ来ていない。 朝も、 夕方も。 襖が開く音は、一度もしなかった。 ヒグラシの声が、遠くで長く伸びる。 深雪の母親は、困ったように笑った。 「入れ違いになったんかなぁ」 「最近あの子、帰り遅いけんね」 桜久は慌てて首を振った。 「あ、いや……たぶん、すれ違っただけです」 嘘みたいに軽い言葉だった。 「また来ると思うんで」 鈴を握る手に、少しだけ汗が滲む。 深雪の母親は安心したように笑った。 「そっか。なら良かった」 桜久は小さく頭を下げる。 「失礼します」 引き返しながら、桜久はポケットへ鈴を入れた。 ちりん
Terakhir Diperbarui : 2026-07-24 Baca selengkapnya