愛は難く、別れは易し
西京市、パスポート申請窓口の前で、係官は目の前の静河をどこか気まずそうに見つめていた。
「榎木静河(えのき しずか)様、本当に海外へ移住するつもりですか。ご主人の榎木昭弘(えのき あきひろ)様は、まだ渡航の許可が下りていないと伺っております。ここにご署名、ご捺印なさいますと……当分、お会いになるのは難しくなるかもしれません」
静河に迷いはなかった。印鑑を手に取り、申請書に静かに判を押した。
――一生、会わなくていい。それでいい。
それ以上は何も言えず、係官は書類を受け取った。
「では、手続きには二週間ほどかかります。今しばらくお待ちください」
静河は小さく頷き、窓口を離れた。出口へ向かう背中に、職員たちの低い囁きが追いかけてくる。
「榎木様とご主人、何かあったのかしら……でも、ここまでなさらなくてもねえ。あのご夫妻、西京市内でも評判のおしどり夫婦だったのに」