聞こえない彼へ、最後のさようなら
付き合っている彼・笹沢幸明(ささざわ こうめい)は耳が不自由で、私・元西美玲(もとにし みれい)の話をよく聞き漏らしてしまう。
スキンケアセットを買ってきてと頼んだら、彼は二セットも抱えて帰ってきた。
「また聞き間違えちゃった。余った方はマリアにあげよう」
あずきのたい焼きを買ってきてと言ったのに、彼が買ってきたのはカスタードのたい焼きだった。
「聞き間違えちゃった。カスタードはマリアの好物だから、あいつに譲ろう」
心を込めて新居の内装デザインを練り上げ、彼に南エリアで新居を買ってもらうよう頼んだ。
ところが、予定の入居日に、彼が車を走らせて向かったのは北エリアだった。
道中、私が一言も口をきかないことに気づいた彼は、いつものようにまた謝ってきた。
「本当にうまく聞き取れなかったんだ。君が北エリアの景色を気に入ってると思い込んで、深く考えずに買っちゃってさ」
だけど、私には分かっている。彼の幼馴染である漁田マリア(いさりだ まりあ)が勤める会社が、このすぐ近くにあるということを。
彼は聞き取れなかったんじゃない。ただ、最初から聞く気がなかっただけだ。
その瞬間、私の中で何かがぷつりと切れ、肩の力がすっと抜けていくのを感じた。そして、ひどく冷静な声で告げた。
「幸明、私たち、終わりにしよう」