弟の薬を捨てた私を、母は人殺しと呼んだ
弟である理安(りあん)が喘息の発作を起こしたあの日。私、松山星那(まつやま せな)は理安が使うはずだった吸入薬を、すべて洗面台に洗い流した。
母の紗季(さき)が洗面所に飛び込んできたとき、私の手にある空のボトルからは、まだポタポタと滴が落ちていた。
母は息ができずに胸をかきむしる理安を抱き寄せ、私の頬を力任せに張り飛ばした。
「星那!あんた、まだ8歳なのに、どうしてそんなに底意地が悪いの!この子が死ねばせいせいするとでも思ってるの!?」
違う。その薬は中身がおかしいんだって、伝えたかった。
ボトルの口からは、ツンと鼻を刺す消毒液の臭いがしていた。新しく雇われた家政婦が、掃除用具入れから間違えて持ってきたものだったからだ。
でも、母は私の弁解を最後まで聞こうとはしなかった。
私の腕を乱暴に掴み、まだ改装工事の終わっていない物置部屋へと引きずり込むと、外からガチャリと鍵をかけたのだ。
「自分のくだらない嫉妬心より、弟の命のほうがずっと重いって気づくまで、そこから絶対に出さないからね!」
ドアの向こうでは、父の智也(ともや)が理安を抱きかかえ、慌てて病院へと駆け出していく足音が遠ざかっていく。
一方、ドアの内側では、私が暗闇で蹴り飛ばしてしまったポリバケツから白いペンキがドクドクと流れ出し、じわじわと私の足の甲を覆い始めていた。
私はドアの隙間に必死で爪を立て、「お母さん、お母さん!」と何度も何度も泣き叫び続けた。
翌日。
病院の医師から「理安くんの薬には、確かに清掃用の洗剤が混ざっていました」と電話が入り――そこでようやく、母は思い出した。
物置部屋の鍵が、まだ自分のバッグの底に沈んだままであることを。