Chapter: 第7話薄暗いマンションの玄関で、私がスーツケースを手にドアノブへ手をかけた、まさにその瞬間だった。 「どこに行くつもりだ」 地鳴りのような低い声の直後、背後から強引に腕を掴まれ、視界が激しく反転した。 「離して……っ!」 「無理だ」 間髪入れずに返された拒絶。壁に背中を強く打ち付けられた瞬間、目の前にある顔の近さに息が詰まった。 わずかに感じるアルコールの匂い。けれどそれ以上に、彼の身体から発せられる熱量が、いつもと違って異常なほどに高かった。 「兄貴のところに行く気か」 鋭く図星を刺され、言葉が喉に詰まる。 「……あなたには関係ないでしょ」 すると、蓮は酷く歪んだ焦燥と、冷酷な怒りが混ざり合った目で私を睨みつけた。 「関係あるさ。やはり、お前が俺に近づいたのには最初から目的があったんだな。神崎の家にすり寄って、一体何を探るつもりだ?」 「なっ……」 「何も言わずに消えれば、逃げ切れるとでも思ったか。なら、お前が二度と立ち上がれないくらい、痛い目を見せてやる」 蓮は私の両手首を掴んだまま、逃げ場を塞ぐように完全に壁に押し付けた。息が触れ合うほどの距離。 彼は私が何かを隠していることを察し、その裏切りへの恐怖と歪んだ独占欲から、力尽くで私を支配しようとしていた。 「もう……全部終わったからよ! 離して!」 「終わってねぇ。勝手に終わらせるな」 「終わってるのよ!」 抑え込んできた感情が、私の内側で一気に爆発した。 「私の気持ちも、夢も、あなたとの関係も! 三年間、私はあなたの影だった。だけど、あなたの隣にはもう、あなたが命がけで守りたい西園寺玲奈がいるじゃない!」 叫んだ私の瞳から、耐えきれず涙が溢れ落ちる。 「あいつは関係ない。俺が欲しいのは、お前だけだ」 蓮の熱い指先が、私の頬の涙をなぞり、無理やり顔を上げさせた。抵抗する私の唇を、蓮は強引に塞いだ。 それは、これまで彼が私に向けてきたどの態度よりも苛烈で、狂おしいほどの執着が混じった、初めてのキスだった。 頭の芯が痺れ、抗えない力に圧し折られるように、私たちはベッドへと崩れ落ちた。 夜の暗闇の中、熱い吐息とシーツの擦れる音だけが響く。 手首を掴まれ、全てを貪られながら、しかし私の頭の片隅には、冷徹で激しい復讐の炎が灯っていた。 あ
Last Updated: 2026-07-01
Chapter: 第6話放課後の喧騒が去った無人の廊下で、私は冷たい床に膝をつき、バラバラに散らばった楽譜を一枚ずつ、指先を振るわせながら拾い集めていた。白い紙は無残に踏みにじられて黒く汚れ、破けた端々が私の引き裂かれた心のようだった。どれだけ集めても、何ページか足りない。胸の奥が、すうっと音を立てて冷え切っていく感覚がした。……全部、もう戻らない。あの日から、私の心は決まっていた。神崎蓮のそばを、今すぐにでも離れる。その意志に曇りはなかった。だけど、現実はそれほど甘くはなかった。今ここで彼とのつながりを完全に断ち切ってしまえば、手がかりは永遠に失われ、私は全てを一人で背負って暗闇を彷徨うことになる。それでもいい。と、ノートを胸に抱きしめながら、私は強く唇を噛んだ。たとえどれほど険しい道であっても、これ以上、あの男のそばで魂を削られるわけにはいかない。そして迎えた、コンクール当日。格式高いホールの舞台裏に立った私の耳に、容赦のないざわめきが突き刺さってきた。「おい、あいつだろ?ネットで噂になってる盗作の……」「図々しいよね。良くもまあ、こんな神聖な場所まで来る勇気があるわ」観客席からの冷ややかな視線だけじゃない。そこには、神崎財閥や西園寺家に少しでも取り入ろうとする、魂を売った審査員たちの姿もあった。彼らは私とすれ違うたびに、聞こえるようにわざとらしく息をはき、蔑みの言葉を投げかけてくる。「才能のない人間が、汚い真似をしてまで舞台に立ちたいものかね。早く出ていきなさい。目障りだ」四面楚歌。張り詰めた緊張感と、圧倒的な周囲の圧力が私を押し潰そうとする。だけど、不思議と足は震えなかった。私はただ、自分の信じる音楽だけを抱いて、スポットライトの当たるステージへと歩みを進めた。私の演奏が、始まる。張り詰めた空気の中、私の指先が紡ぎ出す旋律は、怒りと悲しみを孕んでホール全体を支配していった。誰もが言葉を失い、圧倒されるほどの独自の音色。演奏が終わり、静寂が訪れる。その直後、割れんばかりの拍手が沸き起こった。ステージ中央に集められた進出者たちの前で、審査員長が厳かに口を開いた。「厳正なる検証の結果、本作品について、西園寺玲奈氏の楽曲との盗作の事実は一切認められません。類似性は極めて限定的であり、偶然によるものとします。むしろ、この楽曲の独自
Last Updated: 2026-07-01
Chapter: 第5話「……ねぇ、あの子、本当に盗作したらしいよ」「嘘でしょ?最低。よくそんな不届きなことできるよね」翌朝。大学の門をくぐった瞬間から、世界は反転していた。廊下を行き交う生徒たちの口からこぼれ落ちる、容赦のない囁き声。向けられる視線はどれも冷たくて、好奇と嫌悪に満ちている。噂は一夜にして校内を駆け巡り、私に弁明の機会など最初から与えられていなかった。「ちょっと説明してもらえる?」人気のない渡り廊下に呼び出され、行く手を阻まれる。目の前に立ちはだかるのは、腕を組んで傲慢に見下ろしてくる西園寺玲奈。そしてその背後には、彫刻のような顔を激しく強張らせた神崎蓮が立っている。私は一歩も引かず、玲奈の目をまっすぐに見据えた。「私は盗作なんてしてないわ。どうしてあなたがそんなことを主張できるのか、むしろそっちの方が理解に苦しむんだけど」毅然と言い放った私に、玲奈は一瞬だけ目を見開いたが、すぐに哀れむようなわざとらしい失笑を漏らした。「まだそんな見苦しい言い訳をするつもり?偶然にしては、曲の核心部分のフレーズが私が作ったものと酷似しすぎているのよ。自分の実力不足を、他人の才能を盗むことで補おうだなんて、本当に惨めね」言葉のナイフが、容赦無く突き刺さる。だが、それ以上に私の胸を抉ったのは、隣に立つ蓮の一言だった。「おまえ、本当に恥さらしだな」「蓮……?」「周囲から疑いの目を向けられている、その事実だけでおまえの音楽は終わっているんだ。これ以上、神崎家の名を汚すな」いつの間にか、私たちの周りには大勢の野次馬が集まっていた。何十人もの冷ややかな視線が、私を罪人として縛り付ける。「私はやってない」「往生際が悪いぞ。言い訳するな」「ふうん。そんなに頑ななのは、このノートに何か秘密があるからかしら?」玲奈が私の鞄から、強引に一冊のノートを抜き取った。それは、私が血の滲むような思いで音楽を書き留めてきた、大事な楽譜だった。「返して……っ!」「こんな、他人のアイデアを盗み合わせただけの一文の価値もない楽譜なんて」玲奈がニヤリと笑った瞬間、バサリと鈍い音がした。白い紙が宙を舞う。階段の吹き抜けの空間へ、バラバラと引き裂かれながら落ちていく、黒い音符たち。私の三年間が、私の魂の叫びが、無残に汚されていく。「やめて!!」気がついた時には、身
Last Updated: 2026-06-30
Chapter: 第4話もう、何も感じない。心はすっかり冷え切っている。神崎蓮のそばから、離れる。そのためには、一刻も早く祖母のバイオリンを見つけ出さなければ。私はすがるような思いで、蓮の父である神崎トオルへ初めて電話をかけた。呼び出し音が長く響いたあと、聞こえてきたのは冷徹で傲慢な声だった。「……何の用だ。蓮の婚約者風情が、私に直接連絡してくるなど身の程をわきまえなさい」「神崎総帥、お願いです。おばあさまのバイオリンを返してください。あれが我が家の……」「黙れ」トオルは私の言葉を冷酷に遮った。「近頃、大学で盗作騒ぎだの不穏な噂が立っているのは知っている。神崎家の名を汚すような真似をする小娘に、くれてやるものなど何一つない。余計なことはするな。大人しく蓮の影として床でも拭いていろ」ガチャリと、一方的に通話を切られ、ツーツーという電子音だけが虚しく響く。拳を握りしめる。やはり、まともな手段では取り合ってもらえない。そんな時、スマホに一通のメールが届いた。「……え?」『全国大学生作曲コンクール、決勝進出のお知らせ』過去に、投げやりな気持ちで応募していた曲だった。「……うそ」決勝は生演奏審査。そして、進出者リストの演奏家枠には……神崎蓮と、西園寺玲奈の名前があった。逃げるように蓋をしていた世界が、私を強制的に引き戻そうとしている。その日の放課後。教室のドアが乱暴に開き、蓮が姿を現した。「なんで黙ってた?」「……何のこと?」「とぼけんな。コンクールの選出者リストを見た。お前の名前があったぞ。なぜ俺に言わなかった」机に手をつき、顔を近づけてくる蓮。その瞳は焦燥と怒りが混じっていた。「別に、言う必要ないでしょ?私の問題だから」冷たく突き放すと、蓮の表情が一瞬、痛みに耐えるように歪んだ。「……ふざけんなよ」「ちょうどいいところにいたわね」遮るように現れたのは、玲奈だった。彼女は冷酷な笑みを浮かべ、私の前に立つ。「その曲、私の盗作よね?私が前に作ったフレーズと全く同じ。証拠もあるわ。今なら間に合うから辞退しなさい。でないと、全て公表するわよ」頭の中が真っ白になる。だが、三年間虐げられてきた私の魂が、初めて明確な拒絶の炎を上げた。「……やめない。絶対に、思い通りにはさせない。この曲は、私のものだから」玲奈の目が細くなる。嵐の前
Last Updated: 2026-06-30
Chapter: 第3話あの日を境に、大学での私は完全に孤立した。遠巻きに見る同級生たちの口から出るのは、「盗作者」「性格の悪い婚約者」という、心無い噂ばかり。否定する気力すら、今の私には残っていなかった。昼休み。私は習慣のままに、蓮のために作った弁当を持って音楽室へと向かった。ドアを開けた瞬間、空気が凍りつく。中にいたのは、蓮と西園寺玲奈だった。「あの……お弁当を」震える声を必死に抑え、蓮ものとへ足を進める。「こ、ここに置いておきます」婚約者は私だというのに、何をこんなに二人に対して遠慮しなければならないのか。私がピアノ横の机にお弁当をおくと、視界の隅で玲奈が静かに口角を上げたのがわかった。「ちょうどいいわ」耳元で囁かれた、その直後。ガシャン!と激しい衝撃音が響いた。床に転がったのは、高価なバイオリン。「……あ、どうしてくれるの?これ、私にとってとても大事なものなのに」わざとらしい声。周囲の生徒たちの視線が一斉に私に突き刺さる。「謝れ」蓮の低い声が容赦無く落ちてきた。「そうだ。外へ出ろ。ちょうど雨も降っている。謝るにはいい舞台じゃないか。そこで土下座して謝れ」窓の外は激しい土砂降りだった。――どうして、そこまで私を嫌うの?絶望が怒りへと変わる。私はまっすぐに蓮を見据え、初めて彼に逆らった。「……嫌」一瞬、空気が止まる。蓮の目が見開かれた。「……なんだと?」「私は、やってない。だから、謝らない」凍りつく室内を後にし、私は激しい雨の中へ飛び出した。全身を叩く雨。息が苦しい。それでも、走る足を止められなかった。家に帰り着いた瞬間、視界が歪んで床に崩れ落ちる。異常な寒気と高熱。意識が遠のく暗闇の中で、懐かしいバイオリンの旋律が聞こえた。気づけば、私は幼い頃の海辺にいた。波の音。夕焼け。そして、一人の少年。「……泣くなよ」幼い頃の蓮が、まっすぐな目で私を見つめていた。「必ず、見つける。一生、守るから」――嘘つき。激しい拒絶感とともに意識が浮上した。部屋は真っ暗で、誰もいない。いつも通りの孤独だ。その時、枕元のスマホが震えた。画面に表示されたのは、西園寺玲奈からのメッセージ。添付されていたのは、薄暗いバーの片隅で、深くキスを交わす蓮と玲奈の写真だった。それを見た瞬間、涙すら出なかった。ただ
Last Updated: 2026-06-30
Chapter: 第2話あまりにも分かりやすい悪意だった。生まれてから今まで味わってきた理不尽のほとんどは、蓮と、その周囲の人間によるものだった。それでも、これ以上、彼の誕生日を台無しにしたくない。彼女の嫌味に応えることなく、私はただ礼儀正しく頭を下げた。「使用人だと思わせてしまったのね。誤解させてしまってごめんなさい」震える手で、一週間徹夜して書き上げた楽譜を蓮に差し出す。「これから毎日、よく眠れますように」蓮は無言でそれを受け取り見下ろした。そして、ふっと笑う。「……これがお前の音楽か?」「……え?」「この程度で玲奈の楽譜と並ぼうとしているのか。図々しい」……違う。今までの曲も、私が作ったもの。あの女が描いたものじゃない!蓮は誤解してる!全部、私のっ……!言葉にできない叫びを飲み込んだ、その時。蓮がポケットからライターを取り出し、カチリと、乾いた音が響いた。「あ……やめてっ!」あっという間に炎が紙を飲みこみ、一瞬で燃え上がった。「こんなゴミが音楽だと?こんなものしか描けない価値のないおまえの手は、これからも床を拭いていればいい」嘲笑が広がる中、私は動けなかった。私の音も、想いも、三年間費やした時間も、全て灰になっていく。どれだけ努力しても結局、この人との関係が変わることはないのだ。その時。「きゃっ!」短い悲鳴が上がった。見ると、玲奈が床に倒れ込んでいる。その手から溢れたスープが床に広がっていた。「今、この子がわざと私にぶつかって、スープを……」玲奈は涙を浮かべ、私を指さした。「え……違……」「何をしている」私の否定の言葉を遮るように、短い声が空気を切り裂いた。蓮は私を一瞥もせず、玲奈に駆け寄ってその身体を抱き上げた。「大丈夫か?」「スープが熱くて、少し火傷を……」震える玲奈の声を聞いた瞬間、蓮の目が据わった。「謝れ。今すぐ、謝れ」冷徹な命令。「謝れないのか」その一言に、胸が締め付けられる。違うと言っても信じてもらえない。心の奥で、何かが静かに切れた。――もともと、この場所は私のものではなかったんだから。玲奈が勝ち誇った目を隠し、善意のふりをして蓮の胸に縋る。「蓮、もういいわ。彼女も悪気はなかったのよ。私、少し驚いてしまって……。ここから、離れたいの」蓮は私を見捨てるように、二度と振り返るこ
Last Updated: 2026-06-30
Chapter: 第109話ファミレスで軽く夕食を済ませた私達は。『夏と言えば花火だろう』。 コウ先輩のこの一言で、急きょ花火大会をすることになった。花火と一緒にお酒やお菓子も購入し、ここらへんで一番近い海に向かった。電車を使わず歩いて行ける距離の海だから、写真で見るようなきれいな海ではないけれど。目的はみんなで花火。波の音と、潮の香りがあれば、十分だった。「美羽」砂浜に降りる階段の一番下で、コンビニの袋から花火を出して準備をしていると、私の隣に壮吾が腰掛けてきた。作業の手を止めずに壮吾を見上げる。「おまえ、酒飲むなよ」そう言って、手に持たされたのはオレンジジュース。「おまえが酔うと、たちが悪そうだからな」「そんなことわからないよ。案外ざるかもしれないじゃない」こんな事で張り合う私達は、まだまだ子供だ。でも、まあ。最初から、お酒なんて飲む気はなかったんだけど。壮吾の言う通り、私、本気で潰れそうだから。「美羽ちゃん、何してんの。早くこっちに来いよ〜」「美羽〜。 裸足でおいで。気持ちいいよ〜」相変わらず賑やかな兄妹。波打ち際で二人でじゃれ合っていた。『ったく、あいつらは』と、呆れながらもお尻を上げる壮吾。両手にはコウ先輩の分のお酒も持っていて。だけど、私の隣で立ち上がった瞬間、ピタリと動きを止めた。暗闇のせいで表情は見えない。「あいつに酒を飲ますのはいいけど、これ以上テンションおかしくなったら相手できねー」ああ……。それで、躊躇ってるわけね。「大丈夫だよ。コウ先輩には日和という保護者がいるから」「だよな」『おーい、はしゃぎ過ぎだろ。ったくガキじゃねーんだからよー』と、壮吾が砂浜を歩いて行く。一定のリズムで奏でられている波の音。寄せては引いて、引いては寄せて。その音に混ざって、壮吾の靴底からギュッギュッと、砂の鳴く音が聞こえた。
Last Updated: 2026-01-31
Chapter: 第108話「あのー」私の横からひょいっと出てきたコウ先輩。お客さんを装って、本棚の整理をしていたレオくんに声をかけていた。「いらっしゃいま……げ」くるりと振り向いたレオくんが、あからさまに嫌な顔をする。本を片手に、頬が引きつっていた。「成人雑誌って、どこにありますか?」と、恥ずかしげもなくそんな事を聞くコウ先輩。もちろん、「黙れっ!! クソ兄貴」すぐに日和に頭をはたかれて、口を尖らせていたけれど。「何しに来たんだよ」声をひそめるレオくん。「何だその言い方は。 心外だな」ポケットに両手を突っ込む壮吾が、ブスッとして言った。「様子を見に来たんだよ。こいつが、心配してたから」壮吾の顎が私に向くと、『心配?』と、眉間にしわを寄せたレオくんが私を振り向いた。「おまえがちゃんと働けてるのかって、俺らは心配なんだよ」「んなの、余計なお世話だよ」素っ気ない一言を壮吾に向けて、仕事に戻って行くレオくん。「仕事終わったら、速攻裏に来いよ。駐車場で待ってるからな」壮吾がレオくんの背中に声をかけると、レオくんは返事をするように、背中越しに右手を上げた。「レーオ」本屋さんの裏口から出てきたレオくんに、コウ先輩が明るく声をかけた。駐車場のフェンスに寄りかかって話をしていた私達も、裏口へ目を向ける。レオくんは迷惑そうに、眉をひそめて私達を見ていた。「おまえ、今のうちからそんなに眉間にしわ寄せてっとすぐに老けんぞ」フェンスから体を起こした壮吾が、レオくんに歩み寄る。プイッとそっぽを向いたレオくんは、くるりと踵を返すと、無言で駐車場から出て行こうとしていたんだけど。「ちょちょちょちょ。待てって」ガシッと、壮吾に肩を掴まれていた。不機嫌に振り向くレオくん。「何なんだよ。俺、バイトで疲れてんの。騒ぎたいなら俺無しで騒いでくんない?俺、もう帰るし」「んな寂しいこと言うなよ。明日休みだろ?朝まで楽しもうぜ」「そうそう。 楽しもう」と、壮吾とレオくんの間にコウ先輩が割り込んだ。それを遠くから見ている私達は、目を見合わせ、肩をすくめてくすっと笑った。
Last Updated: 2026-01-31
Chapter: 第107話壮吾の言葉に頷いた私だけど。レオくんが、接客をしている姿が全く想像できない。それって、私だけ?接客業ということは、少なからず笑顔は必要なわけじゃん?レオくんの営業スマイル……。うーん……。やっぱり、想像できない。「レオくんのバイトってさ、レジとかするんだよね?」私が聞くと、「当たり前じゃん」と、日和がおかしそうに笑った。「ということは、『いらっしゃいませ』とか、言うんだよね」さらに続けると「急にどうしたの?」と、日和が眉をひそめた。「いや、何か、ほら。全く想像できないから。レオくんが笑顔で『いらっしゃいませ』って言ってる姿」私がそう言うと、『確かに、言われてみれば』と、3人が同じように頷いた。「そういえば、俺らって、まだレオのバイト姿見てねーよな」「ああ」壮吾の言葉に、コウ先輩が頷く。「レオのバイト先には行ったけど、結局、中には入れなかったしな」私はぐっと背中を丸めた。その原因は、私にあるから。申し訳なくて、顔を上げることができなかった。「んじゃ、今から行ってみる?もうすぐ、バイト終わる時間だし」「いらっしゃいませー」レオくんのバイト先の自動ドアをくぐったら、明らかにレオくんだと思われる声が一番に聞こえてきた。これで店長に怒られないのかと心配するほど、暗くて、超棒読みな声だ。この辺りには、ここだけしか本屋がない。小さな本屋だけど、中には結構な人が入っていた。ぞろぞろと中に入る私達に、レオくんは全く気づいていない。ぶっきら棒に、だけど、すごく真剣に、接客を続けていた。「カバーつけますか」「あ、いえ」「1,155円になります」言葉に強弱がなく、ずーっと同じ調子。もちろん、営業スマイルなんてしているわけもなく。「ありがとうございましたー」本当に有り難く思っているのか、と、思わず突っ込みたくなるレオくんの声。だけど――。レオくんの黒のエプロン姿。ビューティフル。接客業としてはいけないことなのかもしれないけれど、レオくんのように美しい男性に接客されたら、どんなに素っ気なくても、どんなに笑顔がなくても、全然いいと思えてしまう。もっともっと接客をしてほしいって思っちゃうほど、レオくんはカッコよくて、少し大人に見えた。
Last Updated: 2026-01-31
Chapter: 第106話「おじゃましまーす」ギャーギャー声が聞こえてきたのは、コウ先輩の部屋。そろりとドアを開け、中を覗き込むと「コウ!! てめぇ、ちょっとは手加減しろよ!!」「はっ?バカか、おまえ。手加減してたら楽しくねーだろ」壮吾とコウ先輩が、ゲームに熱中していた。私がドアを開けたことにも気づいていないようだ。「あ、あのー。入ってもよろしいでしょうか」おずおずと声を出すと、ゲームのコントローラーを手にしている2人が、くるりと振り向いた。「なんだ、美羽。来てたのか」そう言って、ゲームを中断した壮吾が、私の元へとやってくる。「何ビクビクしてんだよ。早く中に入れよ」またこの人は。自分ちでもないのに、そんな勝手に……。「日和は?」「あ!! 美羽。 いらっしゃい」壮吾に問いかけた瞬間、背後から日和の声が聞こえてくるりと振り向いた。日和の手には、紅茶カップと、さっき私が日和ママに渡した、シュークリームののったおぼん。「うお。うまそーなシュークリーム」一番に反応したのは壮吾だ。「美羽のお土産だよ」「マジで?そんな気を遣わなくていいのに」だから、壮吾。ここはあなたの家じゃないでしょ?そう思いながらも、「結構おいしいんだよ。食べてみて」と、コウ先輩の部屋に入りながら言った。コウ先輩の部屋は、相変わらず色んなものが散乱していた。だけど、やっぱり、不衛生には感じない。ホントに不思議。「ねぇ、レオくんは?」日和の持ってきてくれた紅茶に口をつけながら、壮吾に聞く。「ああ。あいつ、バイト終わってから来るって」ぱくっとシュークリームを頬張った壮吾が、何だか小さな子供に見えた。カッコイイだけじゃなくて、こんなかわいい一面もあるから、あたしはどんどん壮吾の虜になっていく。「バイトかぁ。頑張るね、レオくん」「まぁ、あいつなりに楽しんでんじゃね?バイトの愚痴なんて、一度も聞いたことねーし」「ふーん。そうなんだ」
Last Updated: 2026-01-31
Chapter: 第105話「いい? 美羽。絶対に迷惑かけちゃダメだからね」玄関で靴をはく私に、お母さんが言った。もう、これで何度目だろう。「遅くまで騒がないのよ。近所迷惑にもなるし」「もうっ!!わかってるよ。小学生じゃあるまいし、ちゃんと考えて行動できるって」ヒールの靴をはいて、クルリとお母さんを振り返る。私の手には、お泊まり道具。そして、お母さんがしきりに持って行けと言っていたクッキーシュー。近所の有名なケーキ屋さんで買ったものだ。「ちゃんとお家の人にあいさつして、そのシュークリームを渡すのよ。わかった?」もう……。だからわかってるって。朝から何度も同じことを言わないで。夏休みに入り、日和の提案で一日だけ日和の家に泊まることになった。もちろん、壮吾とレオくんも一緒。みんなで徹夜して、思い切り遊ぼうってことになったの。お母さんがこんなにうるさいのは、初めてのお泊まだから。もう高校生なんだし、迷惑をかけなければ一日くらい泊ってもよし。と、許しを得たんだけど……。ここまでしつこく何度も何度も同じことを言われると、耳にタコ。まだ何か言いたげなお母さんがわを見ていたけれど、「いってきまーす」と、耳にイカまでできないうちに素早く玄関を出た。外は、街中が茜色に輝く夕方。お泊まりは夜がメインだから。と、夕方から日和の家に集合することにした。お母さんには内緒だけど、壮吾と一緒にお泊まりだ。まぁ、二人っきりではないけど、なんかテンションが上がる。ああ――…。めっちゃ楽しみ!!「いらっしゃい」日和の家に着き、出迎えてくれたのは日和ママだった。「こんにちは」「こんにちはー。壮吾くんも来てるから、さぁ、上がって」ぎこちなく頭をさげた私に、優しくて、超美人な日和ママがにっこり笑ってくれる。その笑顔が、どことなくコウ先輩に似ていた。「あの、これ、シュークリームなんですけど」食べてください、と日和ママに差し出す。「あらあらまぁまぁ。どうもご親切に。お母さんにお礼の電話を入れておくわね。ありがとう」そう言って、『早く2階にどうぞ。何もないけどゆっくりしてね』と、さらに優しい言葉をかけてくれた。
Last Updated: 2026-01-31
Chapter: 第104話私の肩に腕を回す壮吾は、グイッと、レオくんの肩にも腕を回していた。バランスを崩したレオくんは、よろっとわ達に近づく。「悪いな。これが、俺達だからさ」眉間にしわを寄せ、涙をこらえている彼女に向かって、壮吾が悪戯に笑う。「ちょっとやそっとの事じゃ、俺たちはバラバラにできないよ。絆が他と違うからな」5人で肩を組んで、頬笑みあう。そんなわ達を見て、彼女がふわりとこちらに視線を向けた。罰が悪そうに眉を寄せて、口をへの字に曲げている。「……知らなかった」力のない声だ。「この件で、気持ちがバラバラになるものだと思ってたのに、全然、通用しないんだね。知らなかった。これが、ホントの友情とか、愛ってものなのかな」本当の友情。本当の恋愛。「ごめん……」......下川さん。「何の努力もしてないとか言ってごめん。いいよ。このこと、みんなに言って。レオくんに近づくために、私がしたことだって。私にムカついたでしょ? いいよ、仕返しして」力のない彼女の声は、図書室の絨毯に吸収されて、殆ど私の鼓膜は刺激されなかった。フラフラとした足取りで、図書室を出て行こうする彼女。「待って!!」クルリと、振り向く彼女。瞳には、涙が滲んでいる。「気まずくなるからって、私達を避けないで。この件は、これで終わり。また一から友達になって」私が右手を差し出すと、彼女は私の右手をじっと眺めた。ポタポタと絨毯を濡らしていく涙。嗚咽がこぼれて、肩が小刻みに揺れている。私の手と彼女の震える手が合わさった時、日和が私の背中に抱きついてきた。「まぁ。許せたもんじゃないけど、美羽がいいって言うなら仕方ないね」そう言って、日和も彼女に手を差し出している。「これで仲直り」日和がおどけて笑う。「ありがとう……」彼女は、涙をこらえながら、そう言った。私達を見ながらほほ笑みあうのは、壮吾とコウ先輩。「女ってわかんね」ぼそっと呟いたのは、レオくん。眉間にしわを寄せ、首を傾げている。「ま、いいじゃん。問題が解決したんだし」そう言った壮吾が、握手を交わす私達の側へとやってきた。「あんたも、見つけろよ。心から信じれる仲間をさ。そしたら、わかるよ。まぁこれが、ホントの友情とか、ホントの愛ってやつかわかんねーけどな」心が晴れるって、こういうことを言うんだね。笑顔がこぼれて、人
Last Updated: 2026-01-31
Chapter: 第132話柊が、ゆっくりあたしから体を離す。「本当だよ!! あたし達、もう離れることはないよ!! ずっと一緒にいる!! 約束する!!」あたしの声が大きいので、公園にいた子供たちが何人かこちらを振り向いた。だけど、気にしない。「雪羽、今すぐってわけにはいかないけど、俺と、結婚してくれる?」あまりにも嬉しい言葉過ぎて、あたしは瞳に涙を浮かべながら柊を見上げた。返事することもできない。「え……返事は?」涙をこらえることに必死になって顔を強ばせているあたしを見て、柊が不安そうに眉を寄せた。涙をこらえてるせいで、口が開かない。声が出せないの……。嬉しくて嬉しくて、どう、言葉にしたらいいのか、わからなくて。あたしは、返事の代わりにグッと背伸びをして、柊に唇を合わせた。ほんの一瞬触れただけの、短いキス。突然のことに目を丸めた柊だけど、すぐに、柊からあたしに唇を重ねてきた。今度はさっきより、長いキス。子供たちの楽しそうな笑い声を聞きながら、何度も何度もキスをした。目を見合わせクスクス笑い合う。ポタポタと上から雫が落ちてきて、あたし達は手で頭を庇って、それでも笑いあった。幸せな瞬間。この桜の木の下で、永遠の愛を誓った。新しい、あたし達の相棒の誕生だ。こかれからは、この木と共に成長していこうね。結婚して、子供が生まれて、家族が増えていくたびに、この木に報告しようね。「大好きだよ、柊」「俺は、愛してるよ」「え~。ずるい。あたしも愛してるのに」あたしが口を尖らせると、すかさず柊がまたキスをしてくる。こんな、まだまだ子供あたし達ですけど、どうか、暖かく見守ってください。今まで苦しい恋をしてきたぶん、必ず幸せになります!!あたし達は桜の木を見上げて、心に幸せになることを誓った。―END―
Last Updated: 2026-01-26
Chapter: 第131話ジワリと、涙が浮かんでくる。「中学の時、俺が告白したのも桜の木の下で、離れ離れになったのも、桜の木の下だったし」「……うん」「桜の木って、俺らの人生になくてはならない木だろ?」「……うん!!」本当にそうだ。あたし達の成長に、桜の木は必要だった。いつも一緒にいてくれた木だった。「これから、多分この木にお世話になるだろうからさ。だから、この木の下で誓わせて」「……はい」あたしは、溢れる涙を手で拭って、グッと柊を見上げた。柊はあたしの手から箱を取ると、そっと指輪を取り出し、あたしの左指を握った。ゆっくりゆっくり、あたしの左指に、シルバーの指輪がはまっていく。「サイズ、ぴったりでよかった」柊が目尻を垂らす。あたしは、左手を空にかざして指輪を眺めた。空との間にある桜の木が、カサカサと風に揺れてなく。その度に、溶けた雪の雫が頭に落ちてきて、ヒンヤリした。「雪羽」「はい……」「俺、まだまだ未熟で、これから先も雪羽のことを傷つけてしまうことがあるかもしれないけど、それでも、俺とずっと一緒にいてくれる?」「うん!!」「今まで雪羽にしてやれなかったこと、全部してやるつもりだ。喧嘩もすると思うし、俺が一方的にキレてしまうこともあるかもしれない。それでも、ずっと一緒にいてくれるか?」真剣な柊の表情。桜の木が風に揺れるたびに、柊の顔の影がユラユラと揺れた。「ずっと、側にいさせて? あたしこそ未熟だし、言いたいことも言えずに誤解されることもあるかもしれないけど、それでも……」ギュッ……。あたしが最後まで言い終わらないうちに、強く、柊に抱きしめられた。息ができないくらいに、キツく胸に押し当てられる。「好きだ」耳元で、柊の声がこもって聞こえた。「好きだよ、雪羽」あたしは、柊の背中に手を回して、ギュッと抱きつく。「あたしも好きだよ!! この気持ちは、ずっと変わらないよ!!」「本当に?」
Last Updated: 2026-01-26
Chapter: 第130話柊はあたしから手を離し、桜の木の下まで行って、木の幹に手をそっと当てていた。「こうやってこの幹に触れると、なんか雪羽と繋がってるような気がしてさ」「……え?」「だって雪羽、俺が引っ越した後も、ずっとあの桜の木の下にいただろ?」「どうして知ってるの?」あたしが目を丸くすると、柊は肩をすくめた。「だからさっきも言っただろ? 繋がってるような気がするって」そう言ってニッコリ笑う。「俺、毎日、ここに来て気に触れてたんだ。こうやって幹に触れて目を閉じると、別なところで桜の木の下にいる雪羽の映像が頭に浮かぶんだよ」柊は目を閉じて、いつもやっているであろうことを、あたしの目の前でしてくれた。「会話はできないけど、ここに来て木に触れたら、雪羽とひとつになれた気がしてさ」目を開けた柊が、あたしを見てまた微笑む。あたしも微笑み返した。ここの桜の木にも雪が積もっていて、太陽の日差しにキラキラと輝いている。「雪羽、こっち来て」柊が、桜の木の下で手招きをした。あたしは口角を引いて、柊の横に行く。柊はあたしと向き合うと、おもむろにズボンのポケットをまさぐり始めた。すぐにポケットから出てきたのは、小さなシルバーの箱。あたしは驚いて、息を飲んで目を丸くする。柊は開けてみろというように、顎で箱を指す。小さなリボンを開ける手が震えた。この中身が何なのか、わかるから。小さな箱を落としてしまわないように、慎重に開ける。中から出てきたのは……。シルバーのシンプルな指輪。「これ……」「俺、今まで雪羽に何もしてやれなかったから」「…………」「ほら、覚えてるか? 夏祭りの時、俺がおもちゃの指輪を取ってやっただろ?」忘れるわけがない。パープルの可愛い指輪だ。「いつか、絶対に本物を雪羽にプレゼントしたくてさ」「……柊」「まぁ、それもまだまだ安物だけど、あのおもちゃよりはいいかと思って」柊が、後頭部をかきながら照れている。「指輪を渡す場所も、ここがいいなって、ずっと計画立てててさ」
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Chapter: 第129話繋ぎたくても、繋げなかった時期があった。だから、自然と手を繋ぐことのできた今がとても幸せで、あたしは繋がれた手を微笑みながら見ていたんだ。「そんなに嬉しい?」あたしを見た柊が、苦笑する。「嬉しいよ!! すごくすごく嬉しい!!」あたしが小さな子供みたいに喜ぶと、柊は満足そうに口角を上げてあたしの手を更にギュッと強く握った「お腹は?」歩きながら、柊が眉を上げて聞いてくる。「う~ん。まだ空かない。柊は?」「俺もまだ空かない」「じゃご飯の前にどっかショッピングでも行く?」あたしが聞くと、柊は少し考えてからあたしの手をクイクイっと引いた。「実は、ちょっと連れて行きたいところがあるんだ」あたしは頭にハテナマークを出して首を傾げる。「どこ?」「それは秘密」柊が意味深に微笑み、鼻の頭に人差し指を当てる。益々意味のわからないあたしは、グッと眉間のシワを深くした。柊に手を引かれてやってきたのは、駅から徒歩15分くらいのところにある大きめの公園だった。公園には春休みを存分に楽しむ子供たちが大きな笑い声をあげながら遊具で遊んでいた。公園に周りにはたくさんの木が植えてあり、自然豊かだった。「木がいっぱい。すごいね!!」柊があたしを見下ろして静かに微笑む。柊は公園の中に足を進めて行き、公園の奥の水道の横に立っている大きな木の前で足を止めた。公園の周りに植えてある木より、また一段と大きな木。「何の木がわかる?」柊に聞かれて最初は首を傾けたけど、ずっとその木を見ていたら、あの、あたし達の住んでいた町にあった桜の木がふと頭に浮かんできた。「……桜の、木」呆然として小声で答えると、柊は驚いたように体を逸らし「正解!」と言った。「よくわかったな」「いや、なんとかく。今、頭にあのバス停の近くの桜の木が浮かんだの」あたしが言うと、柊は細かく何度も頷いた。「実は、俺もなんだ」「…………」「ここに引っ越してきて、この木を見つけたとき、一番に浮かんだのはあの桜の木だった」
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Chapter: 第128話~1年後~「柊!!」あたしは、キャリーバックを引いて、駅前で待ってくれていた柊のもとに走った。あたしも柊も、高校卒業。4月から柊の住んでいる街で、就職が決まっている。柊も大学ではなく、就職を選択したようだ。「雪羽!!」あたしの声に反応した柊が、あたしに大きく手を振る。3月後半。この街も、あたしが住んでいた街と同じくらい寒く、雪もまだ少し残っていた。「あれ? 柊、髪染めたの?」「うん。今日雪羽の会うためにちょっと染めてきた。この色、似合わない?」柊が自分の髪を少しつまみながらあたしに聞いてきた。今まで黒髪だったから、今の淡い茶色の髪がとても大人に見えてドキドキが増した。「似合わないわけないじゃん。柊はどんな色にしても似合うよ!!」「ピンクでも?」「うん」「青でも?」「そんな色にできるならやってみれば?」あたしが眉間にシワを寄せながら言うと、柊は楽しそうに声を上げながら笑った。あたし達は、高2の冬に離れてから、ずっとラインのテレビ電話で顔を見ながら話をしていた。だから柊と離れていると感じたことはないし、寂しさも感じなかった。そりゃ、時々柊の温もりに包まれたい時はあったけど、顔を見て話をしたら、それだけで心が満たされたんだ。だからこうやって1年ぶりに再会しても、ぎこちなさや気まずさは全くなかった。「荷物、俺が持つよ」「ありがとう」柊がサッとあたしのキャリーバックを引いてくれる。「とりあえず、荷物をコインロッカーに預けようか。雪羽、こっち」ここの土地勘が全くないあたしは、柊の指示通りちょこまかと彼の後ろについていく。柊の背中がとても大きい身長、また伸びた?どんどん、柊が大人な男性になっていって、心臓がついていかない。“好き”がどんどん膨らんでいって、そのうち、心臓が破裂してしまうかもしれない。柊があたしの荷物をコインロッカーに預けてくれて、身軽になったあたし達は、何の躊躇いもなく手を繋いだ。
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Chapter: 第127話柊との距離が少しずつずれてきて、とうとう、電車はホームを出て行ってしまった。白い雪景色の中に消えていった、大好きな人。雪解けと共に去っていったのは、これで2回目。正直、辛い。今まですれ違いすぎた。お互い気持ちを素直に伝えられなくて、貴重な時間を無駄にしてしまった。気持ちって、言葉にしないと、絶対に伝わらないね。柊と再開して、それがよくわかった。どんなに心で思っていても、小さな行動や言動で相手を誤解させてしまう。こんなはずじゃなかったのにって、後悔しか生まれない。それなのにどうしてもうまく言えないのは、相手のことを本当に大切に思っているからだったりするよね。あたしは、ようやく気持ちを素直に言えるようになったら、もう、彼は、遠くに行ってしまう時だった。だからこそかな。こうやって伝えることが出来て、心がスッキリしているのは……。無駄な時間だと思ったけど、必要な時間だったんだ。柊、バイバイ。1年後。必ず会いに行くからね!!それまで、また離れ離れだけど、絶対に待っててね。好きだよ。大好きだよ!!溶ける雪のい輝きが、あたし達の進むべく道を照らしてくれているようだった。キミへと続く雪の上の足跡を、照らし出してくれている。雪は、あたし達の恋の結晶だ。冬には必ず何かが起こる。その度に大切に保管しておきたい、思い出の結晶。1年後も、10年後も20年後も、どうか、あたし達の足跡を照らし出し、幸せに導いてください。白い恋の結晶~キミへと続く足跡~
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