LOGIN命の瀬戸際で出会ったのが、鷹宮龍司(たかみや りゅうじ)だった。 温和で品のあるその佇まいに、柊真帆(ひいらぎ まほ)は、この人となら一生を共にできると、そう信じた。 だが、龍司に言われるがまま、彼の「忘れられない人」のために離婚訴訟を引き受けたことをきっかけに、五年間の結婚生活が、すべて嘘だったと知る。 自分への深い愛情も、愛妻家という世間の評判も、そして——彼が負っていたはずの脚の障害さえも。 彼は、巧みに言葉を操り、真帆を騙し続けた。 けれど、真帆だって決して一方的にやられるだけの存在じゃない。 離婚届を手にしたその日、真帆は再び世間の非難を一身に浴びた。 だが彼女は、それを逆手に取り、逆境の中から立ち上がった。 そして—— 五年間、彼女を探し続けていた執着深い男が、夜を越えて駆けつけ、片膝をついて指輪を差し出した。 「真帆。俺を救ってくれた君を、手放すつもりなんてない」 これは、裏切りの先で「本当の幸せ」を掴み取る、一人の女性の逆転劇。
View More風香は片手で頬杖をつき、もう片方の手に持った鉛筆でデザイン画に線を描いていた。ふと視線を落とすと、そこには乱雑な線が重なっているだけだった。彼女は鉛筆を置くと、苛立たしげに紙を丸めて机に放り投げた。一日中、あの出来事が頭から離れなかった。あの男からすべての真相を聞き、一雄と真帆の関係も知ってしまった。でも、永遠に変わらない愛なんて、この世にあるはずがない。そんなものは、所詮一時の熱にすぎない。情熱が冷めれば、残るのは現実だけ。それに、自分こそが浩一郎様に認められた許嫁。西園寺家へ嫁ぐのは、自分でなければならない。誰であろうと、その道を邪魔することは許さない。しばらく考え込んだ末、風香は鉛筆を置き、西園寺グループへ向かうことを決めた。雨の中を車で走り、会社へ着いた頃には、空はすっかり夕闇に包まれていた。風香はたくさんの荷物を抱えていた。会社に着くと、まず受付へ荷物を預け、雨で半分濡れた服のまま、急いでエレベーターに乗り込んだ。一雄はまだ残業中だった。コンコン……「どうぞ」一雄は顔も上げず、新規プロジェクトの資料に目を通していた。「一雄さん」近づいてくるハイヒールの音に、一雄はわずかに眉をひそめた。顔を上げ、相手が風香だと分かると、表情をさらに冷たくした。「何だ?」風香は一瞬言葉に詰まったが、笑顔を崩さず話し始めた。「ムニンジュエリーの各店舗を見て回ってきました。職人の技術は申し分ありません。でもデザインが今の市場に合っていないんです。今期の売上が伸びない原因は、そこにあると思います」美術デザインを学んできた彼女の話し方は柔らかく、どこか落ち着いた雰囲気があった。だが一雄には、そんなことは一雄にはまるで響いていなかった。「君は執行責任者兼デザイナーだ。デザイン関係のことは自分で決めてくれ。もし一人では判断できない案件なら、次の定例取締役会で役員全員と協議すればいい。わざわざ社長室へ来て、俺に話す内容ではない」「……そうですよね」風香は唇を噛み、ぎこちなく笑った。「ただ……一雄さんに先に相談したほうがいいと思いまして……」そしてふと思い出したように顔を上げた。「そうだ、母が、一雄さんに時間があれば一度うちへ遊びに来てほしいって言っていました」「また機会があれば」一雄は間髪入
視線を落とし、写真を目にした一雄は、瞳を大きく見開いた。彼は顔色を変え、床に散らばった写真を拾い集めると、そこには真帆の姿がはっきりと写っていた。だが、その構図はどれも明らかに盗撮だった。中には自分自身の姿まで写っていた。人目を欺くため、わざわざ星ヶ丘を大きく迂回し、中田勇樹(なかた ゆうき)に同じ車種を手配させ、追跡を攪乱したこと。そして、自ら郊外にある真帆の仮住まいの別荘へ向かい、長時間滞在していたことまで、すべて写真に収められていた。一雄はゆっくり顔を上げ、鋭い視線を浩一郎に向けた。「……俺を調べていたんですか」一雄はあえて「お父さん」とは呼ばず、目の前にいるのは家族ではなく敵だと言わんばかりだった。浩一郎はその視線を真正面から受け止めた。「一雄。本当に彼女のことを思うなら、あの子とは別れなさい」有無を言わせぬ口調だった。「数年前、私はあの子を星ヶ丘から追い出した。一年前には海外へ行かせた。今も同じだ。私は、あの子が西園寺家と関わることを決して許さない」一雄の胸に怒りが込み上げた。「真帆が星ヶ丘を離れた理由を、本当にご存じないんですか」真帆の名を口にした瞬間、一雄の瞳には隠しきれない痛みが浮かんだ。「交通事故だけでは足りなかったんですか?俺には分かりません。どうしてそこまで真帆を拒み続けるんです?命まで奪わなければ気が済まないんですか?」「……あの娘に、その資格はない」「資格が、ない?」一雄はその言葉を静かに繰り返し、冷たく笑った。「お父さん。過去に何があったのか、今の俺には分かりません。ですが、これだけははっきり申し上げます。今後、真帆を傷つける者がいようと、傷つけようとする者がいようと、俺は決して容赦しません」そう言いながら、一雄は手にしていた写真を軽く指先から離して床へ落とした。「仕事があります。それに、ひいおばあさまのお見舞いにも行かなければなりません。よほど重要な用件でもない限り、もう俺を呼び戻さないでください」それだけ言い残し、一雄は浩一郎へ話す隙すら与えず、書斎を後にした。その迷いのない背中を黙って見送ると、浩一郎は深く息を吸い、ゆっくりと目を閉じた。風香は自宅へ戻ると、両親へ簡単に挨拶だけ済ませ、すぐに自室へ向かった。部屋の鍵を閉めるなり、すぐに一本の電話をかけた。
少し気をつけてさえいれば、浩一郎様に気づかれることはない。少なくとも西園寺家の人たちは、この件を自分が知っているとは思っていないのだから。そう自分に言い聞かせるように小さく息をつき、風香は再びアクセルを踏み込み、その場を走り去った。翌日。出社した一雄に、浩一郎から一本の電話が入った。浩一郎は、一雄に西園寺家本邸へ戻るよう命じた。会社から本邸までは一時間以上かかるというのに、浩一郎は何度も催促し、さらに良江からも二、三度電話が入った。ようやく到着すると、良江が門の前で待っていた。車を降りた一雄を見るなり、慌てた様子で出迎えた。「一雄さん、会社で何かあったんですか?」「どういうこと?」一雄には訳が分からなかった。良江は心配そうな表情で声を潜めた。「昨日は風香さんとリビングで楽しそうにお話ししてたんですよ。でも俊一さんが帰ってきて、一緒に書斎へ入って何か話した途端、浩一郎様の表情が急に曇ってしまって……俊一さんは帰られたんですけど、浩一郎様は午後ずっと部屋から出てこられなくて、お食事も召し上がらなかったんです」そこまで言うと、一雄の腕を軽く叩いた。「その間におっしゃったことは三つだけ。その三つとも『一雄さんを早く帰らせろ』でした。なぜかは分かりませんけど、今日はどうか浩一郎様に逆らわないでくださいね」良江の言葉を聞き、一雄の胸には不吉な予感が広がっていた。兄さんとお父さんが二人きりで書斎へ入った……ということは、兄さんが自分に関する何かを話したに違いない。そうでもなければ、ここまで怒る理由はないはずだ。書斎の前まで来ると、一雄は軽くノックをした。だが返事はない。ドアノブに手をかけ、そっと押し下げると、扉は静かに開いた。浩一郎は大きな窓の前に背を向けて立っていた。「来たか」低い声が響いた。「お父さん」一雄は歩み寄り、その後ろで足を止めた。浩一郎は振り返ることなく言った。「一雄。何度も警告してきただろう。これ以上、私の我慢も限界だ」そう言って振り返り、両手を背中で組んだ。「聖奈の件だけでは足りなかったか?」一雄は眉をひそめた。「足りるかどうかを決めるのは、お父さんでしょう」浩一郎が何を考えているのか、一雄にはまだ分からない。だが、この口ぶりだけで嫌悪感を覚えた。「お父さん。今日
浩一郎の隣には一人の若い女性が付き添っていた。彼女は身振りを交えながら何かを話しており、浩一郎は声を上げて笑っていた。あまりに楽しそうで、俊一の存在にも気づいていないようだった。「お父さん」俊一が近づいて声をかけると、浩一郎は軽く頷いた。その女性も振り返り、俊一を見ると柔らかく微笑んだ。「俊一さん」「風香さん?」俊一は一瞬目を見開いた。まさか風香がここにいるとは……「俊一」浩一郎は少し険しい声を出した。「最低限の礼儀も忘れたのか?風香さんが家に来ているというのに、その態度は何だ」「浩一郎様、大丈夫です」風香は物分かりのよい笑みを浮かべた。「急にお邪魔したのは私ですし、俊一さんにご挨拶もしていませんでしたから」「本当に君は素直でいい子だ」浩一郎は満足そうに微笑み、膝を軽く叩くと、俊一に向ける目つきもいくぶん和らいだ。「確かに、お前は西園寺家の人間なんだ。自分の家なんだから、誰かに挨拶する必要はない。だが覚えておきなさい。これから風香さんが来たら、実の妹と同じように扱うんだ。いいな?」「分かりました、お父さん」俊一は素直に頷き、続けた。「お父さん、少し大事なお話があります」「何だ?」「ここでは少し……書斎でお話しできませんか?」風香がいる手前、俊一は真帆の名前を口にすることを避けた。俊一の言葉に、浩一郎の表情が一瞬だけ揺らいだ。だがすぐに何かを察したように目を細め、ゆっくり立ち上がった。「風香さん、少しここで待っていてくれ」そう言うと、俊一を連れて書斎へ向かった。俊一が差し出した資料を読んでいくうちに、浩一郎の表情は次第に険しくなっていく。やがて封筒と写真を机へ置き、顔を上げて俊一を見た。「……これは、どこで手に入れた?」「偶然手に入れました」俊一は答えを濁した。人を雇い、一雄と真帆をずっと探らせていたなど言えるはずがない。「偶然?」浩一郎はそんな言い訳を信じなかった。「俊一。首を突っ込むべきでないことには関わるな。火の粉をかぶることになるぞ」その鋭い視線を受け、俊一は小さく俯き、その場で黙り込んだ。一方、書斎の外では。中から物音が途絶えたのを確認すると、風香はそっとリビングへ戻った。ついに浩一郎様も、真帆さんが戻ってきたことを知ってしまった……こ
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