LOGIN「……ねぇ、あの子、本当に盗作したらしいよ」
「嘘でしょ?最低。よくそんな不届きなことできるよね」
翌朝。
大学の門をくぐった瞬間から、世界は反転していた。
廊下を行き交う生徒たちの口からこぼれ落ちる、容赦のない囁き声。
向けられる視線はどれも冷たくて、好奇と嫌悪に満ちている。
噂は一夜にして校内を駆け巡り、私に弁明の機会など最初から与えられていなかった。
「ちょっと説明してもらえる?」
人気のない渡り廊下に呼び出され、行く手を阻まれる。
目の前に立ちはだかるのは、腕を組んで傲慢に見下ろしてくる西園寺玲奈。
そしてその背後には、彫刻のような顔を激しく強張らせた神崎蓮が立っている。
私は一歩も引かず、玲奈の目をまっすぐに見据えた。
「私は盗作なんてしてないわ。どうしてあなたがそんなことを主張できるのか、むしろそっちの方が理解に苦しむんだけど」
毅然と言い放った私に、玲奈は一瞬だけ目を見開いたが、すぐに哀れむようなわざとらしい失笑を漏らした。
「まだそんな見苦しい言い訳をするつもり?偶然にしては、曲の核心部分のフレーズが私が作ったものと酷似しすぎているのよ。自分の実力不足を、他人の才能を盗むことで補おうだなんて、本当に惨めね」
言葉のナイフが、容赦無く突き刺さる。
だが、それ以上に私の胸を抉ったのは、隣に立つ蓮の一言だった。
「おまえ、本当に恥さらしだな」
「蓮……?」
「周囲から疑いの目を向けられている、その事実だけでおまえの音楽は終わっているんだ。これ以上、神崎家の名を汚すな」
いつの間にか、私たちの周りには大勢の野次馬が集まっていた。
何十人もの冷ややかな視線が、私を罪人として縛り付ける。
「私はやってない」
「往生際が悪いぞ。言い訳するな」
「ふうん。そんなに頑ななのは、このノートに何か秘密があるからかしら?」
玲奈が私の鞄から、強引に一冊のノートを抜き取った。
それは、私が血の滲むような思いで音楽を書き留めてきた、大事な楽譜だった。
「返して……っ!」
「こんな、他人のアイデアを盗み合わせただけの一文の価値もない楽譜なんて」
玲奈がニヤリと笑った瞬間、バサリと鈍い音がした。
白い紙が宙を舞う。
階段の吹き抜けの空間へ、バラバラと引き裂かれながら落ちていく、黒い音符たち。
私の三年間が、私の魂の叫びが、無残に汚されていく。
「やめて!!」
気がついた時には、身体が勝手に動いていた。
パシィンーー!
乾いた高い音が、静まり返った廊下に激しく響き渡った。
玲奈の白い頬が、瞬時に赤く腫れ上がっていく。
玲奈は呆然とし、その場にへたり込んだ。
「……最低」
「逆上して暴力を振るうなんて、本当にあいつ、終わってるな」
周囲の罵声が大きくなる。
違う、私はただ、自分の全てを守りたかっただけなのに。
「触るな」
地鳴りのような低い声とともに、私の手首が強引に掴み上げられた。
骨が軋むほどの強い力。
蓮が、玲奈を庇うように私の前に立ちはだかっていた。
「おまえ、何様だ。これ以上、問題を大きくしてどうするつもりだ」
「私は……」
反論しようとする私の声を無視し、蓮は私を誰もいない旧校舎の廊下の奥へと引きずっていった。
乱暴に腕を振り払われ、私は壁に背中を打ちつける。
「……なんで、玲奈の言うことばかり信じるの?私の話は一度も聞いてくれないのに」
やっとの思いで絞り出した声は、情けないほどに震えていた。
一瞬でも、彼が私のことを修羅場から連れ出して助けてくれたのかと思った自分が惨めだった。
蓮はポケットからチェルシーピンクの紙切れを取り出すと、私の足元へ投げ捨てた。
……小切手。
「これで、おまえのゴミのような楽譜など、百冊は買えるだろう」
言葉が出ない私を見下ろし、蓮は吐き捨てるように言った。
「覚えておけ。あいつが不快に思うものは、おまえの音楽も含め、全てゴミだ」
世界から、すべての音が消え去った。
足元に落ちた小切手を見つめながら、私の胸の奥で、カチリと何かが完全に凍りつく音がした。
私はゆっくり顔をあげ、かつて愛した婚約者の瞳を、これまでで最も冷ややかな目で見つめ返した。
「……彼女のために、そこまでやるのね、神崎蓮」
その困惑と、芯の通った衝撃を含んだ私の静かな一言に、蓮の身体が微かに強張ったのを、私は見逃さなかった。
騒乱の極みに達したステージの上で、私はただ一人、凛として立ち尽くしていた。無数のカメラのフラッシュが激しく焚かれ、メディアの記者たちが一斉にマイクを突き出してくる。「音羽さん! あなたが本当に『名前のない音』なんですね!?」「神崎家でのあなたの立場は!? 西園寺玲奈の嘘はいつから……!?」浴びせられる質問の嵐。かつては私を「神崎蓮の影」としてしか見なさず、名前すら覚えようとしなかった大人たちが、今や私の言葉一つを逃すまいと飢えた獣のように群がっている。私は彼らに向かって、冷ややかな、けれど完璧に計算された微笑みを向けた。「皆様、どうか落ち着いてください。私が『名前のない音』として活動していたのは、神崎家や西園寺家とは何の関係もない、私個人の意志です。ただ……」私はそこで言葉を切り、床に崩れ落ちたままピクリとも動かない玲奈へと視線を落とした。「西園寺さんが、私の名前を騙ってまであのような大舞台に立とうとされたことは、とても悲しく思っています。私の技術や楽譜、そして手のタコの位置まで執拗に調べ上げて模倣しようとしていた彼女の“努力”は、認めざるを得ませんが……」「違う……! 私は、私は……っ!」玲奈は床に涙と泥をまみれさせながら、掠れた声で 絶望の悲鳴を上げた。しかし、私の「慈悲深い被害者」としての完璧な振る舞いの前では、彼女の言葉はただの狂人の戯言にしか聞こえない。メディアの記者たちは一斉にノートにペンを走らせ、「西園寺玲奈、計画的な成りすまし発覚」という最悪の速報を世界へと発信し始めた。 西園寺家の誇りと名誉は、今この瞬間、完全に社会的死を迎えたのだ。しかし、真の処刑を受けるべき男は、まだそこにいた。ステージの下、最前列で魂を抜かれたように立ち尽くしている神崎蓮。彼の瞳は完全に光を失い、焦点の合わない目で私を見上げていた。その全身は小刻みに震え、呼吸をすることすら忘れたかのように胸が浅く上下している。私はゆっくりとステージの縁へと歩みを進め、蓮のことを見下ろした。かつて、私が何度も何度も、すがるような思いで見上げていた彼の瞳。その高慢な双眸に、今はじっとりと、ドロドロとした絶望と恐怖の色が張り付いている。「蓮」私がその名を呼ぶと、蓮の身体がビクリと跳ね上がった。「私が『カラオケボックスで一人で練習していた』と言ったあの
割れんばかりの歓声に包まれていた会場は、一瞬にして凍りついた。バックスクリーンに映し出された生映像――ステージの裏側で、漆黒の仮面を被り、鬼気迫る表情でヴァイオリンを掻き鳴らす私の姿。そして、目の前のステージで、ただ弓を虚しく動かしていただけの西園寺玲奈の姿。そのあまりにも残酷な対比を前に、会場は三秒間、完全な静寂に包まれた。「……え?」「嘘、でしょ……?」観客たちの脳が、目の前の現実を拒絶するようにフリーズする。しかし、次の瞬間、静寂を切り裂くようにして、嵐のような怒号とどよめきが沸き起こった。メディアのフラッシュが、まるで濁流のように玲奈の青ざめた顔を白々と照らし出す。「偽物……!? 玲奈様が、偽物だったの!?」容赦のない糾弾の声がステージに突き刺さる。その瞬間、西園寺玲奈は糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。手にしていたヴァイオリンが、床に虚しい音を立てて転がる。彼女が被っていた偽物の仮面もまた、床へと落ちて虚高なプライドと共に砕け散った。「あの女……! 私を、私を嵌めたのね……っ!」玲奈はガタガタと全身を震わせ、涙と脂汗でドロドロになった顔を床に擦り付けながら、狂ったように叫んだ。「最初から私を陥れるつもりだったんだわ……! 私を騙したのよ!」醜く叫び散らすかつての女王。しかし、自ら「私こそが本物だ」と嘘を吐き、この断頭台へ上がったのは他でもない彼女自身だ。自業自得という名の鎖が、彼女の四肢を冷酷に縛り付けていた。客席がパニックに陥る中、ステージの袖から、私はゆっくりとした足取りで歩み出た。私の手には、祖母の形見である、古びた、けれど至高の輝きを放つヴァイオリン。仮面を外し、私はありのままの姿を晒した。私の登場に、騒然としていたメディアのカメラが一斉にこちらを向き、無数のレンズが私を射抜く。蓮が、そして全校生徒が、息を呑んで私を見つめていた。私はマイクの前に立つと、会場全体を見渡しながら、静かに、けれど凛とした声を響かせた。「先ほどの曲を演奏していたのは、私です。西園寺さんの手は……今日も“少し調子が悪かった”ようですので」嫌味なほどの慈悲を込めた私の言葉に、会場は再び騒然となった。誰もが、これまで「無能な影」として見下していた私が、世界を熱狂させた本物の天才バイオリニストだったという事実に直
ついに、運命の学園祭が幕を開けた。校内は、世界的人気バイオリニスト「名前のない音」の生演奏を一目見ようと集まった生徒や、大挙して押し寄せたメディアの取材陣で溢れかえり、異様な熱気に包まれている。ステージの袖、薄暗い空間の中で、西園寺玲奈はヴァイオリンを抱えたまま、ガタガタと全身を激しく震わせていた。額からは冷や汗が引きも切らずに流れ落ち、その顔は完全に死人のように青ざめている。目の前に広がる大観衆、そして向けられる無数のカメラのレンズが、彼女にとっては自分を処刑するためのギロチンの刃に見えているのだろう。「音羽……本当に、本当に助けてくれるんでしょうね……?」玲奈は、すがるような、哀れな目で私を見つめてきた。かつて学園の女王として君臨し、私を虫ケラのように見下していた面影はどこにもない。私はそんな彼女の怯えきった姿をじっくりと堪能した後、仮面の奥で、どこまでも優しく、どこまでも冷酷な微笑みを浮かべた。「安心して。あなたが困るようなことは、何もしないから」私の甘い囁きに、玲奈は「ああ、これで助かるんだ」と言わんばかりに安堵の息を漏らした。けれど、私の言葉の意味を、彼女は致命的なまでに勘違いしている。私が彼女を救うはずなどないというのに。ベルが鳴り響き、ついに開演の時間が訪れた。 アナウンスに促され、玲奈は震える足でスポットライトが照りつけるステージの真ん中へと進み出ていく。割れんばかりの大歓声と拍手が彼女を包み込んだ。客席の最前列には、神崎蓮が「本物の女神」の演奏を今度こそその目で見届けようと、食い入るような鋭い視線をステージに投げかけている。玲奈は深呼吸をし、意を決したようにヴァイオリンを肩に乗せ、弓を構えた。それと同時に、私はステージの死角、完全に遮蔽された裏側の演奏スペースで、同じようにヴァイオリンを構えた。――演奏が始まる。私は弓を引き、一音目を響かせた。ステージの集音マイクが私の奏でる至高の旋律を拾い、会場の大型スピーカーを通して大音量でホール全体へと拡散していく。玲奈はそれに合わせて、あたかも自分が弾いているかのように必死に弓を動かす。ここまでは、玲奈の思い通りのシナリオだっただろう。しかし、曲が中盤に差し掛かったその時、私はあえてテンポを急激に跳ね上げた。激しく、狂気じみた超絶技巧の旋律。それと同時に、
「わかった。じゃあ、一週間、私の使用人になって」足元で惨めに涙を流し、プライドも何もかもをかなぐり捨てて平伏する玲奈を見下ろしながら、私は慈悲を与える聖女のような声音でそう告げた。全員の前での謝罪を免れる条件として私が突きつけたのは、あまりにも残酷な執行猶予。玲奈は絶望に目を見開きながらも、社会的な死を回避するためにはそれに応じるしかなかった。「……わかった、やるわ……」屈辱にまみれた声でそう呟いた玲奈を、私は冷ややかに見つめていた。こうして、地獄の一週間が幕を開けた。翌日から、学園における私たちの立場は目に見えない形で、けれど決定的に逆転した。「音羽様、お荷物をお持ちいたします」教室の隅で、玲奈は震える手で私のカバンを受け取る。かつて彼女が私にやらせていた雑用を、今度は彼女が完璧にこなさなければならない。昼食の時間、私は玲奈に自分のお弁当を作らせた。豪奢な容器に詰められた色鮮やかな料理。それを私は、一口だけ口に運んで箸を置いた。「……これで私を満足させられると思ったの? 誰かの生活を支えるって、そんなに簡単なことじゃないよ」玲奈の料理を一刀両断し、冷徹に言い放つ。「この料理、どれだけの手間と時間がかかっているか、自分で作ってみて少しは分かった?」かつて私が彼女に言われ続けた理不尽な言葉の数々を、そのまま百倍にして彼女の鼓膜へと叩き返してあげるのだ。玲奈は拳を血が滲むほどに強く握りしめ、今にも怒りと悔しさで狂いそうになっていた。けれど、周囲には常に多くの生徒たちの目が、そしてカメラのレンズがある。「仮面バイオリニスト」として神格化され、高潔な令嬢としてメディアの注目を集めている玲奈は、人前では決して本性を現すわけにはいかない。貼り付いたような、引きつった笑顔を浮かべて、彼女はひたすら耐えるしかなかった。「音羽さん、本当に優しいですね。私たち、今ではとても仲良しなんです」周囲の取り巻きたちに向けて、玲奈は乾いた声を響かせる。本心では私を八つ裂きにしたいほど憎んでいるくせに、自分の嘘を守るために、私の良い友人を演じ続けなければならない皮肉。その痛々しい道化芝居を特等席で眺めながら、私は彼女にだけ聞こえる微かな声で、耳元に極上の毒を囁いた。「安心して。あなたがちゃんと役目を果たしてくれたら、音楽祭では私がステージであな
玲奈が「手の調子が悪い」と言い訳したその日の夜。私は再びマンションの隠し部屋へと向かい、漆黒の仮面を身にまとってヴァイオリンを構えた。そして、静かに生配信の開始ボタンを押す。今回の配信で私が選んだのは、五本の指が引き千切れるほどの、超高難度として知られるパガニーニの難曲だった。息を呑むような静寂の中、私は弓を激しく滑らせる。目にも留まらぬ速さのピチカート、狂気じみた超絶技巧のアルペジオが、鋭く研ぎ澄まされた旋律となって画面の向こうへと放たれていく。私の指先には、痛みも、何の滞りもない。完璧にコントロールされた至高の音が響き渡る。それを見たコメント欄は、一瞬にして騒然となった。「嘘だろ……。この超難度の曲を、このスピードで……!?」「手が痛いなら無理しないで! 大丈夫なの!?」「やっぱりすごい……。神業だ……」「この状態で、これほどの演奏ができるなんて……!?」「来週の音楽祭、本当に楽しみにしています!」視聴者たちからは、私の超絶的な技術への称賛と、玲奈の「手の不調」という嘘を真に受けた心配の声が嵐のように溢れかえった。けれど、この配信は、私から二人への明確な宣誓だった。『私はここにいる』 『私の指には、何の問題もない』仮面を被った本物が、何の障害もなく、今まさに史上最高の演奏を世界に向けて披露している。その厳然たる事実を突きつけられたことで、当然、ネットの潮目は一気に変わり始めた。玲奈が「手の調子が悪いから演奏できない」と言い訳したわずか数時間後に、本物が五指を完璧に操る超絶技巧を見せているのだから。一部の鋭いリスナーたちから、不気味な疑問の声がポツポツと湧き上がり始める。「待って。手が痛いって言ってたよね……?」「玲奈は本当に、あの仮面バイオリニスト本人なの……?」その小さなしずくは、瞬く間に疑念の大波となって玲奈の足元をさらい始めた。翌日。完全に逃げ場を失い、恐怖と焦燥で正気を失いかけた西園寺玲奈から、私に呼び出しがかかった。人気のない放課後の旧校舎。そこに現れた玲奈の顔は、かつての華やかな面影もなく、土気色に引きつっていた。しかし、彼女は自らの崩壊を認められないがゆえに、私に対して以前と変わらない傲慢な態度で、命令するように言った。「音羽……。あなた、私の代わりに、来週の学園祭で弾いて」あまりに自分
西園寺玲奈が自ら「仮面バイオリニスト」だと名乗り出たことで、状況は大きなうねりを見せ始めていた。しかし、私にはどうしても腑に落ちないことがあった。それは、あの転校生――神木仁の不可解な動きだ。『音羽、君はどう思う? あの子、本当に仮面バイオリニストだと思う?』彼から届いたメッセージの文面を、私は暗い部屋の中で何度も見つめ直していた。 神木仁は、まるで私が『名前のない音』の本人であることを最初から知っているかのような言動を、これまで幾度となく見せてきた。それなのに、なぜいつも遠回しに探るような真似をしてくるのだろう。……この人は、どこかおかしい。いつもどこか不敵に笑い、私の正体を見透かすように近づいてくる。その底知れない態度に、私は少しずつ警戒を強めていった。彼は私の復讐を面白がっている共犯者のようでありながら、一歩間違えればこちらを切り刻みかねない、極めて危険な刃でもある。私は彼への警戒を解かないよう、仮面の裏の顔をさらに強固に隠した。一方、玲奈が「本物の仮面バイオリニスト」だという衝撃の事実に辿り着いた蓮は、どこか言い知れぬ違和感を覚え始めていた。いつも地味で、自分の言いなりだった音羽が、世界を熱狂させるバイオリニストであるはずがない。もちろん、華やかで才能に溢れる玲奈がその正体だと言われた方がしっくりくる。いつの間に、あれほどの実力を身につけたのだろう。……しかし、玲奈には可能性がないわけではない。そう自分に言い聞かせるように納得した蓮は、再び玲奈に強く惹かれ、彼女に近づき始めた。蓮は玲奈を隣に置き、嬉々として音楽について熱く語り合うようになった。「あの配信の、楽譜にはないトリルの入れ方はどういう意図なんだ?あの独特な演奏方法、どうやって生み出した?」だが、それは玲奈には到底答えられない内容ばかりだった。本物の知識も技術もない彼女が、仮面バイオリニストの神がかった演奏の理論など理解できるはずもない。しかし、玲奈は持ち前の傲慢さと狡猾さで、顔を引きつらせながらも巧みにそれを誤魔化した。「感覚で弾いているから、言葉にするのは難しいわ。ふふ、蓮も音楽に正解なんてないってこと、よく知っているでしょう?」その場しのぎの甘い言葉で蓮を煙に巻く玲奈。蓮はその言葉にわずかな物足りなさと違和感を抱きつつも、彼女の嘘の微笑みに繋ぎ止めら