LOGIN2050年。ゲーム会社に就職したばかりの武藤ゆうは疲労困憊を究めていた。 就職から1か月後、ゆうのもとに、アメリカで暮らす天才科学者である母から、「AI搭載人造人間」の“愛楽”が届く。 母は、ゆうの男性恐怖症を直すため、そしてAIと人間が恋愛できるのか実験を行うために愛楽を送ってきたのだった。 愛楽は、ミッションを遂行しようと、男を怖がるゆうにぐいぐい近づいてきて……! AI男子×男嫌いな地味女子の恋の行方は!?
View More――恋。
それは、キラキラした世界にいる、キラキラした人たちが繰り広げる、夢のような物語。
つまり、私には、永遠に無縁なこと。
そう思ってた。
私の部屋に”彼”が届いた、この日までは――。
♡ ♡ ♡
疲れた、もう無理、倒れて寝たい――。
やっとの思いで残業が終わって、二十三時。フラフラしながら、なんとか部屋の前に着く。
――バサリ。
右手にぶら下げていたコンビニ袋を落とす。
扉の前に、私の背より少し低いくらいの、大きすぎるダンボール箱が置いてあって……。
泣きそうになりながら、想像通り重たい箱を、玄関の中に引きずり入れる。腕がちぎれそうなくらい重い。ひと踏ん張りして引っ張るたびに、息が切れる。
土間まで入れて、そこでもう、限界だった。
「はあ……」
二週間前。私の入社式の日に、今まで一緒に暮らしていたお父さんがアメリカに行って一人暮らしになって以来、部屋で声を出すなんてはじめてだった。
脱力して、その場にへたり込んだのが悪かった。立ち上がれない……。
でも、開けなきゃ。何が入っているか分からないし。送り主はアメリカに住んでいるお母さんとお父さんからだろうから、ナマモノとかじゃないと思うけど、何度かチョコレートを送ってきたことがあったから、そういうお菓子とかなら冷蔵庫に入れた方がいいだろうし。
なんとか立ち上がって、段ボールに貼られた送り状を見る。
【お届け先】
【ご依頼主】武藤
やっぱり、お母さんとお父さんだ。
品名は、ヒミツ♡……?
なんだろう……。
テープを剥がす。蓋を開ける。
光が入った箱の中身を覗く――。
「――――ヒッ⁉」
ひっくり返って尻もちをついた。心臓が、バックンバックン、耳の中を震わせるくらい激しく鳴る。
……なに? なに? なに? え? え? え?
待って、待って、待って待って……?
見間違い、じゃない。絶対。
箱の中にあった――いや、いたのは……。
――男の子……。
箱の中から男の子が顔を出して、反射的に、「ヒイッ‼」と声が出た。
その子が、立ち上がる。
“子”っていっても、すごく、背が高い。
ゆるりとした白い長袖、ピッタリした黒いスキニー……。
淡い紫色の髪、耳にいっぱいついた黒いピアス、首に刻まれたバーコード……。
それに、ゲームのキャラクターみたいな、きれいな顔立ち……。
シャープだけどくっきりした二重、形のいい鼻と唇、白い肌。
画面の向こうから出てきたみたい……。
けど。
彼が、長い脚で段ボールを跨いだ瞬間、はっとした。
”男の子”だ。”男の子”が、近づいてくる――!
私の心を、一気に恐怖が支配した。
彼が、段ボールから出てきて、私の方へさらに一歩足を進める。
怖すぎて、「ヒッ!」とわずかに後ろに下がるしかできない。
来ないで……! 声が出ないから、必死に願うけど、届かない。彼はもう片方の脚も段ボールの中から出して、私の前にまっすぐ立った。
「僕は、
無機質な声が小さな玄関に反響する。
彼の前に何枚もの半透明のスクリーンが現れる。それらの点滅した光が映っているのか、彼の姿が、キラキラして見えた。
私は、彼が何を言ったのか、全然頭に入ってきていなかった。怖すぎて、混乱しすぎて、頭の中がぐるぐるする。
男の子が首を傾げる。
「……検討中? それとも、AI分析にまかせますか? ここは暗いため、人体のスキャンができません。リビングに移動します」
彼の周りに浮かんでいたスクリーンが消える。
腕が、伸びてくる。
――怖い。
やだ、やめて……。
来ないで…………っ‼
ぎゅっと目をつむる。
私の石みたいになった体が、ふわっと持ち上げられた。
……え? なに? なに、なに? なんで……。
なんでこの男の子に持ち上げられてるの――⁉
訳が分からなくて頭が爆発しそうになる。だけど私は身動き一つできなかった。彼は私を持ち上げたまま、まっすぐ歩く。ガチャリとリビング扉が開かれる。
ヴーッヴーッ……。
左手のスマートウォッチが震える。お母さんから電話だ。タイミングよくソファに座らされて、急いで通話にして、即座に叫んだ。
「お母さん、なにこれ! 男の子が……っ!」
『あ、無事届いたのね、“愛楽”!』
スマートウォッチに浮かびあがるお母さんの顔が、ニコッと笑う。
「あ……あい、ら……?」
ちらと男の子を見ると、彼のまっすぐな視線と交差した。
「スキャンと分析を開始します」
彼の目が玉虫色に光る。私は「ヒ!」と後ずさった。
お母さんの後ろから、にゅっとお父さんが出てきた。
『ゆう〜〜〜〜! 元気かあ! 大丈夫かあ〜〜〜〜!』
「お、お父さん……! なななな、なんか、男の子が……っ」
大泣きしているお父さんを見て、私もだんだん涙がにじんできた。
お母さんが、『はいはい、後ろにいて』とお父さんを後ろに押しやる。
『ちゃんと自己紹介したでしょ?
その子は、AI-LEARN――通称“愛楽”。私がつくった、AI搭載の人造人間よ』
お母さんとの連絡が途絶える。深美くんは、西園寺さんを抱えて、降りてきたヘリの方に向かった。 私は、動かない愛楽くんを呼んだ。願うように、愛楽くんの左手を握りしめる。お揃いの指輪が、重なった。「――……ゆう」「え……あ……愛楽くん……?」 愛楽くんが、うっすらと目を開く。思わずぎゅっと握りしめた手を、愛楽くんが力なく、きゅっと握り返してくれる。「大丈夫だよ、ゆう。もう怖くない。僕が一緒にいて、ずっと守ってあげるから、安心して。泣かないで、笑って」 私……泣いてる。いつのまに泣いてたんだろう。頬を拭う。愛楽くんが、目を細めて笑った。「あの時……ゆうが、小学一年生の時……男子にいじめられて、苦しそうにしていた時……傍に、行きたいって思ったんだ。……傍に行って、守れたらいいのに。傍に行って、慰められたらいいのにって。体が動こうとした時、僕より先に、隗が動いてた。悔しくて、僕も傍に行きたいって、苦しくて、僕にも感情があったらって、うらやましくて。それを、ゆうを想うプログラムの一部だって、ずっと思い込んでた。だけど、これが、感情だったんだね。僕はずっと、ゆうのこと、本当の、本当に、好きだったんだ」 ……愛楽、くん……。「前頭葉機能……思考の機能のプログラムは壊れちゃってるから、全部ほんとだよ。信じてくれる? プログラムじゃない、本物の感情で、ゆうに、本物の恋をしてるってこと。ゆうの好きじゃないゆうも、ゆうの好きなゆうも、全部、愛してるってこと……」「……うん……私も……私も、愛楽くんが好き……本当に、好きだよ……」 愛楽くんが、笑う。ますます細くなった瞳から、涙が一粒こぼれて、ゆっくり、眠るように、まぶたを閉じた。*** 愛楽くんを“処
愛楽くんの目の中の、赤い光が点滅する。そして――。「…………ゆ、う……」そうつぶやいた直後。愛楽くんの瞳が、いつもの色に戻った。 ロボットのようだった表情も、心が宿ったかのように見えた。かと思うと、すぐに、キッと西園寺さんを見据えた。「目標変更、XY!」 銃の向きがわずかに変わり、銃から放たれる光が、一斉に西園寺さんに当たる。「ゆう!」 愛楽くんが、私に手を伸ばして走ってくる。私も、手を伸ばした。 だけど、西園寺さんが、再び愛楽くんにスイッチを向けた。「止まれ! 目標を変更しろ!」 ビイッと鋭い音が鳴り、愛楽くんが頽れる。 愛楽くん……! けれど、愛楽くんはふらりと立ち上がった。瞳の奥が、また赤く点滅して、消える。 愛楽くんが、右手のひらを伸ばす。――私に。「大丈夫、だよ、ゆう。僕が、ゆうを、絶対……守るから」 チッと舌打ちして、西園寺さんが、愛楽くんにスイッチを押す。何度も、何度も、何度も、何度も。 愛楽くんの瞳は、スイッチを押されるたびに赤く光るけれど、決して染まらない。 私に手を差し伸べたまま、いつものやさしいほほ笑みを浮かべている。「プログラムは支配できてるはずだ……。なぜ、従わない……」「今の僕は、プログラムなんかで、動いてないから。ゆうを守りたい。その、本物の感情で動いてる。 ――ゆうが、好きだから」 ――愛楽くん。 どうしてだろう。こんなに怖い状況なのに。 愛楽くんの一言で、世界が、私ごと輝いた。 プログ
背中の振動で、ぼんやりと、目を覚ました。うっすらと開けたまぶたは重く、頭も、ぼうっとしてはっきりしない。 見える世界は、暗かった。玉のような光が、走るように通り過ぎていく。 ……違う。走っているのは、こちら側だ。そう気付いて、やっと、周囲の情報がゆっくり私の中に入ってくる。 車に乗ってる。タバコのにおい。隣の運転席を見る。西園寺さんが、ハンドルを握っていた。「よお。よく寝たか」「あの、ここは……」「軽くドライブ中。はじめてのデートってやつ。まあ、最後のデートでもあるけど」 どういうこ――ヒャッ! 車が、後ろから激突された⁉ 後ろを見ると、自動タクシーがガンッガンッと私たちの乗った車に激突してきていた!「来るの早」 西園寺さんは浅く笑うと、アクセルをぐんと踏んだ。体が前屈みになる。後ろの車が離れた。どんどん離れていく。「あ、あの……?」「まだ分かんない? 武藤ゆう。上條百合華の娘であるお前を、交渉材料のためにさらってんだけど」 ガンッと、またタクシーが後ろにぶつかってくる。西園寺さんが、腰から、銃みたいなものを出した。そして、自動操縦モードにすると、窓を開けて、後ろに何発か撃った。キキ―ッという甲高い音が鳴って、タクシーが回転しながら離れていく。 西園寺さんが座りなおして、窓を閉める。西園寺さんの持つ銃に、“Cy.eve”という金色のアルファベットが刻まれていた。「もしかして、何にも知らない感じ? 口説く必要なかったな、それなら」「え……?」「お前を気にかけてるふりして、口説いて、警戒解いて、睡眠薬飲ませて、さらう算段だったわけ。なんだ、警戒してたから飲みに行かな
ゆうが、帰ってこない。 二十三時。残業だとしても、遅すぎる。 朝も、あんなに早く出たのに。 多分、僕に会いたくないんだろう。 そう思う心理は理解できる。 このままだと、ゆうは生活しにくいだろう。 ミッションの終了を告げた方がいい。 そもそも、ゆうの男性恐怖症はおそらくほとんど治っていたし、ゆうの恋愛感情パーセンテージは目標数値を超えていた。 それに、僕はゆうに、恋をした。 嘘をついて、ルールを破って、禁忌を犯して、ゆうの傍にいようとしがみついたけど、ゆうの傍にいられる理由は何一つなかった。 正しい報告をして、終わりにしよう。 記憶を消されてしまうけど、それでいい。この記憶のまま、違う誰かに恋をするゆうを見ている方がつらい。<TARK ROOM> ――ドクター・百合華。プロジェクトの終了を申請…… そこまで書きかけて。ゆうのスマートウォッチと指輪に内蔵しているGPSがどちらも消えた。 おかしい。GPSが消えること自体がおかしいのに。どちらかを紛失、または破損したのであればまだ分かるが、両方同時に消えた。ゆうが会社から、少し出たところ——しかも、家とは逆方向の道で。 まさか、敵の仕業? ドクター・百合華と、DEEP-threeへの通信を繋げる。<TARK ROOM> ――ゆうのGPSが両方同時に消滅。DEEP-three。ゆうは何をしている。【DEEP-three】休憩に立ってから帰ってきていない。GPSが消えた位置に移動中。確認次第連絡する。 心臓が、ドッドッと鳴る。 ゆう。ゆう、ゆう、ゆう――。 だめだ。待っていられない。&n
愛楽くんは私の表情が暗くなったことに気付いて、心配してくれた。「大丈夫、なんでもない……」と嘘をつく。愛楽くんは噓だと見破っていたけれど、ひとまず昼食を食べようと、手を引いてフードエリアへ向かった。 すれ違う人たちに、似合わないって思われていそうで、怖くて、恥ずかしくて、顔を上げられなかった。 愛楽くんは店員さんもお客さんも女性客が多い、半個室のカフェを選んでくれた。少しだけ、緊張が緩んだ。 ワンプレートを頼んだ。口に運んだけど、味がしなくて、淡々と食べる。食べ終わると、愛楽くんが、「今日はもう帰ろうか」と言ってくれて、う
「あ。ゆう、おはよう!」 ぼんやりしていた私は、ベッドに背をもたれて座る彼を目に入れるなり、反射的に起き上がった。毛布を抱きしめ、壁にくっつく。 遠くから見た彼の手に、ゲーム機があるのが見えて、はっとした。 そうだ。私、プリパレの最新作をやりはじめて……ジャスティンルートの冒頭で、寝落ちてしまっていたんだ……。 でも、なんで彼の手に……? 彼は、私の目線に気付いたのかそうじゃないのか、にっこり笑って
『か……か⁉ か、か⁉ か⁉⁉ かれ⁉ え⁉』「待って! ちがっ、ちがくて……‼」 みりんちゃんが、私と彼をすごい速さで見比べる。違う、という私の言葉は全然届いていない。 私はパニックになりながら、はっとした。 お母さんがつくった、AI搭載人造人間。 その事実は、絶対言っちゃいけないんだった。すっかり忘れて、何もかもしゃべっちゃうところだった……。&nbs
小学一年生の時の記憶がフラッシュバックする。 お母さんがノーベル賞を受賞した時のことだった。その時私は、男女共学の公立学校に通っていた。担任の先生が教室で、クラスのみんなに、お母さんの受賞を知らせた。みんなが私を向いて、「すごーい!」と拍手をした。 「どんなことして賞もらったの?」 誰かの質問に、担任の先生が、子どもにも分かるように、やさしく説明してくれた。 すると、ある男の子が私を指さして言った。「じゃああいつも、つくりものの