スターの冷たいプロポーズ〜今さら愛してると言われても……

スターの冷たいプロポーズ〜今さら愛してると言われても……

last updateLast Updated : 2026-07-20
By:  桜立風Updated just now
Language: Japanese
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かつて裕福な家の令嬢だった香坂花 26 は、すべてを失ったある日、断れない見合いをすることになる。 相手は恐ろしいほどのオーラを放つ、色気ある男性、鈴里大雅 30 。 世界を股にかける大スターなのに、花に婚姻届を突き出し、その日のうちに身も心も奪い、2人は夫婦になった。 やがて大雅の住む家に引っ越した花。 そこで信じられないものを見つけ、大スターが自分のような一般人(しかも相当貧乏)と結婚した本当の理由を理解する。 誤解と、実は悲しい真実を隠し、妻となり家族になってゆく花を溺愛するようになる大雅だが、隠された秘密を知った花は。 大スターと苦労を知りすぎた落ちこぼれ令嬢の、時に笑い、時に泣く、訳ありすぎる恋愛物語。

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Chapter 1

1.親友からの頼み事

「……お見合い?」

「そう!悪い話じゃないわよ?相手が誰か知ったら、さすがの花も驚いて腰を抜かしちゃうんだから!」

三日月の綺麗な夜だった。

私、香坂花の友人、天野瑠璃が、突然見合い話を持ってきたのは……

「そんなすごい人なら瑠璃がお見合いすればいいのに」

「それがダメなのよ!……私はほら、遊びすぎてるから、父親が紹介できないって!」

あははっと明るく笑う瑠璃。……確かに彼女は遊び人だ。

裕福で格式高い家のお嬢さまなのに、奔放に遊びまくっている。

「それにね、この話は花に来てるのよ。人づてに頼まれたって、お父さんが……」

「私がその話を受けると、瑠璃やおじさんたちにいいことある?」

「あ……そりゃあまぁ、ね」

瑠璃のことだ。

いくら父親からの話だとしても、それが私にとって不利益なのだとしたら、こんな風に話して聞かせない。

「いいよ。そのお見合い、受けるよ」

「花……!」

瑠璃の表情がパッと明るくなった。……きっと、おじさんに強く勧めるよう言われているのだろう。

「相手が誰か教えてもらったんだけど、それは絶対に言うなって口止めされてるの。でも、会うだけでも価値のある人だから!」

お見合いの日にちと待ち合わせの場所をメモに残し、瑠璃は青い目を花に向けて手を握る。

「嫌だったら断っていいから。父親に言われているのは、とりあえず花をお見合いに向かわせることなの」

「うん、わかった。必ず行くよ。……でも」

「でも、なに……?」

心配そうに顔を近づけてくるので、その分上半身をのけぞらせた。

「青い目、怖いよ?」

「えっ?!こんなのただのカラコンだよ?」

瑠璃はめいいっぱい目を見開いて、コンタクトを取って見せてくれた。

「目も悪くないのにそんなものつけて……体に悪いからやめなよ」

「いや!カラコン外したら、恥ずかしくて誰にも会えない……」

地団駄を2回踏んで、瑠璃は花の部屋を出ていく。

なんでも、クラブに友達を置いてきたというが……どんなクラブ活動をするところなんだろう。

「階段から落ちないでね!」

踵だけでなく、全体に底が厚すぎる不自然な靴を履いているからヒヤヒヤする。

見送って部屋に戻り、メモを見て……花はベランダとは名ばかりの物干し場に出る。

「あぁ……本当に今日は綺麗なお月さまだなぁ」

やがて、瑠璃に頼まれたお見合いの日がやって来た。

お見合いというのは土日など、休日に行う事が多いと聞いたことがある。

だが今日は、ド平日。

「タイガーマクナカロンホテルの、1階ロビー……」

瑠璃が残したメモにもう一度目を通す。

職場である下町の小さな出版社は、同じ都心部ながら、ホテルのある華やかな地域まで地味に遠い。

「でも、行けばいいのよね。……時間もたっぷりありそうだし」

お見合いをすることは、一応結人にも知らせておいたほうがいいかな……

そう思ったところで、帰りに郵便受けを確認してくるのを忘れたことに気づいた。

履き古したサンダルを突っかけ、アパートの郵便受けに向かう。中を覗いてみれば、いつもの茶封筒が放り込まれていた。

部屋に戻って開封し、書き殴りの文字を指でなぞるように読んだ。

「一刻も早く携帯を持ってください……?」

弟の結人は大学2年生で海外留学中だ。向こうでの生活ぶりと、成績の推移などを書いた手紙をよく送ってくれる。

それにしても毎回同じことが書いてある箇所。つい、笑ってしまう。

「すぐに連絡が取れないと心配だし……?お金もそんなに送ってくれなくていいよ、って……」

海外にいるからこそ、心配でつい多めに送っている自覚はある。

「使わなかったら返してくれたらそれでいいって、何回も言ってるのに」

手紙を畳んで封筒に戻し、花は窓辺に寄って空を眺めた。

この空の向こうに結人がいる。

……そう信じることができれば、多分明日も大丈夫。

「……あの、今日はお先に失礼します」

退勤時間になり、花はおじさん社員とおばさんパートに頭を下げ、デスクを軽く片付ける。

「……ちょっと待ってよ花ちゃん〜」

デスクに足を乗せ、新聞を顔にかけて居眠りしていた人がタイミング悪く起きてしまった。

「社長、おはようございます」

「なにそれ嫌味〜?」

嫌味ではないが、朝からずっと同じ体勢で眠っていたようだから出た言葉だ。

「残業してよ。楽しい残業〜」

「今日は予定がありまして。すみません……明日は必ず」

たいして仕事なんてないのに帰したがらないこの人は、ここ、トウキビ出版の2代目社長、時日樹木也氏だ。

仕事を適当にやる事がカッコいいと勘違いしている、30代後半の独身。

瑠璃と約束したお見合いは絶対に行かなければ……花は社長の返事を待たずに古びたビルを出た。

その後は順調に目的地に到着することができた花。

「……なに、このホテル」

待ち合わせ場所であるタイガーマクナカロンホテルの正面に立って驚いた。外壁に、等身大と思われる男性の壁画が彫られていたから。

見たことない装飾……?に、思わず立ち止まる。

「誰なんだろう。もしかして創業者かしら」

スカートの裾をちょっと持ち上げて膝を曲げ、挨拶のマネごとをしてみた。

すっかり用はなくなった都心のラグジュアリーなシティホテル。最近は壁画を掘るのが流行っているのかもしれない……あまり素敵ではないけれど。

ひとつ大きく深呼吸をして歩き出す花。

両手をウエストのあたりで組み、背筋を伸ばしてエントランスに近づけば、ドアマンがやってきて開けてくれる。

「ありがとう」

微笑と共にお礼を言うのはあの頃と同じ。……違いはチップがないだけ。

改めて顔を上げ、目に飛び込んできた光景にまたも度肝を抜かれた。

ロビーを取り囲む大きな写真パネル。

1人の男性が、こちらを優しく見つめていたり、怒ったような表情をしていたり、背中で何かを語っていたり。

全方向を取り囲むそれは圧巻……

その写真パネルを、嬉しそうに撮影する女性たちでロビーは賑わっている。

「大雅サイコー!めっちゃカッコいい!」

あちこちから聞こえる「大雅」という名前。

ちょっと待って。

大雅って、誰なの?

このホテルは芸能人とコラボしている、ということ?

「……香坂花さん?」

後ろから声をかけられ、振り向いてみると……

写真パネルの男性が、にこやかに微笑んでこちらを見つめていた。

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1.親友からの頼み事
「……お見合い?」「そう!悪い話じゃないわよ?相手が誰か知ったら、さすがの花も驚いて腰を抜かしちゃうんだから!」三日月の綺麗な夜だった。私、香坂花の友人、天野瑠璃が、突然見合い話を持ってきたのは……「そんなすごい人なら瑠璃がお見合いすればいいのに」「それがダメなのよ!……私はほら、遊びすぎてるから、父親が紹介できないって!」あははっと明るく笑う瑠璃。……確かに彼女は遊び人だ。裕福で格式高い家のお嬢さまなのに、奔放に遊びまくっている。「それにね、この話は花に来てるのよ。人づてに頼まれたって、お父さんが……」「私がその話を受けると、瑠璃やおじさんたちにいいことある?」「あ……そりゃあまぁ、ね」瑠璃のことだ。いくら父親からの話だとしても、それが私にとって不利益なのだとしたら、こんな風に話して聞かせない。「いいよ。そのお見合い、受けるよ」「花……!」瑠璃の表情がパッと明るくなった。……きっと、おじさんに強く勧めるよう言われているのだろう。「相手が誰か教えてもらったんだけど、それは絶対に言うなって口止めされてるの。でも、会うだけでも価値のある人だから!」お見合いの日にちと待ち合わせの場所をメモに残し、瑠璃は青い目を花に向けて手を握る。「嫌だったら断っていいから。父親に言われているのは、とりあえず花をお見合いに向かわせることなの」「うん、わかった。必ず行くよ。……でも」「でも、なに……?」心配そうに顔を近づけてくるので、その分上半身をのけぞらせた。「青い目、怖いよ?」「えっ?!こんなのただのカラコンだよ?」瑠璃はめいいっぱい目を見開いて、コンタクトを取って見せてくれた。「目も悪くないのにそんなものつけて……体に悪いからやめなよ」「いや!カラコン外したら、恥ずかしくて誰にも会えない……」地団駄を2回踏んで、瑠璃は花の部屋を出ていく。なんでも、クラブに友達を置いてきたというが……どんなクラブ活動をするところなんだろう。「階段から落ちないでね!」踵だけでなく、全体に底が厚すぎる不自然な靴を履いているからヒヤヒヤする。見送って部屋に戻り、メモを見て……花はベランダとは名ばかりの物干し場に出る。「あぁ……本当に今日は綺麗なお月さまだなぁ」やがて、瑠璃に頼まれたお見合いの日がやって来た。お見合いというのは土日など、休日に
last updateLast Updated : 2026-07-07
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2.とんでもない人とのお見合い
「あれ?違うのかな……」「いえ、いかにも……香坂花、です」「だよね。良かった」パネル……いや男性が、大股で近寄ってきた。そして迷いなく肩に手を回し、人のいないほうへ連れて行こうとする。「あの、どちらへ……」「思いのほかファンがいたから。騒ぎになったら困るでしょ?」エレベーターに近づくと、どこにいたのかスタッフが出てきて扉を開ける。一緒に乗り込み、バネルを操作しようとして、男性に追い払われてしまった。体勢を立て直し、扉が閉まるまで深く頭を下げ、見送るスタッフ。2人になると、肩を抱いていた手を離し、携帯をいじり始める男性。素早い指の動きに思わず目がいく。「……見んな。マナー違反だぞ」「はぁ……」謝らないのが気に入らないのか、一瞬鋭い視線が飛んできた。それにしても、エレベーターはどこまで上がっていくのか……屋上にでも行くつもり?私はお見合いに来たのだけれど。そもそもお見合い相手というのはこの人で間違いないのかしら……携帯の操作に忙しそうで、声をかけにくいまま到着したのは最上階。エレベーターを降りると、ドアがひとつしかないフロア……しかも両開きの大きなドアだ。背中を押されるようにして中に入り、その広さに……懐かしさを感じた。昼間だから夜景はないけれど、それでも見応えのある眺望。夜はさぞ素晴らしいだろう。しばらくその場に佇み、席に案内されるのを待った。「好きなとこに座って」「……はい」それならば……と、一番の奥のソファセットに座らせてもらった。勝手に上座に座ったが、案内されたとしたら、座るのは多分その場所だ。背筋を伸ばし、足を軽く横に流してエレガントに座る花を、男性は腕組みをしながら見つめる。「……見た目よりお嬢さまなのかな?この部屋にも驚かないし」「いえ……多少ルールを知っているだけでして。失礼でしたら申し訳ありません」頭を下げる花の向かいに足を組んで座る男性。「さっきからすごく気になってるんだけど……」ジャケットの内ポケットからタバコを取り出し、1本くわえて火をつけた。「そのメガネ……ちゃんと見えてるの?」「あ、これは……」慌てて目元に手をやってメガネを外す。レンズにヒビが入っている事を言いたいのだろう。「……意外と見えるんです。キズがあるので視界に変な筋は入りますけど、生活も仕事もできますし、大丈夫です」
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3.結婚するからいいの?
抱きしめられた大雅の胸からは、規則的な心臓の音が聞こえる。それは一定のリズムを刻んで、とても正確……「あの、」大雅の胸に手を当て、少し押す。「胸の音は正確でした。心配いりません」「は?」「ドキドキしていなかったということです」近い距離だったので、何とも言えない顔で見下されたのは見えた。それがどんな意図を持っての表情なのかはわからないが。「……それを確かめさせたくて、抱き寄せたのでは?」「ドキドキしてなかったから、君に惹かれて抱き寄せたわけじゃないと見破ったって言いたいのか?」「いえ……」ただ、心臓の音に異常がないことを確かめてほしかったのかと思っただけだ。……それにしても、いつまでこんなに接近していなければならないのか。居心地の悪さを感じてさり気なく腕を解いて離れようとした。そんな花に気づいて、逃すまいと強まる腕の力。「あ、あの……」いい加減失礼ではないのか?私だって一応女性なのに、会ったばかりでこんなに触れてきて……「……まわりくどいことはやめよう」「まわりくどいとは……?」見上げた瞬間、何かが唇に触れた。メガネがなくてよく見えないが、それが大雅の唇で、そしてこれがキスだということはわかった。密着した唇は、強弱をつけて押し付けられ、意図もって官能的な気分にさせようとしていると感じた。「……ふっ、ハァッ、」舌先が唇をなぞり、そっと中に入ってきた。喋ろうともがく舌を絡め取り、体の力が抜けるのを待たれてる……目を閉じていてもわかった。大雅は薄目を開けて、私の反応を見ていると。角度を変え、だんだん強く激しくなるキスに、期待されている通りの反応をしそうになって……負けじと崩れ落ちそうな足を踏ん張った。きっと、彼の心臓は今も規則的に鼓動を奏でているだろう。だんだん、余裕がなくなっていく私とは裏腹に……「……やめてくださいっ!」ドンっと胸を押したタイミングが絶妙だったのか、思いのほか簡単に離れた大雅。それどころか押された勢いで、ソファに変な体勢で倒れている。「……いきなりなんですか?私はお見合いをしに来たんですけど?それとも何ですか?お見合いってのはこうやって、突然抱きつかれてキスをすることなんですか?……だとしたら私はお断りですっ!」バックを手に出口に向かいながらつい振り返ってしまったのは、突き飛ばしたせいで
last updateLast Updated : 2026-07-07
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4.逃げられない?!
「お、お見合いって、こんなに早く話がすすむものなんですかね?」「人によって、じゃない?」花を抱き起こし、椅子に座らせると、大雅はペンを渡してくる。……初めて見る婚姻届。そこに、印鑑を押す箇所があることに気づいた。「あ、今日は印鑑を持ってないので、こ、婚姻届を完成させることは難しそうです……」「……ん?」手渡される「香坂」と彫られた真新しい印鑑……「捺印は義務じゃなくなったけどね。押したいなら使って」準備していたということ……?なぜ、そこまでして……「……早くして。天野不動産に迷惑かけたくないんだろ?」婚姻届を前に固まる花に、冷たい声が落ちてきた。もちろん迷惑などかけたくない。路頭に迷った私たち姉弟に手を差し伸べてくれた瑠璃とおじさんの顔が頭に浮かぶ。でも、ここまでの話は聞いていない。「……どうして、私なんですか?」俳優として必要があったとして……天野不動産と手を組む必要があったとして……どうして私なの?普通なら、娘である瑠璃に行く話だ。「説明するつもりはない」突然大雅の態度が変わった気がした。「君が抱える問題はすべて解決する。俺が誰かわかったろ?できないことは何もない」「私が抱える問題って……」確かに私は問題を抱えている。それがどんなことなのか、言葉にしなくてもわかっているかのような大雅。「……弟のこともな」「お……弟って、」結人のことを言われたのは想定外だ。横に立つ大雅を見上げると、そのあまりの冷たい目に凍りついた。「……結人くんは留学中で、将来を約束されるほど優秀みたいじゃない?」ニヤリと笑う綺麗な顔に寒気が走る。この人、本当にただの成功した芸能人?裏で闇の組織と繋がっている……という物騒な妄想が膨らんだ。「お、弟に、何かしたら……許さないんだから」「そう思うなら書きなよ」しばし見つめ合い……微動だにしない2人。先に動いたのは大雅だった。「そこまで嫌なら……もういいや」「え……」あっさり婚姻届を片付けようとする手を、思わず止めてしまう。「なに」「いや、その……書きます」弟に何かあったら大変だという気持ちと、瑠璃と天野不動産に迷惑をかけられないという気持ちから。別に付き合っている人がいるわけではないし、この先の人生、恋愛ごとに自分が関わるとも思えない。一瞬思い浮かぶ人を無視して…
last updateLast Updated : 2026-07-08
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5.これが夫婦?
最奥で、その温度まで感じるような吐精を繰り返す大雅。「……んっ、今締めるなよ……」避妊を、してくれなかった。それが彼の本当の人間性だとしたら……花は少し悲しくなった。大雅はその後、花のナカから抜くことなく再び抽送を繰り返す。キスをして胸を揉みしだきながら……花の体を忙しく撫で回しながら……そんな大雅に自然に高められ、花に初めての快感を教える大雅。激しく、色濃く……濃密な夜は更けていき、やがて花は意識を手放した。目覚めると、暗かったはずの部屋に日が差し込んで明るくなっていることに気づく。広いベッドに1人で横になっていて、羽布団の下は全裸のままだ。……らしくないことをしてしまった。「やっぱり、イケメンの魔力ってすごい……」てっきりリビングにいると思った大雅の姿はどこにもなかった。体にシーツを巻いて、恐る恐る歩いてきた緊張を解き、花は昨日まとめておいた服に袖を通す。「……夢を、見ていたのかしら」スターに遊ばれた。からかわれた?そんな思いを消したのは、ベッドサイドに残されたメモを見た時。『仕事があるので先に出る。モーニングでもブランチでも、コールすれば持ってきてくれるよう手配してある。もう一泊するなら連絡して。遅くなるがここに帰ってくるから』携帯番号と、PS.として続きがあった。『バッグにも携帯がなかったね。家に忘れたの?』バッグの中を探られたのか……夫婦だから?「……本当に、夫婦になったの?」そこまで考えて、ハッとした。「そういえば今日は、平日……?」このまま急いで会社に行けば、何とか間に合う時間。もちろんアパートに寄る時間はない。室内を見渡すと、見慣れない大きなスーツケースが置いてあった。その上に黒いTシャツが1枚……きっと大雅のものだろう。……ということは、彼はどちらにしてもここに帰ってくる?「……ごめんなさい、借ります!」ブラウスを脱いで黒いTシャツに着替えたのは、同じ服で出勤すれば、社長の時日に何を言われるかわからないからだ。サイズが大きくて服の中で体が泳ぐ……いい匂いがするところが大雅の服だと主張しているようで、くすぐったい気持ちになる。少し迷ってブラウスをソファに置いて、花はスイートルームを飛び出した。「あれあれ……?花ちゃん〜昨日と同じスカートじゃないの?」始業時間ギリギリに飛び込ん
last updateLast Updated : 2026-07-09
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6.覚悟と衝撃
会社は週末で休みに入ったけれど、早朝6時のスイートルームの朝……花はパチリと目を覚ました。「……ここにスタッフが来るって言ってた」花はベッドから降りて、窓辺から下を見おろす。平日より人は少ないのだろうが、豆粒状に見える人たちが、これからどこに行くのか少し気になった。まさか、自分がまた、こんなホテルに泊まるなんて。いやいや、結婚するなんて。しかも相手は鈴里大雅という芸能人。本当にこれで良かったのか、不安は消えない。……というより、時間がたつほど増していく。そして、ふと思い出した。まだ瑠璃に連絡していない……「えぇっ?!……本当に?本当に結婚決めちゃったの?」「うん、そうしないと天野不動産との契約を白紙に戻すって言うから」「だとしてもあんた、結婚は一生に1度の大事なことだよ?」青い目のカラコンをして、厚底すぎる奇怪な靴を履く今どき女子が言うには、ずいぶん古風な考えだと思う。「大丈夫、だよ……多分」それにいきなり体も繋がってしまった。そのせいか、どこか他人とは思えないというのが本音。もしかしたら、そう思わせるために早急に体を重ねたのかもしれない。……だとしたら、大雅の作戦は成功したということだ。それにしても、わからない。どうして私だったのか……どうして結婚を急いだのか……そして私を、どこで知ったのか……「……瑠璃のおじさん、人づてにお見合いを頼まれたって言ってたけど、それって具体的に誰からなのかわかる?」「仕事関係者だと思う。お父さんの会社、不動産だけじゃなくて手広くやってるでしょ?だから取引先や仕事仲間が多くて、いい人いないか?って頼まれたのかなぁって思ってた」具体的に知らなくても仕方ない。スターゆえに秘密で話を進めたかったのかもしれないし……でも、そこまでして結婚したい理由は?社会的影響力があって成功しているスターが、誰かいい人いないかって相手を探すとは思えない。瑠璃には落ち着いたらまた連絡をすると約束して電話を切る。……そうだ、結人にも知らせなきゃ。留学を終えての帰国はまだ先だとしても、時々顔を見せに帰ってくるし。「結人なら、大雅さんと結婚したって言ったら喜んでくれるかも」2年前、運命の荒波に飲み込まれるような出来事を経験した。最近やっと落ち着いてきたけれど、人生を自由に過ごすなんて夢のまた夢で、携帯す
last updateLast Updated : 2026-07-10
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7.意外な人の出迎え
立ち尽くす花に、50代くらいの女性が歩み寄る。「本当に、大丈夫ですか?……春くん!ちょっといらっしゃい!」背後に声をかけると、ちょこんと顔を覗かせる小さな男の子。年齢は、2〜3歳くらいだろうか……「お怪我はありませんか?痛むところとか……」「あ、大丈夫です」本音を言えば、ぶつけた痛みなど忘れるほど、心が痛い。……こんなに大事なことを伏せたまま結婚したってこと?女性は花の様子を確認して、ホッとした表情になる。わずかに顔がこわばっている花には、気付かないようだ。「どうぞ、こちらがリビングです」奥へと案内し、女性はスイートルームと同じような両開きのドアを開ける。「え?……これは、いったい……」「まぁ……驚かれますよね」庭を望む広いリビング。……その庭も、かなりの広さがあるとわかる。床は大理石……?壁は微妙な色合いのグレーが美しい。空間に合わせた絵画、絶妙な位置に配置された壺……家具はもちろん、装飾品の数々はどれもかなり値の張るものだ。とにかく圧倒されるほどの洗練された贅沢な空間……だったと思われる。「……大雅さんの息子さんがやりたい放題でして。ほほほ……」床に転がるオモチャに用心しながら視線を横に向け、驚いた。タイガーマクナカロンホテルのロビーに飾られていたのと同じような、大きな写真パネルが飾られている。もちろん大雅の写真だ。……憂いを帯びた表情でこちらを見ている。「ふ…ふふ……!」笑い出す花を見て、同じように口元を緩めながら女性が言い訳をする。「春くんがイタズラ盛りでしてね。でもさすがにこれは、ねぇ……」大雅の高い鼻に、マジックで鼻毛が描かれていたのだ……!「テーブルに乗れば、描き放題ですから……」「そうでしょうね……」イタズラ描きは写真パネルだけではなかった。美しいグレーの壁にはところ狭しと「何か」が書き殴ってあり、それは大理石の床にも及んでいる。よく見ると、高価な壺の中にはミニカーやぬいぐるみが無造作に突っ込まれ、むき出しの針が特徴的なデザインの時計は、その針そのものが折れ曲がっている……しばらく2人で笑っていると、小さな竜巻のように走り回っていた男の子が女性に捕まった。「春くん、お姉さんにご挨拶しましょ」女性は押さえられて嫌がる男の子をガッチリとらえながら、まずは自己紹介をした。「早瀬奈津です。|
last updateLast Updated : 2026-07-11
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8.涼しい顔で……Side.大雅
「大雅さん……結婚って、本気ですか?」「結果的にこうなった。想定外もあったが、まぁ基本的に考えは変わらない」ため息を吐くのは、マネージャーの権堂甚八。屈強な肉体を持つ38歳だ。昨夜スイートルームを出て、すぐ下の階の部屋に泊まった。朝になってやって来た権堂と、朝食を取りにレストランの個室に入り、結婚の報告に眉根を寄せられる。「違う方法で、作戦を進められたら良かったのに」瞬間的に視線を向ける俺と目を合わせ、権堂は即座に目を伏せる。違う方法で作戦を進める?……それができたらどんなに良かったか。だがもう遅い。すべてははじまってしまったのだから。「春希くんの存在を知ったら、その花さんという女性はどう思うのでしょう……」「そりゃあまぁ、驚くよな。そして都合のいいように解釈してくれるだろ。……しばらくはそれでいい」権堂はもう一度ため息をつき、サブマネージャーの三井と共にスイートルームへ上がる。俺は簡単な朝食を食べてからレストランを出て、裏から事務所の車に乗った。「今日は新作ドラマの顔合わせです。……少し遠いので、お休みになりますか?」「いや、たっぷり寝たから大丈夫だ」権堂とは別行動になったので、別のスタッフがハンドルを握っている。昨夜は花と別の部屋だったおかげでよく眠れて、前日の寝不足が解消された。「……クセになるタイプだな」「は?……何か、おっしゃいましたか?」ドライバーに小さなつぶやきを拾われて苦笑した。「……少し寝るよ」シートを倒して目を閉じ、うっかり思い出してしまったあの夜のことが、頭の中を占めていく。香坂花という女、見た目よりずっと華奢だった。細い首、手足……青白い顔色は満足に食事も取っていないのではないかと思わせて……そのせいかいつまでも頭から離れない。不健康そうな美女なら仕事で山ほど見ている。だがそれは、食べられないのではなく食べないという選択だ。花とは根本からして違う。そして、彼女のどこか肝の座った瞳は、こちらの本心を見抜きそうで、少々焦ったことは否めない。……昨夜は、途中から自分を見失ってしまった。あんなに何度も求めるつもりではなかったのに、気づいたら花を抱き枕のように抱きしめ、眠っていたのだから驚く。「しかも、俺を知らなかった……」人前に出て行って、騒がれないのはデビュー当時以来のこと。……経歴を調
last updateLast Updated : 2026-07-12
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9.花vs小さな怪獣
「本当は、こういうことをしちゃいけないんですけど……」「な、何か?」「もし春くんのことでどうしても困ったら電話ください。……取っておきの秘策があるので!」家を出る直前、奈津は思い切ったように言って、花の手にメモを押し付けた。そして物陰に隠れて奈津を見ている春希に声をかける。「春くん、花さんを困らせちゃダメよ?いい子でね!」涙声の奈津さん。世話に手こずりながらも、可愛がっていたのだろう。けれど……花は奈津がいなくなったリビングを振り返る。「さて……何から始めるべきかなぁ」ぐるりと見渡して、床に点在するオモチャに目を止めた。さっきから何度も踏みそうになったし、よく見るとビー玉のような恐ろしいものまで転がっている。奈津さんがどうしていたのか聞かなかったけど……まずはオモチャの片付けが先決だと判断する。「春くーん!オモチャ箱ってどこになるのかなぁ。足で踏んで壊しちゃうといけないからお片付けしようか?」姿が見えないので大きな声で名前を呼んだ。やがてひょっこり顔を出す春希。「あ!来た来た!ねぇ、オモチャ箱はどこに……」「しらないっ!」「知らないって……」反抗なのか、それとも本当に知らないのか……来たばかりの家で少し気が咎めるが、オモチャをしまいそうな棚やキャビネットを開けてみた。リビングにはないので、隣の部屋をそっと覗く……「うぎゃ……っ!」ドアを開けた途端何かが倒れてきた。慌てて体で受けとめると、それはオモチャの空き箱のようだ。そっと部屋の奥を覗くと、オモチャの箱が同じように天井近くまで積み上がっている。「これ、全部空き箱……?」何とか体を滑り込ませて室内に入り、箱の中を確かめてみると、中身が入っているものも多い……「全部、春希くんに買い与えたってことかしら」大雅の家族関係はまだわからないけれど、親類縁者にプレゼントされまくったとしても、多分こんなにおびただしい数にならない。「とりあえず、この部屋はオモチャ部屋ってことね」倒さないよう気をつけてドアを閉め、次の部屋を覗く。そこは……リビングくらい広い部屋だった。黒いブラインドが半分くらい下りていて中は薄暗いながら、とても大きなベッドが中央に置いてあるのがわかる。そこには、シーツと同じ柄の大きな枕と黒い毛布、そして可愛らしい枕と、このベッドには似合わない、子供向け
last updateLast Updated : 2026-07-13
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10.自覚がなさすぎます!
「……いって……っ、何だよこれ?」ドシン……っという物音を合図に、廊下の先にある両開きの扉が静かに開きく。逆光でその表情は見えないが、立っている人が誰なのか、大雅にはわかった。「危ないぞ?ルームシューズの下に、ビー玉が仕込んであったみたいだけど……」コロコロと転がるビー玉を、履いているスリッパで器用にキャッチする花。スッとしゃがんで、素早くビー玉を集めた。「仕込んだのは私です」「……は?」スイートルームで会った時とは明らかに様子が違うと思いながら、大雅は立ち上がった。「お前な、こんなことをして……もし骨折でもしたらどうするんだ?」「お前じゃなくて、私には花という名前があります」歩き出す大雅に向かっていくように、花も歩き出し、やがて廊下の真ん中あたりで対峙する2人。「なんだよ、どけ」「……どきませんよ?」花は湧き上がる感情のまま、片手で大雅の胸元を思い切り押した。まさかそんなことをされるとは思っていなかった大雅は、思わず後ろによろける。「ちょ……なんだよ、」「謝ってください」「……は?」右手で押され、次に左手で。押されるまま後ろに下がれば、やがて玄関ドアに背中がついてしまう……「今、何時だと思ってるんですか?」「は……っ?!そういうことか!」大雅は自分の胸元に置いた花の手首を掴み、引き上げた。「俺が外泊したから、拗ねてるってこと?」「……は?!」「それにしては責め方が若干怖いな?」花は心底呆れた表情で、取られた手首を思い切り振りほどく。「なに言ってるんですかっ?!春希くんですよ!……大雅さんが帰ってこないから寂しがって泣いて……どうして電話の1本もかけてやらないんですかっ?!」この……ばかちんがっ!……と続けながら、花は大雅の胸元をバチンっと叩く。叩かれた胸元を手で押さえ、大雅は顔を真っ赤にして怒る花を、複雑な表情で見おろした。「……いいですか?さっきやっとご飯を食べて、今寝室でウトウトしてます。起きたら絶対に謝って、抱きしめてあげてくださいっ!」人さし指を大雅の前に突き立て、眉をつり上げて言う花。大雅はもう降参するしかなかった……「わかりました……」しおらしい声にも怒りをおさめる気はないらしく、フンッと鼻息も荒く、ドシドシとリビングに戻っていく花。大雅はその後ろに続く。何とも言えない……懐か
last updateLast Updated : 2026-07-14
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