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第7話

作者: 莉里
美夏はようやく泣きやみ、涙声のまま口を開いた。「じゃあ、お願い事を三つ聞いて」

透真は冷たい口調のままだが、その声には隠しきれない甘さが滲んでいた。

「……わかった。言ってみろ」

「一つ目。この数日は千春さんのところへ行っちゃだめ。ずっと私のそばにいて」

「いいだろう」

「二つ目。数日後にダンスパーティーがあるの。恋人として私と一緒に出席して」

「わかった」

「三つ目。私にプロポーズして、私の手に婚約指輪をはめて、『一生愛する』って言ってほしい」

その瞬間、透真は黙り込んだ。

美夏は再び涙をこぼし始める。

「別に本気じゃなくてもいいの。千春さんと別れないことくらい、私だって分かってる。でも、大好きな人に一度だけでいいからプロポーズしてほしいの。形だけでもいいって思ってる。それすらだめなの?」

その涙は、とうとう透真の最後の理性までも崩してしまった。長い沈黙のあと、千春の耳に届いたのは、どこまでも甘く優しい声だった。

「……わかった。全部、お前の望みどおりにするよ。だから、こっちへおいで」

ほどなくして、病室の中では二人の唇が再び重なり合う。

その先に何が起きるのかなど、千春にはもう想像するまでもなかった。震える足で背を向けると、静かにその場を立ち去った。

……

それから数日間、透真は一度も千春の見舞いに行かなかった。時折、「出張中だ」というメッセージだけが届く。

千春は一回たりとも返信しなかった。それでも彼は、何の反応も示さない。

以前の透真なら、返信がないだけで異変に気づき、すぐに現れるはずだった。

けれど今の彼は、美夏に付きっきりなのだ。

検査のため看護師たちと院内を歩く時、彼女たちは時折、医師と病院の噂話をしていた。

「6階って、ある大物が一人の女性のためにフロアごと貸し切ったらしいですよ。許可がないと誰も入れないんですって」

「そうそう。しかも毎日、高級ブランドのバッグやジュエリーが山ほど届いてるみたい。いったい誰なんでしょうね。本当に羨ましいよ」

そんな話を思い出しながら、千春はスマホの画面を覗いた。そこには、この数日間、美夏から送りつけられてきた写真が並んでいる。

ずらりと並んだ高級バッグ。豪華なジュエリー一式。そして首筋や肌に幾重にも残されたキスマーク。

ちょうどそのとき、透真からメッセージが届いた。

【千春、今日の午後には退院だよね。秘書を迎えに行かせるよ。こっちはまだ海外で片づけなきゃいけない仕事が残っていて、戻れるのは明後日になりそうだ】

海外。

病院の6階は、「海外」になったなんて。

画面を見つめながら、千春は声もなく笑った。それなのに、涙が静かに頬を伝っていく。

やがて彼女は机の上のカレンダーへ目を向けた。

12月17日。

この世界から解放される日まで――残りあと3日だけ。

その日、千春は病院の精神科を訪れ、和夫の見舞いに行った。

3年ぶりに会った父は、さらに老いていた。髪はすっかり白くなり、濁った瞳にはかつての面影もない。もはや目の前にいるのが実の娘だということすら、わからなくなっていた。

母を傷つけ、自分のそばから彼女を奪った張本人を見つめながら、千春は静かに問いかける。「お父さん……後悔してない?」

だが和夫には、その言葉の意味さえ理解できないようだった。

首を横に振ったかと思えば、今度は小さく縦に振る。

その様子を見て、千春はもう答えを得ることはできないと悟った。最後に一度だけ父の姿を見つめると、何も言わず病室を後にした。

外へ出ると、透真が待っていた。

彼女の姿を見つけるや否や、小走りで駆け寄ってくる。自分のコートを彼女の肩に掛け、冷えた手を包み込むようにポケットへ入れた。

「急にお義父さんの見舞いに来るなんてどうしたの?声をかけてくれれば一緒に来たのに。こんなに寒い中、風邪を引いたらどうするんだ?」

千春は無表情のまま、まっすぐ彼を見つめる。

「昨日、母の夢を見たから来たの。彼女を裏切った人間が今どうなってるのか、代わりに見届けたくて」

その言葉に、透真の瞳が一瞬だけ大きく揺れた。喉仏が小さく上下する。

しかし次の瞬間には、何事もなかったように微笑みを浮かべた。

「そうか。お義父さんに会えたなら帰ろう。今回の出張で、君へのお土産をたくさん買ってきたんだ。気に入ってくれるといいけど」

それ以上話を続けることはなく、二人は車に乗り込んだ。

家へ戻ると、ちょうど美夏がスーツケースを持って階段を下りてくるところだった。

千春を見るなり、彼女は人懐っこい笑みを浮かべ、小さな箱を差し出す。

「千春さん、私、今日で出ていくの。この数日は本当にお世話になりました。これ、千春さんが入院している間に、色々悩んで選んだプレゼントなの。きっと気に入ってもらえると思うよ」

最後の一言だけは、意味ありげに強く言い切った。

千春が何か言うより早く、透真は美夏のスーツケースを手に取る。

「千春。俺は彼女を送ってくるよ。お兄さんに面倒を見てくれって頼まれているし、一人で帰すわけにはいかないからな。すぐ戻るから、家で待っていてくれ」

千春は何も言わなかった。ただ、並んで去っていく二人の背中を静かに見送る。

車が完全に見えなくなってから、ようやく手を伸ばし、美夏から渡された箱をゆっくりと開けた。

蓋を少し浮かせた途端、鼻を突くような強い臭いが漏れ出す。

千春の手が、ぴたりと止まった。数秒の沈黙のあと、彼女は蓋を開いた。

箱の中には、使用済みのコンドームが隙間なく詰め込まれていた。

一つ、二つ、三つ――

36個。

入院していたこの数日の間に、透真と美夏は、少なくとも36回も関係を持っていたのだ。

胸が張り裂けるほど苦しい。

そのはずだったが、千春の口元へ浮かんだのは、笑みだった。

そして、笑顔のまま涙がこぼれ落ちる。

窓の外では、雪が静かに降り続いていた。千春は箱の蓋を閉じると、それを持って透真の書斎へ向かう。

彼が帰ってきたら、真っ先に目に入る場所へ――そっと置いた。

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