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第2話

Author: タマタツ
車は澤木グループのビルの下で停まった。

絃葉が車を降りるとすぐ、デリバリーの配達員が大きな赤いバラの花束を抱えて、慌ただしく中へ入っていくのが目に入った。

その包装も、添えられたカードのデザインも、彼女には見慣れすぎていた。

凪杜がいつも注文している、あの高級フラワーショップのものだ。

絃葉の胸がきゅっと締めつけられ、思わず指を強く握りしめる。

彼女は足早に配達員の後を追い、同じエレベーターに乗り込んだ。

そしてカードに目をやると、そこには――

「愛しい野々花へ、誕生日おめでとう――夫より」

と書かれていた。

その一文が、鋭い針のように胸を深く刺した。

今日は、自分と凪杜の五周年記念日であると同時に、野々花の誕生日でもあったのだ。

彼が言っていた「会社で残業」というのは、ただの口実。

本当は彼女に隠れて、会社で「本当の妻」の誕生日を祝っていたのだ。

絃葉は拳を強く握りしめ、爪が食い込んで指先が白くなる。

エレベーターを降りた瞬間、聞き覚えのある男の声が、不意に耳に飛び込んできた。

凪杜――

そして、彼の親友であり共同経営者でもある風間千晶(かざま ちあき)だ。

「千晶」

凪杜の声は低く、どこまでも柔らかい。

「今日は俺と絃葉の五周年なんだ。俺が手作りしたブレスレットを彼女に届けてくれ。

それと、白いバラを千本用意して、カードには『手を取り合い、共に老いるまで』って書いてくれ」

絃葉は花束を抱く腕に、さらに力を込めた。

足がその場に縫い付けられたように動かない。

千晶は鼻で笑い、探るような口調で言う。

「お前、本当に絃葉には甘いよな。『愛妻家』って評判も伊達じゃない。

でもさ、そこまで愛してるなら、なんで最初に野々花と入籍なんてしたんだ?」

廊下には、男の低い笑い声と、煙草の火が明滅する光だけが残った。

「絃葉は堂々と、俺の愛を全部受け取れる存在だ。

でも野々花は違う。彼女は黙って影で俺に寄り添ってくれて、従順で、気が利いて、しかもあんなに可愛い娘まで産んでくれた。だから入籍したのは......せめてもの償いだ」

絃葉は影の中に立ち尽くし、顔から血の気が引き、全身が凍りつくような感覚に襲われた。

「でも、もう5年だぞ」

千晶の声には、わずかな同情が滲んでいた。

「絃葉はあんなに子どもを欲しがってたのに......お前が自分で床に油を撒いて、わざと転ばせて流産させた......」

言葉を切り替え、続ける。

「その一方で野々花は、もう二人目を妊娠してる。凪杜、本当に大丈夫なのか?絃葉に知られたら......」

絃葉の身体は硬直し、血液までもが凍りついたかのようだった。

あの時の、理由もわからない転倒――

すべて、彼の仕組んだことだったのだ。

「野々花は一生秘密を守るって言ってる。絃葉に知られることはない」

凪杜の声は数秒止まり、それから断言するように続いた。

「俺は絃葉を愛してる」

彼はさらに言葉を重ねる。その声音は誠実そのものだった。

「何も持ってなかった頃、4年間ずっと一緒に頑張ってくれたのは彼女だ。起業資金の1億円だって、彼女があちこちからかき集めてくれた。どん底の時も、彼女はずっとそばにいてくれた。でも野々花だって、俺と一緒に苦労してきた。だからどっちも、手放せないんだ」

一番苦しかった時、誰がそばにいたか――彼はちゃんと覚えている。

それでも、その時間は、別の女への愛には勝てなかった。

あまりにも滑稽だった。

やがて会話は遠ざかっていく。

絃葉は赤く染まった目で、会社のオフィスのガラス越しに中を見た。

中はすでに花とバルーンで飾り付けられ、祝祭の空気に満ちている。

社員たちは輪になり、その中心には笑顔の野々花がいた。

その隣には、凪杜。

二人は親しげに寄り添い、視線にはやさしさが宿っている。

「奥様、お誕生日おめでとうございます!」

「お幸せに!早くお子さんにも恵まれますように!」

次々と響く祝福の声が、無数の針となって絃葉の胸に突き刺さる。

なんて皮肉だろう。

この3年間、彼女が家庭に入っている間に、野々花はすでに「社長奥様」として堂々とその座に収まり、祝福を受けていたのだ。

だからこそ、あの時から凪杜は二度と彼女を会社に近づけなかったのか。

以前は、ただ彼が自分を気遣ってくれているのだと思っていた。

仕事で苦労してきた彼女を、家でゆっくりさせたいのだと。

だが今ならわかる。

彼はすでに別の女のために巣を築き、彼女に隠れて、二つの人生を器用に渡り歩いていたのだ。

白いバラと赤いバラ――か。

手にしていた花束が「ぱたん」と音を立てて床に落ち、艶やかな花びらがばらばらに散る。

まるで、この関係そのもののように。

かつて共に苦労した社員たちが、今は野々花に媚びるように笑っている。

その幸せそうな光景に、絃葉はただ強烈な皮肉を感じた。

彼女は深く息を吸い、喉の奥にこみ上げる鉄の味を押し殺し、扉を押し開けた。

「ずいぶん賑やかじゃない」

柔らかな笑みを浮かべたまま、絃葉は中へ歩み入る。

その瞬間、全員の視線が一斉に彼女へ向けられた。

さっきまでの喧騒が、針一本落ちても聞こえるほどの静寂へと変わる。

次の瞬間、凪杜と野々花は、電気に触れたかのように離れた。

凪杜の目に明らかな動揺が走り、彼は急いで歩み寄り、絃葉の手首を掴む。

「絃葉、どうしてここに?」

絃葉はぎこちない笑みを浮かべたまま、ゆっくりと周囲を見渡し、最後に彼の顔へ視線を止めた。

「いつまでも帰ってこないから、様子を見に来たの。残業......もう終わったの?」

凪杜は彼女の手をぎゅっと握りしめ、表情を引き締める。

「絃葉、ちょうどいいところに来た。うちの秘書が細谷グループとの200億の大型契約をまとめてくれたんだ。会社にとって大きな成果だから、彼女のために祝賀会を開いてる。ついでに誕生日も祝ってる。絃葉なら、きっと怒ったりはしないだろ?」

絃葉は一瞬、言葉を失う。

細谷グループ――それは、西尾グループ傘下の会社だ。

澤木と取引したのも、すべて彼女の顔を立てたからにすぎない。

それが、いつの間に野々花の手柄になっていたのか。

沈黙する彼女を見て、凪杜は焦り、慌てて野々花へ目配せする。

「野々花、君と絃葉は親友だろ?ちゃんと説明してやってくれ」

親友――

その言葉は、頬を打つ熱い平手打ちのようだった。

絃葉はゆっくりと野々花を見つめる。

これまで彼女に与えてきた支援と配慮を思い出し、目が乾いて痛む。

野々花は一瞬顔を強張らせたが、すぐに笑顔を作り、近づいてきて彼女の腕に絡みつく。

「怒らないで、絃葉さん。澤木社長は本当に、わざと五周年を欠席したわけじゃないの。ただ細谷グループとの契約が決まって、みんな嬉しくてどうしてもお祝いしたくて......私の誕生日は、そのついでだけだから」

そう言いながら、彼女はふと笑って周囲に視線を向ける。

「さっきも澤木社長、早く終わらせて奥さんと五周年を過ごしたいって言ってましたよね?」

社員たちはまるで彼女に従うかのように、口々に同調した。

「そうですよ、澤木社長は有名な愛妻家ですからね」

「絃葉さんも、許してあげてください」

――

かつて共に起業の苦労を味わった仲間たちが、今は野々花に従い、心にもない言葉を口にしている。

その光景に、絃葉の胸は強く震え、指先が食い込むほど拳を握りしめた。

彼女は二人の手を振り払い、落ち着いた足取りでケーキの置かれたテーブルへ向かう。

近づくと、赤いクロスの上に、静かに置かれたダイヤのブローチと、あの鮮やかな赤いバラが目に入った。

そのブローチは、彼女がずっと欲しくて、買おうとしたときにはすでに売り切れていたものだ。

――買ったのは凪杜だった。

けれど、贈る相手は彼女ではなかった。

「綺麗なブローチと花ね......」

絃葉は、顔色を失った野々花をまるで空気のように無視し、そのまま凪杜を見つめた。

「これ、私への五周年のプレゼント?」

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